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“おおかみさん”と一緒  作者: 雨柚
第一章 “おおかみさん”と森の中
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第三話 きみのなまえ

 少女のことが気にかかって身を翻した青年は暗い森のなかを猛スピードで駆け抜けた。


 ま、もういねえだろうけど。


 そう思いながらも、妙に胸が騒いだ。心のどこかにある“まだいるかもしれない”という思いが消えてくれない。

 青年が少女と別れてからすでに一時間は経っている。もう日は暮れていた。夜は魔物の多くが活動的になるため、花畑から一歩でも出れば少女の命はないだろう。


 死んでる……かもな。


 噛み締めた歯がギリッと音を立てる。

 死んでいてほしいのか、生きていてほしいのか。青年自身にもわからない。ただ妙に気が急いて、花畑へと向かう足が早くなった。






 複雑な思いを抱えつつも走り続けると、あっという間に目的地に着いた。

 昼間の明るさが消え失せた夜の花畑は、森の一部に相応しく暗い。空に輝く星々は雲が隠してしまっていた。

 青年は夜目が利くので、この程度の暗さなら明かりは必要ない。そのまま周囲を見渡した。


「!? ……おいっ!!」


 花畑の真ん中でソニアに紛れて丸くなっている小さな影を見つけ、咄嗟に駆け寄る。

 寒さのせいか、少女はの身体は震えていた。それに気づいた青年は、すぐに自分の上着を少女に掛ける。

 突然の温かさに、少女の身体がビクリと動いた。


「……おおかみさん?」


 丸くなっていた少女はぼんやりと顔を上げる。暗くて顔はよく見えなかったが、声から青年だろうと判断した。


 おかあさんじゃない……。


 両親ではなかったことに胸が痛む。まだ迎えが来ない事実に悲しくなった。しかし、それよりも青年が戻って来てくれたことへの喜びが大きくてわずかに微笑む。

 少女は心のどこかで両親が来なかったことに安堵してもいた。寄り道したと知れたら、怒られてしまうから。たとえそれがいつものことでも殴られるのは嫌だ。


「大丈夫か?」

「……うん」


 気を失ったりはしていなかったことにホッとしながら青年が尋ねると、少女はゆっくりと頷く。

 しかし、かたかたと震えながらも“へいき”と呟く少女の顔は真っ赤だった。もしやと額に手を当てると、焼けるように熱い。


「……熱出てんじゃねえか」


 思わず低い呟きが漏れる。舌打ちしたい気持ちを抑えて、少女の額から手を離した。

 “あのとき置いて行くんじゃなかった”と後悔しつつ、小さな身体を抱え上げる。予想できたことなのに、後悔する自分にうんざりした。大嫌いな面倒事に首までどっぷり浸かっている自覚はあって、それなら始めから手を貸してやればよかったと思う。


「だめ!」


 とりあえず家に連れ帰ろうとすると、少女が驚くほど強い口調でそれを止めた。理由はわからないが暴れ出したため、熱が上がらないようにと一旦下ろす。


「何が駄目なんだ」


 青年は焦りで苛立つ気持ちを抑えながら尋ねた。自制しているつもりでも若干声が低くなる。


「ここにいないと、おかあさんもおとうさんも、むかえにきてくれないもん」


 今にも泣き出しそうにそう言って、少女は顔を俯けた。

 その言葉からだいたいの事情が呑み込めた青年は、せり上がってくる不快感に眉を顰める。


 やっぱり、捨ててやがったのか……っ!


 予想していたことではあるが、悪名高い“魔の森”に幼子を捨てた親に対して吐き気がした。それを放っておこうとした自分にも。

 つい舌打ちしそうになるのを堪え、できるだけ柔らかい口調で少女に言い聞かせる。


「“ここ”って言うのはどこだ?」

「……もりのなか」


 迷ったら迎えに来てくれるかという少女の質問に“もちろんよ”と答えたときの母親の笑顔が頭に浮かんだ。それは少女を安心させるものではなくて、どうしようもなく不安が湧き上がってくる。

 知らず少女は唇を噛み締めた。


「じゃあ、俺の家で……そいつらを待ってたらいい」


 青年は、少女が気にしないよう軽い調子で言葉を紡いだ。

 “親を待ってたらいい”と言おうとしたが、子を捨てた親を、捨てられた――そうとは分かっていなくとも――子どもの前で“親”と呼ぶことは憚られる。何より自分がそんな人間を親と呼びたくなかった。


「おおかみさんのおうち?」

「ああ、俺はこの森に住んでるからな」

「おかあさんとおとうさん、むかえにきてくれる?」

「…………たぶんな」


 たとえ口先だけだとしても“きっと来てくれるさ”とは言えない。叶うことのない希望を与えることは時に残酷だ。今の少女に真実を告げることはできないが、だからといって嘘を吐くのは青年の主義に反する。

 “たぶん”という曖昧な答えではあるものの、青年に頷いてもらえた少女は、いつからか強張っていた顔を緩めた。嬉しそうに微笑んで、青年を見上げる。


「ん? ああ、そういうことか」


 真っ直ぐ上を向いた姿勢になっている少女を見て、首が痛そうだと何気なく思った青年はその理由に気づき納得したように呟いた。

 少女は、一人納得している彼を不思議そうに見ている。そんな少女に笑いかけて、青年はしゃがみ込んだ。

 少女はいきなりの行動に驚き、目を瞬かせる。


「…………?」

「俺はクロード。お前の名前は?」


 青年――クロードは少女に目線を合わせ、そう問いかけた。



   ◇◇◇



「おおかみさん、なまえはー?」

「……ちょっと待ってろ」

「いつできるー?」

「うるせえ! 大人しく待ってろ」

「……ふぇ……お、おこったぁ…」

「あー、もうっ!! 怒ってねえから! 泣くな!」



 ――――“黒狼”の二つ名を持つ剣士は、ある日森で幼い少女を拾った。





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