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“おおかみさん”と一緒  作者: 雨柚
こぼれ話 “おおかみさん”と赤頭巾の日々
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赤頭巾と狼の墓参り その七

 名前が彫られているだけの簡素な墓石の前に、花束から抜き取った花を一本ずつ置いていく。

 黙ったまま淡々と行われる弔いはどこか侵しがたい空気を伴っていて、繰り返される行為が単なる作業ではないことを示している。


 これはクロードの墓参りだ。

 彼が墓前に花を供えていくのをソニアはただじっと眺めているだけ。

 手を出すことも口を挟むこともできなかった。何かしたいと思ったけれど、手伝おうなんて言えなかった。

 一つ一つ丁寧に花を供えていくクロードの背は手伝いなんて必要としていない。墓に名を刻まれているひとだって部外者(ソニア)に弔われるのでは不満だろう。


 だから、ただ見ていた。

 一緒に墓参りに来たはずなのに。これでは、ソニアはクロードの墓参りについてきただけだ。


「暇だったら好きにしてていいぞ」


 久しぶりにこちらを向いた瞳がその場に突っ立ったままのソニアを捉えた。困ったような顔で手持ち無沙汰な連れ(ソニア)に声をかけたクロードは、何を思ったか花を供えるのを中断してこちらに歩み寄る。


「暇じゃ、ないよ?」


 何をしていいかわからないだけで。


「墓参りに誰か連れてくるなんて初めてで俺自身どうしたらいいかわからないんだが。いつも通りってわけにもいかないよな」


 それは誰かに向けた言葉ではなかった。目の前のソニアに言うわけでもなく、自分自身に向けたもの。

 その呟きを拾って初めて、クロードも戸惑っていたことに気づいてソニアは驚く。全然そんなふうには見えなかった。他者には決して入り込めない神聖さすら感じていたのに。


「正直、お前に何を望んでここに連れてきたのか自分でもわからないんだ」


 今度のそれは、確かにソニアに向けられている。打ち明けるように悩みながらも紡がれた言葉は紛れもない彼の本心で、だからこそ胸に響いた。


 クロード自身がわからない彼の心をソニアがわかるわけもない。でも、拒絶されているわけでも無関係だと切り捨てられているわけでもないことはわかって。この村の跡を訪れてから少なからず歓迎されていないと感じていたソニアはそのことに心から安堵した。

 ここに思い入れなんかないからと、関係ないと無意識に切り捨てていたのは自分の方だったのかもしれない。


「どうして今年は誘ってくれたの?」


 何を言えばいいかわからないといった様子のクロードを前に、そんな疑問が口をついて出た。


「別になんか特別なことがあったとか、そんな大層な理由なんてない。ただ、夢を見て……久しぶりに昔の夢を見て、変わらないと思ってたものが変わってたことに気づいた。そしたらソニアの顔が頭に浮かんで――今日ここに来るとき、お前を連れてこようと思ったんだ」


 “だから、質問に答えるならなんとなくとしか言えない”と付け加える。


 クロードの口ぶりで本当に理由なんてなかったのだとわかった。夢というきっかけがあっただけで、ソニアが何かしたわけでもクロードの心境に劇的な変化があったわけでもない。

 いや、変化はあったのかもしれない。急激にではなく緩やかに変わっていったものがあって、その理由にソニアが関わっていたのならこれほど嬉しいことはないだろう。ソニアがクロードに影響されるように、クロードもソニアに影響されている。そうだとしたら喜ばしい。


「考えてみりゃただの自己満足だ。こんな辛気臭い場所に連れて来て悪かったな」

「そんなことない!」


 否定する声は自分で思っていたよりも大きく響いた。


「嬉しかったよ。おおかみさんの生まれた場所に……ううん、大切な場所に連れて来てもらえて、今も嬉しい」


 考え考え言ったはずの言葉は拙い。

 ソニアが子どもじゃなかったら、経験豊富な大人だったら、もっと上手く伝えられたのだろうか。


 おおかみさんにとって大切な場所なら、わたしにとっても大切な場所だから。


 無関係じゃない。この村の在りし日の姿を知らなくても、亡くなった村人に知り合い一人いなくても、名前が刻まれた石だけが並ぶ村に寂しさすら感じなくても。

 ソニアにはクロードと同じ景色は見られない。大切だと思う心だって同じじゃないけれど、クロードにとって意味があるこの場所に来ることを無意味だなんて思わない。


「ここに来られて良かった」


 村が滅んでいなかったら、村人たちが生きていたら会いたかったなんて言ったら嘘になる。

 ソニアは自分勝手で我儘だから、クロードの大切なひとたちに会ったら嫌な態度を取ってしまうだろう。会いたくなんてない。死んでいてくれてよかったなんて酷いことは思わないけれど、墓参りじゃなかったら誘われても絶対にここには来なかった。


「お花をお供えするのは手伝えないけど……」


 クロードが懐かしそうな顔で言う“みんな”が生きていたら、彼の帰る場所はここだったはずで。

 もしそうだったら、クロードの大切なもののなかにソニアは入っていないと知っているから――だから、ソニアは遠くから見ていることしかできなかった。醜い心を抱えて、クロードの大切なひとたちが眠る墓にきれいな花を供える。そんなこと、できるわけがない。


「傍で見ててもいい?」


 花も供えられないソニアだけれど、クロードの傍で村人たちが安らかに眠れるように祈るくらいはしたい。


「傍で? もちろんいいが……手持ち無沙汰なら手伝ってくれてもいいんだぞ?」

「ううん、いいの。村のひとたちも知らないひとからお花をもらっても嬉しくないと思うし……わたしが村のひとだったら、おおかみさんにお供えしてもらった方が嬉しいから」


 手ずから墓を建てて、毎年訪ねて来てくれる。羨ましいと少しだけ思ってしまった。


「………………」


 クロードが押し黙る。

 短い沈黙はソニアには痛いほどで、自分の言葉をどう思ったのだろうと不安に駆られた。


「俺は死後の魂なんてものは信じてない」

「……?」


 突然、何を言い出すのだろう。


 すべての人間は神に祝福されて生まれ、神に愛されるがゆえに肉体が滅んでもその魂が滅びることはない。神の定めた運命に従って生を全うしたひとの魂は安らかに眠り、神の与えた役目や試練を放棄して罪を犯したひとの魂はその罪を贖うまで苦しみとともに地をさまよう。

 これが教会の教えであり、この大陸で最も一般的な考え方だ。……クロードのように信じていないひともいるが。


 教会の教えをソニアは信じている。両親に愛されてなくても神様に愛されて生まれてきて、辛いことがすべて試練だったと思えば幸せじゃなかった日々にも少しは意味が見出せた。だから、ソニアは自分のために神様を信じている。

 でも、クロードはそうじゃない。運命なんてもので故郷が滅んだとは思いたくないのかもしれない、とセルジュが言っていた。そうだとしたら、クロードが神様を嫌うのも信じたくないと思うのも当然かもしれない。


「ひとは死んだらそこで終わりだ。墓なんてなんの意味もない」


 自ら建てた墓に毎年お参りに来ている彼の言葉には矛盾を感じる。

 意味がないと言うなら、どうして墓を建ててここを訪れるのだろう。


「だから、そんなに深く考えなくていい」


 するりと頬を撫でられた。まるで、そんな顔をするなというように。

 変な顔をしていたつもりはないが、クロードが頭を撫でずに頬を撫でたならそういうことだ。一瞬とはいえ死んでしまったひとたちを羨んだことを見抜かれた気がして、顔を俯ける。


「考えすぎ、なのかな」


 悪い方に悪い方に考えてしまう自分の性格をソニアは自覚している。クロードにも友人たちにもよく言われるから、自覚せざるを得ない。


「墓は生きている人間のためにあるものだ」

「……死んだひとじゃなく?」


 普通は、亡くなったひとのためのものではないだろうか。


「死んだやつが墓なんか欲しがるか。生きてるやつが自分の心を慰めるために建てるんだよ」

「おおかみさんも?」

「俺の場合は生き残った義務みたいなもんだ。あと……守れなかったものを確認しにきてるのかもな」

「……暗い」

「お前に言われたくない」


 そう言って頬を引っ張られる。今日は二回目だ。ちょっと痛い。

 ソニアも自分の性格についてはわかっているので、クロードの言葉に納得してしまう。確かに、ソニアには言われたくないだろう。

 うんうんと頷いていると“ちょっとは反論しろ”と呆れられてしまった。でも、反論の余地がないのだから仕方ない。


「おおかみさんは、あんまりそういうふうには考えないと思ってた」


 常に明るいひとだと思っているわけではないけれど、ソニアのような暗い思考が似合わないひとだと思っていた。実際、クロード本人の口から聞かされた言葉には違和感がある。

 ソニアの知らないクロードの一端を垣間見た気がして、嬉しいような面白くないような複雑な気分になった。


「誰でもそんなもんだろ。明るいだけのやつはいないし、暗いだけのやつもいない。……別に、俺だって死んだやつらを弔う気がないわけじゃない。安らかな眠りってやつをそれなりに祈ってやってる」


 この村のひとたちのために一番祈ったのは彼だろうに、そんな言い方をする。

 この優しいひとは素直じゃない。器用だけど、不器用なひと。捻くれていて、自分が嫌いなソニアより自分を許すのが下手だ。ソニアの頭を撫でる手は彼自身を撫でないし、ソニアを気遣う心は彼自身を気遣わない。剣を握れば多くのひとを救える手は彼自身を救わず、他人を許す心は彼自身を許さない。

 このひとを救えればいいのにと思う。他の誰でもなくソニアが、ソニアの手で救えればいいのにと。


「義務しかなかったんだ。俺がここに来る理由は義務しかなかった」

「………………」


 クロードの言葉は嘘ではないが、それだけではないとソニアは知っている。クロード本人はわかっていなくても、認めていなくても、ソニアにはわかっている。


「でも、お前を連れて来たのは義務じゃない」


 きっかけは昔の夢でなんとなく誘った、と言っていたのを思い出した。


「お前が……ソニアがいたら義務じゃなく祈れると思ったんだ」


 呟くような言葉はまるで魔の森に迷う子どものようで、大人の彼には似つかわしくない。

 迷っているのだ。クロードも迷っている。正しいことなんかわからなくて、自分の心だってはっきりとはわからない。

 彼の言う“義務”を捨てたいわけじゃないだろう。責任感の強いひとがそんなことを思うわけがない。でも、彼にだって義務を忘れて祈るときがあってもいいわけで。

 誰かと一緒に来たからと言って何が変わるわけでもない。彼が背負う荷物はなくならないし、軽くなりもしないだろう。変わるとしたらそれはクロードのなかだけだ。


 変えるために連れて来てくれた。意味のないものを意味のあるものにするために、ソニアを選んでくれた。それが嬉しい。


「わたしも村のひとたちにお花をお供えしてもいい?」


 そうすれば、クロードは生き残った義務なんかじゃなく、ただ彼の大切なひとたちのために祈れるのだろうか。


「ああ――頼む」


 少しだけ目を伏せて考え込んだ後にクロードはそう答えて笑った。

 魔の森の陽の射す場所に相応しく、晴れ晴れと。



   ◇◇◇



 その後、ラージュ村の話を聞きながらクロードに倣ってソニアも墓の前に花を置いていった。

 彼がやっていたように一本ずつ丁寧に供えたはずなのに、その様子が面白かったのかなぜか笑われてしまう。


 クロードは始めは子どもの頃の話をしたがらなかったが、ソニアがせがむともうほとんど覚えていないと言いつつ普段よりやや饒舌に話してくれた。クロードと話していてソニアが聞き手に回るのは珍しい。

 村人たちの顔もおぼろげだと語った横顔はそれでも懐かしげで、口調だけが淡々としていた。そのことに胸が締め付けられる気がして、遠くを見るような眼差しに不安が募る。


 だから、帰り道は手を繋ごうと思った。

 迷子にならないように――帰るべき場所に帰りつけるように、と。





《 作者が疑問に思ったこととその答え 》

Q.あれ? クロードって寒いところの出身じゃなかったっけ? 魔の森って寒いの?

A.魔剣の暴走により気候が変わった。以前は年中寒かったらしいが、今は暑かったり寒かったり差が激しいうえに季節を無視した気温になることも。ちなみに、季節は前からあった。夏は涼しく冬はめちゃ寒い。


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