赤頭巾の留守番 その二
突然現れたマルセルに粗方の事情を説明し終え、クロードはソニアの方を見た。
ソニアは泣き疲れたのか眠ってしまっている。泣き腫らした寝顔が痛々しい。汗のせいか額に張り付いた金色の髪を掻き上げ、せめて寝台で寝かせてやろうとクロードはその小さな身体を抱え上げた。
背を向けて寝台へと歩き出したクロードに、マルセルは確認するような口調で問いかける。
「それで、クロードは今回の仕事を見送りたいって? ソニアちゃんのために?」
やけに嫌味ったらしく聞こえるのは、この件に関してクロード自身がマルセルに負い目を感じているからだろうか。理由が何であれ、一度受けた依頼を放り出すのはクロードの主義に反する。
「ああ」
クロードは短く返事を返した。“ソニアのため”ではなく自分がソニアの悲しむ顔を見たくないだけかもしれない、と心の中で自嘲する。
「…………ふーん」
気のない相槌を打ち、マルセルは鋭い目でクロードの背を見つめた。しかし、何も言わない。
ソニアを寝台に寝かせて戻って来たクロードは、黙ったままのマルセルに居心地の悪そうな顔を向けた。沈黙に耐え切れず、口を開く。
「………言いたいことがあるなら、言え」
昔から、マルセルはクロードに対して口煩い兄のような面があった。
普段はおちゃらけた言動が目立つマルセルだが、これでも彼はAランクの魔導師であり、ギルド内での信頼も厚い。意外と面倒見の良い性格をしているため、新人・古参問わず様々な面で頼られることが多かった。
そんなマルセルは、しばしばクロードにとって耳に痛い忠告をする。
「クロードはさ、ソニアちゃんをどうするつもりなの?」
「拾った以上、俺が面倒を見ようとは思ってる」
訊かれるだろうとある程度予想していたことだったため、クロードは淡々と答えた。迷いのないクロードのその言葉に、マルセルは溜め息を吐く。
「ハッキリ言うけど、ソニアちゃんは孤児院に預けた方がいいと思う」
「っ、それは……」
ソニアを孤児院に預けるという選択肢を考えたことがなかったとは言わない。家に連れ帰ってすぐの頃は、実際にそうしようと思っていた。
すぐに実行しなかったのはソニアが森から出たがらないからだ。はじめは根比べをするような気持ちで彼女を家に置いていた。
誤算があったとしたら、クロードが根比べに負けてしまったこと。捨てられた子どもが両親の迎えを諦める前に、その子を拾った大人の方が音を上げた。ソニアは驚くほどあっさりとクロードの生活に入り込んで、いつのまにか彼女がいることが当たり前になってしまった。
クロードは、自分がまだ若輩の身であることを自覚している。いくらSランクの剣士だと言っても、それは戦闘に関しての話であり、日常生活において子ども一人を育てられるほど精神的に成熟しているわけではない。現に、相棒に説教を食らうくらいには未熟だろう。
それに冒険者などいつ死ぬかもわからない職の筆頭だ。だから、これまでクロードはいつ死んでもいいように生きてきた。残していくものも、置いていくものもないように。未練になるようなものなんて何一つ持たないで生きてきた。
ありとあらゆる面で、クロードがソニアを育てることは難しいと言わざるを得ない。そんなことは口煩い相棒に指摘されるまでもなくわかっている。
「考えたことくらいあるだろ? 俺らみたいな仕事してるやつは家を空けることも多いし、基本子育てには向かないんだよ。今ごまかしたって……どうせまた、今回みたいなことは起こる」
マルセルはクロードの考えを見透かしたように言葉を重ねた。
「………………」
険しい顔で黙り込んだクロードを見て、マルセルは先程よりもずっと大きな溜め息を吐く。
孤児院に預けると言っても、何も二度と会えなくなるわけではない。仕事のないときは会いに行けばいいし、長期で休むときはしばらくの間家に引き取ってもいい。
本当に子どものためを考えるなら、危険と隣り合わせで家を空けることが多い職に就いているクロードより、同年代の子どももいて教育も受けられる孤児院に預けるべきだ。クロードのツテを使えば、そんな孤児院だってすぐ見つかるだろうに。
「情が湧いてるのは分かるけどさ。別に永遠の別れってわけじゃないんだし……」
溜め息混じりに続けられたマルセルの苦言は、不意に口を開いたクロードによって遮られる。
「あいつを……ソニアを悲しませたくない」
それは、どこか苦しげで絞り出すような声だった。
“それが甘いんだって言ってるだろ”と、マルセルはその柔和な顔に眉根を寄せる。苛立ったせいか、彼にしては珍しく語気が荒くなった。
「だからっ、そのためにも……」
「二度も捨てられるような目には遭わせたくないんだ」
クロードは強い口調で、またしてもマルセルの言葉を遮る。
マルセルは虚を衝かれたような顔をした。返す言葉にも、勢いが消えている。
「…………捨てるってわけじゃないだろ」
大人の事情でソニアを振り回していると言えばそうかもしれないが、彼女の両親がしたように捨てるわけでは決してない。
そう思い、否定したマルセルと真剣な顔をしたクロードの視線が絡む。クロードは、やけにきっぱりした口調で告げた。
「アイツにしてみりゃ同じことだ。置いていかれるのも、預けられるのも……捨てられるのと変わらない」
「………………」
マルセルの脳裏に“おいていかないでっ”とクロードに縋りついていたソニアの姿が浮かんだ。
「俺はあいつを幸せにしてやるって決めてんだよ。絶対、不幸にはさせない」
一瞬たりと逸らさすことなく、真っ直ぐにマルセルを見つめる。
強い決意が滲むその眼に、マルセルは“絶対なんてないよ”とは言えなかった。クロードの生み出す空気は、彼の言葉を若さゆえの青さや甘い理想だと切り捨てることを許さない。
「………………」
「………………」
長い長い沈黙の後、マルセルは気が抜けたように息を吐き出した。一度ゆっくりと瞬きすると、いつものからかうような笑みを浮かべる。
「“君に幸あれ”か。名前にもしてたしね?」
「……おまっ、知ってたのか!?」
ソニアの名前の意味を的確に言い当てたマルセルに、クロードは焦ったような声を出した。
「俺、物知りだから。いやー、クロードが花言葉とか……」
「黙れ」
「あはは。――いいよ。クロードがそれだけ考えてるなら、俺は何も言わない」
マルセルは、低い声で口を挟んだクロードを笑う。その笑みのまま、クロードの考えを認める言葉を口にした。
結局なんだかんだで試されていたのかと思うと面白くない。苛立ちのままにクロードは横を向く。そして、ぼそりと呟くように告げた。
「……礼は言わねえぞ」
「槍が降ったら困るから、別に言わなくていいよ」
窓の外を見て“良かった、降ってないね”と笑顔で言ったマルセルに、クロードの顔が引き攣る。軽口を叩くマルセルの姿には、先程までの真剣さは微塵もなかった。
「ああ、でも」
クロードは、途中で言葉を止めたマルセルの方を向いて、何かあるのかと首を傾げる。
マルセルは意味ありげに笑みを深めた。
「仕事には行ってもらうから」
その言葉を聞いて固まったクロードに、マルセルは“ちょっとは親離れ子離れしなよ”と付け加える。マルセルはチラリと寝台の方に視線を向け、まだ眠っているソニアに“さて、クロードはどう説得してくれるんだろうね?”と心の中で問いかけた。
◇◇◇
「はあ!? あのソニアの状態でどうやって行けっつーんだ!」
「まあ、頑張って?」
「他人事かっ!!」
「ソニアちゃん、クロードに依存しちゃってるし。このままじゃ良くないよ?」
「…………っ」
「幸せにしてあげるんだろ? いやー、優しいなぁ、おおかみさんは」
「………………」
――――ほんの少しだけ、クロードの決意は揺らいだ。




