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“おおかみさん”と一緒  作者: 雨柚
第二章 “おおかみさん”と家の中
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赤頭巾の雪だるま その一

 早朝。クロードもまだ目覚めていない、ソニアが起きるにはかなり早い時間だ。

 ベッドで眠りに就いていたソニアは夢現のなか、何となしに身体に重苦しさを感じていた。

 しばらく眉間に皺を寄せていたが、耐えられなくなったのか、ソレ(・・)から這い出ようと、無意識のまま寝返りを打つ。


「……さむいっ」


 途端、ソニアは寒さを感じて飛び起きた。

 半覚醒の状態で、すぐに自分を寒さから守ってくれていたらしいものを手繰り寄せる。


 ……あれ?


 明らかに冬用だと思われる分厚い掛け布団を被ってひと心地ついたところで、すっかり目が覚めてしまったソニアは首を傾げた。


 なんでさむいの?


 今の季節は初夏。本来なら、毛布も冬用布団も必要ない気温のはずだ。実際、昨夜の段階ではもっと薄い布団だったし、それに対して寒さも感じなかった。

 起き抜けに少し混乱したソニアは、ふと窓に視線を向ける。



 ――目を向けた先には、白銀の世界が広がっていた。



   ◇◇◇  



「そりゃ、ここが魔の森だからだ」


 “なぜ雪が降っているのか”と尋ねたソニアに、クロードはあっさりとそう答えた。


「まのもり?」

「ああ、この森のことをそう呼ぶんだよ。……ここは魔力的な磁場が狂ってるからな。夏に雪が降ることもあるし、冬なのにクソ暑いこともある」


 原因は解明されてないが、魔の森に魔物が多いことも関係しているらしい。季節は他の土地と同じように巡るのだが、年に数回、数日単位で季節にそぐわない環境へと変化するのだ。


「………………」


 当然かもしれないが、クロードの説明では理解できなかったようで、ソニアは眉間に皺を寄せる。……考え込むときのクロードの癖がいつの間にかうつったようだ。


 こういうのはマルセルのが詳しいんだが……。


 必要なときに限っていない相棒の顔を思い浮かべつつ、クロードはソニアにどう説明したものかと頭を捻る。

 二人して難しい顔をしていると、不意にソニアがぽつりと呟いた。


「ふしぎなもりなんだねぇ」

「まあ、そんな感じだ」


 何気なくすべてを言い表しているその言葉に、クロードはふっと微笑む。つられてソニアも笑うと、彼女の足元で丸くなっていたルーが“クゥン”とひと鳴きした。






 “ほら”とクロードから手渡されたカップを受け取り、ソニアは冷えてしまった指先を温めるようにカップを両手で包み込んだ。

 カップの中身はココアらしい。鼻孔をくすぐる甘い香りにふわりと笑みを浮かべたソニアは、いそいそとカップに口を付ける。しかし、ほかほかと湯気を立てるココアは猫舌の彼女には熱すぎたようで、二口目からは慎重にふぅふぅと息を吹きかけながら飲むようにしていた。


 カップを手渡してから、しばらくソニアの様子を見ていたクロードも自分のカップを口元に運ぶ。こちらはコーヒーだ。


「あっ、ゆきやんでる!」


 先程まで降っていた雪が止んでいることに気付いたソニアは声を上げ、窓の外に広がる一面の銀世界に目を輝かせた。


「おおかみさん、おそとであそんでもいい?」


 興奮しているのか、ソニアの頬は少し赤い。クロードの許可さえ出れば、すぐにでも駆け出して行くだろう。床で丸まっていたはずのルーもソニアについて行くつもりなのか、いつの間にか立ち上がっていた。

 期待に満ちた二対の眼に見つめられ、クロードは少々呆れたような顔をしつつも頷いた。


「……!」

「ただし」


 しかし、すぐさま家を飛び出して行きそうなソニアに釘を刺すことも忘れない。


「それ、飲み切ったらな」


 ハッとした様子で急いでココアを飲むソニアと、そわそわと彼女の周りを歩き回るルー。

 明らかにはしゃいでいる一人と一匹に、クロードは面倒臭そうに頭を掻きながらも、部屋の隅にある抽斗から何かを取り出して来る。


「ソニア」

「…………?」


 そして、飲み終えたカップを机の上に置いて外へ出ようとするソニアを呼び止め、それを投げて渡した。


「つけとけ」

「……! ありがとう、おおかみさん!!」


 クロードは嬉しそうに礼を言うソニアにひらりと片手をあげて応え、近くにあった毛布を手に取ってかぶる。……どうやら彼は寒がりらしい。


「るー、いこう!」


 頭巾と同じ赤色をした――明らかに子ども用だとわかる手袋と、ソニアにはかなり長い大人用の黒いマフラーを身に付け、ソニアは雪の積もる森へと駆けて行った。



   ◇◇◇



 ルーとともに雪のなかに飛び込んだソニアは、さくさくと雪を踏みしめる感触が楽しかったのか、初めは何をするわけでもなくただ辺りを歩き回っていたが、しばらくして雪に慣れるとアレを作ろうと思い立った。


「ゆ~き~♪ ゆき~♪ ゆきだるま~♪♪」


 適当に節をつけた歌を歌いながら、楽しそうに雪玉を転がす。

 いつのまにか首に巻いたマフラーの端が地面の雪についてしまっていたが、絵本で知って以来憧れていた雪だるま作りに夢中になっているソニアは気づかない。


「……ううっ、おもい……!」

「ガウ!」


 どんどん大きくなる雪玉にソニアが苦戦し出すと、ルーが雪玉を押すのを手伝った。

 一晩で充分すぎるほどに積もった雪の上を転がしていけば、みるみるうちに大きな雪だるまの体が出来上がる。


「……ふぅ」

「クゥ」


 押すのを止めて立ち止まったソニアは、大きくなった雪玉に満足気な息を漏らした。それを真似るようにルーが小さく鳴き声を上げる。


「えっと、つぎは……おかお?」


 そう呟いて、ソニアは雪だるまの頭を作るべくもう一つの雪玉作りに取りかかる前に、ちょうど窓から見える位置に配置した雪だるまの体をじっくりと眺めた。ソニアより大きいのではないかと思われる雪玉は、なかなかの出来である。


「よし!」


 次はもっと遠くから雪玉を転がして来ようと、ソニアは家の反対方向へと駆け出す。しかし、いきなり後ろを向いた彼女が踏んだのは白い雪ではなく……少し前から引き摺っていた黒いマフラー。

 見事にすっ転んだソニアの雪だるま作りは、溜め息を吐きながら家から出て来たクロードにより、乾いた服に着替えて冷えた身体を温めるまで一時中断となった。






 数時間後。

 大きく作りすぎ、雪だるまの頭を持ち上げることができないというハプニングに見舞われたものの、ソニアに助けを求められたクロードの協力によって無事に雪だるまは完成した。まあ、クロード本人はソニアに手を引かれ、渋々……といった様子ではあったのだが。

 ちなみに、クロードは雪玉を持ち上げるのを手伝った後すぐに家へと戻っている。毛布に包まりながら窓の外のソニアを見守るクロードの姿は、まるで遊んでいる孫を見る祖父のようであったが、この場にいればそれを指摘するであろう相棒(マルセル)の到着は、残念ながらもう少し先のことであった。


「……うーん」


 自らの力作を前に、ソニアは腕を組んで唸る。

 両目を黒い石で、鼻をにんじんで作った雪だるまは絵本に描かれていた雪だるまそのものだが、何かが足りない。


 おおかみさんにきこうかな?


 ちらりと窓から外を眺めているクロードに視線をやるが、ソニアは彼と目が合う前に視線を逸らし、自分の考えを振り払った。どうせ聞いても“別にこれでいいんじゃねえのか”と、あまり親身になってはもらえないだろうという予測のせいだ。……ソニアはクロードの性格をだいたい把握しつつあった。


「……むぅ」


 もう一度、雪だるまを上から下までじっくり眺める。

 やはり、何かが足りない。


 ……なんだろう?


 一人ソニアが唸っていると、何かが足をつんと突いた。


「ん? ……るー??」


 どうやら足を突いたのは、雪だるまの顔を作っている間にどこかに行ってしまっていたルーだったらしい。

 足元に行儀良く座るルーが咥えている物を見て、ソニアは思わず声を上げる。


「あっ!!!」


 頭を抱えて考え込んでいるソニアに答えを示したのは、家でぬくぬくとしている黒狼ではなく、一面の雪景色に溶け込んでしまいそうな白銀の仔狼だったようだ。


「ありがとう、るー」


 そうお礼を言いながらソニアが柔らかな毛並みを撫でると、ルーは気持ちが良いのか、目を細めて嬉しそうに喉を鳴らす。

 石の目、にんじんの鼻……そして、木の枝でできた腕の雪だるまに、ソニアは今日一番の笑みを浮かべた。



◇◇◇



「ソニア」

「おおかみさん?」

「昼飯。そろそろ家に戻れ」

「………………」

「はぁ……昼飯食ってから、また遊べば良いだろうが」

「うん!」



 ――――初夏の雪はまだ融けない。





 初夏に防寒具を用意している準備のいいオカン青年。

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