赤頭巾と狼の友人 その一
クロードとソニア、二人の暮らしはとても静かだ。
ソニアはあまり活動的な方ではなく、一人で絵本を読んだり絵を描いたりすることを好む。クロードも多弁な方ではなく、元々一人暮らしだったこともあり、二人の間は会話が多いものではなかった。
ただ、絵本を読んでいたソニアがふと顔を上げるとクロードと目が合ったり、魔剣の手入れをしていたクロードがたまに部屋を見渡してソニアの位置を確認していたりする。
家の中での二人の生活は、心地良い沈黙に包まれていた。
「おおかみさん、とりさんきてるよ?」
窓の外に黒い大きな鳥が留まっていることに気づいたソニアは、こちらに背を向けて昼食の用意をしているクロードに声をかけた。
クロードの家には鳥がよく訪れる。大抵がギルドの鳥で、森の奥に住む彼のために生活物資や情報を運んで来る役目を負っていた。今は休暇中ということで止めているが、その鳥を通してギルドの依頼を受けることもある。
「ん? ……げっ、マルセルのじゃねぇか」
振り返り、窓の外を見たクロードは嫌そうに顔を顰めた。
そんな彼に、ソニアは首を傾げる。
「ちがうとりさん?」
ギルドの鳥は赤いオウムだ。それに対して、窓の外にいるのは黒い鳥。
常とは異なる鳥とクロードの様子を見れば、ソニアでなくとも気になるだろう。
「ああ。カラスだからな。マルセル、俺の知り合いの使い魔だ」
「つかいま?」
「魔導師が使役してる動物のことなんだが……分からないよな」
「???」
クロードの説明ではわからなかったのか、ソニアは首を捻っている。“うーん”と眉間に皺を寄せて考え込んでいるのは、同居人の影響だろうか。
そんなソニアを見てフッと笑みを零したクロードは彼女の前にしゃがんだ。彼にしては珍しく、幼い彼女にもわかるよう噛み砕いて説明する気のようだ。
「マルセルっていう俺の知り合いがいる」
「うん」
「そいつの……あー、ペットのことだ」
適当な言葉が思い付かなかったため、クロードは困ったようにガシガシと頭を掻いていたが、結局微妙な説明になる。使い魔をペット呼ばわりすることに多少抵抗はあったものの、ソニアに説明するためには仕方ない。魔術がどうのと言っても混乱させるだけだろう。
「わかった!」
ソニアはにっこり笑って頷いた。
彼女が使い魔の本当の意味を知るのは、もう少し先になりそうだ。
◇◇◇
窓を開けて、カラスを家の中に招き入れる。
魔の森を抜けて来ているのだから、かなりのレベルの使い魔のはずだが、なぜかクロードを見てビクついていた。前回、彼が訪れたときにクロードが言った“カラスって食えるのか?”という呟きを気にしているようだ。小心な。
「で、何の用だ? くだらん用だったら、主ともども叩き斬るぞ」
「ヒッ!?……え、えっとですね。某はただの伝言役でして……」
「………………」
カラスは、クロードの脅しに小さく悲鳴を上げた。自分は来たくて来ているのではないことを告げようとしたが、ひと睨みされて黙る。
ちなみに、このカラスは人語を解するが、もちろん普通の動物は人間の言葉など話せない。
ギルドの魔術師や魔導師たちは専用の魔法を使って話せるようにし、場合によっては知能も上げている。動物の種類によって能力が異なるのでかなり便利だが、魔法を長いこと使われていると人間臭くなるのが難点だ。ギルドの鳥など、謎の方言でハイテンションに語りかけてくる。煩いことこのうえない。
「主殿からの伝言です。……“元気? 寂しがってるだろうから、もうすぐ遊びに行くよ。だいたい三十分後くらいには着くと思うけど、昼食とかはいらないから。まあ、クロードがどうしてもって言うなら”……痛たたっ!?」
忠実にマルセルの伝言を再生していたカラスだったが、クロードに嘴をねじり上げられて言葉が途絶えた。加害者のクロードは不機嫌顔だ。
「おおかみさん、とりさんいたいとおもう」
見兼ねて、今まで静かに様子をうかがっていたソニアが話しかけると仕方なさそうにクロードは嘴から手を離した。
カラスは救世主に会ったような眼差しで彼女を見る。
「お嬢さん……しがない使い魔の某を気遣ってくれるだなんて……っ」
「とりさん、だいじょうぶ?」
そう言って、ソニアはカラスの方へ手を伸ばした。そのまま、そっとカラスの嘴を撫でる。
「いたいの、いたいの、とんでいけー。……えへへ、おおかみさんがおしえてくれたんだ」
カラスはその愛らしい言動にときめいたものの、ソニアのセリフの後半が気になりすぎてそれどころではなかった。
今度は信じられないものを見るような眼でクロードの顔を見上げる。
「は? クロードの旦那が教えたんで……?」
「何か、文句でも?」
「いえ……クロードの旦那が“いたいの、いたいの、とんでいけ”って……」
「………………」
クロードは目にも止まらぬ早さでナイフを取り出した。
無言で見下ろすその眼には殺意が滲んでいた、と後にカラスは語ったと言う。
「………………」
「………………」
沈黙を破るように、バンッと大きな音を立てて家の扉が開かれた。
乱暴に扱われたため扉が軋んだ音を立てたが、開けた人物は特に気にした風もなく勝手に他人の家に上がり込む。
入ってきたのは、黒いとんがり帽子をかぶった青年。クロードより少し年上に見える。
「よー!! 久しぶり、クロード! 遊びに来てやっ……え?」
その青年はちょこんと椅子に座るソニアを見て固まった。
◇◇◇
「お前……! その子、どこから攫ってきたんだ!?」
「ああ?」
「いや、お前がロリコンでも軽蔑したりする気はないが……犯罪は、やめておけよ?」
「……………死ね」
「え、ちょ、待て! 落ち着けって!! 剣は、剣は抜くな!!!」
「抜いてない」
「あ、そっか。元々抜き身だもんな。……って止めて、こっちに向けないでーっ!!」
――――クロードの友人であり、相棒でもある魔導師は嵐のように現れた。
※一部の表記を変更しました。魔導士→魔導師