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100話 祭り

 翌日、アカムはひとまず後に回していた騒動の元を片付けるため、午前中はイルミアのお腹の様子を確かめたり、家でできるチェスのようなゲームをして時間を潰し昼飯を食べてから冒険者ギルドへと訪れていた。

 訪れたのは百階層にいた迷宮の主、マキナを倒した証拠である金色の魔石を提出するためであり、それはつまり迷宮の完全制覇を達成したことの報告そのものだ。

 正直、それに付随する騒動を考えれば報告などしたくないのだが、ギルドはもちろん街中の人々もアカムが少なくとも九十九階層まで来ていることを知っていて、新たな伝説と英雄の誕生をまだかまだかと心待ちにしていることを知っているために報告しないというのも憚られる。

 なぜ人々が心待ちにしているのかをアカムが知っているのかと言えば、街を歩いているときに期待しているなどと応援の声を直接かけられるからだ。


 そんな期待を裏切るほどアカムは勝手気ままな性格などしていない。

 既に英雄扱いで騒がしいのだから別に完全制覇を達成したことを報告したところで大差は無いだろうと自分に言い聞かして、ギルドの前まで来て重くなったように感じる足を動かしその中へと入っていった。


「ん? アカムじゃねえか。昨日は来なかったがほんの少し心配したぜ。で、今日はまた九十九階層の魔石を持ってきてくれたのか?」

「……」

「なんだ黙り込んで……これは、まさか?」


 どうやら何かの仕事でか窓口のほうに顔を出していたエルマンドが、入ってきたアカムに気付くと声をかけてきて、視線でさっさと九十九階層の魔石をよこせと訴えてくる。

 そんなエルマンドを無視し、何も言わないまま窓口の方まで歩き、ただ一つ、金色に輝く魔石を置く。

 当然、金色に輝く魔石など今まで見たことも無いが、アカムの事情を考えれば一つの可能性が浮かび上がり、それに気づいたエルマンドは驚いたような表情で目を見開きアカムへ問いかける。

 その問いにアカムは頷くだけだが、それで十分だった。


「おい! これすぐに鑑定だ!」

「は、はい!」


 その動作にやたら興奮した様子を見せつつ、確証を得るためにそれを鑑定することを急かす。

 その言葉にギルド職員も慌てながら魔石を鑑定し、驚愕でこれでもかと言うほど目を見開き固まった。

 その鑑定結果には百階層、迷宮の主と出ていた。


「――! おい、アカム! ついにやりやがったな! 迷宮の主を倒した……つまり異界迷宮を完全制覇したんだな!」

「ああ、うるせえ! バカでかい声で叫ぶんじゃねえよ!」


 それを見て確証を得たエルマンドが湧き上がる興奮のままに大声で叫ぶ。

 巨人種タイタンであるエルマンドのその大声は凄まじく、ギルド職員などは青い顔をして耳を塞いでいた。

 その大声に顔を顰めつつ、概ね予想通りの反応にアカムは苛立ち紛れに文句を飛ばす。

 そんなアカムのことなど気にすることも無くエルマンドはアカムの背中をこれでもかというほど強く叩く。


 だが、ふと地鳴りのような音がギルドの外から聞こえてきてエルマンドもその動きを止めて何事かとギルドの外を伺おうとする。

 それよりも先にギルドの扉が勢いよく開かれ――いや、勢いよく壊され大量の人がなだれ込んでいた。


「うおぉぉぉぉ!」

「今の話、本当か!?」

「英雄の誕生だァ!!!!」

「ついにあの『潔癖』がやりやがったんだな!?」


 それはエルマンドの大声によって集まってきた人たちだった。

 中には今日は迷宮探索を休みにしていたのか、冒険者の姿も見える。

 むしろ冒険者の姿の方が多いようにも見えた。


「ほら見ろ、お前のせいで騒がしくなったじゃねえか」

「はっはっは! いいじゃねえか! どうせ完全制覇の情報はすぐに広まるんだ。早いか遅いかの違いしかねえ!」

「おぉ!! おい、じゃあマジなんだな!? マジでアカムさんが完全制覇しちまったんだな!?」

「こうしちゃいられねえ! 他の奴らにも伝えないと」

「俺も手伝うぜ!」


 群がる人々が思い思いにアカムやエルマンドへと声をかけ騒がしくなったことにアカムが顔を顰めるがエルマンドは豪快に笑い、全く反省することも無い。

 おまけにその際に言ったエルマンドの言葉が、集まってきた人々が聞いた言葉が間違っていないのだと裏付け、さらに盛り上がり、そのとびっきりの情報を友人や道行く人に広めようと散っていった。


「こりゃあ想像以上に早く広まるなあ」

「てめえのせいだろうが、ハゲ」


 その様子にニヤニヤしつつそんなことをいうエルマンドにアカムは悪態を吐くが、そんな言葉もエルマンドは全く堪えた様子を見せなかった。





 それから二ヶ月後のこと。

 異界迷宮を完全制覇したものが現れたことを祝して盛大な祭りが開催された。

 祭りが開催される前からずっと祭りの如く大騒ぎしていたが、ともかく正式な祭りが開催されたのはアカムがギルドへ報告した日から二ヶ月後の事である。

 その祭りは十日に渡って開かれ、異界迷宮都市の人だけでなく、各種族国からも多くの人が訪れ賑やかに楽しんだ。


 その祭りの最後の日。

 日はすっかり沈み魔灯による明かりに淡く照らされた異界迷宮都市の中心広場に多くの人が来ていた。

 そこにはちょっとした舞台が作られていて、騒ぎながらも集まった人の誰もが注目している。


 『天の華』と呼ばれる、異界迷宮から得られた技術から作られた魔道具が打ち上げられ、天に光り輝く大輪の花を咲かせた。

 それは魔石を百個以上同時に消費して一度きりの効果しか持たない金のかかるもので、こういった祭りを盛り上げるのに使われる。


 その大輪の花に集まった人々が目を奪われていると、ふと、空に別の明かりが現れる。

 その光は揺れていて、炎なのだと分かった。

 そしてその炎はまるで鳥のような姿で、けれど全く羽ばたくことは無く青白い光の軌跡を残して空を自由に飛んでいる。

 やがて、その炎の鳥は広場に用意された舞台上へと真っ直ぐ降りてくると同時に炎が消え、その中から現れた人影に強い光が当てられる。

 同時に街中に映像を投射する魔道具を使ってその姿の映像が映し出され全ての人が見られるようにされる。

 暗い赤髪で左頬には深い傷跡があり、他は黒く堅牢な全身鎧を着ているようにも見えるその姿。

 それこそ、広場に集まった人々が、異界迷宮都市にいる人々が見たいと求めていたものだった。

 そして実際に目にして、その異形の姿とその姿から感じる圧倒的な存在感に思わず一同黙り込み、静寂が広場を満たした。


『――既に気づいているだろうが……俺が、異界迷宮を完全制覇した機械種マキナのアカムだ』


 アカムの声は、声を遠くまで聞こえるようにする魔道具によって街全体に届いた。

 その宣言で、アカムは自身の事を人間種ベーシスではなく機械種マキナと呼んだ。

 それはもはや種族は完全に変じてしまったことを受け入れるための覚悟のための宣言であり、種族の名は先人とも言える機械の身体の持ち主であるマキナから取ったものだ。


『そしてこれが迷宮の主から得た魔石になる』


 それからアカムは握っていた手を開き、持っていた物を掲げる。

 それは金色に輝く美しい魔石。

 ただ、金色なだけでなく、魔石から金色に輝くような光を放たれていて誰もがそれに目を奪われた。


『……俺はこういうのに慣れてなくていまいち盛り上げ方が分からん。だからせめて――』


 そう言葉を区切ると共にアカムは腕を真っ直ぐ上に伸ばし、手首辺りにあった穴に魔石を落とし込む。

 いつのまにやらその腕からは甲高い音が鳴り響いていた。


『――派手にいこう!』


 そして、そう宣言すると同時に金色の魔石は撃ち出された。

 金色の魔石が放つ光の軌跡が一筋の光線となるが、その魔石がアカムから遠く離れたことによって魔石が膨大な魔力を宿していることを多くの人が感じ取って驚愕する。

 そして、次の瞬間。

 カッと一瞬強く輝いたかと思えば、撃ち出された魔石が砕け内包して先ほどの『天の華』など比ではない、光の華を咲かせた。

 いや、無数に輝く小さくも美しい金色の無数の光が雨のように降り注ぐそれは、華などではなく『星の雨』と称すべき、美しく幻想的な光景だった。


 その光景は異界迷宮だけでなく、各種族国の王都からも確認されていて誰もがその光景に目を奪われ、その美しさに幸福感を覚えた。


 やがて、無数にあった光も徐々に消えていき、最後にはその全てが消え去り空は静寂を取り戻す。

 星の雨を見ていた人々はしばらく感傷に浸っていたが、ふと我に返る。


「「「うおぉおおおおおおおおお!!!!!!」」」


 そして誰からともなく湧き上がる興奮のままに叫び声をあげ、異界迷宮都市はアカムを称える喝采に包まれた。

 そうして、祭りは最高潮に盛り上がった中で終わったが、祭りが終わった後もしばらく異界迷宮都市は活気に満ち溢れていた。


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