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第三話 おしごと体験と、スライムさんこんにちは

 朝食を終えたリンカはミラリエに向き直ると質問する。


「ミラリエさん。私にもできる仕事って何かありますか?」


 さっそく「お金」の問題にぶちあったったのだ。

 

 引きこもりとは何だったのか?

 あの神を問い詰めてやりたい。

 でも、そんなことをしても宿代を払えるようにはならない。

 

 この世界の仕組みについて何も知らないリンカにとって、それは由々しき問題だった。

 

 リンカの知っている「お金の稼ぎ方」とは、アルバイトや母の手伝い。

 そして、会社に就職して給料をもらうといった、ごく一般的で浅い知識だけ。

 

 自分の身一つで稼ぐなんて発想はないし、もちろん稼ぐ力もない。

 この世界ではどういった働き方が普通なのか知る必要があった。


「そうね。まずは“簡単”に稼げる方法を教えるわ。ついでに村を少し案内するわね」

「はい!よろしくお願いします!」


 ミラリエからのありがたい提案にリンカは素直に喜んだ。

 

 村の通りはまだ静かだった。

 ちらほらと薪を割る音、鶏の鳴き声、遠くから聞こえる馬のいななき。


「リンカちゃん、昨日の話、覚えてる?」

「……“生きる術を教える”ってやつ?」


「そうよ。お金を稼ぐなら色々な方法があるわ。どこかのお店で雇ってもらったり、兵士になったり……。でも、リンカちゃんは今、身分証も持ってない状態でしょ?」

「え、そんなの必要なの!?」


「ふふ、いるのよ。本来はそれがないと、村にも町にも入れてもらえないの。今回は私が一緒だったから平気だったけど、今後はギルドで作っておくと安心ね」

「えっと、ギルド……?は、簡単に入れるものなんですか?」


「もちろんよ。まぁ、お金はかかるけどね?」

「で、ですよね~」


 結局、お金ってどこの世界でも必要なんだな……。

 当たり前の現実に肩を落とした。

 

 それから二人は村の中心にたどり着いた。

 そこには数枚の紙が貼られている掲示板のようなものがあった。

 

 どれも「報酬」や「依頼内容」が書かれているようだ。


「採取……依頼?」

 

 紙にはこう書いてある。

 【採取依頼 薬草 一束、2シル レティアまで】


「依頼専用の掲示板。まあ、簡易ギルドみたいなものね」


 (なるほど。バイトのフリーペーパーのような感じか)


 既に『なぜ読めるのか?』という、疑問すら思わなくなったリンカは、納得して自分に出来そうな簡単な依頼を探す。


 『野草の採取』『川辺の清掃』『迷い牛の捜索』『周辺の見回り』── 幸い、命がけの作業ではなく、体力、知識が必要な依頼がほとんどを占めていた。


「この辺りは、レベルが低い人や子供でもこなせる依頼が多いの。あなたみたいな初心者が稼ぐには、こういうので地道にコツコツやるしかないわ」


「手っ取り早く稼ぐ方法とかってあったりは……」

「あなたにはムリ」

「うん。そうだよね」


『ハハッ』っと、リンカはカラカラと笑った。

 

 ミラリエは一枚の紙を選んではがした。

 それをリンカに渡すと、村の南側、森の入り口に向かって歩き出す。


「今日は“採取”にしましょう。ちょうど薬草の収穫時期だし、安全な範囲だから、最初にはうってつけよ」

 

 リンカはアレからの嫌がらせが来ないことを祈って村を後にした。

 

 森は村から割とすぐそこにあった。

 木漏れ日が差し込む林道。

 そこをゆっくり進みながら、ミラリエは草木の名前をひとつずつ丁寧に教えてくれる。売り物になる花や草、そして食べれる果実まで。


 ミラリエの説明にリンカは真剣に耳を傾ける。

 こんな雑草や、ちょっとした花が薬の材料になるなんて……。

 しっかり覚えなきゃだね。

 でも、メモが取れないのが痛い。

 

 そこまで頭が良くないと自負しているリンカは、何度も反芻した。

 

 ミラリエは一通り説明し終わったようで次は各自で収集することに。

 教えてもらったことを思い出しながら”薬草”を丁寧に摘んでいく。

 

 根こそぎ取るのは良くないらしく、リンカは程々に摘み取ると、どんどん森の奥へと入っていく。


「なにこれ……すっごく綺麗」


 緑一辺倒の森に鮮やかな赤色を放つ花が、木に隠れるように咲いているのを見つけた。


「それはヒエン草。高熱に効く薬草で、今回の依頼書の品よ。見つけるのは簡単そうで意外と咲いてないから、探すのがちょっと面倒なの」

「そうなんですね。二輪咲いてるけど、片方は残しておいた方が良いですか?」 


「全部取っちゃって大丈夫よ。それに結構いい値段になるのよ、それ」

「やった!」


 リンカはその花をそっと摘んで渡された布にくるんだ。

 数時間後、二人は袋いっぱいの薬草と共に村へ戻ることにした。

 

 帰る途中の道でリンカは朽ちた倒木の陰に、淡く青白く光る苔のようなものを見つける。


「……あれ、なんか光ってる?」


 ミラリエが目を細める。


「あら、ルーンモス。こんな場所で見つけるなんてラッキーね」

「知ってるんですか?」


「ええ。このあたりの森に、たまに自生してるの。すごく貴重よ。魔法薬とか、触媒にも使われるの」


 初のファンタジーぽさに興味津々で手を伸ばしかけたが、


「だめよ、素手じゃすぐに崩れるの。こうやって……」


 ミラリエはポーチから小さなビンとナイフを取り出し、手際よく苔を削ぎ取っていく。空だったビンは苔で満たされ、微かに青白く光っていた。


(すごい……ただの苔じゃなかったんだ)


 異世界の森での神秘的な光景にリンカはただ息を呑んだ。

 ルーンモスを採取し終えて、ひと息ついた時——

 

 ぐじゅっ……。


 足元の茂みから、不気味な音が響いた。


「え……なに、この音……?」


 音の方向へ視線を向けると、茂みの奥から半透明の物体がぬるりと這い出してきた。直径は30センチほど。

 青いゼリーのような体に、小さな赤い核のようなものが浮かんでいる。


「スライムよ。慌てずゆっくり下がって? 後は私が——」


 落ち着いているミラリエがさっと前に出ようとした。


「ま、待ってください! 倒すなら私にやらしてください!」


 と、声をかけて止める。

 

 スライムと言えば弱い。弱いと言えばスライム。

 簡単に倒せるとは思ってないけど、戦うには丁度いい相手のはず……!

 

 

「……いいわ。これを……」


 ミラリエはそう言って尖らした長い棒をリンカに手渡す。

 それを受け取って、しっかり握りしめると対峙する。

 

 スライムはのたのたと緩慢な動きでとても遅い。

 それでも、人生初の戦闘を前に少し震える。


(スライムよ! 私の糧になれ!)


「えいっ!」


 リンカは渾身の力で棒を振り下ろした。

 すると、ぼよんと柔らかい手ごたえが返ってくる。


「えっ?」


 リンカの戸惑いも関係なしにスライムは勢いよく飛び跳ねると突進してきた。


「ぴゃっ!」


 悲鳴を上げて、どさり。と尻もちをついた。

 リンカの後ろで、一部始終を見ていたミラリエは思わず「ぶっ」と、噴き出した。


「ミラリエさん! 笑うなんてひどいじゃん!」

「ぷっ……スライムに、棒で打撃……っ、久しぶりに見たわ、ふふっ」


「もうっ! ミラリエさん!」

「ごめん……ふふっ。スライムは、あの浮いている”核”を壊すと倒せるわ。くっ」


 顔を真っ赤にしたリンカは勢いよく立ち上がった。

 悔しさをぶつけるように、すかさず核目掛けて木の棒を突き刺す。

 

 するとあっさり命中してボロッと砕けた。

 ぴしゅう、と音を立てて体が崩れ、スライムは溶けて消えた。


「おめでとう。リンカちゃん、ふふっ」

「もおぉ! 笑うなぁー!」


 リンカの声が森に反響したのだった。

 

 戦闘が終わると、リンカの視界の端に、小さな光が走った。


《レベルが1上昇しました》

《拡張機能をアンロックしました》


(……え?今、なんか出た?)


 目をこすっても、もう何もない。

 恥ずかしさと興奮で直ぐに意識から消えたその光は、確かに彼女の中で何かが変わったことを告げていた。 


 ミラリエが薬草を村の店に持ち込み、店主とのやりとりを済ませる。

 報酬として銀貨5枚と銅貨7枚を受け取った。


「今日の稼ぎは約57シル。まぁ、こんなものね」

「こんなに頑張って57シル……」


 日本円換算で5700円。

 これがリンカたちの今日の稼ぎだった。

 決して舐めていたわけではない。ただ、ごっそりと持ち帰った薬草と少し見合わなかった。

 初めての報酬、稼ぐ大変さ、嬉しさが同居した不思議な気分。

 リンカは受け取ったお金をまじまじと見つめる。


「お金を稼ぐって、大変なんですね……」


 帰り道、リンカはぽつりとつぶやいた。


「でしょ? だから生きる術が必要なのよ」  


 その言葉にリンカは頷いた。


 ──その夜。


 用事で出かけたミラリエに渡された例のブツ。

 獣臭いジャーキーと石パンをスープに浸して、一人夕飯を取っていた。


「ごめん。アレ、ムリそう」と、ミラリエに言ったら露店のスープを買ってくれた。  

 戦々恐々した食事を終えて、ベッドに寝転ぶとぼんやり天井を眺める。


「私の家、どうなっちゃたんだろう……?」


 扉を破壊され、怪しげな怪物がこちらを覗いていた記憶が頭をよぎる。


「はぁ~、あそこに戻るなんて出来っこないし……どうしよう、私の《マイホーム》……」


 なんとなく呟いたリンカの目の前にふっ、とポップアップ画面が表示される。


 ——《マイホーム》を呼び出しますか? 


 それを見たリンカは慌てて飛び起きる。


「うそ! 呼び出せるの!?」

 

 思わぬ文章に一瞬、挙動不審になる。

 しかし、気を落ち着つけて『はい』をタップする。


 ——建物内では設置できません。


「じゃあ聞くな、このアホー!」


 考えてみれば当たり前だった。

 でも、もう少し説明してくれてもいいじゃん。

 言葉足らずのスキルに、どこまでも不親切な世界だと思った。 


(まぁ、あのいい加減な? ノリの軽そ~な、神様が作った物だしね)


 でも、スキルがまだ使えると知れたのは良かった。

 なんにせよ、設置できる土地を用意できれば、宿暮らしよりも遥かに経済的であり最高に助かる。

 

 トイレとお風呂はないけど、多くを望まなければ、住みやすい場所を探して移住なんかも出来る。

 そんな可能性に初めてワクワクした。


「ふぅ、明日ミラリエさんに相談しよう」


最後まで読んでくださってありがとうございます!

今回のリンカは“働く”と“戦う”を初体験。

57シルの初報酬と、スライムとの大立ち回り(?)──

少しずつ彼女は異世界での生き方を掴み始めています。

次回はいよいよ《マイホーム》の活用が本格スタート……?

どうぞ次話も楽しみにしていてください!

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