小話 赤頭巾とカラス/狼と相棒
《 赤頭巾とカラス 》
――――おおかみさんがかえってきたら……いいたいな。
◇◇◇
クロードが仕事に行った日の夜。
夕食も入浴も済ませたソニアは寝台の上に横になり、クロードから預かった飾り紐を見ていた。それを前に、ぽつりと呟く。
「……おおかみさんみたい」
その飾り紐は全体的に黒い。その混じり気のない黒は、ソニアにクロードを連想させた。
「それ、魔石が付いてますね」
そう言って、横から覗き込んでいたシュテファンは飾り紐を指す。羽先で示されたところには、光を反射して輝く漆黒の魔石が付いていた。
ソニアとシュテファンは知らないが、これはクロードの魔剣・グラムを封じている魔石だ。“封じ”のない魔剣など、常人ならば使わない。……まあ、そもそも魔剣なんて普通の人間に扱えるものではいが。
この飾り紐が魔剣に付いていた物だと知れば、シュテファンも顔を蒼褪めさせたことだろう。
「ませき? これも?」
「はい、これは魔石ですよ。ソニアのお嬢は他の魔石を見たことがあるんですか?」
「うん。……えっと、これ」
枕元に置いていた小さい袋から、ソニアは魔石を取り出してシュテファンに見せる。こちらの魔石は、花畑でクロードから貰った、赤い花を模した物だ。
「……そ、それっ! どうしたんですか!?」
花型の魔石を見たシュテファンは飛び上がった。余程驚いているのか、バサバサと翼を動かしたせいで黒い羽根が数枚寝台に落ちる。
ソニアは、そんなシュテファンに不思議そうな顔を向けた。
「おおかみさんにもらったの」
「え、ええっ!?」
赤い花――ソニアの魔石。それは魔物を退ける効果があり、貴重かつ高価な物だ。花弁部の魔石でも四人家族一月分の生活費並みの値がする。完全な花型ともなれば、家が一軒くらい建つかもしれない。
シュテファンは顎が外れそう……いや、嘴が取れそうな程の衝撃を受けた。彼の主であるマルセルも一応持ってはいるが、いくらなんでも子どもにポンと渡したりしない。ちゃらんぽらんに見えるが、あれでも金銭感覚はしっかりしている。
「……ソニアのお嬢」
「なあに?」
「それ、大事に仕舞っておいた方が良いですよ」
シュテファンは真面目な声で忠告した。他人の前で見せれば盗まれ兼ねない代物だ。この森にいるかぎりは魔石を盗むような輩に出会うこともないだろうが、持っている物の価値を知らなければ危険を知ることもできない。
なぜそう言われたのか分からないソニアは、首を傾げながら手に乗せた魔石を見る。
「? うん、ちゃんとなおしてるよ? にばんめにだいじだもん」
ややズレたソニアの返答に、シュテファンはきょとんと鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
「はあ……二番目ですか? では、一番は?」
ソニアの宝物。
クロードがくれた、一番大切なもの。
「そにあ」
「? ……ああ、自分ってことですか。自分を大事にするのはいいことです」
納得したように頷くシュテファンを見て、ソニアはくすくすと笑った。
◇◇◇
「ソニアのお嬢、まだ寝ないんですか?」
「うん。おおかみさんがかえってくるまで、まってるの」
「な、なんて健気な……っ。でも、クロードの旦那が帰って来るのはまだ先ですし、寝た方が良いですよ。ソニアのお嬢はまだ小さいし、身体を壊します」
「……まだ、ねむくないもん」
「じゃあ、某が子守唄を歌いましょう!」
「いらない」
「そんなっ!?」
「……ふふっ、ごめんなさい。うたって?」
「はいっ、お安い御用で!!」
――――おおかみさん、おかえりなさいっ!!
◆◆◆
《 狼と相棒 》
―――この魔物始末したら、さっさと帰るか。
◇◇◇
クロードとマルセルは五匹の魔物と相対していた。
身体が異常に大きい猪のような姿をした魔物を二匹同時に斬り捨てながら、クロードは誰ともなしに毒づく。
「はあ? ふざけてんのか、コレ」
目の前で暴れているのは、Cランクの魔物だ。間違っても、Sランクのクロードが出向くような強さの魔物ではない。さらに言えば、マルセルが出向くようなランクでもない。
クロードは、心の中で“これなら来る必要なかったじゃねえか”と今回の依頼を寄越して来たギルドに文句を付けた。
苛立ちが剣筋に現れたのか、狙いが外れる。クロードは魔物の頭を狙ったのだが、彼の魔剣の先が切り裂いたのは魔物の腹だった。
「……ちっ」
血塗れで辺りを転がり回る魔物に止めを刺しながら、舌打ちする。
クロードは一撃で魔物を倒すことが多い。それは“いくら魔物でも苦しませるのは可哀相”という優しさからではなく、傷ついて暴れる魔物の血が自分に付くのを嫌っているからだ。……クロードの舌打ちは“血の汚れは落ちにくい”というかなり所帯臭い理由からきていた。
「文句ばっかり言ってるからだってー」
新たに現れた魔物に斬り掛かって行くクロードの耳に、マルセルの呑気な声が届く。
クロードは顔を顰めつつ、言葉を返した。
「煩い。文句なんて言ってねえだろうが」
「いやいや、長年お前の相棒を務めてきた俺には分かるね。お前は……っ!?」
弱すぎる魔物相手で暇なのか、木にもたれかかっていたマルセルはその場から素早く飛び退く。振り返ると、先程まで彼がもたれていた大木はスッパリ切れてしまっていた。
マルセルはやれやれと首を振り、聞えよがしな溜め息を吐きながら、切り株になってしまった元大木に座る。座りやすくなった、と喜んだら今度は本気で斬られそうだ。
「危ないなぁ、俺に当たるとこだったじゃん」
子どものように口を尖らせて、マルセルは大木を切り倒した犯人――クロードへと抗議した。
クロードはチラリとマルセルに視線をやり、ハッと鼻で笑う。
「故意だ。しゃべってないで、ちょっとはお前も戦え」
もっともな言い分だが、森林破壊の理由にはならない。クロードが魔剣を振ったせいで数本の木が倒れてしまっていた。
「えぇー、こんな雑魚相手に?」
クロードは、ブーブーと文句を言うマルセルを睨みつける。
マルセルは仕方なさそうに肩を竦めながら腰を上げた。
「はいはい。わかりましたよー、だ。……よっ」
マルセルが物を持ち上げるときのような声を出しつつ杖を振ると、残りの魔物の前にクロードが現れる。
新しく現れたクロードは指を動かし、魔物を挑発した。よく見れば幻だと気づく程度の魔法だが、ランクの低い魔物では本物と区別が付かないため、容易くその挑発に乗る。
「……あっ、あー」
「おいっ、マルセル!」
“やべっ”と声を上げたマルセルに、クロードの鋭い声が飛ぶ。
二人の視線の先は、幻に向かって突進する魔物の姿。もちろん幻には実体がないため、魔物はすでに通り過ぎてしまっていた。……猪突猛進とはよく言ったものだ。
「俺は早く帰りたいんだが」
“早く”を強調しながら、クロードは諸悪の根源――マルセルを睨んだ。
「あはは、はは……。ゴ、ゴメンネ?」
クロードなら常でも怒っただろうが、今回はそれ以上に怒る理由がある。
自身に向けられる殺気に危機感を覚えたマルセルは、一瞬笑ってごまかそうとしたものの、すぐに謝った。届かないだろうが、クロードの早く帰りたい理由である少女にも、心の中で謝罪の念を送る。
「……さっさと追うぞ」
「ごめんってばー」
そう言って駆け出したクロードを追いかけるために、マルセルは自分に肉体強化の魔法をかけた。“これで明日は筋肉痛だ”と嘆きながら、前を行く黒い背を追う。
「報酬、七・三な」
隣まで来たマルセルに目を向けることなく、クロードは呟いた。
その呟きを聞いたマルセルは目を剥いて、驚きの声を上げる。
「ええっ!? それはちょっと……。あ、もしかして俺が七?」
「ふざけんな、お前は何もしてねえだろうが。俺が八割、お前は二割だ」
「俺の取り分減ってるし!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、二人は魔物の討伐に勤しんだ。
◇◇◇
「帰ったぞ」
「クロードの旦那っ!? お、お早いお帰りで……」
「ああ。ソニアは……なんだ、寝てんのか」
「なかなか眠れなかったみたいでしたが、ついさっき」
「そうか。ご苦労だったな、シュテファン」
「いえ、某はこれで……」
「ああ、マルセルにもよろしく伝えてくれ。……本当に、助かった」
「はい。……では」
「…………行ったか」
「……んんっ」
「……っ」
「…………すぅ」
「起こして……ねえな。俺ももう寝るか……っと言い忘れてた」
――――……ただいま、ソニア。




