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第6話

城の中庭は、深い緑と鮮やかな花々に包まれていた。濃紅のつつじが時折、優しい風に花びらを落とし、その幾つかが白いベンチにそっと乗った。

そんな美しさに似合わないほど、私の胸中はざわめいていた。


(ついに、この日が来た――公の場で、ルミナさんの恋を証明する。私が“心の防御力9999”の力の一つを使うつもりだ。昨日ステータスを開いて確認済み。きっと上手くいくと信じているが、どうしても緊張する。)


それでも、穏やかでいたかった。誰かの心を守るのが私の役目だ。ありったけの覚悟を胸に、大広間へ向かう足を踏み出した。



昨夜のことを思い出す。バルコニーの手すりにもたれたルミナは、高嶺の貴女のように立ちながらも、その声は震えていた。


「恋は罪だと……聖女なら許されないと――神殿は言います」


私はそっとルミナの手を包んでささやいた。


「神は、誰かを想う心を罪とはしません。あなたの想いは祝福です」


月光に照らされたその手は、ぬくもりと同時に強い意志をたたえていた。彼女の震えは少しずつ、勇気に変わりつつあった。



朝、王都の大広間。豪華なシャンデリアが天井を照らし、貴族や聖職者、民衆までもが傍聴席に並ぶ。聖殿長が厳かな声で朗読を始めた。


「聖女候補ルミナ・ルシアナ……彼女は“俗世の恋”に心を奪われた。聖女の器として、自らを汚す行為をしている――」


場内は重苦しい沈黙に包まれた。聖職者は眉根を寄せ、民はざわつき、貴族たちは憂いを帯びた視線で彼女を見る。もはや、空気は緊張の塊だった。



私は立ち上がり、静かに声を届けた。


「聖女様が恋をすることは“罪”ではありません。

恋とは、誰かを大切に思う心。相手の幸せを願う祈りなのです。

それを“汚れ”と決めつけるのは、人の心を小さくする暴挙ではないのでしょうか」


周囲の視線が一気に集中し、私の脳裏で心臓が高鳴る。しかし、「心の防御力」に支えられた自信によってなんとか言いたいことを言うことができた。


ざわめきの中、貴族の長老たちの声が続く。


「若い者が何を!聖女の恋は許されん!」

「そんなことが許されれば、国の秩序は乱れてしまう」


しかし、民衆からも声が漏れた。


「エリカ様の言う通りだ!神だって人を裁いたりはしないはずだ」

「恋を罪にしないで欲しい……」


空気は次第に「許容」の方向へと傾き始めていた。



私は深い呼吸をし、舞台中央に進む。


「私は『心の防御力9999』を持つ者です。

誰の評価にも揺らされない――だから、神の審判をここで仰ぎます。召喚します」


場内は凍りつき、キャンドルが激しく揺れ始め、空気は魔力に満ちた。


抑えていた魔力が胸の奥で渦巻き、詠唱と共に光が集中する。円を描く魔法陣が足下に広がり、まるで天井の聖堂画が鳴り出すかのような響きだ。


天井に向かって魔力が天へと昇り、収縮し、静かに広間が光に包まれ――


神の姿が出現した。



光の中に、穏やかで慈悲深い声が響いた。


「我は守護の神。

聖女が恋に落つること、それは汚れではなく、

人と神とを結ぶ清き祈りなり。

愛する心は、我の望む祈りの形である」


圧倒的な静寂。聖職者も驚愕し、貴族は言葉を失い、民は涙とともに祈り始める。



数名の聖職者が声を荒げた。


「声は幻!若者の反逆者が神の名を借りただけだ!」

「これは神の否定だ。神殿の秩序に背くものだ!」


だが国家を司る大臣が立ち止まり、重い口調で諭す。


「この声を否定すれば、民は決してそれを受け入れません。

我らは“神の御言葉”を尊重し、ルミナ殿の恋を祝福いたします」


場内は混乱を一掃し、新たな決着を迎えるために静まった。



静寂の中、王宮執政官が改めて裁定を告げる。


「国と教団の和を図るため――イーサン殿は辺境・布教司祭に任命されることを申し渡します」


場内に重い空気が戻る。彼は視線を落としたまま、しかし覚悟を示してうなずいた。



その時、静まりかえった場所から、イーサンが歩み出た。


ルミナの前で、震えながらもまっすぐにルミナを見つめながら口を開いた。


「ルミナ……君が僕を好きでいてくれたこと。あの時“友達から”という言葉で答えたけど――

本当はずっと、君のことが好きだった。懸命に君を想っていたよ」


その声に場内の空気が染み込む。彼の瞳は真剣で、慈しみに満ちていた。


ルミナは一瞬泣きそうになりながらも、少し笑みを浮かべて言う:


「あなたの言葉が、私にとって一番の救いです」


二人の視線が重なり、世界がきらめくかのようだった。




私はそっと二人の間に立ち、声を添えた。


「二人の想いは、神にも、人にも届きました。

離れてもその想いは揺るがない。私はそれを心から信じています」


その夜のバルコニー。

そこに集ったのは三人。


ルミナはイーサンの手を取り、月明かりに包まれてそっと誓う。


「離れていても、あなたを忘れません。いつか――戻ってきたとき、勇気を持って笑い合えるように」


イーサンはそっとうなずき、ルミナの手を強く握り返す。


「その日を待ってる。遠くても、僕はずっと君を想っている」


私はそっと寄り添い、二人の背中を見つめながら、そっと手を添える――




翌朝。

城門にて。イーサンは荷物を担ぎ、ルミナは微笑んで彼を見送る。私はその背中に向かってそっと微笑んだ。

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