第2話
恋ができない、というのは、誰かに説明するのがとても難しい感情だった。
「まだいい人に出会ってないだけだよ」
「理想が高いんじゃない?」
「傷つくのが怖いだけでしょ?」
よく言われた。私も、そうなのかもしれないって思った。
でも、違った。
恋愛ドラマを見て泣けることはあったし、人が人を想うことに感動もしていた。
だけど、自分が“誰かを好きになる”という感情だけが、どうしても起きなかった。
「心が死んでる」と冗談めかして言われたこともある。
「一度でいいから恋に落ちてみなよ、それが人生だよ」
笑いながらそう言ったのは、大学時代に仲のよかった友達だった。
私はそのとき、笑って頷いた。
でも、胸の奥に小さな穴が空いたような気がした。
「恋をしない人」は、どこにもいなかった。
映画でも小説でも、恋は当たり前のように“感情の完成形”として描かれていた。
私のように、“その気になれないまま日々を過ごしてる人”は、出てこなかった。
だから私は、黙ることにした。
誰にも言わずに、ただ「そういうことが起きたら、きっと私も恋をするんだろう」と思いながら、日々をやりすごした。
社会人になってからも、同僚に「柊さんって誰か気になる人いないんですか?」と聞かれたことがある。
そのとき私は、笑ってこう答えた。
「いるかもしれないし、いないかもしれません」
恋愛を語るとき、人はとても自然に熱を帯びる。
好きな人の話をするときの表情は、少しだけ無防備で、とても綺麗だと思った。
私は、その感情の動きを見るのが好きだった。
でも、それを自分に向けられると、戸惑った。
そして、申し訳なくなった。
好意に応えられない自分は、何かを欠いているんじゃないか。
そんなふうに思ってしまう時期もあった。
「誰かに好かれるのは嬉しい。でも、私は誰も好きになれない。これは、誰かを傷つけるだけじゃない?」
恋ができない人間なんて、存在してもいいのだろうか。
私はずっと、心のどこかでそう問い続けていた。
──だから、異世界に転移したとき、ステータスに《恋愛耐性:∞》と出たとき、私は心の底から笑ったのだ。
(ああ、これはもう“そういう存在”として確定なんだ)
“欠陥”ではない。“設定”だ。
生まれつき、そういう役割で生きているだけ。
その日から私は、やっと自分の輪郭が見えたような気がした。
「私は恋をしない。でも、恋がどれだけ美しいものかは知っている。……それでいいじゃない」
そう思えるようになったのは、多分、この世界に来てからだ。