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“おおかみさん”と一緒  作者: 雨柚
こぼれ話 “おおかみさん”と赤頭巾の日々
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赤頭巾と狼の墓参り その三

 クロードとともに国立転送所に訪れたソニアは彼に手を引かれて転移魔法陣に乗った。

 陣を壊さないようにと慎重な足取りになる。固定された魔法陣が踏んだ程度で消えたりしないとわかっているが、それでも何となく怖い。学校でこれが重要なものだと聞かされているからかもしれない。知らなかったとはいえ昔は堂々と踏んづけていたのだから幼い頃の自分もなかなか豪胆だ。


 そんなソニアの頭の上でわずかに笑う気配がした。見上げると不満そうな顔をしていたのか宥めるように頭を撫でられる。こんなことでごまかされたりしないと思いつつ、クロードに頭を撫でられるのは久しぶりな気がして頬が緩んだ。

 どれだけ子どもっぽいことを気にしていても、大人(クロード)に頭を撫でられて喜んでいるソニアはまだ子どもなのだろう。


 クロードが行き先を告げると魔法陣が光り始める。何度か使用したことはあるものの、いまだに転移に慣れないソニアは浮遊感に目を瞑った。

 馬で何日もかかる距離でも転移魔法ならばほんの一瞬だ。


「ソニア」


 肩を叩かれて目を開けたソニアの視界には、賑やかで華々しい王都ではなく懐かしいエトルタの街が広がっていた。




 ソニアは隣を歩くクロードの顔をちらりとうかがった。

 いつもと変わらない表情はソニアを緊張させないけれど、同時に何の感情も読み取れなくて不安になる。目に見えてわかるくらい悲しそうだったり辛そうだったりしたら安心できるのかもしれない。でも、実際にそうだったらソニアはどうしていいかわからなくて困ってしまうだろう。

 何もできないとわかっていても、ちょっとでいいからクロードの心を覗いてみたかった。


「どうした?」


 声をかけられてやっと自分の足が止まっていたことに気づく。慌てて数歩前にいるクロードの横に並んだ。


「手でも繋ぐか?」


 迷子になると思ったわけじゃないだろう。エトルタの街は大通りでも王都ほど人でごった返していないし、普段手を繋がなくてもはぐれないのに今繋ぐ理由はない。


 不安、なのかもしれない。いつもと違って見失いそうだと思っているのかもしれない。

 不安だから手を伸ばすのか、不安にさせないために手を伸ばしたのか。どっちなんだろう。


「おおかみさんが迷子にならないように」


 冗談めかしてそう言って、目の前に差し出された手に自分の手を重ねる。

 ソニアとは全然違うごつごつした手をぎゅっと握ると、少しだけクロードの纏う空気が緩んだ気がした。……願望かもしれないけれど、そうじゃなければいいと思う。


 エトルタの街の大通りはあまり変わっていないらしい。

 ソニアが大好きなお菓子を売っているお店も街に一つしかない本屋も健在のようだ。屋台の顔ぶれが結構変わっていたけれど、大通りの屋台は入れ替わりが激しいからそれは不思議じゃない。


 食堂のおばさんや宿屋のおじさん、街のひとたちが元気そうに働いたり通りを歩いたりしている姿にほっとする。

 森に住んでいた頃に何度も来ていたからエトルタの街には顔見知りが多い。といっても、ソニアは人見知りなので本当に顔を知っている程度だが。もしかしたら向こうには認識されていないかもしれない。

 エトルタはソニアが生まれた街――両親に聞いたわけではないのでもしかしたら違うかもしれないが――ではあるが、両親といた頃は裏通りに住んでいたしあまり誰かと積極的に交流したりしなかったから知り合いも少ない。

 家の近くの教会に通っていた時期もあるので友達がまったくいないわけではない……が、王都に行ってからできた友達を友と呼ぶならばやっぱりこのエトルタにソニアの友達はいないのだろう。


 エトルタに縁が深いのはソニアではなくクロードの方だ。


「お久しぶりです、クロードさん!」

「せっかくだからギルドに寄ってってくださいよ!」

「黒狼……お前、元先輩に挨拶くらいしていけよ」


 クロードに声をかける厳つい男のひとたち。ソニアにも見覚えはあるが、名前までは知らない。


「うるさい。散れ」


 そう言って周りに押しかけたひとたちを散らすようにクロードがひらひらと手を振ると、彼らは渋々といった様子で去って行った。

 彼らはクロードが所属していたギルドのメンバーだろう。

 そんな彼らがクロードの“今日の用事”を知らないわけがないと思うのだが……。


 歩みを再開したクロードの隣を歩きながら、そっと後ろを振り返る。


 ああ、やっぱり。

 やっぱり知ってるんだ。


 ギルドのひとたちは素直に去って行ったように見せて、その実、ちらちらとクロードの方をうかがっている。

 言葉も交わしたことのない間柄だが、なんとなくソニアは彼らの意図を察した。クロードの用事を知っていて声をかけたのはいつもと同じようにするため。それは彼らなりのクロードへの気遣いだ。


 大人ってずるい。


 ずっと昔からクロードといるのも、なんでも知っているのも、気遣いが上手いのも。

 ソニアにはクロードの胸中などわからない。きっとソニアより大人で仲間だった彼らの方がクロードを理解できるのだろう。


「後ろばっかり見てるとこけるぞ」


 いつの間にか繋いでいた手が離れていることに気づいた。離れた手は頭の上に置かれ、ぐいっと強制的に前を向けさせられる。

 なんだか強引だ。突然どうしたのかとクロードの方に目をやると、彼はきまり悪げな表情で前を見ていた。


「? おおかみさん、どうしたの?」

「何でもない」

「でも……」

「俺の方ばっかり見てるとこけるぞ」


 さっきも聞いたような台詞だ。


「後ろも隣も見ちゃダメならどこを見たらいいの?」

「前」


 にべもないとはこのことか。

 こっちに視線もくれなくて口調も素っ気ないけれど、服の裾をつまむと一度離した手をもう一度繋いでくれるクロードがソニアは好きだ。

 ぎゅっと握ると同じくらいの強さで握り返してくれるところも、好き。


「おおかみさんが素っ気ないときは恥ずかしがってるときだってマルセルさんが言ってた」

「……あのクソ魔導師」


 マルセルの言葉に、ソニアはあのときなんと返したのだったか。

 そう、たしか……。


「わたしだってそれくらい知ってるもん」

「?」

「あ、えーと、なんでもない!」


 つい、口に出してしまった。

 でもソニアは悪くない。脳内マルセルがニヤニヤしながらさも自分だけが知っているように言うのが悪い。そう、だいたいのことはマルセルが悪いのだ。クロードも前にそう言っていた。


「後ろになんかいるだろ?」

「え? ……さっきのひとたちのこと?」

「そう、そいつらだ。あいつらあれでバレてないと思ってるらしい」


 それはびっくりだ。

 結構あからさまだし、通りすがりのひとたちも“なんだあいつら”という視線を向けているのに。


「元同業者として恥ずかしい……からあんまり見るな」


 あれだ、“シッ、見ちゃいけません”ってやつだ。

 でもそれだけではクロードの方を見てはいけない理由にはならない。


「おおかみさん」

「言うな」

「おおかみさんは……ギルドのひとたちに好かれてるんだね」

「むさくるしい男どもに好かれても嬉しくない」


 クロードは“言うなって言ったのに”と溜め息を吐いた。

 慕われている自覚があるらしい。というより、自覚があるから恥ずかしいのか。


 後ろを見ると、さっきクロードに声をかけていたひとの一人とばっちり目が合った。何が言いたいのか、彼はぶんぶんと首を振る。


「?」


 ソニアは小首を傾げる仕草をすると、彼は慌てた表情で腕を顔の前で交差させた。バッテンみたいだ。


 あっ、そういうことかな。


 口の前に人差し指を持ってきてしーっとする。誰でも知っている内緒事ごとの仕草だ。それを見て安心したのか、バッテンのひとが手を振ってきたのでソニアも振り返しておいた。

 ソニアが何かごそごそしていることはわかっているだろうに、クロードは頑なに後ろを見ない。


「おおかみさん」

「………………」

「ギルドのひと、まだおおかみさんにバレてないと思ってるみたい」

「………………」


 大人も子どもも、ひとは間が抜けているくらいの方が安心する。

 ソニアよりクロードを知っていることを羨ましいとは思うけれど、間が抜けた尾行者たちをソニアは嫌えそうにない。





《 読まなくても大丈夫な簡単用語解説 》

国立転送所:クラルティ王国の重要施設の一つ。高位の魔術師や魔導師にしか使えない高難度魔術である転移魔法を“魔法陣さえあれば誰でも”使えるようにしている。とはいっても、どこでも好きな場所へ行けるわけではなく、魔法陣同士で繋がっている場所のみ。王都の転送所から地方の転送所へ、地方の転送所から王都の転送所へ行くことは可能だが、王城に直行したりはできない。悪意のある者が使うと危険なので国によって厳重に管理されている。俗称は関所。本来の関所とは機能が異なるが、外観が似ているためこう呼ばれるように。


 転移魔法が使えるマルセルって実はすごいんだよ☆って話。


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