第25話 名前を呼ぶ声
第25話 名前を呼ぶ声
まばゆい光の中で、影虎は膝をついていた。
頭の中に、次々と流れ込んでくる記憶。
それは鮮やかで、温かくて、同時に酷く痛みを伴うものだった。
白い少女――その名はユナ。
幼い頃、病に伏せた彼女と過ごした日々。
医師でも手の施しようがなかった病を癒やす術を求め、影虎はこの異世界に召喚された。
彼自身の意思ではなく、“誰かの記憶”を代償に。
「俺は……彼女を救うために、自分の記憶を……?」
記憶武装。
それらはすべて、影虎がユナと共に過ごした“記憶の破片”だった。
一つひとつが、彼の存在を形作っていた大切な欠片。
そして今――その記憶は、全て戻った。
しかし、その瞬間だった。
――影虎。
誰かの声が、谷に響いた。
それは確かに、彼の“本当の名前”を呼んでいた。
だが同時に、霧が再び濃くなり、周囲の空間が歪む。
仮面の男が再び現れる。
「ようやく思い出したな。だが、もう遅い」
彼の身体から黒い靄があふれ出し、谷を侵食していく。
それは《無き者》の瘴気――記憶を喰らい、存在を塗りつぶす異形の力。
「お前が記憶を取り戻した瞬間、バランスは崩れた。
今やこの世界に“二人の影虎”が存在してしまったのだからな」
影虎は息をのむ。
「お前は……俺……?」
「そうだ。そして俺は、お前が切り捨てた“痛み”そのものだ。
過去を、罪を、失うことでしか前に進めなかった、お前の――影だ」
影虎と仮面の男。
二人の影が重なり合う時、世界の記憶は崩れはじめる。
そして、遠くから再び声がする。
――影虎。
――帰ってきて。
それは、ユナの声だった。