従兄は協力者?
「アリシア! いるのか!?」
調べ物を初めて数刻が経過し、まだ一冊目の半分に到達するかしないかというころ、急に書庫の扉がバンッと開かれた。
扉の開かれ方に第一王子と似た既視感を覚えるが、届いた声は親しみのある人物のものだった。
「オ、オスカー!? なんでここに…」
「お前が王宮に来てるって聞いて、騎士団の練習を抜け出して来たんだ!」
退屈そうに本棚の間を行ったり来たりしていた魔王が、扉の音を聞いて戻ってきた。
「なんだ? こいつは」
ジェームズの件で助けられた恩と無視したい気持ちとを一瞬で天秤にかけた後、仕方なく開いた本で口の前を隠しながら、こそこそと囁く。
「彼は私の従兄のオスカーよ。王宮の騎士団に所属しているの」
気づくと、オスカーはずんずんと私の目の前までやってきていた。
「魔王討伐の最後に倒れたって聞いたから、心配してたんだぞ! まったく無茶しやがって…。あれから連絡も何もないしよ!」
「ごめん…、いろいろあって忙しかったのよ」
「言っとくけど、俺よりもソフィアの方がずっっとお前を心配してるんだからな。次会ったとき、どんだけあいつに怒られても知らないぞ」
「うっ、それはまずいかも…」
オスカーの妹であるソフィアは私と同い年だ。
私の母である前侯爵夫人は、オスカーとソフィアの母親である伯爵夫人と姉妹であり、私たちは昔からよく三人で一緒に遊んでいた。
やんちゃ少年とおてんば娘だったオスカーや私とは違い、ソフィアは幼いころから賢くしっかり者だった。
しかし、そんなオスカーと私の無茶な行いを制止する役割を担っていた彼女は、怒らせると一番怖い。
「まあ、元気そうで安心したよ。本当に最前線を突っ走って魔王を倒してくるとはな。親父からの命令とはいえ、安全な場所から戦況を見ていた自分が恥ずかしくなってくるぜ」
オスカーは王宮騎士団に所属する身とはいえ、大事な伯爵家の跡継ぎだ。討伐に行く直前にオスカーと会ったとき、自分は望んでいないのに、伯爵が騎士団の上層部に掛け合ったせいで安全な後方部隊に配置させられたのだと、彼は愚痴をこぼしていた。
「戦況を整理するオスカーたち後方部隊がいたから、私たちは剣を振ることに集中できたんだよ。魔王を倒したっていうこの成果は、戦場にいた全員のものなんだから」
正確には魔王の魂まで消滅させることはできなかったが、あの場にいた全員が勇敢な戦士だったことに違いはない。
ちなみに当の魂は、私の言葉に少し考え込むオスカーの水色の髪から、ひょこっと顔を出したり引っ込めたりしている。
いや暇か。かまってほしいのか。どっちでもいいけど、こっちはいい話をしているんだから気を逸らさせないでほしい。
「……そうか、そんなふうに考えてくれてんだな。ありがと……あ、まてよ…。ありがたいお言葉を頂戴し光栄でございます。英雄様?」
途中までは真剣な面持ちだったのに、彼はすぐに普段通りのおちゃらけた発言をする。
「ちょっと、ふざけないでよね!」
オスカーと顔を見合わせて、ひとしきり笑いあう。久しぶりの気を抜いた楽しい会話だ。
「それで、騎士団の仕事は貴方が抜け出せるほど暇なの?」
「いや、最近は残された魔物の討伐に当たっているんだ。ったく、魔王が死んだっていうのに、あいつらまだ大陸のあちこちに群がってるんだぜ。あ、今日は訓練だけの日な。団長のしごきがきつすぎるから、自分から休憩をとってるだけだ!」
「いや、それ団長にバレたらまずいんじゃ……って、魔王がいなくなったのに、まだ魔物はそんなに残っているの?」
「ああ、統率する魔王がいなくなったからか群れで見つけることは少なくなったが、一匹一匹の動きが活発になってるんだ。特に魔王城の近くは酷くてな。最近、その辺りの討伐に当たる人員を増やしたらしい」
オスカーの言葉に魔王が真顔を見せたように感じた。しかし、それは一瞬のことだったので、特に気には留めなかった。
「なら私も一緒に討伐に…」
「いや、もう王宮騎士団だけで対処できる範囲だ。陛下や殿下もそう考えているから、この件をお前に伝えていないんじゃないか?」
「うーん、たしかに…」
魔王討伐は特例として、騎士団以外からも経歴を問わず戦う意志のあるものが集められた作戦だ。その作戦が終わった今、王宮騎士団で対処できる件に外部の人間が突っ込むのはよくないかもしれない。
でも手伝えるなら行きたいなあ、とうんうん悩んでいると、オスカーが急に爆弾発言を落としてきた。
「で、もう第二王子とは婚約したのか?」
「………え?」
「好きなんだろ? 第二王子のこと」
…?
……!?
(なんでバレてんの!?!?)
「見てたら分かるさ。俺はお前の従兄で幼馴染だからなっ! それに俺の見立てでは、二人は両想いで、もうとっくに婚約したと思ってたんだが。…違うのか?」
恐るべし従兄である。私の気持ちは見事に見抜かれていたというのか。
そこで私はハッと考える。
(私の気持ちを知るオスカーを、何とかして協力者にしたい…!)
しかし、どういう伝え方をすればよいのか分からない。ルイが好きなことを肯定はできない。今聞かれている婚約についての話も保留状態だから何とも言えない。勿論、呪いについては伝えられない。
「くっくっくっ。この男、なかなかに面白そうな奴だな」
私が今オスカーへの返答に迷う原因であり、諸悪の根源が愉快そうに笑う。
なかなか口を開かない私に対して、オスカーは何かを察したらしい表情をする。
「…はっ! もしかして、二人の婚約はまだ秘密事項なのか? だから答えられないのか?」
「いや、婚約はしていなくて…」
「え!? ……あ~まじか。これまでアカデミーの同級生に婚約者ができた時期をすべて言い当て、婚約察知マスターとも呼ばれたこの俺が見誤るとは…っ」
「いや、どんな称号よ」
そして、ちょっと気持ち悪い。
「……いや、でも、第二王子が好きっていう部分は当たっているよな?」
「……」
これは呪いが発動する質問だ。肯定するような言葉を返したり、頷いたりすることはできない。ルイが好きだという素振りを見せる行為はすべて呪いに引っかかってしまう。
「……おいおい、嘘だろ? まさかこれも外していたというのか…。恋愛感情のスペシャリストと恐れられたこの俺が…」
オスカーは顎に手を添えながら物々と呟き続けている。
残念だが、彼を協力者にする方法は、現在集めた情報では思いつくことができない。
「あぁ、愉快、愉快。我ながら面白い呪いをかけたものだ」
魔王は完全にこの状況を楽しんでいる。
(私が殿下を好きだと知っていた人がいても、呪いがあるんじゃそれを肯定できないし、協力してもらうことも難しいのか…)
期待が打ち砕かれ、下を向いてそっとため息をついていると、ずっと何かを呟きながら考え込んでいたオスカーから、こんな言葉が聞こえてきた。
「…うん、そうだな。二人はくっつくべきだ」
(?)
オスカーはそうこぼした後、とびきりの笑顔を見せて続ける。
「アリシアの気持ちは外してしまったが、俺の恋愛察知能力はかなり確かなものだ! 第二王子がお前に恋愛感情を向けていると感じたのは当たっているはずだ! 婚約者なんていらない、とか言って剣に打ち込んでいたお前には、またとないチャンスだぞ! 俺から見ても二人はお似合いだし……っていうことで、これから俺は二人の恋のキューピットになる!」
……。
予想外の展開に言葉を失う。
よくは分からないが……。
(私に、協力者、ができた? …で、いいのかしら……??)