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“おおかみさん”と一緒  作者: 雨柚
第一章 “おおかみさん”と森の中
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終章 しあわせのな

 “黒狼のクロード”と言えば、この国に住む者なら知らぬ者はいないほどの剣士だ。いや、この国と言わず大陸中に彼の名は轟いている。

 鞘を持たない魔剣・グラムで数多くの魔物を屠ってきた実力者であり、三年前に最年少でSランクに昇格したことはまだ人々の記憶に新しい。

 そんな、同業者の嫉妬と世の少年たちの尊敬を一身に集める彼は……現在子守りの真っ最中だった。




「おい、飯だぞ」


 クロードはそう言いながら、テーブルに二人分の料理を置いていく。部屋の隅で静かに絵本を読んでいた少女はパッと顔を上げ、絵本を片付けるとすぐにクロードの方へ駆けて来た。


「ごはん、おいしそう」

「そうか。じゃあ、手洗ってこい」

「うん」


 素直に頷く少女は、本人曰く六歳らしいが、身体の小ささと言動のせいでもっと幼く見える。クロードなど、少女が文字を読めたことに驚いたくらいだ。

 少女が手を洗ってから戻ってくると、揃って席に座る。


「今日の恵みに感謝を」

「きょうのめぐみにかんしゃを」


 クロードが言うと、少女も復唱した。

 普段のクロードなら面倒臭いと言って食事前の感謝の言葉など口にしないが、目の前に子どもがいるときに人としての礼儀を欠いた真似をするわけにはいかない。親が教えていなかったのか少女にはそういう習慣がなかったようだが、教育上必要だろう。……面倒臭がりなわりに、彼は真面目な性格だった。


 しばらく目を閉じて感謝を捧げた後、二人は食事を始める。


「っ、あつい……」


 好物のスープを急いで口に入れた少女が舌を出して呟いた。

 クロードが見たところ、火傷はしていないようだ。まあ、それなりに冷ましてから出したので当たり前だが。


「急いで食うからだろ」


 呆れたように笑いつつ、少女に冷たい水を渡す。受け取った少女はそれを一口飲んでから、またスープへと目を向けた。


「お前……学習しろよ」

「うん」


 頷きこそしたものの、少女はそのままスープをスプーンで掬って口へと運ぶ。

 好きな物に一直線な少女に、クロードは溜め息を吐いた。






 食べ終えると、少女は定位置の椅子に座り、また絵本を読み始める。

 昨日までは“なまえまだ?”とうるさかったのだが、クロードがなかなか名前を決めないので諦めたらしい。


 名前、か……。


 クロードが森で拾った少女には名前がない。記憶がないとか名前を明かすことができないとか、そんな物語のような話ではなく。


 ちっ、胸クソわりぃ。


 自分の子どもに名前すら付けなかったらしい少女の両親を思い、心の中で毒づいた。


 しかし……なあ。適当に名付けるわけにもいかねぇし、どうしたもんか。


 名前は神聖なものだと言われている。この大陸に生まれた子どものほとんどはこの世に生を受けてすぐに親から名前を、教会から加護を贈られるのが習わしだ。

 クロードはあまり教会を好んでいないため、少女の名を決めることに対して抵抗はない。彼自身の事情で教会からの加護も受けていないし、生まれ故郷ではそこまで名前に重きを置いていなかった。

 だが、少女のことを考えると、安易に名前を付けるべきではないのだろう。


 女の名前っつうと……。


 頭にいくつか一般的な女性の名を浮かべたが、どれもピンとこない。……一番に浮かんだのが死んだ母親の名前で、彼の女っ気のなさが明らかになった。


 手持ち無沙汰に、近くに置きっぱなしにていた本を自分の方へ引き寄せてページをめくる。何気なく手に取ったそれは、薬草などを中心として扱った植物図鑑だった。


 ん? これは……。


 クロードは開いていた図鑑を閉じ、本棚に仕舞う。

 そして、少女に声を掛けた。


「名前、決まったぞ」



   ◇◇◇



「お前の名前は、ソニアだ」

「そにあ? おはなのなまえ?」

「ああ。お前の頭巾、赤いしな。それに……」



 ――――ソニアの花言葉は“浄化”“祝福”“永遠”、そして……“君に幸あれ”。





 ソニアが好きなスープは甘めのポタージュ系。

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