10話 攻撃手段
ロックトータスとは距離にして二百メートル程離れているのと最初に岩陰に身を隠した甲斐あって気づかれていないようだが、先ほどアカムの行動によって生じた大きな音に引き寄せられてきたようでその場から消えることなくキョロキョロと辺りを見渡している。
アカムは首の動きを見極めながら岩から岩へと身を隠して移動して近づいていく。
そうして後二十メートルというところまで近づいたところでついに気づかれ、アカムが隠れた岩にロックトータスが打ち出した岩弾がかなりの勢いで当たる音がした。
「チッ気づかれたか。もう少し近づきたかったが」
『敵、こちらを向いてその場から動きません』
「出たところ撃ち抜こうってか」
攻撃されたことに舌打ちしながらも慌てず岩陰に隠れるアカムに、アイシスが敵の状態を教えてくれる。
どうやらアイシスには岩の向こうの状態を直接見なくとも把握できるらしかった。
「まあ、後は避けながら一気に接近するしかないか。で、アイシス。あれを倒すために使える機能の候補は?」
『方法は近接攻撃でよろしいですか? ……分かりました。では、該当知識を強制的に呼び出します』
「ッ――!? ぐう……なるほど……こりゃ知識の整理は最優先でした方がいいな……」
顔を少しだすと飛んでくる岩弾により岩陰の後ろに縫い付けられたことで興奮していた気持ちが少し冷め、落ち着きを取り戻したアカムは、まだ攻撃する手段について何も考えていなかったことに気づき、アイシスに確認を取る。
するとアイシスは簡単な確認を取るとすでにアカムの脳に植え込まれた基礎知識の中にある機能に関する知識を刺激して強制的に思い出させた。
それはかつて植え込まれた時ほどではないにせよ、それなりに痛みを伴うものでアカムは突如感じた強い頭痛に思いっきり顔を顰めた。
痛みに耐えるように歯を食いしばることたったの3秒ほどでその痛みは引いたのだが、それでも感じた痛みは相当なものだった。
おそらく今後も何か機能をアイシスに聞くたびに痛みを味わうことになることを察したアカムはなるべく急いで知識を整理し理解しようと心に決めた。
「よし……じゃあ行くか!」
気合いを入れなおすようにそう言ってアカムは程ほどに大きな石を放り投げる。
岩陰から飛び出したその石を誤認したロックタートルは岩弾を撃ち出してそれを叩き落としたが、岩の反対側からアカムが飛び出すことを許してしまった。
ロックタートルの岩弾には次の撃ちだしまでに数秒かかるため、アカムはその間に一気に距離を詰めようと地面を強く蹴って走る。
それからロックタートルの首がこちらに向いたのを確認し、タイミングを見極めて左側にステップして次の岩弾を回避した。
二発目の岩弾を回避したアカムはそのままロックタートルへと接近していくが、ロックタートルは攻撃よりも身を守ることを選んだようで甲羅の中に引き籠ってしまう。
岩でできた甲羅は分厚く、甲羅に籠った状態のその姿はアカムの腰ほどの高さがあり並大抵の攻撃ではその防壁を貫くことは難しいだろう。
だが、それを見てアカムはニヤリと笑みを浮かべた。
「無駄無駄ァ!」
大声をあげながらアカムはジャンプして甲羅の上に飛び乗るとその甲羅に右の手のひらを押し付ける。
いつの間にかアカムの右腕は肘から何か棒状のものが飛び出していると共にキィィィンという甲高い音が鳴り響いていた。
「くらいやがれぇ! バンカーショットッ!!」
アカムのその言葉と同時に凄まじい音が響き、肘から飛び出ていた棒が一瞬で腕の中に引っ込んだかと思えば、次の瞬間には手首のあたりから突き抜けたソレがロックトータスの甲羅を一気に貫いた。
そしてそのまま撃ち出されたソレは地面へと突き刺さり、地面に大きくひびを入れて辺り一帯を大きく揺らしたのだった。
攻撃が成功したことを悟り、アカムが甲羅から飛び降りるとその甲羅には直径五センチほどの穴があいていて、アカムが降りてから少ししてからその穴から血が噴水のように噴き出された。
「うわあ……」
自分でやっておきながらアカムはその光景に少し引いて、引き攣った笑みを浮かべた。
岩で覆われたロックトータスの姿は自らの血でどんどん赤く染まっていきある意味美しくも感じられるのだが、生々しい血の臭いが鼻につきそんなことは言っていられない。
少しして血の噴出も収まったところで徐々にロックトータスの身体が地面に吸い込まれるように消え、後には魔石と地面に半分ほど刺さっている杭のような黒い棒だけが残っていた。
「おい、何したんだ?」
「いや……ちょいとばかり杭を撃ったんだが、まさかあんな血が噴き出すとは思わなかった」
「杭……あれか……どんな速度で撃ち出せばロックトータスの甲羅を貫いたうえで地面に深く刺さるんだ?」
しばらく茫然のしていたアカムの元へウルグがやってきて問いかける。
問われたアカムもどう説明したらいいか分からず、頭を掻きながら分かる範囲で説明すれば、地面に刺さった杭を見てウルグは呆れたように肩を下げるのだった。
アカムが使ったのはパイルバンカーと呼ばれる機能で、杭を超高速で撃ち出して敵を貫くというものである。
本来ならば完全に射出せずに手首の辺りで杭の頭が固定されるのだが、ロックトータスの分厚い岩の甲羅を貫くためにあえて固定しないようにしたものが先ほどアカムが使った攻撃であった。
他にも杭を撃ち出す勢いを利用して拳を撃ち出し、腕を振りかぶることなく相手に強力な打撃を与えることも可能である。もっとも、それを人に対して使えば拳は打撃を与えるのではなく、その肉を容易く貫くことになるだろうが。
『とりあえずマスター、杭を回収してください。回収しなくても再生成は可能ですがその場合一週間ほどかかります』
「ああ、そうなのか。完全射出する時はなるべく失くさないようにしないといかんな」
アイシスに言われて深く刺さった杭へと寄っていく。先に魔石を回収してから杭を右腕で引き抜いて腕の中へと収納する。
もちろん地面から引き抜いたときに《クリーン》をかけて土汚れを落とすのも忘れない。
「他の機能もさっきのと同等の威力があると思っていいんだよな?」
『相手により多少の有利不利はありますが、いずれも高い威力を持っています』
「ほう……。まあ威力は今ので概ね保障されたようなもんだし、試すなら別に魔物じゃなくてもいいから、ちょいと別の近接用の機能試してみるか」
先ほどアイシスに無理やり呼び出された知識には他の機能についてのものもあったことを思い浮かべながら確認を取れば、パイルバンカーに負けない威力があるとのことだった。
それを聞いたアカムは今後、義手が大いに役立つだろうことを感じて嬉しく思いながら岩へと近づいていくつかある機能の内の一つをさらに試そうとする。
「今度はなにするんだ?」
「今度は一瞬の攻撃力じゃなくて継続して使える奴だな」
心なしかワクワクと言った様子のウルグに問われてアカムは得意気に笑いながら軽く説明する。
そして貫手をするように親指をたたみ、他の指をピンと伸ばしてぴったりと揃える。
「よしっでもって手首から高速で回転させると……ッ!?」
「おお! なんだそれ!? すげえ速度で回ってるな……おいどうした」
「い、いや。何でもねえよ……いくぞ」
そして今度は手首から先が高速で回転していき甲高い音が鳴り響いていく。その様にウルグも興奮して見守るが、なぜかアカムは何かに耐えるような顔をして顔色が悪くなっていた。
それをみて大丈夫なのかとウルグが声をかけるが、アカムは首を振って問題ないことを告げて高速回転する右手を岩面へと押し当てていく。
最初にガガガっと大きな音を立てたかと思えば、高速回転する手は岩を削りながら深く突き刺さっていった。
ウルグがそれを見て興奮していたが、アカムはある程度確認が取れたところで回転を止め、すぐに腕を引き抜いた。
そしてよろよろとふらついて膝をついて四つん這いになって倒れる。
「う……オエエエエェェ……うぷっ……エェ……」
「おい!? どうした!?」
突然嘔吐するアカムにギョッとしてウルグはその背を擦りながら顔を覗き込む。
なぜか青い顔をしていたアカムは何度も深呼吸をしていて、額には大量の汗をかいていた。
しばらくしてようやく落ち着いたのかアカムは立ち上がって歩き、大岩に思いっきり背をもたれて座り込んだ。
生活魔法の《ウォーター》を使って飲み水を作ってがぶがぶ飲んで一息ついたようだ。
「どうしたんだ……?」
「ああ……いや……なんていうか……」
何があったのか尋ねるウルグだったか、いまいちはっきりしない言葉ばかりで要領を得ない。
どうやらアカムはどう説明したらいいか悩んでいるようだった。
「ああ、そうだ! 普通さ……手首ってある程度までしか捻れないだろ?」
「そりゃあな」
「でもよ。俺のこの腕は今さっきやったように、どこまでも捻ることができるんだよ」
ふと、思いついたように顔をあげ、ぽつぽつと説明を始めるアカムに相槌をうつウルグだが結局何が言いたいのか分からない。
「んで、その何回転も手首が回転するその感覚がはっきり感じられたんだわ」
「それは……」
そこまで聞いてようやく何が言いたいのかウルグも理解して気持ち悪そうな顔をする。
「初めて感じるその感覚がもう……手首がさ、ありえないぐらい捻じれて、捻じれて……最終的には捻じ切れるんじゃないかっていう風に感じて……うぷ……思い出したら吐き気が……」
「やめろ! 俺まで気持ち悪くなってきた」
『感覚のリンクを一時的に切ることを忘れたのですね。さすがはマスター。義手を使いこなすためにはそういった代償も厭わないとはあっぱれです。素晴らしい。拍手を送りましょう。パチパチパチパチ』
説明しているとまたその感覚を思い出して吐き気を感じたアカムが身を縮め必死になって耐え、アカムの言葉に想像してしまったウルグが少し顔色を悪くしながらも怒鳴る。
そんな微妙な空気の中、アイシスは馬鹿にするように平坦な声で己のマスターを称賛していた。