婚活魔王に見初められました
魔王によって、私は異世界へと転移させられた。まさか、悪の手先にでもされてしまうの? と不安になっていた私に掛けられた言葉は……。
「俺と、結婚してほしい」
「私、まだ十五歳だから」
この世界でもその法律は適用されるようだったので、私は結婚のできる年齢になるまで、魔王の城でお世話になることになったのだ。
※
「お妃さまーっ! どこへ行ったのですかお妃さまーっ!」
「トイレー!」
声を張り上げて、自分の所在をアピールする。まだ妃じゃねーよ、なんて突っ込みもしたかったけれど、今はそれどころではない。
四日ぶり、三度目の便意だ。今度こそものにしたい。……トイレから始まるヒロインって、どうなんだろう。
とまぁ、真剣に頑張ってみたものの、邪魔された熱意はとうに萎んでしまい。私はすごすごと個室を後にすることとなった。手を洗って廊に出ると、そのには私を探していたゴブリンが一人。
背が低く、頭がデカい。執事服がぶかぶかとしていて、動きにくくないかと常に思っている。私の身の回りの世話をしてくれている人だ。
「またトイレですか。やはり、薬を処方してもらったらどうでしょう」
「やだよー。だって、前に見たら紫色で凄い匂いがしたんだよ? この国の人って、いっつもあんなの飲んでるの?」
「あれが万能薬なのです。体の不調は直ぐに治るので、常飲しているものも多くいます」
信じらんねー。そこだけは、なんかギャップを感じてしまうわ。魔法だのなんだのには慣れてきたのだけど、そこにだけは全然慣れない。
でも、魔法に関しては私には素質が全くなかったから関係ない、というのが大きかったのだけど。
「それよりさ、やっぱり食事が駄目だと思うのよ。だって肉ばっかだよ? もっと植物繊維を摂らないと、出るものも出ないと思うんだ」
「植物なんて食べたら死にます」
魔物怖い。
「万能薬の材料は?」
「薬草です」
草食ってんじゃねーか。
「はい、言質取りましたー。あなた達も草食ってまーす。だから私も食べる権利はありまーす」
「いけません! 王家にかかわるものが草を食べるなど!」
「万能薬は飲めと言うのに?」
「……」
ハイ論破ー。早速厨房へ行って、どんなものがあるか確認しよう。
「死ね、魔王っ!」
「ふははっ! 勇者ごときの攻撃などに当たるものか!」
庭で繰り広げられる争いを観戦しつつ、私は厨房へと辿り着いた。忙しなく動いている料理人たちの方が、血気盛んな表情をしていると思う。
戦い疲れた魔王の胃袋を満たすために、今から奮闘をしているのだろう。
「チョッコレート、チョッコレート。美味しいもーのはなーいかなー」
「お妃さま。草を食べるのでは?」
身から出た錆だけど、草と呼ぶのはそろそろ止めようか。
「チョコレートだって列記とした植物です。でも、嬉しいなー。食べ物は基本的に元の世界と同じだから、同じ感覚で楽しめるし」
「お妃さまは、どんなものが好きだったのですか?」
「お鍋とか、好きだったなー」
「おぉ、お妃さまが魔物のようなことを!」
「その鍋じゃねーよ」
こういうところは、マジで言ってくるから本当に困る。言葉はちゃんと使わないとなぁと、反省を促されているようだから。
「あら、お妃さま。ご機嫌麗しゅう」
話しかけてきたのは、両腕が鳥のような羽根をした、ハーピィと言う種族の料理長。レシピを考え、歌を歌って鼓舞するのがお仕事だ。
……正直、めちゃくちゃ羨ましい仕事だと思っている。
「ねぇねぇ、サラダが食べたい。シャキシャキのレタスと美味しいドレッシングはない?」
「ドラゴンの血のドレッシングならあります」
魔物怖い。
「そうじゃなくて、シーザードレッシングとか」
「シーサー?」
魔物はシーサーまで食べる気かよ。頼むから、彼らは見逃してくれ。
「じゃあ、もうサラダは諦める。なんとなく、オリーブオイルなんかを食べるとスルッと行きそうな気もするから、アヒージョみたいなものが食べたい」
「アヒルの佃煮?」
謎の料理を生み出さないでほしい。そういう聞き間違いからレシピを生み出しているのなら、とんでもない天才なのかもしれないけれど。
「まぁ、いいや。とりあえず、冷蔵庫のチョコレートは貰うね。どうせあるんでしょ」
「ああ、駄目ですお妃さま。それは魔王様が今晩プレゼントされる予定のもの。冷蔵必須の限定チョコレートなのです」
……。
「じゃあ、食べて良いんじゃん」
「流石にそれは魔物が過ぎるのでは?」
魔物に言われたらお仕舞いなので、ここは引き下がっておこう。
「よし。ならゴブさん、街へ行こう。買食いでお腹に刺激を与えるのだ!」
「おお! お姿を見せるとなれば、民が喜びますぞ。早速馬車を準備しましょう」
その準備は鬼のような速さで進み、私がバナナジュースを飲み、トイレで一息ついた後に完了した。
「……すっごい自然に目的が完了してしまったから、ここからは純粋に食を楽しみたいと思う」
「やはり、食事は関係なかったということですな。つまり、ストレス!? お、お妃さまにとって、ここでの生活がストレスに!?」
「うん。焼き肉すき焼きしゃぶしゃぶステーキなどなど、のローテーションに飽きてたし」
「栄養の付くものを食べさせたいという、魔王様の思いが裏目に出ましたな」
肉ばかりを食べる食生活に憧れはしていたけれど、流石に思っていたよりもバリエーションがなかったのである。パスタとかも出ないし、ご飯なんて炊いてもくれない。
流石に、鬱憤も溜まるというものです。
「あと、戦闘音がうるさい」
勇者も勇者で世界の命運をかけて戦っているのは分かるのだけど、魔王だって、意味もなく世界征服を企んでいる訳ではないのだ。
そう、私に求婚した魔王は、世界征服を企んでいる。けれど、それは人間を滅ぼそう、等といった目的ではなく。しっかりとした、清い目的があるのだ。
この世界の環境に司るオーラルという見えない力。それはとある山から噴き出るものであり、遥か昔から人間が管理をしていた。けれど、ここ数百年はその管理も怠っているようで、その山自体を観光資源として利用し、人を多く誘致していたがために、ゴミは捨て放題。自然荒らし放題。
環境のバロメーターである霊獣は、減った自然により餌が取れなくなって消えていき、オーラルの噴出も下降気味。このままでは世界が危ないと、人間に変わって山を守るために立ち上がったのだ。
人間の王がおとなしく非を認めて、管理を任せてくれたらいいのに、無意味なプライドに任せて武力行使に打って出る始末。このままでは戦いが長期化してしまうから、後継ぎのことが心配になる魔王。
どうせなら、人間と結婚をして融和アピールをしたいところであったが、情勢的にそれも無理。けれど、せめてもの妥協案として、異世界から人間を呼び込み、その者と結婚をしようと決めたのだ。
呼び込むこと十四人。私は特に否定をしなかったため、こうして結婚できる年齢まで厄介になることになったのだ。
断っても良かった。断れば、元の世界に返してくれるとは言っていたから。けれど、私は魔王側にだけ非がある状況ではないと知ったから、もう少し、此処に居ても良いのではないか、と思ったのだ。
私が結婚できる年齢になるまでに、争いが終われば、こんなパフォーマンスは意味がなくなる。もしもその時に、あの魔王が変わらず、私に求婚をしてくれるのなら。それはなんだか、素敵なことだなって、思ったから。
「如何なさいましたか、お妃さま?」
「ん? なにが?」
「いえ、急に笑顔になった気がいたしましたので」
そんなに、顔に出ていたのだろうか。……一目惚れ、というほど立派なものではないだろうけれど、必死にこの世界の現状を伝えようとする顔。ひたむきに自分の想いを伝えようとする顔。そんな顔に、惹かれてしまったのだ。
近所に住む年上のお兄さんに、憧れてしまうようなものだろうか。初めての経験だったから、これはきっと、……初恋なのかもしれない。
拗らせないように気を付けないとなぁ。そう身を引き締めるように居住まいを正すと、走り出したばかりの馬車の直ぐ近くで、なにかが墜落するような音がした。魔王が勇者を押し戻したのだろうか。
窓から外を眺めてみると、起き上がろうとする魔王が目に映った。
「頑張れ! 魔王様!」
「っ! ……おうっ! お前の応援があれば、俺はっ、俺はぁぁぁっ!」
次の瞬間には、もうその場には誰もいない。空中で、破裂音が響き渡るのが耳に届いた。
「今日の晩酌は、お酌でもしてあげようかな?」
「古風なことを言いますなぁ」
まだまだ愛情表現を知らない私は、きっと、まだまだ子供っぽく振る舞うだろう。私は、変わっていくのだろうか。それとも、この環境に甘えて、ずっとこんな調子で過ごしていくのだろうか。
少なくとも、今晩の私は甘い思いをするだろう。だって、チョコレートが待っているのだから。
※
「何このチョコ、何このチョコ!?」
「新鮮なワサビがたっぷり使われたチョコレートでな、辺境の名物なのだ。手に入れるのに苦労したが、味はどうだ?」
「酸いも甘いも噛み締めてる」
「すい? ……まさか、酸っぱいのかっ!? 腐っているのかっ!?」
「違うけど、違うんだけど……」
この人はもう少し、ちゃんと私を子供扱いしたほうがいいと思う。肉を与えておけばいいわけじゃないないからな!




