第23話 失われた約束
第23話 失われた約束
雷の剣《双雷刃》を腰に携え、影虎は小さな丘を越えた。
そこに広がっていたのは、風に揺れる草原と、ぽつんと立つ一本の枯れ木。
誰かを待つように、そこに立ち尽くす少女がいた。
白い衣をまとい、目隠しをしたその少女は、影虎の気配にそっと顔を上げる。
「……あなたですね、影虎」
名を呼ばれた瞬間、心の奥がざらつく。
記憶の奥に、彼女に似た声が――微かに残っている気がした。
「会ったことが……あるか?」
「正確には、“これから出会う”ことになるはずだった、です」
少女は静かに語る。
「あなたは、かつてこの世界で“大切な約束”を交わした。
でも、それを忘れてしまった。武器に記憶を奪われ、過去のあなたはもういない……」
影虎の胸が締めつけられる。
過去の自分が、誰かと大切な約束をしていた――。
それが果たされずにいるとしたら、自分は何を失ってきたのか。
「教えてくれ、その約束は……どんなものだった?」
少女は微笑んだ。けれどそれは、泣きたくなるほど寂しい笑顔だった。
「それを思い出すには、あと“ひとつ”の記憶武装が必要です」
影虎は思わず問い返す。
「最後のひとつ……?」
少女は頷く。
「すべての記憶が揃ったとき、あなたは“選ばなければならない”。
自分自身を取り戻すか――それとも、誰かの記憶として生きるか」
風が吹いた。
少女の衣が揺れ、草原にさざ波が走る。
「そのとき、またここで会いましょう。
……今度こそ、“さよなら”を言わないために」
少女は踵を返し、草原の向こうへ消えていく。
影虎はただ立ち尽くしたまま、その背中を見送っていた。
そして思った。
(俺は……何を選ぶんだ?)