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“おおかみさん”と一緒  作者: 雨柚
第二章 “おおかみさん”と家の中
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赤頭巾の留守番 その三

 ――ソニア。


 そう、誰かに名前を呼ばれた気がして、ソニアは目蓋を持ち上げる。何度か目を瞬いてから、自分が眠ってしまっていたことに気付いた。

 なぜ寝台にいるのかと首を傾げつつ起き上がると、マルセルと話し込んでいるクロードと目が合う。


「……起きたのか。腹減ってんだろ? とりあえず、先に飯食っとけ」


 クロードはそう言って、机に昼食を並べた。

 寝起きで頭がぼうっとしたままのソニアは、考えることなくクロードの言葉に頷き、まだ少し眠気の残る目を擦りながら席に着く。机の上に置かれた料理から漂う美味しそうな匂いで、朝食を食べていなかったことを思い出した。途端、空腹を感じる。


「クロード」

「…………」

「クロードさーん、俺のは?」

「お前はさっき食っただろうが」


 クロードとマルセルのやり取りで、今が昼食にも遅い時間だと分かった。壁に掛かった時計を見上げると、針は昼過ぎを指している。いつもの昼食の時間より少しだけ遅い。


「ソニアちゃん、クロードが後で話があるって」

「おいっ」


 口を開いたマルセルに、クロードは焦ったような声を出した。ソニアはただぼんやりと二人の顔を見つめる。


「こういうの、先延ばしにしない方がいいよ?」

「………………」

「ほらほら」


 一瞬マルセルを嫌そうな顔で見たクロードは、ソニアの方を向いた。先程とは打って変わって真剣なクロードの表情に、ソニアは知らず胸を押さえる。ずきりと、小さく痛んだ気がした。


「朝のことだが、飯食った後でお前に話がある」


 真剣なその声はやや固い。


「…………うん」


 ソニアはクロードから目を離し、コクリと頷いた。我儘を言ったせいでクロードもいなくなってしまうのだろうか、と心の隅で思う。

 涙は出なかった。


「………………」

「ん? どうしたんだ?」


 いきなり立ち上がって駆けて行くソニアの背に、クロードの声がかかる。ソニアは振り向かない。


「ずきん」


 ソニアが母親から貰った赤い頭巾。クロードと暮らし始めてすぐの頃はずっとかぶっていたが、ここ最近はかぶらないことも増えていた。

 ソニアは、畳まれて寝台の脇に置かれていた赤い頭巾を手に取る。

 そして、深くかぶった。深く、深く、顔が見えなくなるくらいに深く。


「………………」


 ソニアが歩いて席に戻る間、誰も口を開かない。


「………………」

「………………」


 深く頭巾をかぶって顔を隠してしまったソニアの視界には、憂いを浮かべるクロードの表情も、無表情に二人を見つめるマルセルも、入っていなかった。

 じっと机の上の昼食だけを見つめた後、皿の横のスプーンに手を伸ばす。

 口に運んだ料理は、何の味もしなかった。



   ◇◇◇



 ソニアが食事を終えたのを見て、クロードは口火を切る。

 マルセルには席を外してもらっていた。


「ソニア。すまないが、俺は仕事に行くことになった」


 どう言ったものかと考えつつ、俯いたままのソニアの頭を見つめながら、クロードは言葉を続ける。


「お前には悪いと思うが、しばらく留守番しててくれ」

「うん、わかった」


 ソニアは顔を上げてあっさりと頷いた。クロードは驚いたように目を瞠り、ソニアの顔をまじまじと見つめる。

 そんなクロードに、ソニアはにっこりと微笑んで言い足した。


「そにあ、ずっとおるすばんしてる」

「………………」


 クロードは思わず黙りこむ。口元だけで微笑んでいるソニアの目は暗い。新緑の瞳からは、いつもの輝きが消え失せていた。


 クロードは、咄嗟に拳を握り締める。自分を信じていないソニアの眼に、なぜか心を抉られた気がした。彼女は言葉通り“ずっと”留守番をしているつもりなのだろう。クロードが帰って来なくても、両親が迎えに来なくても。

 自分を信じろと、子どもを捨てたような親と一緒にするなと思ってしまうのはクロードが未熟だからだ。己の未熟さをソニアにぶつけるわけにはいかない。口をついて出そうになった言葉を飲み込んで、考える。目の前の少女の心を置き去りにしないで済む方法を。


「ソニア」


 クロードは、ソニアに自分を信じさせる方法など知らない。


「お前に、預けたい物がある」


 ただ……クロードを信じたいと思わせる方法だけは知っていた。

 錯覚かもしれなくとも、子どもが信じずにはいられないような証を与える。子ども(ソニア)に誠実であろうとすればするほど、それは難しい。


「これは俺にとって大事な物だ。これをお前が持っているかぎり、俺はここに帰って来る。ないと困るからな」


 そう言って、クロードはソニアに魔剣(グラム)に付けていた飾り紐を手渡した。


 その飾り紐は一瞬渡すのを躊躇する程度には大事なもので、魔剣を扱うために必要だという以上の意味を持っている。だが、ソニアの心には代えられない。

 預けるだけとはいえこれを手放すなんてと思ってしまうくらい、クロードの持つもので数少ない大切なものだが、だからこそ価値がある。それが、自分を信じないソニアへのクロードなりの誠意の示し方だ。

 マルセルが見ていたら不器用すぎると笑っただろう。


「いるのに、いいの?」


 ソニアはうかがうようにクロードの顔を見上げた。

 不安げに揺れる瞳に、クロードはいつも通りの口調で言い含める。


「ああ。ただし、やるんじゃねえぞ。預けるんだ。……失くすなよ、帰って来たときに返してもらうからな」

「……うん」


 少しだけ安心した様子のソニアに、クロードは頬を緩めた。優しくソニアの頭を撫でる。


「早めに帰って来るから、待ってろよ」


 少し前までは住む場所なんてどうでも良いと思っていた。だが、今はここしかないと思っている。

 ソニアの待つこの家だけがクロードの帰る場所だ……と、帰って来てからそう言ってやったら、ソニアはどんな顔をするだろうか。

 自分が帰って来たときにソニアが嬉しそうに笑ってくれたら、それだけでいいと思った。



   ◇◇◇



「…………クロード」

「何だ」

「あのさ、魔剣(グラム)の封じがなくなってるように見えるんだけど……俺、目が可笑しくなったのかな?」

「目は、正常なんじゃないか」

「何だよ、その言い方ー。目以外の場所はおかしいみたいじゃ……って、ええええっ!?」

「煩い。依頼(クエスト)中くらい静かにしてろ」

「いや、だって! どうすんだよ!?」

「何が」

「暴走するだろ、魔剣(ソレ)!」

「何とかなる……と思う」

「ならないよ!!!」

「剣を預けたら仕事になんねえだろ。だから、封じにしといたんだ」

「そういう問題!?」



 ――――クロードの帰還まで、あと少し。





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