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第1話後編

完結まで毎日投稿します。



 ある日、香織は思い切って聞いてみた。


『最近読んだ本ありますか?』


 健人は読書好きだと言っていた。共通の話題になるかもしれない。


 すぐに返信が来た。


『最近、○○という小説を読みました』


 香織は驚いた。その本、自分も読んでいた。


『私もその本好きです!』


 送信。既読。返信。


『本当ですか?あの結末、どう思いました?』


 それをきっかけに、二人は本の話をするようになった。


 お互いの好きな作家、最近読んだ本、おすすめの本。話題は尽きなかった。


 香織は気づいたら、毎日健人とLINEをするようになっていた。


 そして、ある日。


 香織は勇気を出して、こう送った。


『今度、カフェで本の話しませんか?』


 送信ボタンを押した瞬間、後悔した。


 これって、デートに誘ってるみたいじゃないか。


 でも、もう遅い。既読がついた。


 返信が来るまでの時間が、やけに長く感じた。


 三十分後、ようやく返信が来た。


『いいですね。いつがいいですか?』


 香織は心臓が飛び跳ねるのを感じた。


 OKしてくれた。


 香織は慌てて返信した。


『来週の土曜日とかどうですか?』


 送信。既読。返信。


『大丈夫です』


『じゃあ、お昼ごろに渋谷のカフェで』


『わかりました』


 約束が決まった。


 香織はスマホを抱きしめた。


 やった。会える。


 でも、次の瞬間、不安が押し寄せてきた。


 何を着ていけばいいんだ。


 香織は慌ててクローゼットを開けた。


 仕事用の服ばかり。地味なブラウスとスカート。


 休日用の服もあるが、どれも何年も前に買ったもので、今着て大丈夫なのか自信がない。


 香織はスマホで「初デート 服装 女性」と検索した。


 様々な記事が出てくる。「ワンピースが無難」「清楚な印象」「露出は控えめに」。


 香織は頭を抱えた。


「初デート...なのか?これ」


 独り言を言いながら、香織は再びスマホを見た。


 健人とのトーク画面。


 『わかりました』


 このあっさりとした返信。


 これって、デートだと思ってくれてるのかな。それとも、ただの友達として?


 香織にはわからなかった。


 でも、とりあえず服を買いに行かなきゃ。


 香織は友人にLINEを送った。


『ちょっと相談があるんだけど』


 すぐに返信が来た。


『どうしたの?』


『結婚式で知り合った人と、来週カフェで会うことになったんだけど』


『え!デート!?』


『わかんない。デートなのかな?』


『誘ったのはどっち?』


『私』


『じゃあデートでしょ!おめでとう!』


『でも、本の話するだけだし...』


『それデートの口実じゃん。いいじゃん、頑張れ!何着ていくの?』


『それで相談なんだけど、服買いに行きたいから付き合ってほしい』


『いいよ!明日空いてる?』


『空いてる!ありがとう!』


 香織は友人とのやり取りを終えて、スマホを置いた。


 デート。


 香織は鏡を見た。三十一歳の自分。


 最後にデートしたのは、いつだっただろう。


 大学生の頃?いや、社会人になってから一度だけ合コンで知り合った人と食事に行ったことがあった。でも、それっきりだ。


 コロナが始まってからは、もう完全に恋愛から遠ざかっていた。


 いや、コロナのせいにしてはいけない。


 もともと、香織は恋愛が苦手だった。


 どうアプローチすればいいのかわからない。相手の気持ちが読めない。自分の気持ちもよくわからない。


 だから、いつも「いつかできるだろう」と思いながら、何もせずに時間が過ぎていった。


 そして気づいたら、三十一歳になっていた。


 処女のまま。


 香織は顔が熱くなるのを感じた。


 三十一歳で処女。友達には絶対に言えない。


 でも、今回は違うかもしれない。


 健人は、話しやすかった。一緒にいて、楽だった。


 もしかしたら、この人となら。


 香織は頭を振った。


「何考えてるんだ、私」


 まだ一回しか会ってないのに。LINEしてるだけなのに。


 でも、心臓はドキドキと鳴り続けていた。


---


 翌日、香織は友人と服を買いに行った。


 渋谷の駅で待ち合わせ、ショップを何軒も回った。


「これどう?」


 友人がワンピースを見せてくれる。


「可愛いけど...ちょっと露出多くない?」

「大丈夫大丈夫!初デートなんだから、ちょっと攻めてもいいよ」

「でも...」


 香織は不安だった。


 自分には似合わないんじゃないか。変に思われないか。


 結局、シンプルなベージュのワンピースを選んだ。清楚で、でも地味すぎない。


「いいじゃん!似合ってる!」


 友人が太鼓判を押してくれた。


 靴も新しく買い、アクセサリーも少し揃えた。


 会計を済ませて、カフェで休憩する。


「で、その人ってどんな人なの?」


 友人が興味津々で聞いてくる。


「えっと...三十代前半で、IT系の仕事してて、読書好きで...」

「顔は?」

「悪くない。むしろいい方」

「へー!いいじゃん!で、どういう出会いだったの?」


 香織は結婚式二次会での出会いを話した。


「ロマンチックじゃん!」

「そうかな...」

「で、告白とかされた?」

「いや、まだ」

「じゃあ来週が勝負だね」


 友人はニヤニヤしながら言った。


 香織は顔が熱くなった。


「勝負って...」

「だって、好きなんでしょ?」

「わかんない」


 香織は正直に答えた。


「本当にわかんない。好きなのか、ただ話しやすいだけなのか」

「話しやすいってことは、相性いいってことじゃん」

「そうかな...」


 香織は不安だった。


 自分は恋愛経験が少ない。というか、ほとんどない。


 こういう感情が恋愛なのか、友情なのか、それともただの寂しさなのか。


 わからなかった。


「まあ、とりあえず会ってみなよ。そうすればわかるよ」


 友人は優しく言ってくれた。


 香織は頷いた。


 そうだ。会ってみればわかる。


 でも、心臓はずっとドキドキしていた。


---


 土曜日が近づくにつれて、香織の緊張は増していった。


 仕事中も、健人のことを考えてしまう。


 何を話そう。どんな反応をしよう。もし沈黙が続いたらどうしよう。


 香織は夜、ベッドで何度もシミュレーションした。


 でも、想像すればするほど、不安になった。


 金曜日の夜、香織は再び友人にLINEを送った。


『明日、緊張しすぎて死にそう』


 すぐに返信が来た。


『大丈夫!あなたなら大丈夫!』


『何話せばいいかわかんない』


『本の話するんでしょ?それでいいじゃん』


『でも、途中で話題なくなったら...』


『そしたら他のこと聞けばいいよ。趣味とか仕事とか』


『そっか...』


『それに、相手も緊張してると思うよ』


『そうかな...』


『絶対そうだって。男の人も緊張するもん』


 香織は少し安心した。


 そうだ。健人も緊張してるかもしれない。


 香織は深呼吸をした。


「大丈夫。ただのカフェで話すだけ」


 そう自分に言い聞かせながら、香織は目を閉じた。


 でも、なかなか眠れなかった。


 心臓はずっと、ドキドキと鳴り続けていた。

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