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11話 遠隔操作

 あれからしばらくしてようやくアカムの体調が改善し、二人は迷宮探索を再開した。

 一度味わったからか、慣れたようで歩きながらもアカムは腕をひたすらあらぬ方向へと動かしたりしている。

 感覚はそのままでやっているので肘が逆方向に折れたり、何回転も捻じれたりといった動きをするのはそのまま感覚が伝わるのだが、アカムは何でもないかのように平然としている。

 魔力炉から強制的に魔力を吸い出されたときも強い嘔吐感から割とすぐに立ち直っていたことからアカムは適応能力にも優れているようだ。


 一方でその様子をちらちらと見るウルグは若干体調がよろしくない。

 アカムが無駄に伝わるように説明してきたおかげで、あの動きで感じる感覚とはどんなものなのかと否が応でも想像してしまい果ては本当にそんな感覚を味わっている気分になっていた。これも一種の幻痛と言えるのかもしれない。

 ウルグは顔に似合わず繊細な男だった。


 ウルグは未だ獣化したままであり、顔はそのまま狼であるから表情などの変化が読み取りづらい。いくら気持ち悪さに顔を顰めても、集中して周囲を警戒しているようにしか見えないためか、アカムは彼の様子には一切気づかずに腕を動かし続けていた。

 別にやめてくれと言えばアカムも謝ってやめてくれるのだろうが、その動作が一応義手になれるための事だと分かっているウルグにはどうしても言うことができず、ただ見ないように努めて体裁を保っている。

 ウルグは友人思いの面倒見の良いナイスガイだった。


『正面に敵性反応出現……データと照合……ロックリザードです。数は三体、距離はおよそ50m』

「出現? てことはちょうど生まれたばかりか」

「三体か。どうする? 俺が引き受けるか?」


 ふと、アイシスが敵の存在を知らせてきてその言い方にちょうど魔物が発生したのだろうと理解する。

 未だアカムは義手を完全に使いこなせているとは言えないのだから三体であれば自分が引き受けようかとウルグが提案するが少し考えて、アカムは首を横に振った。


「いや、まずは俺がやってみるわ。でも万が一の時は頼むな」

「そうか。任せろ」


 いずれはやっておかねばらないことだからとアカムはとりあえずやってみることにした。

 それでも下手に拘ることはせずに万が一のフォローをウルグに頼めば彼は嫌な顔一つせず頷いた。

 実際には嫌な顔はしていなくても気持ち悪そうな顔はしていたのだが。

 そうして、どちらがやるか決めたところでロックリザードが岩から顔をだしすぐにこちらを見つけたようで走ってきた。


「さて……相手が複数なら、距離があるうちに攻撃するかまとめて蹴散らすかのどっちかか?」

『マスター右腕を前に出して伸ばしてください』

「ん? こうか?」


 どう対処するか少しアカムが考えてぼやいているとアイシスから指示を受け、迷うことなく言われた通りに右腕を前に出す。

 まるでこちらへ走ってくるロックリザードを掴もうと手を伸ばしているようだ。


『前腕部分離開始。ターゲット――ロック。推進装置――起動。前腕部、射出します』

「うお!?」


 伸ばされたアカムの右腕が肘から分離したかと思うと、青白い光が前腕部の後ろ側から漏れるのが見えた。

 最後にアイシスが平坦な声で告げると前腕部は青白い光の軌跡を残しながらロックリザードへと向かって撃ち出された。

 そのまま走ってきたロックリザードの首元へと向かった腕はその首元をガッチリと掴んだ。


「ギェア!?」

「ギィ!」

「ギギィ!」


 まだ離れているのにも関わらず首元を掴まれたロックリザードは驚いたように鳴き声を上げ、他の二体がその腕を何とかしようと噛みついたりしているがびくともせず掴んだままだ。

 だが、首元を掴んだはいいがそこから何か変わるわけでもなく特にこれといったダメージを与えている様子はなかった。


「掴んだだけか?」

『現状ではそうですがマスター、右手の感覚に集中してみてください』

「む? おお、なるほど……ちゃんと感覚があるな……ってことはッ!」


 アイシスの言葉に従って右手の感覚に集中してみればしっかりと何かを掴んでいる感覚が感じられた。

 同時に肘から先の腕が無くなったかのような喪失感も感じていたのだがもはやアカムはそれに慣れており気にもしていない。

 わざわざ離れていても繋がっている感覚にアカムはなるほどと納得して右腕を力いっぱい上に持ち上げようとする。

 すると、分離して撃ち出された腕が持ち上がり、掴んでいるロックリザードを宙へと釣り上げていく。


「ははっ! これは楽しいな! それにちょうどいい武器も手に入った」


 興奮したように笑い、アカムは掴んだロックリザードを振り回し他の二体へとぶつけはじめた。

 その動きはやたらと早く、ロックリザードの身体を覆う岩の鱗は凶器へと様変わりして、二体のロックリザードに襲い掛かる。

 そうして一体を倒した魔石となったところで掴んでいた方のロックリザードも首の骨が折れたのか死んだようで魔石化していく。


「あっけねえな!」


 あっさりと倒せたことにはしゃぎながらも腕を元に戻す。

 残された最後のロックリザードは仲間の仇と言わんばかりにかなりの速度でアカムに向かって突撃を仕掛けていた。


 そうして目の前まで近づいてきたロックリザードは岩のような尻尾を振るってアカムに攻撃しようとするが、それを右手で叩き落とす。

 それだけで尻尾についていた岩のような鱗は砕け、動かせなくなったようだ。

 ロックリザードは痛みに苦痛の声をあげながらも爪を振るい、噛みつこうとするがアカムはその巨体とは裏腹に小さく素早い動きで避けていた。

 どうやら、アカムはロックリザードへ攻撃せずにわざと回避と防御に専念しているようだった。

 そして十分満足したのか一つ頷くとロックリザードの右腕の爪による攻撃を左側に避けつつロックリザードの胸部に右の手のひらを当てる。

 アカムの右腕の肘からは杭が飛び出ていた。


「バンカーショットッ!」


 杭が超高速で腕の中へと消え、甲高い衝突音がするとともにロックリザードの身体がものすごい勢いで吹っ飛ばされた。

 そして後方にあった大岩へ激しく叩きつけられたロックリザードはそのまま息絶えて魔石だけ残して消え去った。

 今行ったのはパイルバンカーの仕組みを利用しての掌底による一撃である。衝撃が広くそして内部へ伝わるので堅牢な相手にはもってこいの攻撃方法であり、威力も申し分ない。


 終わってみれば本当にあっさりとした戦闘でアカムはこの義手で十分以上に戦っていけると確信した。

 一方で問題点も見つかった。アカムは今まで剣を両手で持って戦ってきたが、機械因子オートファクターの力についていけない以上は、新しく剣を用意したとしても片手で扱うことになるだろう。

 そうなると左腕が空くことになるから代わりに何かを扱う必要がある。必ずしも使う必要はないのだが使えた方が有利だろう。

 今まで両手で剣を扱ってきたアカムには左腕で攻撃を捌くといった経験はなく、先ほどの戦いも左腕のほうをうまく使えていなかった。

 それは左腕に装備が何もなく素手であったことも要因の一つではあるが、やはり経験不足という理由が大きい。

 何か小さめの盾か片手剣でも持ってみるかと考えながら後方で控えているウルグにも意見を聞こうと振り向く。

 

 そして振り向いたアカムの目に入ってきたのは、頼りになるウルグの姿ではなく――


「お、終わったか? う……オエエエェェ」

「……一体どうしたんだ?」


 ――岩陰で四つん這いになって吐いている情けない狼人間だった。






 アカムが《ウォーター》でひたすら水を作ってやり、それをがぶがぶと飲んで幾度も深呼吸を繰り返したことでウルグもようやく回復したようだ。

 どこかスッキリとした様子で岩に背をもたれて座っている。


「どうしたんだよ」

「ああ……お前の腕のありえない動きを見るたびにその時の感覚とはどんなもんかと想像していたらな……」

「はあ?」


 落ち着いたウルグに、どうしたのかとアカムが問いかければ返ってきた言葉に思わず変な声をあげる。


 ウルグは戦闘が始まるまではアカムの腕の動きを見ないように努めていたこともあって耐えていた。だが、いざ戦闘が始まった時、万が一の時は助けねばならないという思いからさすがに見ざるを得なくなり、目を逸らさずに見守っていた。

 さすがに戦闘に入ればアカムも無駄に腕を動かすことは無かったので一安心していたのだが、そこでアカムが行ったのが腕を飛ばすという奇妙奇天烈な行為だった。


 道中で想像を膨らませていたウルグはそれをみて、感覚がどんなものかを想像してしまった。おまけにアカムが「感覚がある」と言ったことでより強く想像してしまい、きっと腕が引きちぎれる感覚に違いない。もしそんな感覚だとすれば――と、そう思ったら最後強い吐き気がウルグに襲い掛かったのである。

 その結果、アカムの戦闘中にウルグは吐き気とひたすら戦うことになり、ウルグの完全敗北に終わった。


 顔に似合わず親身になって相手を気遣うウルグに起きた悲しい戦いを聞いたアカムは、彼の背中をさすりながらこのことは己の胸の中にずっと隠し、誰にも言うまいと誓った。


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