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“おおかみさん”と一緒  作者: 雨柚
こぼれ話 “おおかみさん”と赤頭巾の日々
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赤頭巾と狼の墓参り その四

 寄りたいところがあると言うクロードがソニアを伴って足を踏み入れたのは花屋だった。

 色とりどりの花々が店内に所狭しと並べられている。王都の花屋より規模は小さいが、花の美しさなら負けていないだろう。

 王都では見かけないような花もあった。よくよく見ると見覚えがあって、どこで見たのだったかと記憶を探ると暗い森が頭に浮かんだ。魔の森に自生していた植物のようだが、さすがに森の奥にしか生えていない種は置いていないようだ。


 いくらくらいするのかな?


 鉢植えに付けられた値札に手を伸ばす。

 いくら危険な“魔の森”産の植物といえど近場で採れるものだ。そんなに高くはないだろう――と思っていたソニアの目にとんでもない数字が飛び込んできた。


 ……きっと店員さんが書き間違えたんだ。


 そうじゃなければおかしい。ゼロの数が多すぎる。まだ森に住んでいた頃、ソニアがむしっていた植物がそんな高額のわけがない。

 ソニアはそっと鉢植えを元の場所に戻しておいた。


 視線を動かすと花屋の店主と話し込んでいるクロードが目に入る。

 花に囲まれるクロード。似合わないなと思ったのは内緒だ。言っても怒られないとは思うけれど。


「じゃあ、支払いはいつも通りで」

「はい、毎度。ではこちらを」


 そう言って、店主は作業机に置かれていた花束をクロードに渡した。

 ずいぶん大きな花束だ。百本くらいはあるだろうか。ソニアが持ったら花束に埋もれて見えなくなりそうだが、あの大きさの花束は重量もそれなりだろうからおそらくソニアでは持てない。


 そんな花束をクロードはかつぐようにして持つ。

 雑に扱っているようには見えないが、片手で持つにはその持ち方しかないのだろう。クロードは荷物で両手が塞がるようなことはしない。

 つまり。


 ……もう繋いでくれないんだろうなあ。


 花屋に入るまでクロードと繋いでいた手をじっと見つめた。見つめていたって温もりは戻ってこないけれど、手をにぎにぎしているとぽんと頭に手を置かれる。

 顔を上げるとクロードが隣に立っていた。さっきまで店主の方にいたのに、一体いつの間に移動したのか。


「帰りは繋いでやるから」


 思考を読まれたようで恥ずかしい。

 にっくき花め。……別に花のせいじゃないけど。


「約束してくれる?」

「ああ……いや、無理だな」

「え?」


 思わぬ返事に驚く。


「負ぶってたら手は繋げないからな」


 それはソニアが歩き疲れたら背負ってくれるということで。


「……そんなに子どもじゃないもん」


 拗ねたような声が出た。

 確かに昔はクロードを散歩に連れ出した挙句、帰る頃には疲れ果ててよくおんぶしてもらっていたが。もうそんなことはない……はずだ。

 ソニアの体力が帰りまで持つかは、ここからまたどれくらい歩くかにもよるだろう。森の奥までならたぶん大丈夫。奥の奥だとちょっと難しいかもしれない。


「きれいな花束だね」


 話題を変えてしまおうと花束に視線をやる。意図を汲み取ってくれたのか、クロードはかついでいた花束をソニアの目の前に下ろしてくれた。

 これだけ近くだともっと花の匂いがしてもよさそうなものだが、あまり感じない。香りが控えめな品種が多いのだろう。花屋の店内にいて周りが花だらけなせいかもしれない。


 花の種類はさまざまだが、白色のものが多い気がした。ちらほらと黄色や紫色も見える。しかし、赤色のものは一本もなかった。


 バラはないみたい。


 花束といえばバラだと学校の友人が熱く語っていた。

 あれは恋愛小説の話だったか。百万本のバラの花束を贈られて求婚されてみたいと言っていたが、百本くらいの花束で目の前のサイズなのだとしたら百万本のバラの花束なんて持ち上げられないだろう。親友(ロザリー)が鼻で笑っていた理由がわかった気がする。


 あれはアイリスかな? ユリとリンドウに……あっちはスターチス?


 あまり統一感がない。

 赤だけを除け者にした花束は、それ以外はてんでばらばらで、あったものを詰め込んだようにも見える。


「事前に注文してくれたらもっといい花束ができるんですがねえ」


 ソニアが花束を眺めていると、何を思ったのか店主が声をかけてきた。

 もしかしたらソニアが花束にいちゃもんをつけると思ったのかもしれない。そう考えて、ちょっと焦ってしまう。


「いろんな花があって……えーと、すごい花束だと思います!」


 これは誉めてない。

 言った後で後悔した。


「はは、ありがとう。……なんとか頑張ったんだけどね。やっぱりごまかせないよね」

「なんか変なのか? この花束」


 落ち込む店主にクロードが尋ねた。

 花束を自分の目線まで持ち上げて眺めているが、花に興味のないクロードには良し悪しがわからなかったらしい。不思議そうに首を捻っている。


「事前に注文してくれないんで花が用意できないんですよ。一応、この時期は多めに仕入れるようにしてますけどね」

「? 花ならあるだろ?」

「寄せ集めのね。店の花をあるだけ束にしたようなものですよ」


 “毎年のことなんですから注文しては?”という商魂たくましい店主にクロードはつまらなそうに返す。


「今のままで十分だろ。来年も必ず来るとは言えないからな」


 それは“いつか来なくなる”のではなく“いつか来れなくなる”と思っているような口ぶりだった。

 ソニアがその言葉の意味を考える前に、クロードはハッとしたようにこちらを見る。まずいことを言ったという表情だが、ソニアには心当たりがない。

 どうしたのかと尋ねる前にクロードは店主に向き直った。


「やっぱり注文しておく」


 口調だけはきっぱりとしていて、でもなんだか迷っているようにも聞こえた。

 今、どんな顔をしているのだろう。表情を見ようにも再びかつがれた花束が邪魔で見えない。


「ええっ!?」

「なんだ自分から言ったくせに、注文は受け付けてないのか」

「いえ、そういうわけじゃ……」


 戸惑う店主を見て、逆に吹っ切れたのかクロードは淡々としている。

 そっと背伸びをしてみても、やっぱり顔は見えなかった。


「では、来年の今日に。本数は同じでよろしいですか?」

「ああ」

「色は?」

「全部いつもと同じで。赤がなければそれでいい」


 花束に赤い花が一本もないのはそういう注文だったかららしい。なんとなく察してはいたけれど、赤はいらないと言われるのはなんだか悲しい。赤色はソニアの色だからかもしれない。


 だから、いらないのかもね?


 嫌いな方のロザリーが言う。

 そんなことないとわかっているけれど、さっきまでの楽しい気分がみるみる萎んでいく。笑っていなくちゃいけないのに上手く笑えない。上手に笑わなくちゃ心配させるだけなのに。


「ソニア」

「………………」

「ソニア?」

「あ、ごめんなさい。ぼうっとしてた」

「いや、別に構わないが。疲れたのか?」

「ううん。そんなことないよ。本当にぼうっとしてただけ」


 上手に、上手に笑うのだ。

 そうすればソニアの心は誰にも暴かれない。真っ暗な内側を見られなくて済む。


「ソニアは花束にするとしたらどんな花がいいと思う?」


 どうして。

 どうして、そんなことを聞くのだろう。


「なんでもいいの?」


 思ったこととは違う言葉が口をついて出た。


「ああ、どんな花でも……って、店で売ってる花に限るが」


 赤い花(ソニア)を花屋で見かけたことはない。この花屋に限らず王都でも売っているところを見たことがない。それだけあの花が珍しいということだ。

 そういえば、森にいた頃は見かける機会も多かったが、王都に引っ越してからは全然見ない。


「……赤いカーネーションとか」


 ロザリーが嗤う声がした。自分のなかのもう一人の自分が愚かなソニアを嘲笑う。


 赤が好きだった。

 昔から赤が好きだった。母がくれた頭巾の色が赤だったから、たったそれだけの理由。

 今も赤が好きだった。クロードがつけてくれた名前が赤い花の名前だから。

 黒は特別な色で、青や白も好きだけど、それでもやっぱり赤が好きだった。


 今も昔も赤が好きだ。ソニアと大切なものを繋いでくれる色だから。


「悪い、ソニア……」


 ああ、やっぱり赤はいらないんだ。


「カーネーションってどんな花だ?」


 思わぬ言葉に思考が止まる。


「カーネーションは……ああ、白いカーネーションならその花束にもありますよ」

「そうなのか?」

「ええ、この花です。花言葉が“母の愛”なので赤いカーネーションは母親に贈る花として有名ですが、白い花は亡くなった方に贈るひとが多いですね」

「なるほど」


 ソニアが固まっている間に店主がクロードに説明していた。

 二人の視線を辿るとそこには白いカーネーション。赤じゃないその花をまじまじと見つめる。初めて見た、とは言わないけれどあまり意識して見たことはなかった。


 別にカーネーションじゃなくてもよかったのだ。赤色の花として思いついただけで赤ければ何でもよかった。カーネーションに思い入れなんかなくて、ソニアは花が好きだけれどたった一つの花以外に特別なんて持っていない。

 ただ、花言葉は知っていた。商売に並々ならぬ情熱を持つ親友が教えてくれたから。色によって意味が違うのは知らなかったけれど、“母の愛”なんて手に取るのも躊躇われるような花言葉だと思ったことをよく覚えている。


「ソニアはカーネーションが好きなのか?」


 ううん。好きだけど別に深い意味はなくてカーネーションが頭に浮かんだだけ。


 そう言えば、この話はこれで終わってくれるだろうか。

 クロードはソニアが赤を持ち出した意図に気づかないでいてくれるだろうか。


「赤いカーネーションが好き。赤いバラも赤いチューリップも好き」


 でもソニアは愚かだから、いつも知られたくない醜い心をさらけ出してしまう。


「……つまり、赤い花がいいんだな?」


 少し考え込むような仕草をした後、クロードが尋ねた。おそるおそるソニアが頷くと、彼は店主に向き直って注文を始める。


「じゃあ、花は全部赤で」

「また極端な」

「別にいいだろ」

「何かこだわりがあったんじゃ……?」

「あそこを赤で飾りたくはなかったが、赤い花で飾るなら……まあ、悪くはない」


 赤は血の色をほうふつとさせる。

 だから除外されていたのかと納得して、無神経な自分に嫌気がさした。ソニアは自分のことしか考えてない。だから気づかなかったのだろう。

 これから向かうのは一度血で染まった場所だ。赤が相応しいわけがないのに。赤を置くと思い出してしまうからこれまで赤い花は供えなかったのかもしれない。それくらいのことは、何も知らない、聞かされていないソニアでも想像できる。


 うれしい。


 それなのに、嬉しいなんて。救われたと思うなんて間違っている。本当に救われるべきはソニアじゃなくクロードのはずで、何もわかっていない子どもの戯言なんて聞き流してくれてよかったのに。

 ソニアが隠そうとしている心を、クロードはいつも何でもないような顔で救い上げてくれる。それが嬉しくて……少し苦しい。


 だから、ぽつりと呟いた。


「いいの?」


 本当に、いいの?

 嫌な気分になったりしないの?


 言いたいことの半分も口にできない自分が情けない。何か付け加えようと口を開いて、何も言えずに押し黙る。

 でも、聞こえなくても構わないと思って呟いた言葉は確かに届いていて、気にするなというように頭を撫でられた。


「いいんだ。別に花にこだわりがあるわけじゃないからな」

「本当に? 嫌な気分になったりしない?」


 クロードも、彼の故郷の人たちも。


「ああ。お前が選んだ花の方がみんな喜ぶよ、きっと」


 その“みんな”がどれほど大切だったのかわかる顔で、クロードは笑う。


 拒絶されたらきっとソニアは泣いてしまう。でも、嫌なら嫌だと言ってほしい。

 いつでも笑いかけてほしいけれど、悲しいのなら笑ったりしないで心のままに泣いてほしい。

 独りで泣かないで、と慰める術も知らないくせにそう思う。


 クロードはソニアに荷物を預けようとしない。ソニアだけじゃなく相手が誰であってもその重い重い荷物を持たせようとしない。重くないとごまかして一人で抱え込んでしまう。重くないわけがないのに。


 言ってくれれば。言ってくれれば、何か変わるだろうか。

 何も変わらないと知っているのに願ってしまう。ソニアはそんなに力持ちじゃない。すでに背負っている荷物はパンパンで、これ以上重いものは持てない。

 わたしも持つよと、その一言が言えないのに寂しく思うのは間違っている。自分の荷物で精一杯で手も伸ばせないのに、少しでもクロードの荷を軽くしたいなんて。


「おおかみさんが選んだ方が喜ぶと思う、けど」

「俺には花の違いなんてわからない」


 何かに気づいたようにクロードの視線が宙をさまよう。眉間に皺を寄せて考え込む様子を久しぶりに見た気がする。もう少しで思い出せそうなのに思い出せないとその表情が語っていた。


「おおかみさん?」


 視界の端で花束が揺れる。


「そういえば――これ、母さんも好きだったな」


 応えるように白い花が揺れた気がした。

 “ソニアと同じで、白いのじゃなくて赤いやつが好きだったはずだけど”という言葉に落ち込むように少し萎れて見えたのはさすがに気のせいだろう。


「好きだった花を供えたら喜ばれるでしょう」

「そうだな。……そんなことも忘れてた」


 自嘲するような呟きは店主の耳には届かなかったようだ。

 ソニアはクロードの手を取ろうとして、ひとりぐっと拳を握りしめた。拒絶されているような気がして……いや、そうじゃなくても踏み込めなかった。手を払われるのではないかという不安が頭を離れない。


 何か、何かしてあげたいのに。

 この人のためならなんでも捧げられるのに。今、何もできない。動けない。


「ありがとう」

「わたし、何もしてないよ」


 彼のために何ができる?

 そればかりを考えている。


「お前のおかげで思い出せたから。ありがとう、ソニア」


 このままじゃ駄目だ。頭を撫でてくれる手に満足していては駄目だ。

 ありがとうと言われるようなことを、ソニアはまだ成し遂げていない。


 あなたがわたしを救ってくれたように、わたしもあなたを救いたいの。


 その想いだけはソニアもロザリーも同じだから。たとえソニアのなかに何人のソニアがいても、きっとみんな同じことを思う。それだけは信じている。疑り深いソニアでもそれだけは疑わない。


 だから、彼のために何かしたいという衝動のままに動いた。


「おじさん! お花ください!!」


 微笑ましげにこちらを見ていた店主に飛びつく。店主は突然のことに後ずさるが、構わず言い募った。


「一本でいいからっ、お花をください!」

「あ、ああ……わかったから落ち着いて、お嬢ちゃん。何の花が欲しいんだい?」


 穏やかな声で問われて少し気持ちが落ち着く。


「赤いカーネーション!」


 百万本のバラなんて用意できないし、大きな花束だっておこづかいじゃ買えない。

 でも、一本だけ。赤いカーネーションを一本だけ買うくらいなら子どもにもできる。

 ソニアが好きな花を、クロードの母親が好きだったという花を墓前に供えるくらいならソニアにだってできるだろう。


 来年の今日では遅すぎる。ソニアが初めて訪ねる日は今日しかない。クロードが来年もソニアを連れて行ってくれるとは限らない。

 だから、今日この日じゃないと。


「ソニア、金なら俺が……」

「わたしが買うの!」


 財布を出そうとしたクロードをそんな一言で止めて、ソニアは店主から一輪の花を買った。なんの変哲もない赤い花なのに輝いて見えるのはただの欲目か。

 素朴な紙で包まれた赤いカーネーションは綺麗で可愛い。女のひとにあげるにはぴったりだろう。


「おおかみさんのお母さん、喜んでくれるかな?」


 もう一度言われた“ありがとう”は、今度は素直に受け取れた。

 これくらいしなきゃ“ありがとう”なんてもらえない。正直、これだけじゃまだまだ全然足りないけれど。


 宝物のようなその言葉をそっと胸に仕舞って、どんな花にも負けないくらい鮮やかに笑う。ソニアの大切なひとが今日も笑っていられるように。





 作中に出てくる花について。季節が違ったりするかもしれませんが、魔法世界なのであまり気にしないでください。魔法でちょちょいと咲かせられるんです、たぶん。


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