小話 赤頭巾と狼の雪合戦前夜/狼と夜の雪合戦
時間軸としては、本編第二章“赤頭巾と雪だるま その二~三”の間のお話になります。
《 赤頭巾と狼の雪合戦前夜 》
――――そにあ、かーどげーむつよいもん!
◇◇◇
ドキドキしながら裏向けたカードをそっと山に置く。
「さ、さん!」
ちらちらとクロードとマルセルの方をうかがいながら言うと、マルセルの眼がきらりと光った気がした。バレてしまったかもしれないとソニアは内心怯える。
「はい、ダウト。ソニアちゃん、そのカード表向けてー」
「……うん」
マルセルに促されて表向けたカードに記されているのは“7”の数字。
クロードから渡されたカードの山に泣きたい気持ちになった。やっと手持ちのカードが減ったと思ったのに、これでは逆戻りだ。
「ソニアちゃんって嘘吐いてもすぐわかるね」
「ごめんなさい」
嘘を吐くのは悪いことだと思っているソニアは反射的に謝ってしまう。
「いや、怒ってるわけじゃないから。あんまりしょんぼりしないで? ね? ……そこのお兄さんが怖いからさ」
マルセルが視線を向けると、彼に射殺しそうな眼差しを向ける青年が一人。
落ち込むソニアも睨んでくるクロードも見たくなかったマルセルは思わず天を仰ぐ。ここに彼の味方はいないようだ。シュテファンも混ぜれば良かったと心の中で嘆いた。
「マルセル……子ども相手なんだから手加減くらいしてやれ」
「まさか、クロードからそんな言葉が飛び出すとは」
「おい」
「いやいや、ごめん。でも、手加減はできないな。ゲームは大人も子どもも全力で楽しむものだからね!」
雪の中を走り回っていた日中とは打って変わって、夕食後の時間をソニアたちはカードゲームに費やしている。もちろん、クロードの家にカードなぞないのでマルセルがわざわざ持ち込んだものだ。
マルセルから説明を受けたものの年齢的にソニアには少し難しかったため、マルセルを相手にクロードと一緒に“ダウト”というゲームをすることになった。膝の上にソニアを乗せてカードを見せてやっているクロードの姿はもはや休日の父親である。しかも親バカ気味。
「ソニア、そろそろ他のゲームにするか?」
「ほかにもあるの?」
「色々あるよー」
マルセルは思い付くままにカードゲームの名前を挙げていく。
なかにはクロードにも聞き覚えのないものまであった。
「あっ、そうだ! ポーカーとかどう? クロードも酒場でよくやってるでしょ?」
「賭けるもんもないのに誰がするか」
そう言ってマルセルの提案を一蹴したクロードだったが、ソニアが“ぽーかー?”と呟いたのに気づいた。
なんだか瞳がきらきらしている。どうやら名前の響きが気に入ったらしい。
「そうだよ、ポーカー。ポーカーフェイスで戦うんだ。楽しいよー。きっとソニアちゃんも気に入ると思うな」
マルセルもポーカーがしたいのか適当なことをソニアに教え始める。
「そにあ、ぽーかーやりたい!」
ソニアがクロードにそう言いだすまでに時間はかからなかった。
四戦目。
ダウトと同様、しばらくはクロードと一緒にポーカーを楽しんでいたソニアだったが、自立心でも芽生えたのか、はたまたクロードの引きの悪さに嫌気がさしたのか、一人でやると言い出した。よって、四戦目はソニアとクロードとマルセルの三人で戦っている。
ちなみに、クロードはカードの引きは悪いが、酒場ではイカサマをしているため負けることは少ない。ただ単に、彼は運が悪いだけだ。幸運の女神に嫌われているらしい。
「…………」
クロードはあまり口を開くことなく、無表情でカードを操っている。
これぞ、ポーカーフェイス。
「うーん、あんまりよくないかなー」
マルセルはにこにこしながらカードを捨てている。
これも、ポーカーフェイス。
「あっ……」
ソニアはカードを見る度に喜んだり落ち込んだりと忙しい。
まだ幼いこともあり、ポーカーフェイスにはほど遠いようだ。もともと素直な性格だということもある。
「ワンペア」
クロードがカードを放り出す。言葉通り、彼の手札には“5”と書かれたカードが二枚揃っていた。
「俺はツーペア」
マルセルはクロードには勝っているからか余裕の笑みだ。
もともと彼はこの手の勝負には強い。クロードも運だけで勝負しなければ勝てる見込みがあるのだが。
「そにあはねえ……」
楽しそうに笑いながらソニアが手札を見せる。
「すりーぺあ!」
ソニアが示した手札には“A”が二枚、“K”が二枚、“Q”が二枚……計六枚が堂々と並んでいた。
◇◇◇
「ねえ、ポーカーって一人五枚だよね」
「ああ……俺が知ってる限りでは」
「スリーペアってすごい矛盾じゃない?」
「………………」
「? どうしたの、おおかみさん?」
「何でもない。気にするな」
「うん!」
「……まあ、ソニアが楽しそうだから別にいいだろ」
「……この親バカめ」
――――そにあ、ぽ、ぽーかーふぇいす? とくいだもん!
◆◆◆
《 狼と夜の雪合戦 》
――――このっ、酔っ払いが!
◇◇◇
すよすよと気持ちよさそうな寝息が聞こえてくる。
長椅子の上で丸まっている少女の頭を優しげな手つきで撫でる相棒を見て、マルセルは思わずくすりと笑った。
少し前まではソニアを撫でる手もぎこちなかったのに、今はごく自然な動作だ。いつの間にこんなことをするようになったのかと愉快に思う。
笑われたことに気づいてクロードが睨んでくるのも面白い。以前より感情を表に出すようになった相棒がマルセルは嫌いではなかった。
「寝ちゃった?」
クロードの鋭い視線などどこ吹く風で尋ねると特大の溜め息とともに頷きが返される。
「疲れが出たんだろ。朝からはしゃいでたからな」
マルセルは日が暮れてから訪れたためクロードの言う“朝からはしゃいでいた”ソニアの様子を知らないが、嬉しそうに何度も窓の外を見たり、ルーと遊んだと楽しそうに話したりする姿を見ているので朝の様子もだいたい想像がつく。朝から来て寒がりの相棒の代わりに一緒に遊んであげれば良かったと少しだけ後悔した。
もともと素直で良い子だったが、最近のソニアは来た当初より明るくなった気がする。ソニアにとってもクロードにとってもいい傾向だ。ペットを飼い始めたことが影響しているのかもしれない。
「まだ小さいんだし、あーんな大きな雪だるまなんて作ってたらそりゃ疲れるよ。よっぽど雪遊びが楽しかったんだろうねえ」
そう言いながら、机に散らばっているカードを片付ける。
少し角がよれているカードもあるが、このくらいなら大丈夫だろう。マルセルが気に入っているこのカードは、たかがカードといえこれでも魔導具だ。箱に仕舞えば新品と同じ状態に戻る。
「ああ。日が暮れてからは外で遊ぶって言い出さなくて良かった。風邪でもひかれたら困る」
「今日は寒いからね。……もうすぐ夏のはずなんだけど」
「ここの季節がたまにおかしいのなんて今さらだろ。しっかし、冬に暑いならまだしもこう寒いと動く気にならねえな」
「クロード、寒がりだもんね。まだ若いのに、雪の日に毛布被って家でごろごろするのはどうかと思うよ?」
「ごろごろはしてない」
クロードは不機嫌そうに否定して、ふとソニアに視線をやった。
「……っと、このままじゃそれこそ風邪ひくな。向こうに寝かせてくる」
ソニアを抱き上げて寝台へと向かうクロードの背を見送る。酒が入っているはずなのにしっかりとした足取りだ。飲み始めてからそれなりに時間が過ぎたが、まだ酔いは回っていないらしい。
ぼうっとクロードに目を向けたままグラスを持ち上げる。口をつける前に、飲み切っていたことに気づいてグラスに酒を注いだ。この調子ではすぐに酒瓶が床を転がることになりそうだ。
「あー、酒が美味い」
実家からくすねてきた銘酒に、酒の肴は親バカになりつつある年下の相棒。
冬の酒は格別だなマルセルは独りごちた。……今は初夏だが。
クロードは酒に強い。
酔わないわけではないが、酔いがあまり表に出ない体質のせいか酔っぱらって醜態をさらすということはこれまでなかった。……これからもないだろう。酔って裸で踊り出すような大人にはなるまいと子どもの頃から心に決めている。
今でこそ年下のギルドメンバーや後輩と言える立場の者もいるが、年齢詐称してギルドに入ったとき、当たり前だが周りは年上ばかりだった。クロードが所属するギルドはギルドマスターが大酒飲みのせいか酒を飲む機会が多く、若いというだけでよく酔っ払いに絡まれる。そのせいでクロードは、酒は好きだが酔っ払いは嫌いだ。
だから、クロードは酔って醜態をさらさないようにいつも気をつけている。……目の前のマルセルのようにはならない、と。
「あはははっ!!!」
眼前では完全に出来上がっている相棒が何が面白いのか高らかに笑っている。
「うるさい。静かにしろ。……ソニアが起きるだろうが」
「あはは、クロードってばすっかり父親じゃん」
「誰が父親だ、誰が」
「あははははっ!」
マルセルは笑いながら扉を開け放ち、寒空の下へと駆け出して行く。……クロードの腕を掴んで。
「寒っ! ……くそっ、離せ、酔っ払い! 凍死したいなら一人でしてろ!」
クロードは凍えるような夜の冷気に身を震わせた。このまま外にいれば冗談ではなく凍死するだろう。
マルセルの手を振り払って温かい家の中に戻ろうとするが、足が地面にくっついたように動かないことに気づく。今の一瞬でマルセルが魔法を使ったらしい。
酔っぱらった魔導師は危険だ。平気で魔法を無駄使いしてくる。クロードはいつもギルドの飲み会でそのことを思い知らされている。
「えー、何、クロード。俺と雪で遊びたいの?」
魔法を解除しろと迫るクロードにマルセルは不満げに唇を尖らせた。
「んなわけあるか!」
「仕方ないなあ、もう。まだまだ子どもなんだから」
笑いは治まっても静かにはならないマルセル。
他人の足を止めるより自分の口を止めろとクロードは心の底から思う。
「ほら、遊んであげるよ。さあ、おいで」
「…………」
マルセルの口を縫い付けたい衝動を何とか堪え、クロードはマルセルの頭を無言で叩いた。酔いが足にもきているのか、もともとふらついていたマルセルはその衝撃だけで地面の雪に倒れ込んでしまう。
それだけで倒れるとは思っておらず、さすがのクロードも焦った。
「おい、大丈夫か?」
起こそうと手を伸ばす。
「ふっ……ふふふ。――あーはっはっはっ、くらえ! クロード!!」
立ち上がり、不気味に笑ったかと思うと高笑いを始めるマルセル。
“これだから酔っ払いは”とクロードが溜め息を吐くと同時にべちゃっと顔に冷たいものがぶつかった。……いや、ぶつけられた。
「……っ!」
普段なら雪玉くらい難なく避けられるが、マルセルほどでなくともクロードもそれなりに酔っているらしい。マルセルという名の酔っ払いがどこを狙ったのかは不明だが、雪玉はクロードの顔にもろに当たった。
「………………」
「あは、あははっ! 雪まみれ!」
「………………」
「ははは……って、あれ? クロードさん?」
声もなく雪よりも冷たい気を発するクロードに、一気に酔いが醒めて正気に返ったマルセルの顔が引き攣る。
絶体絶命という言葉が彼の頭をよぎった。
「ふっ」
クロードが嗤う。
「魔剣がこの手にないことに感謝しろ」
そう言い放ち、クロードはマルセルに殴りかかった。
お互いに酔った状態とはいえ、Sランクの剣士の物理攻撃をAランクの魔導師が避けられるはずもなく……マルセルは再び雪の上に沈む。
雪が身体を包み込む感覚は、冷たいを通りこして痛みを感じるほどだ。顔でこそなかったものの殴られたところも痛い。
「うう……痛い」
むくりと起き上がる。
顔を上げてクロードを睨みつけるマルセルの瞳は復讐に燃えていた。常にないほど真面目な顔つきで、珍しく怒っている。ある程度酔いは醒めたといってもまだ酒が残っているのか、いつもより沸点が低いようだ。
「クロードめ! これでもくらえ!! ――マルセル雪玉スペシャル!!!」
マルセルはそう叫びながらどこからか取り出した杖を思いっきり振った。
“マルセル雪玉スペシャル”なる魔法を使うつもりらしいが、そんな魔法はない。……ないのだが、魔法が発動し、クロードの頭上に雪玉が降り注ぐ。
「っ!!!」
ほとんど避けたが、数が多いため二つ、三つほどの雪玉がクロードの身体を直撃した。
クロードのこめかみに青筋が浮かぶ。
「覚悟はできてんだろーな、マルセル」
「それはこっちの台詞だよ、クロード」
やられたらやり返す――大人の雪合戦のゴングが鳴り響いた。……この大人気ない戦いは両者がくしゃみをするまで続いたらしい。
この後、クロードは器用にも立ったまま寝てしまったマルセルを引きずってやっとの思いで家に戻るのだが、家に入った途端目覚めたマルセルとひと悶着起こした後に結局、二人で飲み直すことになる。
完全にマルセルが落ちた後に一人で飲む酒は格別で、もう酔っ払いの面倒は見ないとクロードは心に決めた。
◇◇◇
「へっくし!!」
「はっくしょん!」
「……もう気が済んだだろ。寒いし、いい加減帰るぞ、この酔っ払い」
「クロード! ソニアちゃんを返してほしければ俺にかかってくるがいい!!」
「何言ってんだ、お前。返すも何もソニアは家で寝てるだろ」
「………………」
「おい、マルセル」
「…………ぐー」
「まさか、今のは寝言か? ――おい、マルセル! そこで……というか、立ったまま寝るな!!」
――――……なんか無駄に疲れた。




