第五話 真琴ちゃんの正体とお風呂
ご馳走をたくさん食べたあたしは、おばあちゃんにお風呂に入りなさいと促された。
「お風呂は、居間を出て廊下の角にあるわ。着替えも持って行ってね。シャンプーやリンスがどれかは分かると思うわ。一人で入れるわよね? うちのお風呂は広いわよ~」
「もちろん。お風呂、広いんだぁ! 楽しみ! 行ってくるね」
ボストンバッグからパジャマと新しい下着を出して言われた通りの場所へ向かった。
「お風呂、お風呂~!」
はしゃぎながら小走りになっていると、ドシーンと誰かにぶつかった。
「わっ、ごめんなさい」
ぶつかった相手は男の子だった。背が高い男の子。
「ああ、ごめん。もしかして、あんた、香織さんの娘? ふーん?」
男の子はあたしをしげしげと眺めて言った。なんだろう、この人……。
「そうですけど……、あなたは?」
「俺、真琴。香織さんの兄の息子だよ。あんたのいとこって事になるけど」
「ええっ? おばあちゃんが言ってた真琴って、あなたの事だったの? あたしてっきり、女の子かと思ってた……」
思わずそう言ってしまった。真琴ちゃん、じゃなくて真琴くんなの?
「何か勘違いしてない? 俺、男だけど。ばあちゃん何吹き込んだんだろ」
「そうなんだ……。ごめんなさい、あたしお風呂入るから」
「気を付けろよ」
真琴くんがそう言った。気を付ける?
「へ? 何の事?」
「うちの風呂……出るぞ」
そう言って両手を胸の前で垂らした。出るって……オバケ!? 嘘でしょ、あたし、オバケは大の苦手なのに~!
「そ、そうなの? まあでも幽霊なんていないし……平気だし……」
「ビビってんじゃねえか。俺が一緒に入ってやろうか?」
「はぁ!? 何なんですか、あなた! このド変態!」
そう言い捨てて走って脱衣所に向かった。
何よ、何よ、何なのよ~! 変態、バッカじゃないの、最っっ低ー!
心の中でそう毒づきながら服を脱ぎ捨ててお風呂場に入った。
「広い……」
思わずそう呟いてしまった。とても広い。旅館にある温泉みたい。すごいなあ……。
丹念に体を洗ってたっぷり温まってあたしはお風呂を出た。幽霊なんて出なかったから、真琴くんのはったりだろう。真琴くんのことでイライラしてたけど、なんだか不思議と落ち着いたので、スキップしながら居間に戻った。
「おばあちゃん、お風呂、めっちゃ気持ち良かったよ~。あと、真琴くんに会ったの!」
「あら、それは良かったわ。そういえばあなた、真琴の事女の子だと勘違いしてたわよね?」
「うん……。お風呂に行く途中でぶつかったの。それでね、あたしに『一緒にお風呂入ってやろうか』とか言ったんだよ~! 変態だ!」
あたしが怒っているとママは笑ったけど、おばあちゃんはこう言った。
「真琴によく言っておくわ。でもね菜乃葉、明日から本格的に茶道のお稽古を始めるつもりだけど、そう心を乱していては茶道は始められないわ。真琴も本気で言っているわけじゃないだろうし、軽く受け流すのが大切よ」
と、片目をつぶった。
「そっかぁ、そうだよね……。あたし、真琴くんなんかに心を乱されないわ!」
そう宣言してその日は床に就いた。