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第五話 お風呂と友情の話

 異世界に来て一番キツかったのは、トイレがなかったことだ。

 

 もらったスキルで出したお家にはトイレも風呂もなかった。

 食費をケチられ食べる物は食パンのみの環境。

 

 あ、これ詰んだわ……。

 呪ってやる! と、神様を恨むのはトーゼンでしょ?

 

 しかし、無事にトイレもお風呂もゲットした。

 ようやくスタートラインにたった、そんな感じ。

 

 そして、眼の前にはこんがり肌のお姉さんと揺れる金髪。

 つまり、二人でお風呂タイムってわけ。

 

 ミラリエは少し戸惑っているのか、まるで警戒モードの猫みたいな動き。

 

 その仕草が妙に可愛い。

 見た目、綺麗なお姉さんなだけに、これがギャップ萌えってやつ?


 そんなリンカの心中を知らないミラリエは、不安な顔で視線を行ったり来たりさせていた。


 リンカは古めかしい赤の差し色が入ったハンドルを捻る。

 床にばら撒かれては跳ねて、徐々に高温になるお湯。

 

 青のハンドルも捻り、温度を調整していく。

 古い銭湯や旅館で見る、混ぜるタイプのやつだ。


「ミラリエさん。ここに座って? 私が髪、洗ったげるよ」

「う、うん……。あっ、ンッ! 分かったわ」

 

 うん、って……。かわよ!

 返ってきた言葉に悶えそうになる。

 ミラリエの印象がお湯に溶けると排水口に流れていくようだ。

  

「はいはーい。目をつぶってくださいねー」

 

 そう言うと、リンカは彼女の髪を丁寧に濡らした。

 風呂場にあったボトル―― 

 シャンプーと書かれた容器から、透明な液体を手のひらに乗せて、ミラリエの髪を丁寧に解きほぐしていく。

 

「髪の毛、めっちゃ綺麗……。輝きが違うね」

「ほ、ほんとね。この、しゃんぷー? で髪を洗うとこんなに綺麗になるのね」


 ミラリエはボトルを手に取ると見つめた。 


「それは石鹸の液体のやつだよ。ミラリエさんは使ったりは?」

「何言ってるの? 石鹸なんて高すぎるし、それに液体になってる物なんて見たことも聞いたこともない。こういった趣向品を使えるのは貴族やお金持ちの家だけよ」

「へぇー、そうなんですね」

 

 石鹸が金持ちアイテムって、私……もはやセレブじゃん。

 まぁ? このシャンプーは安もんぽいから、髪がギシギシになるかもだけど。

 

「リンカちゃんはたまに、この世界の人間じゃない様な……。そんな事を言うわね」

「えっ! いやいや、そんなわけないから! そ、そう! 一回も実家から出たことなかったから、ちょっと疎いっていうか!? そんな感じですよ」


「そうなのかしら?」

 

 無理やり取り繕ったリンカは早口でまくし立てる。

 ミラリエの怪訝な色が乗る声はシャワーの音と共に消えていった。

 

 丁寧に洗い終えるとシャンプーをキレイに流していく。

 今なら汚れてたんだと分かるぐらい眩しく映った。

 

「ん?」


 シャンプーを洗い流そうと思い、リンカは肩口で髪を束ねると妙なアザを見つけた。

 何かの紋様に見えるそれ。そして一本の深い傷。

 

 背中や腕も、よく見れば気づく程度の小キズがそこかしこにあった。

 見入っているとリンカの指がアザにのびる。

 だが触れる寸前で止まった。

  

「ふぅー」

「ッ……! なに! リンカちゃん、今何を!?」


 不思議な感覚だった。

 まるでアザに吸い寄せられる様な、そんな感覚。

 リンカは誤魔化すようにじゃれた後、ミラリエに石鹸を渡した。 


 体を洗い終ると早速とばかりに狭い湯船に入る。

 二人は気持ち良さげなとろけ声を響かせていた。


「あぁ〜。溶けちゃうかも〜」

「そうね〜」

 

 もちろん足を伸ばすスペースはない。

 二人は体育座りで向かい合っている。


「ミラリエさんて〜、何歳〜」

「春に16になったばかりよ〜」

 

 それを聞くとリンカは上を見上げた。

 天井には白い雲みたいな、もうもうとした蒸気が広がっている。


(攻めるならここだよね……)


「へぇ〜、私より年下ですね」

「リンカちゃんは?」

「私、17〜」


 リンカはチラリとミラリエを見る。

 そしてすぐに視線を切った。


「まぁ、気にしなくて良いですよ。《《ミラ》》みたいに剣一本でバケモノを吹っ飛ばしたり、村まで半日、休みなく移動しても息切れもしない。そんなヤバメな人間じゃないですから〜」


 リンカはチラリとミラリエを見る。

 目線の先に膨れっ面になった顔があった。


「そうね。《《リン》》は赤ちゃんと同じぐらい何にも知らないし、私がいないとすぐ死んじゃいそうだから。年下の私が守ってあげまちゅね〜?」


 薄目の、不敵な笑みを浮かべるミラリエ。


「言うじゃん……。覚悟、出来てる?」

 

 お互いに眉を吊りあげて笑みを浮かべる。

 一瞬の静寂。

 天井から一滴の雫が滴ると水面を打った。


「くらえ! すいとんの術!」

「きゃっ!」


 リンカが手を合わせると、ぴゅーとお湯が放物線を描いた。

 見事にそれがミラリエの顔面を捉えて、リンカは静かにガッツポーズを取る。


 だが、その瞬間、ミラリエは横に腕を振った。

 たった一振り。

 水面を切りとったかの様な、お湯の塊がリンカを襲う。


「ぐえっ! あぁ、やった。やったわ、ミラ!」

「先に仕掛けたのはリンでしょ!」


 そこからはもみくちゃのお湯の掛け合い合戦が始まった。

 

(……やっぱ、お風呂って最高だわ。)

 

 お湯が弾ける音が鳴る。

 やがて、笑い声が響き始めるのに時間はそう掛からなかった。



「ねぇ、ミラ? これ見て」

 

 リンカがスマホの画面を差し出す。

 見せたのは『マイスペ!』のホーム画面だ。


「これがどうかしの?」 

 

 ミラリエは不思議そうに画面を見つめる。

 

「このアプリでトイレとお風呂を設置したんだけどさ? レベル10でアンロック? ってあるんだけど、レベルってなんのかなって」


「レベルっていうのは魔物を倒したり、力を付けたり、何か大きな問題を解決したり、そういう時に神様が分け与えてくれる力のことよ」 


「ふーん、そうなんだ。もしかしたら私、スライムを倒した時にレベルアップしたとかある?」


 すると、ミラリエが笑い始めた。

 

「スライム一匹でレベルアップ? ……うん、リンならあるかも。棒で突っついて、まぐれで倒したような感じで」

「棒で倒したのは事実だけどさぁ!?」


 お風呂での仕返しか……!

 ニヤニヤと笑うミラリエ。


「くっ! ふんっ。いつかスライムより強くなって見返してやるからな!」


 なんて、ミラリエに強気に言ってみたけど、正直だいぶ無理めだろうな。

 ゲームみたいな? ノリなのは分かった。

 レベルを上げてパワーアップするなら、頑張っても良いかな。とも思った。

 

 でも、魔物ってキモいもん。

 ワガママ言ってらんないのは分かってるけどさ……。 

 

「ごめんごめん、からかい過ぎたね。でも、お金を稼ぐなら討伐依頼が一番効率がいいの。だから、頑張ってレベルを上げるのが一番の近道よ?」

「うーん。そうかもだけど……」


 ただ、平和に暮らせればそれで十分、なんだけどな。

 リンカが頑張れば頑張るほどに、引きこもり生活が遠のいて行くのであった。

 

「リン? そろそろご飯でも食べない?」

「いいね! あ、でも食べ物ないよ? これならあるけど」


 リンカは冷蔵庫に手を掛けると中から食パンを取り出した。


「なにそれ? パン?」

「うん。食パン。ほい――」

 

 中から一枚取り出して半分に千切る。

 それをミラリエに手渡した。

 すると――


「? 柔らかすぎない……?」

「いやいやいやいや。つか、ミラのパンが逆に硬すぎだって」


 ミラリエは手渡された半分に口をつける。


「~! おいしい!」

「へへっ、だろ?」


 パクパクと一瞬で完食した。

 ミラリエはもう一枚食べたそうにこっちを見ている。 


「なに? もうあげないよ?」

 

 選択:スキル 強気発動。


「なんで……。そんな恐ろしい物を食べさせたくせに、なんで……?」

「こらっ、首に手を回すな! 折れたら死ぬんだよ!? ちゃんと上げるから。だから、おかず買いに行こう!? そっちのほうがパンだけよりも、もっと美味しいって!」


 こくりと頷いたミラに手を引かれて、リンカはずるずると家を出る羽目になった。

 

 太陽が真上を過ぎる頃、暖かい日差しが辺りを包み込んでいる。

 陽気で色を少し取り戻したトリナ村。

 市場にたどり着いた二人は肉屋の前で止まっていた。


「ムリ。ムリムリ!」

「大丈夫よ。この辺の村だと魔物の肉を食べるなんて普通よ? さ、買いましょう」

「ヤダ! エッグイ色してるもん! 紫だもん! 舌に色付くやつだもん!」

「味は普通だから大丈夫よ。さ、買いましょう」


 比較的安くて、美味しい物が魔物肉だなんて誰が予想しただろう?

 リンカの稼いだ全財産27シル。

 稼いだ57シルから宿代と朝食代を払ったら残ったのがこの残金である。

 

 うっわ……魔物肉と、あとは見たことない野菜がちょろっと。これだけ?

 とにかく食べ物の値段がとんでもなく高かった。

 

「嬢ちゃん。フォレストウルフの肉はあんまり普通の肉と変わんねぇから、一回食ってみろって。それか、こっちのホーンブルの肉にするか? 二口分なら売ってやってもいいが」


「うぅ~、フォレストなんたら、ホントに大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。」


「ホントのホント……?」

「しつけぇな。少し舌がピリつくぐらいで死にゃしねぇよ」

「おい髭おじ! やっぱダメじゃん!」


 だが、ミラリエの圧が横から飛んでくる。

 諦めたリンカはげんなりした顔で渋々了承した。


「これ絶対やばいヤツじゃん……」

「じゃあさっそく帰り――」


 肉屋を離れようとした瞬間――


 お気に入りの玩具を見つけた。

 男はそんな笑みを貼り付けて、ミラリエを舐め回すように視線を這わせている。

 

「ミラ?」


 リンカがミラリエを見た。

 さっきまで一緒に笑ってた顔が、嘘みたいに消えていた。

 

第5話、お読みいただきありがとうございます!

今回は友情と異世界の情報、そして忍び寄る影を描かせていただきました!


お肉屋さんで舌の色が変わるお肉を買ったリンカはどうなるんでしょうか?

ちょっと食べてみたい気もしなくもないです!


次回はリンカの転換点を書きたいと思います!

ここまで読んでくださって誠にありがとうごいました!

次回もよろしくお願いします!

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