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“おおかみさん”と一緒  作者: 雨柚
第二章 “おおかみさん”と家の中
18/58

小話 狼と絵本/狼とお菓子

《 狼と絵本 》



 ――――……どれがいいんだ?



   ◇◇◇



 クロードは真剣に悩んでいた。

 眉間に皺をよせ、睨むように前を見ているクロードの姿を、彼を知っている者が見れば“一体どれほど凶悪な魔物が現れたのか”と身を震わせることだろう。

 しかし、クロードの目の前にあるのは暴れる魔物でも、人相の悪い山賊でも、いつも彼に迷惑をかけてくる相棒でもなく、柔らかい色使いが可愛らしい絵本の山だった。




 クロードは街にあるこじんまりとした本屋に来ていた。だからといって、彼が小説や随筆を買って読むわけではない。……まあ、意外と――意外だと言ったのはマルセルだ――クロードは読書を好んでいるのだが。物語を好む養い子とは違って、彼が手に取るのはたいていが実用書だ。


「………………」


 無言のまま睨みつけるように、絵本が収められた本棚に目を走らせる。

 字は読めると言っていた。言葉も、少々舌足らずではあるが普通に話せる。――ということで、自分が出掛けている間はソニアも暇だろうと、絵本を買ってやることにした。したのだが……。


 あいつの好みってなんだ……?


 本屋を見かけてふらりと入ったことを後悔する。ソニアを連れて来ることができなくとも、せめてどんな絵本がいいかくらい訊いていればよかった。


「………………」

「……お、お客さん?」


 おそるおそる声をかけてきた本屋の店主をちらりと一瞥する。

 色んな意味でタダモノではない雰囲気を漂わせる客にビビりつつも、店主はぎこちなく愛想笑いを浮かべた。小さな本屋といえどさすが一国一城の主である。小心そうな見た目に違わず気は小さいようだが、黒ずくめの怪しい客にも対応しようという心意気は買う。


「な、何かお探しですか?」

「……絵本を」

「お子さんへのお土産ですか? それならこの辺りの絵本がいいと思いますよ」


 クロードをいくつだと思っているのか、店主はそう言って左の方にある本棚を示す。促されるままそちらに視線を向けたクロードに、本棚から絵本を数冊抜き出して手渡した。


「これは?」


 重ねて渡された絵本の一番上にあったものについて尋ねる。

 表紙には謎の生き物――角と羽があり、腹部に☆マークが付いている。デフォルメされているが、大部分はネズミのようだ――が描かれていて、パラパラと中身をめくると、どうやらその生き物が旅をする話らしい。


「それはシリーズものの絵本ですよ。他にも色々ありますが、見てみますか?」

「……いや、いい」


 シリーズものということは人気があるのだろうが、なんとなくソニアが好みそうな話ではないように思えた。違う絵本の方がいいだろう。


 いや……この際、数十冊くらい買うべきか?


 それだけあれば一冊くらいは気に入るものがあるはずだ。


「それでですね、こっちは今一番人気の絵本です。カメの女の子が主人公なんですが、ピンク色で可愛らしいからか、女の子に人気なんですよ」


 “ピンクのカメってなんだ、魔物か”とクロードは思ったが口には出さなかった。表紙に描かれているカメらしき生物は確かにピンク色だが、どこか太々しそうで、可愛らしくは見えない。

 適当にページをめくると、主人公だという新種の魔物(ピンクのカメ)が犬に追いかけられたり、飼い主らしき人物に噛みついたりしている絵が載っていた。話はわかりやすそうだが、絵本の主人公にしてはこのカメは凶暴すぎやしないか。

 だいたい、カメの性別を言うなら女の子ではなくメスだろう。カメの女の子ってなんだ、珍獣か。


「……っと、もしかしてお子さんは男の子ですか?」


 対象(こども)の性別を聞いていなかったことに気づいた店主が、今さらながらに尋ねた。


「……いや」


 “お子さん”という言葉になんとなくダメージを受ける。弟とか妹とか、そういう発想はないのだろうか。……ないんだろうな。

 相棒に言わせれば、クロードは実年齢より老けて見えるらしい。たまに子どもっぽいときもあるから安心しろと笑顔で言われて、あの腹の立つ顔を殴った記憶がある。


「男の子にはさっきのシリーズものの絵本が人気なんですけどね。男の子でも女の子でも楽しめるような……そうですね、これなんかどうでしょう?」


 そう言って、店主は本棚の下の方から一冊の絵本を取り出した。汚れているわけではないが、古いものなのか、他の絵本とは違って見える。


「……これは」

「ちょっと古いんですけどね。ずっと昔から愛されてる作品で、どこの家にも一冊ありますよ」


 その絵本には、真っ黒な狼が描かれていた。



   ◇◇◇



「これで」

「こ、こんなに買うんですか? よろしければご自宅までお運びしますが……」

「俺の家は複雑な場所にあるから遠慮する。……ところで」

「はい?」

「美味い菓子屋を知らないか?」



 ――――“おおかみさん”って……ああ、だからか。






   ◆◆◆






《 狼とお菓子 》



 ――――ヤバい……吐き気がする。



   ◇◇◇



 現在、クロードは今までにないほどの危機に瀕している。


「…………っ」


 辺りに充満する甘ったるい匂いに、クロードは息を止めてしまいたくなった。……彼の決して弱くはない生存本能が辛うじてそれを踏みとどまらせたが。


 適当に選んでさっさと帰ろう。


 そう心に決める。とにかく一刻も早くここから抜け出さなくては。


 クロードは街に出たついでにソニアへの土産を買いに来ていた。

 しかし、最近街で評判らしいと聞いた菓子屋に入った瞬間、踵を返したい衝動に駆られて早くもじっくり商品を選ぶことを放棄している。

 娯楽の少ない小さな村で幼少期を過ごし、十歳のときに貧乏教会に引き取られたクロードにとって“お菓子”はかなり縁遠い物だった。そのせいか、彼は匂いだけで吐き気を覚えるほど甘い物が苦手である。


 悪いな、ソニア。これだけは……無理だ。


 ソニアには悪いが、彼女の菓子の好みも分からないことだし、店員のオススメ品でも買って帰ろうとクロードは密かに決意する。

 不機嫌を撒き散らしながら若い女性ばかりの店内をうろつくクロードへの、客や店員からの好奇の視線は我慢できても、甘い菓子の匂いには耐えられなかった。生来五感が鋭く嗅覚にも自信があったが、こんなところでそれが仇となるとは。


「いくつか菓子を見繕って欲しいんだが」


 ちょうど接客を終えた店員の一人に声をかける。

 呼び止められた店員は驚いたように何度か目を瞬かせたものの、すぐに柔和な微笑みを浮かべた。まさに、店員の鏡のような接客態度である。


「贈り物でしょうか? 甘い物が苦手な方のための、甘さ控えめのスイーツもありますよ」


 クロードの態度を見て、土産だと見当をつけたらしい。当たりだ。さり気なく自分用も買わせようとするあたりに商売っ気を感じる。


「土産用だ。なるべく子ども(ガキ)が喜びそうな物にしてくれ」

「お子様用ですね? 畏まりました」


 店員はチョコレートや焼き菓子など色とりどりの菓子を、何も置かれていないショーケースの上に並べた。

 一番手前のケーキを示し、説明を始める。


「こちらは当店でも一番の人気商品です。季節のフルーツがふんだんに使われており、ほどよい甘さのクリームと少し固めに焼き上げたスポンジが……」


 しかし、長くなりそうな説明に耐え切れそうもなかったクロードは、片手をあげて店員の話を遮った。


「いや、説明はいい。全部でいくらだ?」

「ぜ、全部……ですか?」


 並べられた菓子はパーティーでも開くのかというほどの量だ。

 さすがにすべて買うとは思いもよらなかったのだろう、店員の声からはその動揺のほどがうかがい知れる。


「ああ。……何か問題でもあるのか?」

「いえ……」


 店員は戸惑った様子でしばらく客の男(クロード)と商品を見比べていたが、多く金を落としてくれる分には問題ないと判断したようで、すぐに愛想のいい笑顔を浮かべて目の前の大量の菓子を箱に詰め始めた。子どもや女性が喜ぶ有料ラッピングを勧めるあたり、やはり彼女は店員の鏡だ。




 金払いのいい客だと思ったのか、しきりに“ご自分用もいかがですか?”と笑顔で迫る店員を振り切って店を出る。

 “またのご来店をお待ちしております!”と、クロードとその相手をしていた店員の様子を固唾を呑んで見守っていたらしい他の店員たちにまで満面の笑みで見送られ、早足で店から離れるクロードの顔にはげんなりといった表情が浮かんでいた。


 これだけ買えば、しばらくはあそこに行かなくていいだろ。


 やっと菓子屋から出られたクロードはそんなことを考えながら帰路につく。



 あまり日持ちしない菓子を買い過ぎたことに彼が気づくのは、家に帰ってからのことだった。



   ◇◇◇



「ソニア、土産だ」

「…………」

「? 嫌いな菓子でもあったか?」

「っ、ううん。でも……」

「どうかしたのか?」

「おおかみさんも、おかしたべるの?」

「いや、全部お前の分だ」

「……ごめんなさい」

「?」

「そにあ、こんなにたべられないとおもう……」

「…………あ」



 ――――しまった、確か菓子は腐るのが早かったな。






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