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第八話 レベルアップとマヨネーズと教会

やっと追いつきました。

大変申し訳ありませんでしたっ!!

 魔物は人類の敵である。


 ──大げさに言えば、確かにその通りだ。


 嘘でも誇張でもない、正解の答え。

 だが、魔物を食らって生きる命もまた存在する。

 つまり、食物連鎖に組み込まれた魔物も、神の創造物の一つと言えるのだ。


「あれが角ウサギ……」


 ラッドと共に森へ入ったリンカは、目の前の光景に息を呑んだ。

 視線の先にいたのは、絵本から飛び出してきたような、真っ白でふわふわの毛並みをしたウサギだった。ぴんと立った長い耳の間に、象牙のような一本の角がすっと伸びている。

 

 草を食むしぐささえも愛らしく、思わず「可愛い」と声が漏れそうになる。


(あれを、殺すの……?)


 日本の感覚からすれば、こんな可愛らしい生き物を傷つけるなんて考えられない。リンカの心臓がきゅっと縮んだ。しかし、すぐにラッドの言葉が脳裏をよぎる。


「あいつらは農作物を食い荒らし、時には人をその角で突き殺すこともある。間引かなきゃ、俺たちが食いっぱぐれるか、命を落とすかだ」

 

 ちらりとラッドを見れば、彼はこちらの葛藤などお構いなしに、冷徹な目で角ウサギを観察している。リンカはぎゅっと槍を握りしめ、目を閉じた。

 

 リンカは距離を詰め、ラッドをちらりと見た。

 あらかじめ決めたハンドサインが出ると、槍の穂先を足の付け根に目掛け突き刺した。

 すると角ウサギがキュッと鳴き声を上げる。


「仕留めろ、嬢ちゃん!」


 数分後、魔物は静かに地に伏し、「素材」となった。


「まぁ、まずまずだな……って、どうした?」

「あ、うん……なんか罪悪感が、すごいというか」


「は? 言ってる意味が分からねぇんだが?」

「いや、見た感じ可愛いじゃん。それを一方的にやっちゃうって、なんか悪いことをしている気分になるって感じで」


 リンカがそう言うと、ラッドは少し引いたような目を向けた。


「角ウサギが可愛い……まぁ、魔物使いのテイマーとかならあり得るかもしれねぇが。今回、たまたまコレが大人しかっただけで、突撃の勢いでコレに刺されてみろ――」


 ラッドは仕留めた角ウサギを持ち上げ、リンカに角を見せる。

 触ってみると、陶器のようにつるりとした角は20センチほどの長さで、指に力を込めなくても刺さるほど鋭い。


「うわぁ、これは確かに危ない」

「だろ? しかも硬いから、平気で木の盾を貫いてきやがる。薄い鉄で作った盾なんかもだ」


 ラッドが軽く小突くと、カンカンと硬い響きが返ってきた。

 彼の言う通り、人間の皮膚なんて簡単に貫通すると思うとゾッとした。


(あれは似てるだけでウサギじゃない)


 リンカはすぐさま甘い考えを捨てる。

 やらなきゃやられる。これは遊びじゃないんだ。


「それじゃあコイツを解体したら、どんどん行くぞ!」

「おー! って、解体……?」


「そうだが? このままじゃ食えないだろ」

「あ、そうだよね。それは……ラッドに任せてもいい?」


「もとよりそのつもりだ。下手にやられてグチャグチャにされたらたまらねぇ。だが、一応見てろよ」


 ラッドは迷いなく角ウサギの腹にナイフを入れる。ぷちり、と何かが弾けるような音がしたかと思うと、途端に生臭い血の匂いが鼻腔を突き刺した。


 温かい内臓がぐにゃりと押し出され、どす黒い赤の液体が地面にじわりと染み出す。リンカは思わず目をそむけたが、ラッドの「よく見ておけ」という声に、無理やり視線を戻す。


 彼の腕は淀みなく動き、ぬるりとした臓物が次々と取り除かれていく。胃液の酸っぱい匂い、血の鉄臭さ、そして獣の体温が混じり合った独特の臭いが、胃の腑を揺さぶる。

 

 やがて、その醜い塊が全て排除される頃には、まるで商品のように美しく捌かれた真っ赤な肉だけが残っていた。


「これが魔石だ。この程度の魔物じゃあ期待はできねぇ。でも、これ一つでも売れるし使い道があるから、集めたほうが良いぜ」


「……分かった」


 血に濡れた手には、紫の透明な石が握られていた。

 それが不気味に光を反射した。

 

 解体が終わると、本格的にウサギ狩りが始まった。

 ラッドの指導の元、懸命に槍を白い体に突き入れていく。

 

 途中から彼も参加すると、山のように積み上がっていく死骸に、終わった後に待ち受けている作業を思うとため息がこぼれた。


「くっ!」

 

 リンカが槍を振り下ろし、最後の角ウサギがぴくりとも動かなくなった。疲労で肩で息をするが、不思議と体は軽い。汗が目に入り、思わず目を擦ったその時──。


【レベルが1上昇しました】

 

 突然、脳裏に直接響くような声が聞こえ、体中に電流が走るような感覚に襲われた。まるで疲労が一瞬で洗い流されたかのように、体が軽くなる。握った槍の重みさえ、先ほどよりもずっと扱いやすく感じられた。


「ラッド! レベル上がったよ!」

 

 リンカは興奮のあまり、弾けるような声で叫んだ。


「おう。おめでとさん。で、いくつになったよ?」

「えっと、今はレベル6かな?」

「数日で4も上がれば上出来だ。どうする? 今日はもうお終いにするか?」


 持ってきていたスマホを取り出すと、16時の文字。

 今日はこの辺でいいだろうとラッドに伝えて、二人は帰路についた。

 

 家に向かう途中、市場に寄って野菜を数種類ほど買った。仕留めた素材やら肉やらはラッドがお金に換えてくれるから、特にやることもなかった。


「コイツ等をさばけたら、嬢ちゃんの家に向かう。今日も飯を頼めるか?」

「いいよ。今日は照り焼きウサギ作っとく」


「すまねぇな。あんな飯食っちまったら、もう他の所で食う気がしねぇから困ってんだよ」


「そんなに美味しい?」

「ああ、店を開けるくらいにな」


 ヒゲモジャ男は二カッと笑うと親指を立てて言う。

 レベルアップすると増える調味料に料理の幅も広がり、それらを駆使して振る舞った結果、日本食にハマってしまったらしい。


(今日は何が増えてるだろう)


 最近の楽しみは地味に増えた調味料を当てることだ。

 この前は砂糖とみりんだったでしょ? となると次はソースかな?

 

 頭の中で妄想しながら家に入る。

 調味料棚に目をすべらせると――朝出たままの変わらない姿があった。


「え!? 何も増えてないじゃん!」


 塩、砂糖、醤油、みりん、胡椒、謎の赤いペースト。

 何も変わっていない。

 

 ――マジかぁー。今までこんな事なかったのに。 


 悪態をつきながら野菜をしまおうと冷蔵庫を開ける。


「……え? マジで」


 置かれた透明な容器には黄色みがかった内容物に馴染みのある赤い蓋。

 恐る恐る手に取ると蓋を開けて、ぶちゅうと指に出す。

 酸味がかったコクのある懐かしい味。

 

 喜びが怒涛のように押し寄せ、思わずニヤけてしまった。


(マヨネーズ、来た……!)

 

 万能調味料がついに姿を現した。

 嬉しさが頂点を超えると冷静になると初めて分かった。そっと冷蔵庫に戻して扉を閉める。そして黙って夕飯の準備を始めた。



「うめぇ! ヤバいぞっ、この白いヤツ!」


 照り焼き風の横に添えたマヨネーズを根こそぎ付けては口に運んでいく。そりゃあ美味しいに決まってる。なんたってマヨネーズだからね。 


「ちょっとおっさん! 付け過ぎだって!」

「そんなことねぇよ! これがありゃ野菜もいくらでも食える!」


 やはりラッドにこの調味料は早かったようだ。

 リンカの危惧した通り、照り焼きにマヨネーズという最高のコンボが派手に決まり、完全にマヨラーになってしまった。

 買ってきた酒樽を飲み干さんとする勢いでコップを傾けている。


(ほとんどマヨネーズ味じゃん!)


「ていうかよぅ。嬢ちゃんの腕だったら屋台でもやったら良くねーか? それこそ一瞬で聖域に入れると思うがな」

「聖域ってなにさ」


「聖域っていうのは魔物が入れない安全地帯のことだ。でも、中に入るには資格がいる。誰でも入れるって訳じゃねぇ」

「そんな場所、料理一つで入れるの?」


 怪訝な表情をするリンカ。

 安全地帯と聞いて――簡単に入れる様には思えなかった。


「まぁ、嬢ちゃんと一緒に居た姉ちゃんとならいけるんじゃねぇか? 聖騎士だろ?」


 ラッドの言葉に、リンカは首を傾げた。ミラが聖騎士?


「ごめん、よく分からない。聖騎士って……?」


 ラッドは驚いたように目を見開くと、勢いよく酒を飲み干し、タンッ!とコップを机に叩きつけた。


「はぁ? 教会の聖騎士を知らねぇのかよ。あの全身白い男は教会のお偉いさんだぜ? 昔、ちょっと聖域の近くで働いてた時期があってな。そういう話は嫌でも耳に入るんだよ」

 

 彼の話を聞きながら、リンカの頭に浮かんだのは、ミラが言っていた「妹」という言葉と、あのどこか歪んだ執着だった。

 もし、あのイカれ野郎がミラの妹を、連れ去ったとしたら……。


「待って、そこ詳しく教えて! 教会が、スキル持ちを拉致するって、本当なの?」


 リンカの瞳に、強い光が宿る。


「でも、あんま関わらねぇ方が身の為だぜ? 教会の連中は聖域外の人間を人だと思っちゃいねぇクズだからな。下手に手出しすると何されるか分かんねぇ」


 ため息を吐くとラッドは大の字になって寝転がった。

 

「それでも会いたい」


 リンカの言葉に、ラッドは眠そうな目で小さく頷いた。


「そうか……。なら強くなれ、つよく、なって……」

 

 彼は言い終わる前に、深い眠りに落ちていった。

 ラッドのいびきを聞きながら、リンカは酒の残りを眺めた。ミラと教会がどんな関係なのか、まだ何も分からない。


 自分が彼らの力になれるかすら、今は想像もつかない。

 でも――リンカは、ぎゅっと拳を握りしめた。


 ミラの狂気にも似た悲痛な叫びが、今も耳に残っている。彼女は、何を抱えているのだろう。そして、彼女の「妹」はどこにいるのか。


「教会、かぁ……」


 漠然とした不安と、しかしそれを上回る確かな決意が、胸の奥で燃え上がっていた。

ここまで読んでくださりありがとうございます。


リンカちゃんついにレベルアップ始めました。

果たして引きこもることは出来るんでしょうか!?


次回は更にレベルアップしていきます。

ただ、先頭シーンはほぼないです。

いらないまであります。


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