赤頭巾と狼の友人 その二
「コイツはマルセル。俺の……知り合いで、魔導師だ」
クロードはそう言って、知人……というか友人であるマルセルを紹介した。紹介されたソニアは、クロードの後ろに隠れてしまっている。
他の人間に会わせたことがなかったため知らなかったが、彼が拾った子どもは人見知りだったらしい。森での初対面のときの人懐こさは一人で心細かったからだろう。動物――主にオウムやカラス――には物怖じせずに話しかけていたので、元々ひとが苦手なのかもしれない。
「…………こんにちは」
クロードの後ろからひょこっと顔を出し、ソニアは頭を下げた。振り向いて、クロードはちゃんと挨拶した彼女の頭を撫でる。
その二人の様子を見たマルセルは、少し驚いたように目を瞠った。
「……へえ。ヴィヴィに聞いてはいたけど、ホントだったんだ。チョー意外」
ヴィヴィというのはギルドの鳥のことだ。ちなみに、正式名称はヴィヴィアンでクロードはヴィーと呼んでいる。
「聞いてたんなら騒ぐな」
数分前の騒ぎを思い出して、クロードは顔を顰めた。マルセルの問題発言のことを考えると、今でも頭が痛い。
クロードの頭痛の原因は、向かいの椅子に腰掛けて呑気に茶を啜っている。茶はマルセルが自分で勝手に淹れたもので、椅子も家主の許可なく勝手に座っていた。
「えぇー、だってぇー。面白かったし?」
反省の色が見えないマルセルの頬には刃物で斬られたような傷がある。先程クロードが付けたものだが、薄皮一枚のことなので血は出ていない。
悪びれないマルセルを見て、クロードは“もっと深く斬っておけば良かった”と後悔した。
「…………死ね、このクソ魔導師」
「あらヤダ、クロードったら口悪い」
マルセルは口元に手を当て、しなを作る。完全に嫌がらせだ。
「………………」
「いやいや、剣は出しちゃダメでしょ。これ以上俺を男前にしてどうすんの」
魔剣に手を伸ばしたクロードに、マルセルは慌てて言う。さすがにこれ以上はマズイ。
止める言葉すら軽いのは彼の性格だろう。付き合いの長いクロードは、渋々ではあるものの何も言わずに剣を収めた。
それに内心ホッと胸を撫で下ろしたマルセルは、ソニアが困惑したように自分とクロードを見比べていることに気づく。怯えさせないように、柔らかい口調で話しかけた。わりと子どもは得意な方だ。
「驚かせてゴメンね? えっと……ソニアちゃん?」
確認するように名前を呼ばれ、ソニアはこくりと頷く。
緊張しているのか、彼女の緑の目は警戒するようにマルセルをじっと見つめていた。
「お詫びにいいものを見せてあげよう」
そんなソニアに何を思ったのか、マルセルは妙に気取った風にそう告げる。
クロードは彼が何をするか分かっているようで傍観していた。ただ、“あまり余計なことはするな”とでも言うように、マルセルへと鋭い視線を向けている。
クロードの視線を受け止め、マルセルはヘラリと笑った。しかし、すぐに顔を引き締め、パチンと指を鳴す。その音と同時に、青白い光を放つ球が宙に現れた。
「……!?」
「さあ、よく見るといい」
マルセルの言葉に従うように、宙に浮かんだままの光の球がソニアに近づく。そして、顔に触れる寸前で弾けた。
「…………きれい」
ただただ目の前の光景に見惚れるソニアの目に映っているのは、もう室内ではない。
輝く日の出、澄み渡った青空、赤く焼ける夕日、数え切れないほどの星が光る夜空……どれも一瞬で姿を変えていく。魔導師が生み出した光の球には、色んな“空”が詰まっていた。
「俺はね、青空の魔導師って呼ばれてるんだ。青い雷とか言ってるやつもいるけど、雷より空の方が好みかな」
マルセルが得意とするのは光を操る魔術だ。光魔法を使った精巧な幻を作ることを好んでいるが、攻撃魔法として雷撃を使用するので、ギルドでは“青雷”の方が通りがいい。
ちなみに、“青”はトレードマークの青いとんがり帽子からきている。だが、クロードと仕事を組むようになってから黒い帽子に変えてしまったため、実のところ彼の二つ名の理由を知っている者は少ない。イメージカラーが青から黒に変わらないのは、全身黒ずくめの男とよくいるからだろう。
「すっごく、きれいだった。……おそらのなまえ、ぴったりだね」
そう言って笑いかけるソニアの顔は興奮しているのか、少し赤かった。
にこにこ笑う彼女を見て、珍しく真面目な顔になったマルセルはクロードに尋ねる。
「なぁ、この子持って帰ってもいい?」
「ふざけんな、一人で帰れ。……地獄に逝きたいんなら、俺が送ってやるぞ?」
「……え、遠慮しとくヨ」
低い声で脅すクロードに、さすがのマルセルも顔が引き攣った。“冗談、冗談”と軽く笑ってみせるが効果はなく、クロードは彼を睨んだままだ。半分本気だったとバレていた。
「まるせるさん」
「うん? 何かな、ソニアちゃん?」
ソニアに声をかけられ、マルセルはこれ幸いとばかりにクロードから目を逸らす。
「また、みせてくれる?」
「ああ、それならお安い御用さ。今度はもっと凄いものを見せてあげよう」
「ほんと? ありがとうっ!」
「どういたしまして。……さて、シュテファン」
嬉しそうに笑うソニアに笑みを返したマルセルは、ずいぶん前からずっと黙ったままだった自分の使い魔に呼びかけた。
名前を呼ばれたカラス――シュテファンはびしっと姿勢を正して主人の言葉を待つ。
「クロードに伝言伝えてくれた? 俺、お昼ご飯目当てで来たんだけど」
「ええっ!? 主殿、“昼食とかはいらないから”って言ってたじゃないですか」
「えぇー、あれは遠慮深い自分を演出しつつ“お昼ご飯食べたいな”っていうメッセージじゃん。シュテファン、何年俺の使い魔やってんの。それくらいわかってよ」
「そ、そんな…………某は、某は……っ」
子どものようなことを言うマルセルに、シュテファンは戸惑いの声を上げた。
クロードはそんな一人と一匹を見て溜め息を吐き、“いい加減にしろ”とマルセルの頭を小突く。
「お前が早く来すぎなんだよ。腹減ったなら、もうちょっと待ってろ。お前の分も用意してやるから」
その言葉を聞いたマルセルは感激したようにクロードに抱き付き、クロードはそれを殴って引っぺがし、シュテファンは安堵したように息を吐いて、彼らを見ていたソニアはにこにこと笑った。
◇◇◇
「某にも食事をくれるなんて……っ! クロードの旦那、一生付いて行きます!!」
「やっぱ、クロードって優しいよね~」
「うん、おおかみさんはやさしいよ?」
「うんうん、ソニアちゃんは分かってるなぁ。……その“おおかみさん”って呼び方いいよね。そうだ! 俺もこれからそう呼ぼうかな。ねぇ、おおかみさん?」
「お前、頭に熱湯ぶっかけられたいのか」
「いや、ゴメン。他意はないんだ、他意は」
――――今日の昼食は、いつもより賑やかだった。