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“おおかみさん”と一緒  作者: 雨柚
こぼれ話 “おおかみさん”と赤頭巾の日々
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狼とおつかいの裏側 その一

 意気揚々とおつかいに向かうソニアとルーを送り出したクロードは手早く準備を済ませ、ソニアたちの後を追うようにして家を出る。


 ――もちろん、ソニアの初めてのおつかいを見守るために。


 それを過保護と思うことなかれ。魔の森は非常に危険な場所で、いくら子どもの扱いを知らないクロードでもこの森を子ども一人――正確には一人と一匹だが――で歩かせるような真似はできない。

 ソニアには魔物避けの魔石を持たせているが、それだけでは十分に安全を確保できると言い難い。あれは魔物が近づかず襲ってもこなくなるという触れ込みで売られているが、実際にはひどく飢えている魔物や理性を失っている魔物にはほとんど効果がないことも知られている。

 あの魔石やソニアの花と魔物の関係については神学者だの考古学者だのが様々な説を唱えているようだが、そちらに興味のないクロードにとってはどうでもいいことだ。


 正直な話、辺鄙な村出身でろくに勉強もしていないクロードに今まで学問なんてものは縁がなかった。文字の読み書きくらいはできるし、冒険者としての知識は頭に叩き込んであるが、学校に行っていないこともあり教養は高くない。

 その分、ソニアには十分な教育を受けさせてやりたいという親心じみた思いはあるものの、親の問題が片付かないかぎりはクロードにもどうしようもない。

 ただ、いつかソニアに友達や家族を与えてやれたらいいと思っている。そのためにどうすればいいかなんて、まだたった十八年しか生きていないクロードにわかるはずもなかった。

 ――この時点で何か手を打っていれば、クロード自身がソニアをどうしたいか明確な意思を示していれば、このあとに起こる“あの騒動”はなかったかもしれない。だが、狩人が来て赤頭巾が一度狼のもとから去ったからこそ手に入ったものもあるだろう。……それもこれもまだ先の話で、このときのクロードには知る術もないが。


 チッ、またか。


 つらつらとソニアについて考えながらも完璧に気配を殺して尾行していたクロードだが、目の前をちょろちょろする魔物の多さに内心舌打ちをした。

 普段のクロードに近づく魔物はあまりいない。それはクロードが敢えて威圧しているからで、現在のように気配を消している場合はそのかぎりではなく、この森がもともと魔物の多い場所であることもあり魔物との遭遇率はかなりのものだ。

 今のクロードの場合は、ソニアの周囲やその進行方向にいる魔物を自ら排除しにかかっているせいもあるだろうが。片っ端から追い払われ、痛めつけられ、ときには消滅させられる魔物たちにとってはいい迷惑である。


『おっつかい~♪ おっつかい~♪』

『ガウ、ガウ♪ ガウ~♪』


 少し離れた場所からは間の抜けた歌が聞こえてくる。


 ……楽しそうだな。


 魔の森にそぐわない暢気な歌声はクロードが追う一人と一匹のものだ。その様子はなんとも微笑ましいが、保護者(クロード)としては早くもおつかいコースから外れているのが気になる。


 あいつら……道、わかってるよな?


 にわかに不安になるクロード。

 目的地までの道をわかっているか尋ねたクロードに、何度も行っているから大丈夫だと自信満々に答えたソニアだったが、やはり道をよくわかっていなかったのだろうか。もしかすると、はしゃぎすぎて道から逸れてしまったのかもしれない。

 ここでクロードが出て行ってはソニアのおつかいは失敗に終わる。どうやってソニアに自分の存在を気取られずに道案内をするかをクロードはかなり真剣に考えた。


『りすさん!』


 ソニアの声に我に返る。

 いつの間にかソニアの近くに魔物がいて、いくらなんでも気を抜きすぎたとクロードは自身を戒めた。ソニアの歌に釣られたのかもしれない。贔屓目なしにソニアは歌が上手いのだ。……絵はあれだが。


 ソニアがリスと勘違いしている魔物の名はリュゼイユ。

 危険度はFランクと低く、自分より大きな生き物にはあまり向かってこないのでそこまで危険な魔物ではない。心配しなくともソニアに――ついでにルーにも危害は加えないだろう。

 むしろ、クロードとしては以前あれは魔物だと教えた覚えがあるのにソニアがすっかり忘れてしまっている様子であることが気にかかる。物覚えは悪くないはずなのに、なぜだ。


『グルルッ!!』


 まあ、危険はないとわかっていても心配なものは心配で。


「よし、よくやった」


 唸り声でリュゼイユを追い払ったルーに、クロードは思わず呟いた。

 ほんの小さな呟きは当然ルーには聞こえなかっただろうが、ソニアのお供という役目を果たしたルーはやけに誇らしげだ。今日のルーの餌は奮発してやろうとクロードは思った。


 隠密行動中のクロードに近づく影。

 それを察して周囲に魔物の気配がないことを確認し、クロードはわずかにソニアたちの傍を離れる。とはいっても、何かあれば駆けつけられる距離だが。


「おーい、クロ……もごっ、ん、んーっ!!」


 不用意に声をあげたマルセルの口を片手で塞いだ。

 彼が暴れているのはクロードがつい(・・)鼻まで手で覆ってしまったせいだろう。さすがに何の事情も知らない相手にやりすぎたと思ったクロードはあっさりと手を離す。

 そして、声を出さないままマルセルに消音の魔法を使うよう指示した。


「え、何? なんかあったの?」


 詠唱もなく魔術を発動させたマルセルは、依頼中くらいにしか使用しない合図(サイン)でわざわざ指示を出してきたクロードに対して訝しげな顔を向ける。……彼の疑問は至極もっともだ。


「尾行中だ」

「え、クロードが? 何の? やばい魔物でも出た?」

「違う。ソニアのおつかいだ」

「………………え?」

「ソニアが初めてのおつかいをしてる。だが、一人でこの森を歩くのは危ないからな。俺が影から見守ってる」

「……それ、変態(ストーカー)の謗りは免れても、すごい親バカだと思っ――」


 マルセルは最後まで言葉を紡ぐことができなかった。

 今、彼は地面と仲良くしているところだ。クロードの拳がかなり効いたようで小さく呻いている。

 少ししてようやく立ち上がったマルセルは恨みがましい眼をクロードに向けるが、素知らぬ顔で返されてあえなく撃沈。今日この場に居合わせた不幸とこれからの苦労を凝縮したような、盛大な溜め息を吐いた。


「ちょうどいい。お前も付き合え」


 クロードの言葉により強制的にマルセルの同行が決まる。

 こうして、子どものおつかいを見守る大人が二人に増えたのだった。



   ◇◇◇



 当初、マルセルはクロードの行動を散々にからかい、大笑いしながらついてきていた。もちろん、マルセルもソニアを可愛がっているし、この危ない森を歩く少女を心配する気持ちはある。だが、さすがにクロードほど真面目に尾行する気にはなれなかった。


 しかし、マルセルはすぐにその考えを改めることになる。

 はじめは過保護すぎないかと思い、親バカ気味の保護者(クロード)に対して呆れ半分に付き合っていたマルセルだったが、魔の森の魔物の多さとソニアとルーのあまりの危機感のなさに、現在はクロード同様いつになく真剣な面持ちで前を行く少女たちを尾行をしている。

 傍から見ればさぞ異様な光景だろうが、幸か不幸か彼らにその自覚はなかった。


「ねえ、クロード」

「なんだ」

「あれは放っておいていいの?」


 そう言ってマルセルが指差したのはソニアの後ろを歩く植物。見つからないようにしているつもりなのか、そろりそろりと歩く姿はなんとも滑稽だ。

 ソニアも背後の存在には気づいているらしく笑いを堪えている様子が時折見られる。


 気配を消しておつかい中の子どもを見守っている大人たちの目の前で見え見えの尾行を披露しているのは歩行植物(マルシェラント)と呼ばれる魔法植物の一種で、植物のくせに動くという変わった生き物だ。遠目からでわかりづらいが、あの形の動く花に危険なものはいなかったはず。マルセルほどには詳しくないが、クロードにもそれくらいはわかる。


「ああ。危険はないだろ」

「まあ、そうだね。あれ、たぶんレヴィオーカーだし」


 マルセルはクロードの言葉に頷いた。

 一応尋ねはしたものの、クロードと同じ判断だったようだ。


 薄紫の散歩者という異名をもつレヴィオーカーは春の早朝にのみ花を開かせることで知られる歩行植物(マルシェラント)だ。基礎的な魔法薬の材料になり、わりとどこにでもいるため低ランク冒険者と追いかけっこをしている姿がよく見られる。残念ながらクロードもマルセルもあれを追い掛けたことはないが。マルセルには薬の材料として馴染み深い。

 本来なら時期がくると一斉に花を咲かせるレヴィオーカーだが、魔の森の花は狂い咲きが当たり前だ。夏の夜だろうが冬の昼だろうが好き勝手に咲いている。


 紫の花弁は毒性があるので食用にはできないが、毒といっても軽く腹を壊す程度で触るだけでは何もない。ソニアもその辺に生えている――しかも動いている花をいきなり食べたりはしないだろう。警戒心があるわりに危機感はなく子供らしい好奇心もそれなりにあるようだが、そこまで食い意地は張っていないはずだ。ルーならともかく。

 実際には、ルーは肉食なので花は食わない……と思うが、最近はソニアのお菓子を貰ったりして雑食化が進んでいるので断言しにくい。この間など、お菓子の取り合いで珍しくソニアと喧嘩していた。


『そこだ!』


 唐突にソニアの鋭い声が飛ぶ。


「……っ」

「!?」


 驚いた二人は思わず近くの茂みを揺らしてしまった。

 冒険者としては不覚としか言い様がない。消音の魔法のおかげで大きな音は立たなかったのが救いだが、茂みの揺れにはソニアも気づいたらしく、しばらくこちらを見つめている。


 ――緊張の瞬間。


 幼い子どもに尾行が発覚しそうになって緊張するなど普段の二人には有り得ないことだ。だからこそ、かなり情けない姿でもあった。


 幸いにもソニアは息を潜める大人たちの存在には気づかなかったようで、歩行植物(マルシェラント)と謎の交流をはかっている。

 それを温かい目で見守りつつ、クロードとマルセルは尾行を続けるべく気を引き締めた。



   ◇◇◇



「ねえ、クロード」

「なんだ」

「今の俺らって、なんかすごい間抜けじゃない?」

「……言うな」



 ――――大人たちの役目(おつかい)はなかなか終わらない。





 変な名前がたくさん出たと思いますが、さっくりスルーしてください。作者にネーミングセンスはありません。

 英語とかフランス語を適当に調べて変形させているので、そっちについて詳しい方は違和感を覚えるかも。ちなみに、作者は外国語さっぱりです。

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