12話 腕試し終了
ウルグが盛大に嘔吐したロックトータス戦以降はこれといって特に問題なく魔物を倒していた。元々アカムが普段探索していた階層よりも浅い階層であったために、義手を使い慣らし、違和感なく扱えることも確認した以上は二十階層の魔物など大して苦戦する相手ではなかったのだ。
また、ある程度アカムが義手に慣れたところでウルグも戦闘に加わるようになったことで、処理能力が劇的に向上し、さらにはアイシスの索敵能力も合わさったことで周囲一帯の魔物を狩り尽くす勢いて魔物が二人の手によって狩られていった。
なお、ウルグもようやくアカムの奇妙な動きをする腕を見て「アレは、俺の腕じゃない。アレは、オレの、ウデじゃ、ナイ」と頭の中で何度も唱えることによって、吐き気という見えざる敵に勝利することに成功していた。
リベンジを果たしたことで調子付いたのか、魔物を狩るウルグの姿は獰猛な獣を彷彿とさせ対峙する魔物のほとんどが気持ち怯えているようにみえ、動きが鈍っていたように感じたのは気のせいだっただろうかと、アカムはちょうど今狩り終えた魔物の魔石を革袋に回収しながらふと考える。
「おーい俺のほうはもう魔石いっぱいなんだがそっちはどうだ?」
「え? ああ、こっちもいつの間にか満杯になってるな」
きっとそれは気のせいだったに違いないと首を振りつつアカムがそう呼びかける。
ウルグも魔石を入れる革袋を確認し、今初めて満杯になっていることに気づいたように少し驚いた様子で返事をする。
同時に獰猛な獣のような雰囲気もなりを潜めて頼もしい、いつものウルグに戻ったようだった。
それを確認して一安心しつつアカムは義手の慣らしも十分だし、そろそろ地上へ戻ろうと提言する。
「そうだな。ってまだこんな時間か」
それに了解しつつウルグが時計を取り出せば時刻はまだ二時であることに驚く。いつもなら魔石が満杯になるまで狩りをしていれば、早くても夕方までかかっていたので意外に感じていたのだ。
やはり浅い階層だからかとすぐにウルグは納得するのだが、実際のところは意識が軽くどこかへ飛んで獰猛な獣と化したウルグの殲滅能力とアイシスの索敵能力が組み合わさった結果である。
出会った魔物の実に七割はウルグの手によって葬られていたのだ。
アカムはそんなウルグを視界の端に捉えつつ、義手の力を確かめるように一体一体ゆっくりと戦っていた。機能としてはパイルバンカーと腕の遠隔操作しか使っていない。これはとりあえず使う機能を限定することで習熟度を深めようという狙いだった。
『ちょうど、目の前の大岩の裏に帰還石版があるようです』
「お、今日はすぐに見つかったな。というかアイシスのおかげでこれからは無駄に石版を探す必要もなくなるのか?」
『そうですね。すでに石版の情報は記憶済みですので索敵範囲に石版があればすぐに見つけることができるでしょう』
会話から帰ることを察していたアイシスが気を利かせて石版の位置を教えてくれる。そのことにアカムも無駄に探さずに済むと喜んでいた。そうしてアカムの役に立てることが嬉しいのかアイシスの声は平坦なものではなく少しだけ弾むような声だった。
アカムの事をからかったり馬鹿にしたりといった発言も多いが本質はアカムを補助する擬似人格であるアイシスは役に立てることに強い喜びを感じるのである。
「我らここに望むものなし!」
だが、二人はアイシスの内心に気づくことなく、大岩の裏へと回り、アカムとウルグは石版に触れ、帰還の呪文を唱えて転移部屋へと帰還した。
「無事帰還っと……ほい、ウルグこれ受け取ってくれよ」
無事に転移部屋へと帰還できたことを確認してホッと息を吐き、アカムは腰から魔石の入った革袋を外してウルグに渡そうとする。
今回、わざわざ義手の慣らしに浅い階層に付き合ってくれたことに対する礼である。
「いや、そいつはいい。これだけあれば十分だし、面白い物も見せてもらったしな」
「でもよ……いや、分かった。ほんと今日はありがとう」
「気にするな」
だが、ウルグは首を振り、魔石を受け取らなかった。それでも食い下がろうとするが、ウルグが絶対に受け取らんという意思を込めて睨んでくるためにアカムも諦め、せめて礼だけでもと深く頭を下げ、それに対しウルグは獣化を解きながら軽く手を振った。
転移部屋を出てまだ高い位置にある日の光を浴びでアカムはグッと体を伸ばす。
アカム自身は緊張していたわけではないと思っていたのだが、伸ばした体は各部の関節がパキパキと小気味よく鳴った。
《機械因子の力を感じて興奮していたからでしょう》
(げっ、漏れてたか。ま、確かに興奮してガキのようにはしゃいでたからな)
周囲に人がいるのを配慮してか、アイシスの声が脳内に直接響いてきて、どうやら心の声が漏れたらしいことに気づきつつ、アカムは同じく心の中でアイシスの言葉に同意する。
この心の声というのも伝えようと思わない限りアイシスに伝わることは無いということは、アカムも今朝知識を確認していた時に理解していた。
だから実際には漏れたというよりもおそらく自分は答えて欲しかったと思っていたからだろうと納得していたため、初めて心の声をアイシスに伝えた時のように、心を読まれるということに嫌悪感は湧いてこなかった。
そんなアカムとアイシスの他愛もない会話がされていることも知らず同じように体を伸ばしていたウルグはふと思いついたように声をあげる。
「あーこんな時間に街にいてもなあ……暇だ」
「愛する嫁と息子の顔でも見に行けばいいじゃねえか」
ウルグの漏らす言葉にアカムが適当にそんなことを言う。
ウルグもまた嫁持ちであった。それどころか四歳になる子供もいる。
獣人種の成長は早く、同年代の人間種の子と比べれば頭一つ抜き出ている。
ウルグの話によれば元気が有り余りすぎて毎日大騒ぎらしい。
「ああん? お前のとこじゃないんだ。あいつの顔を昼も見るなんてごめんだぜ」
「あー……うん……俺、シラナイ」
アカムの言葉に首を振ってそんな言葉を返すウルグの背後に立つ者を確認して冷や汗をかきつつアカムはカタコトで返事をした。
「ほう? そいつはいい度胸だね」
「ひっ」
そんな声がウルグの背後から響いてその声を聴いたウルグの顔は一気に蒼白となりわずかに震えだした。
ウルグの背後にいたのはアカムと同じぐらいの背丈と体格を持つ虎のような耳と縞模様が特徴的な女性であった。
彼女の名はカミラ・ファング。ウルグと同じ獣人種の虎型で、ウルグの妻、その人である。
二人の馴れ初めは迷宮の中。カミラがウルグを見た時に本能に近いところで「こいつだ!」と強く感じて、ウルグに戦いを挑みボッコボコにして勝ち取ったという甘い話とはかけ離れたものだった。
そんなわけでこの二人の関係はカミラが上、ウルグが下という分かりやすい上下関係で成り立っている。そのため、ウルグは先の発言をカミラに聞かれたことで恐怖から震えあがり捨てられた子犬のように地面に正座してカミラからの説教を聞いている。
そんな姿はとても夫婦とは思えずせいぜい親子の間違いではないかと思うのだが、実際のところ両想いだったりするらしい。少なくともウルグはカミラにベタ惚れであることは間違いないことは酒の席で酔った彼の口から聞いたことがあるアカムは知っている。
愛の形も人それぞれだなあと呆然と二人を見ていたアカムだったが、不意に服を引っ張られそちらへと視線を向ける。
「アカムのにーちゃん! 今日はとーちゃんと潜っていたのか?」
「キールか。ああ、そうだ。いろいろあってな。手伝ってもらってたんだ」
そこにいたのは元気な笑みを浮かべる虎型の獣人の男の子、ウルグたちの息子であるキールだった。
どうやらキールは父と、アカムが一緒にいたから迷宮に一緒に潜ったのか気になったらしい。
尋ねられたアカムは笑いながらキールの頭をごしごしと撫でてやりながらその通りと答える。
傍目には痛そうではあるがキール自身はくすぐったそうにしつつも嫌がる様子はなく笑っている。
「いろいろって……変な臭いのするその腕が関係するのか?」
「っ! ……さすが獣人種の子か。鋭いな……その通りだよ。この前迷宮でちょっと失敗したんだ。でも誰にも言っちゃあいかんぞ?」
「うん、わかった! ぜったい誰にも言わない、約束する!」
時に子供は鋭いもの。おまけにキールは五感の鋭い獣人種であることも合わさってか、アカムの腕のことに気づいたようだった。
もっとも、実際に腕がどうなっているのかまでは分かっていないだろうが。
アカムはそのことに驚き目を見開きながらもすぐに気を取り直して肯定する。
同時に秘密にするように言えば元気な声が返ってきたのでアカムもニカッっと笑みを浮かべてキールの頭をポンポンと軽く叩いた。
アカムもキールのことはそれなりに知っていて、秘密だと約束したことは滅多なことでは言わないだろうことは分かっているので問題ないだろうと思っている。
「そんじゃ、俺は立ち去ることにする。じゃーな、キール。とーちゃんを助けてやりな。で、俺が感謝してるってこと伝えといてくれ」
「うん! またな!」
ちらりとウルグの方を見れば、まだまだ終わらなそうであることを確認して、溜息を吐きつつ、アカムはさっさと退散することにした。
その旨をキールに伝え、ついでにウルグ救出任務を与えてやれば元気のいい答えが返ってきたのでアカムは薄く笑ってギルドの方へと歩き去った。