第5話
春の終わり、バラのつぼみが朝日に照らされて淡く色づき始めた庭。
柔らかな光の中、私は静かに目を覚ました。
(今日は、ルミナさんの大切な日──“想いを伝える日”)
胸の中を温かく包む責任感と、淡い期待が交錯する。
庭の小道で咲き始めた白い花を見つめながら、深呼吸をする。
(結果はどうであれ、彼女が自分の言葉を持てたことが何より強い)
その覚悟が、胸の奥をしなやかに震わせた。
仕切り壁にもたれたルミナが、小さな手紙の束を台の上に置いていた。
彼女は手紙をぎゅっと握りしめ、震える声で口ずさんでいる。
「ルミナさん、大丈夫?」
私はそっと声をかけ、肩に軽く触れる。彼女は深呼吸をひとつ。
「はい。でも……すごく緊張します」
「その緊張も、あなたの想いの深さの証拠だよ」
私は笑顔で返し、彼女の手をぎゅっと握った。
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約束の時間――。
バラのアーチの下に、ルミナがひとり立っていた。
風はほとんどなく、ただバラの香りがやわらかく漂う。
足音が近づく。イーサンがゆっくり歩いてくる。
「ルミナ……来てくれて、本当にありがとう」
彼の声は震えず、でも真剣そのものだった。
ルミナは視線を上げ、少し頷きながら言った。
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ルミナは一瞬目を閉じ、再びイーサンを見つめる。
「イーサンさん……あの時、助けてくださって、本当にありがとうございました」
深呼吸して、胸元に手を当てる。
「私、ずっと……あなたのことを忘れられませんでした。
私は……あなたが、好きです。
恋をしてはいけないと教わってきた私が、初めて“恋”を知ったんです」
言葉が止まり、庭中が静まり返ったように感じられた。
そして彼女は目を閉じ、声を震わせながら、続けた。
「だから……好きです。お付き合いしたいです」
その言葉を囁いた瞬間、やわらかな風が吹き、バラの花びらがひとひら舞い落ちた。
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イーサンは一歩後ろに下がり、ルミナから少し距離を置いたまま、深く息を吐く。
「ルミナ……本当に、ありがとう」
彼の声はかすかに震えていた。
「でも……僕は今、君のことを“恋人”とは思えない。
ごめん。でも……君を“友達”としてなら、大切にできる。
それに……君が今こうして、素直に想いを伝えてくれたこと、本当に嬉しいんだ」
彼は言葉を探しながら、真摯な眼差しをルミナに向け続けた。
沈黙の中、ルミナは涙でまぶたを濡らす。
「分かりました……友達から、ですね」
掠れた声で答えて、でも口元が少し笑っていた。
彼女がそっと手を伸ばすと、イーサンはそれをそっと握り返す。
その温もりが、ルミナの頬を照らした。
遠く、いつもの木陰からふたりを見守る私の視線が揺れる。
(うまくいかなかった……でも、彼は彼女を大切に思ってる)
イーサンの誠実さが、ルミナにとっての次の一歩になる――。
そう感じながら、私はそっと息を整えた。
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昼下がり、庭のベンチで三人が軽食を口にする。
イーサンが口を開く。
「ルミナ、今日は本当にありがとう。君の言葉は、僕の心に響いたよ。
これからは“友達”として、君の幸せを見守らせてほしい」
ルミナは少し照れた表情で笑った。
「ありがとうございます……私も、あなたのこともっと知りたいと思っています」
三人で静かに微笑み合い、食事を続ける。
バラの影が揺れる中、関係の再構築が始まった。
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夜、私はバルコニーでルミナのそばにいた。
月明かりがやわらかく二人を包んでいる。
「伝えた勇気、すごく尊かった」
私の言葉にルミナは涙を浮かべ、そっとうなずいた。
「できないこともあったけど……伝えたから、私は変われたと思うんです」
私は手をそっと握り、微笑んだ。
「恋は結果じゃなくて、誠実さ。あなたの誠実さが、彼との“本当の関係”を生んだんだよ」
ルミナは静かに目を閉じ、深呼吸する。
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翌朝、庭に出るとバラは淡く開いていた。
イーサンとルミナが並んで歩きながら、笑い合っている。
私は少し距離を置き、そっと笑んだ。
(“友達から”でも、二人の関係は始まったばかり)
その思いを胸に、私は新しい一日を迎える覚悟を固めた。