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第一話 プロローグ 異世界は嫌だって言ったよね?

 生ぬるい草の匂いの味がした。

 それが湿った空気と混ざると、7月の校舎裏のプールサイドを引っ張り出してくる。蚊のように絡んでくる気だるい風は粘着気質たっぷりのそれで、ギリっと奥歯を噛むと目を開けた。


「風、だる……って、はぁ!? なんで空!?」


 飛び起きると、下は芝生、周囲は草原。見慣れない服を着ていて、なぜか肌がいつもより白い。腕も脚も、ほんのり光沢があるようで気味が悪い。

 体が軽く、視界が妙にくっきりしている。


「……マジで、夢じゃなかったの?」


 天海あまみ 凛歌りんかは信号を渡ろうとしていた。車のエンジン音。視界の端にトラックが飛び込んできた。そして真っ白な世界。笑顔で手を振る変な人。


「いやいやいやいや、マジふざけんなよ神様!!」


 無駄に広い草原が、凛歌の声だけしっかり反響させてきた。

 

 ──彼女は知っていた。ここが異世界であることを。神様に転移されそうになったことも。そう、あの時——


『異世界? いやいや、現実逃避にしても雑すぎるから。私が納得するわけないでしょ?』


『え~? でもさ、現実つらいっしょ?ちょっと休もうよ! ね? お詫びに、引きこもれるスキルつけるからさっ♪』


『いやそういう問題じゃ──って聞いてないし!』


 ──などといった、信じられないくらい雑なやりとりがあったのだ。


「くっそ……これだから神ってやつは信用ならねぇ……」


 無料モニターに釣られて、結局高額請求された、そんな気分だ。

 さらには呼んでもいない空に浮かんだシステムウィンドウが文章を表示する。


【異世界転移 完了】


 異世界にようこそ!

 こちらの都合でこのような事になってしまい申し訳ありません。

 お詫びに、スキルをひとつ付与させていただきました。

 あなたのスキル:【マイホーム】

 

 転移をゴネゴネするリンカちゃんの、た・め・の・神スキルだよっ!

 安心安全の異世界ライフが訪れますように~♪


 ──メラギュリアより



「謝罪の文面がテンプレメールかよ!  ていうか誰!?  お前誰!? マイホームってなに!?」


 迷惑メールフォルダにでも入れられろ。と、思った。

 その時、ポン、と新たなウィンドウが出現した。


【スキル「マイホーム」を展開しますか?】



「……やっぱ、出るよね。知ってたけど、やっぱりウザい」


 都合よく現れたそれに、神の作意が透けて見えてしかたない。

 

 でも、このまま日陰も椅子も、逃げ場もない草原ぼっちとか、わりと最悪だ。

 

 諦めるしかないけど、納得はしてないけど—— 結局、ため息みたいな声がこぼれた。


「ああ……もぅ……!」


 力なく『はい』に触れると空間がねじれた。空気がぐにゃりと歪み、光が収束し、次の瞬間──家が、出てきた。

 

 ぽつんと建った小さな木造の小屋。洋風っぽいけど、どこか和の趣もある。

 山奥の秘密基地みたいな、ちょいオシャレなログハウス。


 こうなったら開けるしかない。リンカはドアノブを握り、回した。

 

 中は六畳のワンルーム。

 木の香り、シンプルなベッド、ローテーブル、小さな棚。 キッチンには古めの一口コンロとサビの浮いたシンク。蛇口をひねると、水がちゃんと出た。

 

 畳敷きのせいなのか外観一切無視しの、売れない芸人が住んでいそうな部屋が広がっていた。

 

 白くて小さな冷蔵庫を開く。

 一袋の食パンがぽつん。


「……一斤……?」


(ははっ。期待通り。100点……!)

 

 次にキッチンの棚を開ける。

 塩、胡椒、よくわからない赤いペースト。飲み物は、水。以上。


「なんで……引きこもりスキルなのに、食費ケチるの……?」


 あらかた目を通し終わって部屋を見回す。

 

 底知れぬ違和感が体を震わせる。

 ペットボトルとキャップのように、家にあるべきものが見当たらない。

 そして、気づいてしまった。


「トイレ……は?」


 どこにもない。

 ないものはない。

 間取り的に無理。

 どこをどう見ても、無理。


「は?」


 リンカのツッコミが、止まらない。


「いや、ちょっと待って? トイレないとかギャグ? ふざけんなって言ったじゃん!? 神様ぁぁぁ!!」


 そして、お風呂もない。

 バスルームなんてものは存在せず、洗面台すらない。

 あるのは、ポツンとシンクに置かれた石鹸だけ。固形タイプ。


「外に出ないと生活できないじゃん……引きこもりスキルとは?」


 しばらくの間、部屋の隅で体育座りしながら、ぶつぶつ文句を垂れ流していた。

 

 どの辺が“優しさ”なのか、むしろ聞きたい。

 神の嫌がらせセンスだけが上がっていく。

 

 だがしかし、腹は減る。空腹には勝てなかった。


 リンカは食パンをフライパンで炙った。

 純粋無垢な生焼けトーストを齧ると味は……小麦。

 

 ギリギリ食べられるレベルにはある。


「……うん、終わった……完全に詰んだ……」


 

 夜になって、ベッドに入っても眠れず、ため息ばかりがこぼれる。

 そして……。


「なんかこう……静かすぎて逆に怖い……」


 草原の夜には知っているノイズも無ければ音もない。

 いや、まったくないわけじゃない。

 

 風が揺れる音。草が擦れる音。遠くで何かが動いた気配。


『カサ……』


 その音が、妙に耳に残った。


(……ねぇ、ホラー入ってない? このスキル……)


 怖さに耐えきれず、布団に頭まで潜ったリンカは、思考を別の方向に逸らそうと記憶を辿る。


 あの日、何があった?

 

 信号が青になって、何気なく渡ったはずだった。

 あの時、視界の端—— トラックが突っ込んできた。

 

 何も考えられなくてその場で固まった。

 そして、次に見えたのが、真っ白な空間。

 

 とびきり軽いテンションの──“神様”。


『ごめんねー! ちょっと手違いで死んじゃったんだよね☆ でもチャンスだよ! 異世界! やったね!』


 (やったねじゃねぇよ?) 

 

 ピュアなイカレ野郎との会話もままならず、いつの間にかに着いちゃってた。

 そんな感じだった。


 そんなくだらない……、明日になったら夢落ちだった、みたいな出来事を考えているうち、眠気で意識が落ちた。


 静寂が支配する夜明け前の草原。


 ──ドンッ!


 いきなり、扉が叩かれた。


「んー……ママ、もうちょっとだけ……」


 布団の中で寝言をこぼすリンカ。

 その傍で、扉を打ちつける音が、どんどん強く、早くなっていく。


 ドン! ドン! ドドン! 


「バキッ!」


 乾いた音とともに、扉がひしゃげた。

 リンカ、飛び起きる。


「えっ、なに!? 今の音、今の、今のって!!?」


 目をこすりながら、壊れた扉を見る。隙間が出来ていた。

 そこから、何かが、ぎょろりと覗いていた。

 

 暗闇の中に、確かに目があった。

 リンカの背中に、氷を押し当てられたような寒気が走った。


「……や、やばいやばいやばいっっ!」


 半泣きでベッドから転がり落ち、窓に向かって這い寄ろうとした。

 ──その時。


「グギャ……」


 何語かもわからない声と共にゆらり影が……。

 途端に腰が落ちた。


(……ムリだって。これ、もう詰んだやつだ……)


 震える手を止めることもできず、彼女は思わず叫んだ。


「誰かぁぁぁぁぁ!! お願い、助けてぇぇぇ!!」


 その声は、夜の静寂を切り裂いた。

 そして──


「――下がって!」


 鋭い声とともに、空気が裂ける音が響いた。

 何かが風を切り、続いて地響きのような「ズドン!」という衝撃が家の外を揺らす。

 扉の隙間から覗いていた何かは、爆風で吹き飛んでいた。


「……え?」


 呆然とするリンカの視界に、闇の中に浮かぶシルエットが現れる。

 

 赤銅色のロングコート。

 長い金髪が風に揺れ、長剣を片手に構えた女性が、草原に佇んでいた。

 

 その目が、リンカを見つけてふっと細められる。


「無事ね。よかった」


 陽に焼けた肌と野性的な雰囲気。そして何より、慣れた動きに漂う圧倒的な安心感。

 リンカが言葉を出す前に、彼女は素早く言った。


「この家、もう持たないわ。外へ出て!」

「……え、ちょっ……誰?」

「冒険者よ。あとでゆっくり話すから、まずは逃げる!」


 手を差し出される。反射的に取ったその手は、思ったよりあたたかくて力強かった。

 家の裏手から、別の追手が駆けだす。その気配に振り返りもせず、彼女は槍を一閃。淡い光を放ちながら、それが地に伏す。


(なに……この人……人間なの?)


 もう何でもいいから走るしかない。死ぬのはごめんだ。


「ねぇ……わたしの家っ……!」

「諦めなさい。それより命が大事!」

「……神様ぁ……! ほんとに使えないんだけどぉぉ!!」


 すべてにおいて満点の嫌がらせを仕掛けてくる神様。

 スパム攻撃に悪態を付きながら息が上がっていく。

 

 やがて、遠くの山の端から朝日が昇り始める。

 その頃、ようやく二人は草原の端に辿り着いた。


「はぁ、はぁ……どこまで逃げるの……?」


 息を切らしながら問いかけたリンカに、隣の女性が振り返る。


「トリナ村よ。……何か事情がありそうだし、連れて行ってあげる」


 その言葉にリンカは黙って頷いた。

 

 状況も、名前も、何も知らない相手だけど……。

 いまは、この人だけが頼りだった。

 

 ぐしゃぐしゃになった髪をかき上げ、リンカは小さく吐き捨てるように呟いた。


「……ほらね。だから異世界って嫌なんだよ……」


 ※


「きゃはは! おうち、もう壊れちゃったね☆」

 

 少女の目線の先、映し出された映像には、必死に走る二つの影が。

 

「引きこもりスキルだけどぉ~? 頑張らなきゃ死んじゃうよぉ?」


 心配そうな声とは裏腹に弓なりの目をした少女。

 肩で息をする疲れた表情のリンカが空を見上げた。


「頑張れっ! リンカちゃん! きゃはは☆」


 甲高い声が尾を引くように響いた。

 


ここまで読んでくださって、ありがとうございました!


「引きこもれると思ったのに、引きこもれないじゃん!」という理不尽な冒頭から始まった第1話、いかがだったでしょうか?

この作品は、ちょっと生意気で運の悪い(?)主人公リンカが、不条理だらけの異世界で悪態をつきながらも、なんやかんやで生き抜いていくお話です。

スキル【マイホーム】は果たして本当に引きこもれる日は来るのか。

そして、出会った冒険者の女性が今後どう関わってくるのか──


引き続きゆるく、そしてときにシビアに描いていけたらと思っています。評価を頂けると励みになりますので是非ともよろしくお願いします。


次回もお楽しみに!


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