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“おおかみさん”と一緒  作者: 雨柚
第二章 “おおかみさん”と家の中
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赤頭巾の留守番 その四

 夢を……とても温かい夢を見た。

 ソニアはそれが夢だと知っている。

 頭を撫でてくれる温かい手は、今彼女の傍にないものだ。呟くような大きさの、低いけれど優しい声も。


 ――……ただいま、ソニア。


 幸せな夢の中で、ソニアはふわりと微笑んだ。



   ◇◇◇



 夢が終わり、意識が浮上していく。

 寝起きの良いソニアは、窓から差し込む朝日を浴びてパチリと目を覚ました。少しぼうっとしたまま、身体を起こす。


「………………」


 昨日一日――クロードが仕事に行ってしまってから面倒を見てくれていたシュテファンを探して、ソニアは寝台の上から辺りを見回した。昨夜はなかった寝台横の椅子に座っている人物が視界に入る。


「…………?」


 まだ完全に目覚めていないのか、椅子に座る相手を認識するまでに時間がかかった。

 彼は腕を組んだ状態で眠っている。顔を下に向けているため、ソニアから見えるのは彼の頭だけだ。

 相手が誰だか理解すると同時に、ソニアは小さく声を上げた。


「…………ぁ」


 カラスのシュテファンよりも濃い黒髪。今は閉ざされている瞳も同じ色だと、ソニアは知っている。

 寝ているときも起きているときもずっと眉間に皺を寄せていて、笑うとそれがくしゃりと崩れる。

 ――帰って来るのは、もっと先だと聞いていた。


「……おおかみ、さん?」


 消え入るような声で呆然と呟く。それには、どこか確認するような響きがあった。

 ソニアは音を立てないように注意しながら、そっと寝台を下りる。おそるおそる顔を覗き込むと、椅子に座った格好で眠っているのは、確かにクロードだった。

 泣きたいくらい嬉しくて、クロードの膝に抱きつく。


「…………っ」


 安堵の次は心配。

 いつもならソニアが近づいただけで起きてしまうクロードが、今日は眠ったままだ。何かあったのだろうかと、恐れにも似た不安を抱く。


「ソニアちゃん」


 ソニアがクロードに声をかけようか悩んでいると、後ろから名前を呼ばれた。驚いて振り返る。


「……っ、まるせるさん」


 マルセルの顔はいつもと同じように笑っていたが、ソニアの眼にはなぜか疲れているように見えた。彼がかぶっているとんがり帽子の先も、どこかくたびれている。

 自分の名前を呼んだソニアにひとつ頷きを返して、マルセルはしぃと唇に人差し指を当てた。そして、クロードにチラリと視線を向けた後、ソニアを手招く。


「………………」


 眠っているクロードを起こさないためだと気づいたソニアは、マルセルに導かれるまま寝台から離れた場所へと向かった。

 マルセルはソニアに満足気な笑みを向け、耳を澄まさないと聴こえないほど小さな声で話し始める。


「いい子だね。……さて、クロードがいてびっくりしちゃったかな?」


 ソニアは素直にこくりと頷いた後、少し考えてから首を振った。そして、花が咲くように笑う。


「……ううん。うれしかった」

「そっか、良かった。あいつ、早く帰るために徹夜で依頼(クエスト)こなしてたからさ、疲れてるんだ。もうちょっとだけ寝かせてあげて」

「うん」

「ありがとう。……俺もあんま寝てないし、もう帰るよ。クロードによろしくね」


 そう言ってマルセルは扉に向かおうとしたが、小さな手が自分の服を掴んだことに気づいた。肩越しに顔だけを後ろに向け、自分を引き留めた相手に問いかける。


「どうしたの?」

「……しゅてふぁんさんは?」


 クロードよりは低い位置にあるマルセルの顔を見上げ、ソニアは尋ねた。

 昨日自分の世話をしてくれた優しいカラスがいないのだ。飼い主のマルセルは平気な顔をしているので、シュテファンに何かあったわけではないだろうが、お別れも言えないのは少々寂しい。


「ああ、シュテファンなら先に帰ったよ。何か用事でもあった?」


 “何か失敗でもしたかな、苦情は俺に言っても良いよ?”と微笑むマルセルに、ソニアは違うと言う代わりににぶんぶんと首を横に振った。


「ありがとう、っていえなかったから」

「……っ、伝えとくよ。シュテファンの奴、きっと飛び上がって喜ぶね」


 一瞬虚を衝かれたような顔をしたマルセルは、今度は照れたように笑った。自分の使い魔を気にしてもらったのが嬉しかったのだろう。

 それをごまかすように続けられた軽口に、ソニアも笑みを浮かべる。


「まるせるさんも、しゅてふぁんさんも、またあえる?」

「もちろん。俺はクロードの相棒だからね」


 とても楽しそうに笑いながら、とんがり帽子の魔導師は去っていった。






 マルセルが帰り、しんと静まり返った家の中。

 それでもソニアは寂しさを感じない。二人でいる静寂は、ソニアには慣れたものだ。

 クロードの傍に寄り、彼の膝に抱きつく。


「おかえりなさい、おおかみさん」


 小さな声でそう言うと、寝ているクロードが笑った気がした。



   ◇◇◇



 膝に僅かな重みを感じて、クロードは目を覚ました。見下ろすと、膝の上でソニアが小さく寝息を立てている。

 何でこんなところにと思いつつも、頬が緩むのを抑えきれなかった。咄嗟に右手で口元を覆う。この場に煩い相棒がいなくて良かったと、心底安堵した。


「ソニア」


 囁くような声で呼びかけるが、起きる気配はない。完全に眠ってしまっているようだ。

 “仕方ねえな”とソニアの身体を持ち上げ、すぐ横の寝台に寝かせた。もうひと眠りするかと、欠伸をしながら自分の寝台の方へ向かおうとすると、服を引っ張られる。


「…………っ」


 起きていたのかと驚きながら振り向くと、ソニアはクロードの服の裾を掴んだまま眠っていた。


「仕方ねえな」


 苦笑を浮かべて、ソニアが眠る寝台で横になる。

 温かさを求めてかすり寄って来る小さな身体を抱き締めつつ、クロードは眠りについた。



   ◇◇◇



「おい、ソニア」

「…………すぅ」

「そろそろ起きろ」

「…………ん」

「……はぁ、起きなくても良いから、せめて手は離せ」

「…………やぁ」

「お前、起きてんだろ」



 ――――こうしてまた、二人は日常へと戻る。





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