狼そのさん―騎士団の王子様
前回のアベルが気絶していた理由については“迷いの森”の小話で。
今回、登場する人物の思惑についても小話あり。
ざわめいていたギルド内が少し落ち着くと、クロードはそれを見計らっていたらしいオルガから国内で多発している子どもの行方不明について聞かされた。
行方不明として処理されているが、実際は誘拐事件らしい。司教であるセルジュから話を持ちかけられため、おそらくヴァナディースも騎士団と教会に協力することになるだろうとオルガは語った。
オルガの選出によりこの件に関わることを許されたメンバーは、ロビーからギルドの会議室へと移動する。その際、ロベールは魔法で眠らされて別室に放り込まれた。クロードももう襲う気はないだろうが、身を守るためにも彼にはその方が良いだろう。
オルガによって情報は手に入ったものの、騎士団や教会との共同戦線ということで、現在はヴィヴィアンからの連絡待ちの状態だ。一応、会議室にいる全員でソニアの救出について話し合っているが、ほとんど雑談に近い。
「さすがのあたしもまさか話を聞かされたその日に事件に巻き込まれてるやつがいるとは思わなかったけどな!」
オルガの口調にはどこか面白がるような雰囲気があった。
からかわれて顰め面のクロードに、マルセルがフォローするように告げる。
「まあ、いいタイミングだったんじゃない? ギルドだけで解決するより騎士団に出て来てもらった方が被害者の安全は確保できるし」
「ソニアが無事ならそれでいい。悪いが、他の子どもの安全なんて二の次だ」
クロードとて誘拐されたという子どもや女性を助けたい気持ちがないわけではない。ただ、優先順位が明確に決まっているだけだ。
「あー……まあ、みんな無事に越したことはないから。それに情報も集まりやすいし、予想してたよりは早く助けに行けるんじゃないかな」
「いつ売られるかもわからねえのに、悠長にしてられるか」
“予想していたよりは早く”では遅い。クロードは一刻も早くソニアを助けたいのだ。
気が気ではないクロードは今にもツェーザルの支配下である暗黒街に乗り込みそうな空気を発している。実際に、クロードはツェーザルを締め上げればソニアの居場所がわかるのではないかと考えていた。
クロードの無謀な考えに気づいたのか、マルセルは気を落ち着かせようと会話を続ける。
「個人相手に売るんだとしたら厄介だよね。見つけ出しにくい」
「大規模な競売でもやってくれりゃあ良いんだがな」
傍で聞いていた男がうんうんと頷いた。子持ちの彼には我がことのように思えるらしい。
「ギルドマスターの言う通り……貴族が関わっているなら…………攫われた者が、競売に掛けられる可能性は高い……」
その隣に立っていた魔術師がボソボソと話す。彼が喋ったことに驚いた面々が彼を見つめたが、彼はそれ以上何も言わなかった。
「うん? …………来たか!」
そんなことを話しているうちにヴィヴィアンが戻ったらしく、オルガが左腕に付けている腕輪が光り、その真上に魔法陣が描かれる。そして、瞬く間に完成した魔法陣から赤いオウムが現れた。
ちなみに、オルガの腕輪は魔術媒体の一種だ。魔術を得意としない者がよく使い魔の呼び出しに使う。
「大変やっ、大変や!!」
そう言って、ヴィヴィアンは出現したと同時にけたたましく騒ぎ、バサバサと羽音を立てて翼をバタつかせた。
腕にヴィヴィアンを乗せているオルガと、その近くに立っていたばかりに被害に遭ったマルセルが慌てて宥めようとする。
「ちょ、ヴィヴィ……落ち着いて!」
「おいっ……落ち着け、ヴィック! 一体どうした?」
「……っ、騎士団が……騎士団は明日の夜、競売に踏み込むつもりや! さすがにもう間に合わん!!」
室内に大きく響いた言葉に、その場にいた者全員が“大変や!”とヴィヴィアンが言う理由を理解した。
「嘘だろ……いくらなんでも早過ぎる」
「………………」
マルセルが呆然と呟く。クロードは目を閉じて黙り込んでいた。
もし本当に騎士団が明日の夜に踏み込むつもりなら……それにギルドが加わるのは不可能に近い。いきなりの作戦変更に加え、急過ぎて連携を取ることもままならない状態では、たとえ双方に実力があっても碌に戦えないからだ。互いが互いの邪魔をすることになってしまう。
「クソッ、あたしが騎士団へ……」
「ギルドマスター! お客様が……っ」
オルガの言葉を遮るように、室内に激しく扉を叩く音が響いた。同時に会議室の扉の向こうから受付嬢の声が聞こえる。慌てているようだ。
オルガが苛立ちも露わに“追い返せ!”と言う前に扉が開いた。
許可なく入って来たのは金髪碧眼の美青年。服装を見れば彼が騎士であることが一目で分かる。騎士団の紅い制服が彼の整った容貌を一層引き立たせていた。
「やあ、オルガ。久しぶりだね。失礼ながら、勝手に入らせてもらったよ」
にこやかに挨拶する青年を、オルガは驚いた顔で迎え入れる。クロードはオルガが呼んだのかと様子をうかがっていたが、彼女の反応からそうではないと知れた。
「まさか王子サマ直々のお出ましとは……ウチのギルドに何の用だ?」
フェリクス・ヴァリエ・ロデ・クラルティ。
叡智と探求の国と謳われるクラルティ王国の第二王子であり、王立騎士団の団長を務める正真正銘の“王子様”である。王太子である第一王子の次に知名度が高く、顔も売れている。ギルドには他国出身者も多いとはいえ、彼を知らぬ者はここにいない。
「この格好のときは王子じゃなくて騎士団長だと思ってほしいな」
騎士団長ではなく王子として扱う言葉に、多少複雑な気持ちになったらしい。オルガの問いには答えずに、フェリクスはその端正な顔に苦笑を浮かべた。
王子と呼んだわりには、オルガの態度は常と変らぬものだったが、フェリクスにオルガの不敬を咎めようという気配はない。さして話したことはないはずだが、双方ともに相手の性格を理解する程度には関わりがあるようだ。
「僕に話があるんじゃないかと思ってね。僕のあげた情報は役に立ったかな?」
フェリクスがヴィヴィアンを一瞥し、尋ねる。そのまま空を滑るように移動したフェリクスの視線は、眉間に皺を寄せたオルガに向けられた。
笑みを深めたフェリクスに、クロードはわざとヴィヴィアンに情報を漏らしたのだろうと確信する。そうでなければ、極秘扱いであろう情報をヴィヴィアンが手に入れて来るのはおかしい。
「フェリクス」
「クロードじゃないか! 君がいるとは思わなかった。魔物の討伐以外の依頼に関わるなんて珍しいね」
クロードはフェリクスが会議室に入って来てから初めて声を上げた。彼はクロードがいることに気づいていなかったようだ。剣士であるクロードは気配を消すのが癖になっているので当然かもしれない。
フェリクスはクロードが関わっていることに意外そうな顔をしている。会議室にいる面々が何のために集まっているかは把握しているらしい。
「ヴィヴィアンが言ってたことは本当か?」
クロードが尋ねると、フェリクスは少し渋りつつも素直に答える。
「うーん……仕方ないな。そうだよ、騎士団は明日で今回の件に片を付ける」
クロードがいつもの調子でフェリクスに声をかけたように、フェリクスの口調も親しげなものだ。
ギルドでも知っている者は少ないが、クロードとフェリクスは旧知の仲である。というより、フェリクスが一方的にクロードを気に入っていた。
「その話だが……」
「まあ、立ち話もなんだし、座ってゆっくり話そう」
フェリクスが“レオナール”と名前を呼ぶと、彼の後ろに控えていた青年が進み出て魔法を使い始める。騎士団所属ではあるものの、剣を持たず魔術を得手とする青年は王子であるフェリクスの従者だ。
「……お前の家じぇねえだろ」
まるで我が家に友人を招き入れるかのようなフェリクスの台詞に、家の主であるオルガが思わず呟いたが、彼女の周りが数人同意するように頷いたのみで当の客人には無視された。
冒険者ギルドには似つかわしくない豪奢な椅子とテーブルに、その上に置かれたティーセット。
「フェリクス様、用意が調いました」
フェリクスの従者はそう言って一礼した。
椅子もテーブルも会議室のものではない。わざわざ魔法で出したのだ。自前なのか、庶民には眩しい一級品である。
「どうぞ」
従者が椅子を引き、フェリクスはそれに腰掛ける。あまりにも当然といったフェリクスたちの行動に、ギルドの面々は呆気にとられたような顔をしていた。無理もない。一瞬、ここがどこか忘れそうになる光景だ。クロードとマルセルは慣れているので苦笑するのみだったが。
フェリクスの傍で、全身鎧――従者が召喚した使い魔が無駄のない動きで紅茶を用意する。全身鎧は魔法生物らしい。鎧だというのに耳障りな音を立てず動く様は、見慣れない者の目には異様に映った。
「君たちも飲むかい?」
部屋を見回して問いかけるフェリクスに、全力で首を振るギルドの冒険者たち。
結局、頷いたのはマルセルとオルガだけだった。乱入してきた王子様に腰が引けているギルドメンバーたちとは違い、クロードが断ったのは彼がコーヒー派だからだ。だからといって紅茶をまったく飲まないというわけではないが。
「では、本題に入ろうか」
一口紅茶を啜り、落ち着いたところでフェリクスが口火を切った。とはいっても、若干引き気味のギルドメンバーたちを見ると落ち着いているのは彼だけに思えるが。……クロードからすると自分のテリトリーでもないのに落ち着き過ぎである。
話を促すような視線を向けられ、クロードは口を開く。
「フェリクス、難しいとは思うが……ギルドが騎士団の捕り物に参加することはできないのか?」
「本当に難しいことを言うね、クロード。もう作戦は立てたし、僕がここにいる間も騎士団はその通りに動いている。それを覆せと言うの?」
鋭い視線がクロードを射抜いた。
「………………」
「殿下、クロードだけでも参加させられませんか?」
黙り込んだクロードを援護するようにマルセルが真剣な目で訴える。
先程クロードから養い子が攫われたことについて聞いていたフェリクスは少し視線を和らげた。
「まあ、事情を聞いた今、クロードの気持ちもわかるけどね」
「なら……!」
「でも、僕も同じなんだ。……僕も怒っている」
ハッと息を呑む周囲を気にも留めず、フェリクスは優美な仕草で紅茶を口に運ぶ。
怒っているというわりに表情を変えず余裕の態度を貫くフェリクスに戸惑ったような視線が集中するが、彼の表情がほんの僅かに動いたことに気づいたのはクロードだけだった。
フェリクスがカップを置いたタイミングで、クロードは“誰が攫われたんだ?”と静かに問う。
「……ディオンが」
たっぷり間を空けて、フェリクスは一人の少年の名を告げた。
クラルティ王国の第五王子・ディオン。側室の母を持つフェリクスの同母弟であり、まだ八歳の幼い王子である。
「ディオン殿下が……? 王子の誘拐ともなれば大事のはずだ。本当に攫われたのだとしたら、別件じゃないのか?」
誘拐と一口に言っても、王族の誘拐と平民の女性や子どもが誘拐されるのとではわけが違う。第一、人身売買目的なら王子を攫うのはおかしい。
「お忍び中だったらしいよ。あの子は好奇心旺盛だから」
まさか相手も自分たちが攫った相手が王族だとは思わなかっただろう。お忍び中とはいえ、まず平民には見えないだろうから貴族の子どもだと思われている可能性が高い。
ただ、向こうの背後に貴族がついているかぎり、王子だと気づかれるのは時間の問題だ。幼いためにまだ王子として広く顔を知られていないのが幸いか。
そう語るフェリクスに、クロードは至極当然とも言える疑問をぶつける。
「……護衛は何をしてたんだ?」
「嘆かわしくも、我が弟は護衛をつけずに城下に降りることにハマっているみたいでね。僕がつけてあげた護衛はものの見事に撒かれたらしい」
呆れた顔をするフェリクスは悪戯な弟に手を焼く兄そのものだ。
「あの子の行動は王族として褒められたものではないな。――でも」
そこで言葉を切り、フェリクスは薄く笑った。
その笑みにゾッとするような冷たさを感じ、ギルドの面々は身を震わせる。弟が攫われたと聞き、ある程度その怒りを予想していたクロードとは違い、本当の意味で“フェリクス”を知らない者達はそこで初めて彼が怒っていることに気づいたようだ。
「僕は僕の弟を攫った者を許さないし、弟は傷一つない状態で取り戻す」
そのためにも、弟が王子だと向こうが気づく前に動く必要があるとフェリクスは話す。
「クロード、君の気持ちは痛いほどわかるよ。けれど……この件は僕に、騎士団に任せてほしい」
先程まで発していた冷たい怒気を綺麗に抑え込んでみせたフェリクスは真剣な面持ちでクロードを見つめた。揺らぐことのない瞳から、彼が真摯にクロードと向き合っていることがわかる。
だからこそ、クロードもそれに応えたいと思うのだ。
「……騎士団長としてのお前に頼みがある」
クロードにとって、フェリクスの言葉を無視してソニアを助けに行くことは難しいことではない。騎士団が掴んでいる情報を手に入れることも可能だろう。後の面倒を考えなければ、フェリクスを脅して無理やり参加を承諾させることもできる。
しかし、クロードは自分勝手に動くのではなく、フェリクスに頭を下げる方を選んだ。
「俺に、俺の大切なものを助けさせてほしい」
頭を下げたクロードにフェリクスは目を見張る。彼からすると、それは考えられない行動だったからだ。
他人を頼ることを嫌い、自分で解決できること以外には決して手を出さない。執着するものを作らず、他人と深く関わることを忌避する。そんな、いざとなれば何もかも置いていけるとでも言うような刹那的な生き方をする青年。……それがフェリクスの知るクロードだ。
だからこそ、驚いた。フェリクスを頼ったことにも、養い子だという少女をそれだけ大切にしていることにも。一度すべてを失ったから、もう大切なものなんて作る気がないのだろうと考えていたのに。
しかし、クロードがそんなフェリクスの心情を知るわけもなく。思いがけず返答に窮したフェリクスを内心訝しみつつ、目の前の青い瞳を見据えて言葉を紡いでいく。
「フェリクス、お前の言うことが正しいのはわかってる。その方が効率的なことも」
クロードは道理もわからぬほど愚かではない。
フェリクスの指示で仕事をしたこともあるのだ。彼がどれだけ優れた策を立てるかは身を持って知っている。
「騎士団長としてのお前を信頼してるし、お前なら最小限の被害で解決できるだろうと思う」
クロードでなくとも、誰だって今ある最善が何か考えなくてもわかるだろう。
「だが……それでも、俺はこの手でソニアを救いたいと思わずにいられない」
それでも、クロードは最善を選べない。
たとえそれがどれだけ正しいことでも、たとえ自分より強い者が相手だとしても、守りたいと望む少女を――ソニアを助ける役目を、他人に譲ることはできなかった。
「あいつの身に何があるかも分からないのに、何もせず待ってるだけなんてできるか……っ!」
それまで静かに言葉を重ねていたクロードが、一瞬だけ激情を覗かせる。
室内に響いた声はそう大きなものではない。しかし、相対するフェリクスにはなぜか叫びのように聞こえた。きっと、そう聞こえたのは彼だけではないだろう。
胸が痛いな、とフェリクスは思う。クロードの言葉はそれだけ心を打つものだった。見てくれだけ優しい王子の胸を痛ませるほどには。
「………………」
「………………」
室内は沈黙に包まれている。
静かに己を見るクロードの視線にハッと我に返ったフェリクスは、何か返答しなければならないことを思い出し、ひと呼吸おいてから口を開いた。
「……分かった、譲歩しよう」
いつの間にか冷めてしまっていた紅茶を口に含み、その味にフェリクスは顔を顰める。脇に控える従者が心得たように淹れ直した紅茶を差し出した。
「クロードが僕の条件を呑むなら、クロードだけでなくギルドの参加を認める」
ギルドの参加を認めると言われ、ギルドメンバーたちは顔に喜色を浮かべる。まだ条件を聞いていないが、大したことではないだろうと彼らは高を括っていた。
逆に、フェリクスがいう条件に心当たりがあるのか、マルセルは難しい顔をしている。オルガは静観の構えだ。
まるでそんな周りの反応を楽しむかのように含みのある笑みを浮かべ、フェリクスが条件を告げる。
「条件は――」
フェリクスの言葉に、空気が揺れた。
驚く者、怒る者、呆れる者、嘆く者……告げられた条件にギルドメンバーたちは様々な反応を示し、騒ぎ立てる。フェリクスが出した条件はクロードに対するものだったが、騒がずにはいられなかったらしい。
条件に察しがついていたマルセルは“やっぱり……”と嘆息した。
「クロード、君の同僚たちは反対のようだけど……君はどうする?」
フェリクスが問いかけると、騒ぎ立てていた全員の視線がクロードに向かう。
クロードがふとオルガの方を見ると、無言で腕を組んでいた彼女と目が合った。オルガはクロードの意思を尊重するようだ。
フェリクスに向き直り、クロードはしばし瞑目する。目蓋を上げたクロードの眼に、迷いはなかった。
「いいだろう、条件を呑む」
クロードの答えを聞いたフェリクスは一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに満足気な笑みを浮かべて頷く。条件を出したフェリクスも、クロードが条件を呑むとは思っていなかったらしい。
そして、驚いたのはギルドメンバーたちも同じ。
「ギルドマスター……」
何人かはうかがうようにオルガを見た。その視線に気づいているだろうに、彼女は何も言わない。
マルセルに視線を向ける者もいた。そのうちの一人とマルセルの目が合う。年若い剣士だ。彼の縋るような眼に求められている言葉は察していたが、何も言わずマルセルは肩を竦めてみせる。
「クロード……本当にいいのか?」
先程から微動だにせず沈黙を保っていたオルガがやっと言葉を発した。
クロードが呑んだ条件とオルガの立場を考えれば、問いかけはあまりに短い。それでいて、尋ねる口調は探るようでも、確認するようでもあった。
その答えにオルガがどう反応するのかは知らないが、クロードの答えは決まっている。
「ソニアを救えるなら何を捨てても構わない」
他の何を捨てても、ソニアを捨てるという選択肢だけはクロードの中に存在しないのだ。
◇◇◇
ギルドではなく、フェリクスが持つ私邸の一つだという邸の一室。
結界が幾重にも張られた部屋の中では、ギルドの冒険者たちを交えた作戦会議が行われていた。フェリクスの口から淀みなく騎士団が掴んでいる情報とともに作戦が語られていく。
第二王子が策士であるという噂はよく聞くが、その綿密とも言える作戦の内容には何人もが舌を巻いた。ギルドの参加に伴って急遽変更したとは思えないほどで。フェリクスの策士っぷりを知るクロードなどは当然といった顔をしていたが。
騎士団と事に当たることになっているはずだが、部屋にいる騎士はフェリクスを含む数名だけだ。それに疑問を持ち、訝しげにしていたギルドメンバーも作戦を聞いて今は納得したような顔をしている。
穴のない……穴のなさ過ぎる作戦に、マルセルが物言いたげな視線をクロードに向けたが、クロードはそれに気づかず、真剣な顔でフェリクスの声を聞いていた。
「――質問はこれくらいかな? もしこの後、説明した作戦について疑問が出たら僕に声をかけてくれ。各自準備があるだろうから一度ギルドに帰すけど、明日の昼までにはここに戻って来てもらうからそのつもりで。ギルドに戻るのが手間なら客室を用意する。そのときはレオナールかそこにいる僕の執事にでも声をかけてくれ。他に何かあれば僕に。……では、解散!」
フェリクスの終了と告げる言葉とともに室内の空気が一気に緩んだ。
近くにいる相手と話し込む者、フェリクスの従者や執事に声を掛ける者、地図を見ながら何やら考え込む者……様々な者が室内を入り乱れる。ただ、さすがに王子に声をかけるのは憚られるのか、フェリクスのもとに向かう者は少ない。
「クロード、どうかした?」
クロードが睨みつけるように地図を見ていると、マルセルにそう尋ねられた。
「いや……もしソニアが競売場の方にいたらどうするかと思ってな」
明日、王立騎士団と冒険者ギルド・ヴァナディースが踏み込むことになっている場所は二か所。
夕方から開催されるという競売の会場と、それとは別の場所にある攫われた者が囚われている館だ。館といってもそう大きなものではなく、手を貸している商人のものらしい。
逃げられないようその二か所には同時に踏み込む手筈になっている。ギルドが任されたのは館の方で、数名の騎士が同行するものの、ほぼギルドメンバーのみでの大捕り物である。まあ、大捕り物といっても規模は競売場の方が大きいだろうが。
一介の冒険者ギルドでも、騎士団の依頼であり、騎士団長直筆の委任状があれば貴族すら捕えられる。明日、捕まる者はかなりの数に上るはずだ。
フェリクスの話では騎士団にも内通者がいるらしいが、理由を付けて教会に向かわせたとのことなので、そのときになったらセルジュが何とかするのだろう。フェリクスのことだ、教会に向かわせる理由ももっともらしいものを用意したに違いない。
「そこは殿下の情報を信じるしかないでしょ。実際、これだけの規模になると国内で攫った子どもを国内で売るとは考えにくいしね。もしかしたら、攫われたこの国の子のなかには明日の競売に出される子もいるかもしれないけど、殿下の言う通り“ここ数日中に仕入れた商品”が出されることはまずないと思うよ。……ソニアちゃんはここにいる」
そう言って、マルセルは地図上の一点を指差した。
そこは隣国との国境近く。騎士団が出向くには不向きな場所だ。
「ソニアだけでなく、ディオン殿下もだろうな」
「そうだね。ディオン殿下が攫われたのは昨日らしいし、明らか高位貴族のご令息って感じの子どもを国内で売り飛ばす馬鹿はいないだろうから」
「……フェリクスも自分で助けたかっただろうに」
その言葉に、マルセルは不自然に目を泳がせた。しかし、クロードが追求する前に口を開く。
「あー……そうだね。でも、殿下は立場があるし、自分の手でって言うより駒を動かすタイプって言うか…………いや、まあ、クロードより理性的だと思うけど」
「喧嘩売ってんのか」
結局、クロードが感じた違和感はうやむやのままマルセルとの会話が終わり、マルセルはギルドマスターと話して来ると言って傍を離れた。
その場に残されたクロードは目の前の地図を見ながら説明された作戦について思い返す。ふと、気にかかることがあった。
何となく先程のマルセルの言葉に含みがあった気がしたが、それは彼もこのことに気づいていたからだろう。マルセルはクロードより察しがいい。フェリクスと思考形態が似ていることもあり、すぐに気づいたのだろう。似ているといっても、クロードに言わせればマルセルはフェリクスほどひとが悪くないが。マルセルならチラッと考えることはあっても実行しない。……チラッと考えることはあっても。
そんなことを考えながら、クロードは優雅に紅茶を楽しんでいるフェリクスに歩み寄った。
「おい、フェリクス。これ、初めっからギルド込みで作戦立ててただろ」
遠回しに尋ねることなどせず、直球で問いかける。否定しないだろうという確信があるせいか、問いかけというより断言に近かった。
「あれ、わかっちゃったかい?」
驚いたように目を見張るが、クロードが気づくことを予想していたのだろう。フェリクスの返答はあっさりしたものだった。驚いたように見せたのもポーズに違いない。
「実はセルジュに話を持ちかけたのは僕なんだ。周りの目があるから、僕ではなくセルジュからギルドに話してもらったけどね。今日、本当はギルドに協力を頼みに来たんだけど、僕の予想していなかった相手がいて利用できそうだったから……つい、ね?」
「つい……じゃねえよ、ついじゃ」
「ははっ、ごめんごめん。クロードに貸しを作れる機会なんてそうはないからさ。でも、まさか“あの条件”を呑むとは思わなかった。他にも色々用意してたのに」
“君が攫われた子をどれだけ大事にしてるかわかって、途中で何度、全部バラしてあげたくなったか”と語るフェリクスの眼にはからかうような色が浮かんでいる。
その眼差しから逃れるように、クロードは少し目を逸らした。クロードがソニアを大事に思っていることは事実だし、別に恥ずかしがるようなことではないはずなのだが……何となく気恥ずかしい。ぶん殴ってフェリクスの記憶を消したいくらいだ。無論、その場合にクロードが強制的に記憶を消す相手はフェリクスだけではないが。
「いやあ、騙すようで胸が痛かったよ」
悪びれることもなく笑うフェリクスにクロードは頬を引き攣らせた。
◇◇◇
「クロード、まだ寝ないのかい?」
「フェリクスか」
「もしかして、僕の邸はお気に召さなかったかな?」
「そういうわけじゃない」
「ふぅん……空を見上げていても、すぐに明日になったりはしないよ?」
「うるせえ、んなことくらいわかってる」
「寝ないと明日に差し支える。……助けたいなら、今は身体を休ませるべきだ」
「はぁ…………わかってるよ、もう寝る。お前こそ早く寝ろ」
「ああ、そうするよ」
「………………」
「ふぅ……やれやれ。ま、気持ちはわかるけどね」
――――今すぐにでもソニアのもとに駆け付けたい衝動を堪え、クロードは明日を待つ。
《 フェリクス視点 》
クラルティ王国の王城にある第二王子の執務室で、フェリクスは机の上の書類にペンを走らせていた。
ペンの音ともにフェリクスの声が響く。従者や護衛は先程下がらせたため、室内にいるのはフェリクス一人だ。だからといって、フェリクスが大きな声で独り言を言っているというわけではもちろんない。
「兄上、言いたいことがあるなら早く言ってください」
書類から顔を上げることもなく、フェリクスは執務机に置かれた通信用の魔導具に向かって話しかけた。
相手は第一王子であるフェリクスの兄だ。異母兄弟ではあるものの、フェリクスと兄の仲は良い。兄と自分だけでなく王家は全員仲良しだ、とはフェリクスの弁である。その言葉に偽りはなく、実際にクラルティ王国の王族は仲が良いことで知られていた。
王族の家族仲が良いというのは国民にとって嬉しいことのようで、この国の王家の人気が高い理由の一つにもなっている。……同母・異母関係なく親密なこの国の王子王女たちは、他国の者の目には奇妙に映るらしいが。
『言ってもいいが……フェリクス、書類から顔を上げろ。こちらまでペンの音が聞こえているぞ』
「……すみません。で、一体何なんです?」
ペンの音が止む。フェリクスは兄に言われて顔を上げたが、書くことは止めてもペンを置くことはしなかった。
兄には悪いが、フェリクスも忙しい身だ。今手元にある書類が終わったら、次は騎士団本部まで出向かねばならない。まったく以て嬉しくないが、騎士団長執務室で仕事が待っている。
『落ち着いて聞けよ。……ディオンが攫われたらしい』
ボキッと音を立ててフェリクスの手にあった万年筆が折れた。
ああ……また買い直しだ。結構気に入ってたのに。
前に折ったのはいつだったかと思い返す。確か、お転婆な妹が木から落ちたと聞いたときか。
無残な姿になった万年筆を見つめながらフェリクスが考えることは現実逃避に近い。それほど、可愛がっている弟の危機はフェリクスにとって受け入れがたいものだった。
『何の音だ?』
兄の言葉で現実に引き戻される。
「またペンが折れただけです。気にしないでください。……で、攫われたと言うのは本当ですか? どこからの情報です? 今の状況は?」
『気持ちはわかるが落ち着け』
矢継ぎ早に尋ねるフェリクスだが、兄に静かな声で窘められ、少しは落ち着こうと深く息を吐き出した。
魔導具の向こう側では、きっと兄が苦笑を浮かべているのだろう。普段は冷静に振舞っているが、こういうとき兄と違いフェリクスは取り乱さずにいられない。兄が薄情なわけではなく、フェリクスが行き過ぎた“家族思い”だからだ。……フェリクスは、ファザコンでマザコンでシスコンのうえにブラコンだった。
『情報はジルベールのネズミからだ。ディオンと一緒に捕まったと知らせてきた。攫われる寸前に使い魔を送るのがやっとだったようだな。それ以降連絡はない』
ジルベールはディオンの従者の少年で、貴人に侍る者にしては珍しくネズミを使い魔としている。ジルベールが虚偽の報告をするわけがないので、ディオンが攫われたというのは本当だろう。
「居場所の割り出しは?」
『今、魔導師たちにやらせている。終わったらお前に報告するように言ってあるから、お前は騎士団を動かす準備をしておけ。例の件に関わっている可能性が高い』
「あの件に?」
まさかその話が出ると思わなかったフェリクスは眉を顰めた。
“あの件”というのは、最近多発している誘拐事件のことだ。騎士団に内通者がいるらしく、騎士団長であるフェリクスまで報告が上がらないようになっていたが、フェリクスはフェリクスで独自の情報網を持っている。警戒している相手が報告を止めようとも、誰が報告を止めたかという情報とともにその報告がフェリクスに届くだけだ。
『ああ……勘だがな。騎士団にも、信頼できる者以外には知らせるな』
騎士団におけるフェリクスが信頼できない者の筆頭は、本来なら騎士団長の右腕であるはずの副団長だ。
団長になれなかったことでフェリクスを恨んでいるようだが、王子であるフェリクスに直接何かをするということはなかった。これまで目立った動きはなく、小悪党のくせになかなか尻尾を掴ませないとフェリクスを苛立たせていたが、やっと処分する理由ができたと今回の件を喜んだのは数日前。こうなる前は僻地に飛ばすくらいにしておいてやろうと思っていたが、弟が巻き込まれた以上は手加減しない。
生きていることを後悔するくらいの目に遭わせてやろうとフェリクスは心に決めた。
「わかりました、そのように取り計らいます。……指揮は僕がとってもいいんですよね?」
『お前以外に誰がいる? 頼りにしているぞ、騎士団長』
敬愛する兄の言葉を誇らしく思う。取り立てて剣術が得意というわけでもないフェリクスが騎士団に入り、団長にまでなったのは王太子である兄の右腕として働くためだ。フェリクスは謀略を得意とする自分が騎士に向いていると思ったことは一度としてないが、他ならぬ兄に頼りにされていると言われるのは嬉しい。
だが、今は喜んでいる場合ではなかった。
「任せてください。王家の敵は、僕が徹底的に潰してみせます」
魔導具の向こうの兄に、笑って告げる。
この場に他の者がいればゾッとしたことだろう。フェリクスが浮かべたのはそんな笑みだった。
通信を終えると、タイミングを計ったように執務室の扉が叩かれ、入室の許可を出したフェリクスに従者がセルジュの来訪を告げた。
セルジュを執務室まで案内するために退室する従者を見送った後、誰もいない室内でフェリクスは独りごちる。
「さて、困った。セルジュへの頼み事が一つ増えたな」
その呟きは誰の耳にも届くことなく、静かに執務室に消えていった。
すべては、フェリクスがギルドを訪れる前日の話。




