おかしな呼出と新たな試み(後編)
「なぜお前がここにいる。お前には関係のない話だから立ち去るがいい」
「アリシアは私の戦友です。彼女が困っているように見えるので、まずはその手をお放しください」
バチバチと火花が散りそうなやり取りが続いた後、しびれを切らしたルイは私を第一王子から引き離し後ろへとかばってくれた。
「いつからお前は、俺のやることに口を出すような身の程知らずになったんだ? 魔法もろくに使えず、何の才もないお前は、大人しく部屋にこもっているのがお似合いだろう」
「それは過去の話です。今は違います。私はこの国のために動いてみせます」
「俺の邪魔をすることがこの国のためになるのか?」
まさに一触即発といった雰囲気だ。
こんなに冷酷な顔をしたルイは初めて見た。
「…はあ、しょうがない。邪魔が入ったことだしこの話は一度中断しよう。アリシア・オベール。時間をやるからゆっくりと考えてみるがいい。賢い選択を、な」
ジェームズが部下を引き連れて去っていったのを見届けると、急に力が抜けた。
「はあ、やっと行ってくれた…。はっ、ルイ殿下、助けてくださりありがとうございます…!」
「いいんだ。僕が偶然通りかかってよかったよ。詳しい話は聞かないことにするけど、兄上には十分気をつけて」
ルイは第一王子が去っていった方向に冷たい視線を向ける。
しかし、再び私と目が合うときには、いつもの優しい表情をしていた。
「帰るのなら、外まで見送るよ」
「あ、いいえ! 少し寄りたい場所があるのです。王宮の書庫なのですが…」
「書庫? たしか今は子爵が管理をしているところか。もちろんいいけど、アリシアは本を読むのが好きだったっけ?」
「あ、あはは。少し調べ物があって…」
呪いにかかっていることは口外できないので、少しぼかして返す。
彼は書庫の入り口まで案内してくれた。
「失礼する。子爵はいるだろうか?」
「これは、これは。第二王子殿下にご挨拶申し上げます。生憎、子爵様は外出されていまして…。あら、そちらはアリシア嬢ではありませんか」
書庫に入ると、眼鏡をかけた初老の女性が、びっしりと本の題名が書かれた書類にペンを走らせていた。彼女は私たちに気づくと、立ち上がってこちらへやってくる。
「ご無沙汰しております、カリッサ先生」
幼いころ夫人に習った通りに、足をすっと後ろへ下げてスカートの裾をつまみ、優雅に挨拶をする。
「まあ…、ご立派になられて」
「二人は知り合いのようだね。なら話も早い。子爵夫人。アリシアがここで調べたいものがあるようだから手伝ってやってくれないか。私はそろそろ仕事に戻らなくてはいけない」
「ええ、もちろんお任せください」
「殿下、いろいろとありがとうございました」
うん、と笑顔で返し、ルイは去っていった。
「改めて、お久しぶりですね。アリシア嬢」
「はい。先生もお元気そうでなによりです」
「あのお転婆なお嬢様が、国の英雄になったと聞いたときは驚きましたよ。それに、書庫に調べものに来るほど勉強熱心に育たれて…。文武両道の素晴らしい令嬢に成長なさいましたね」
「あははは…」
今でも学術方面は、てんでダメだなんて言えない。
「それで、どのような調べ物を?」
「ええと、…闇魔法について知りたいのです。」
「闇魔法ですか…。でしたらお探しなのは、魔物に関する文献ですね」
この世界に存在する、人間を超越した不可思議な力は魔法と呼ばれ、世界の創造者の血を受け継ぐ王族のみが授かる力とされている。
魔法には様々な属性があり、どの属性魔法に覚醒するかは個人の資質次第らしい。
王族が民を導くために授かるその力は、とても神聖なものとして扱われている。
しかし、魔物という邪悪な魔力を有するものたちも存在する。闇魔法による力を纏う魔物は、魔王という長の統率のもと、人々に害を与えていた。
魔物がなぜ現れ始めたのか、闇魔法という属性がいつから存在していたのか等、明らかになっていないことは山ほどある。この領域に関しては、実際に調査された真実と憶測による根拠のない噂とを区別するのが難しい。
“呪い”だって、自分が実際にかかってみるまで本当に存在するものだとは思っていなかった。
つまり、私には闇魔法に関する知識が圧倒的に足りないのだ。
そこで、あらゆる文献を取り揃えている王宮書庫に行けば新たな知識を得ることができるかもしれないと思い、ここにやって来たわけである。
呪いにかかっていることを仄めかすような発言をすることは呪いの制約上できないので、闇魔法を調べたいという発言は際どいラインではないかとも思ったが、どうやら杞憂だったようだ。
「ふむ…。闇魔法や魔物は根拠のない物語で描写されることも多く、確実な情報を載せているといえる文献は少ないですね。…とりあえず参考になりそうなものを一通りお持ちしましょう」
座ってお待ちください、と広い書庫に点々と用意されている読書スペースの一つを指し示した後、夫人は隣の部屋へと向かった。読書できる場所が用意されて開放感のあるこの部屋とは違い、隣の部屋は本棚がぎっしりと並べられているのが見える。
夫人が離れていったのを確認してから、隣の魔王へ声をかける。
「…ねえ」
「なんだ」
「あなた今日はやけに静かね」
「なんなのだ、さっきは会話を邪魔するなとか言っていたくせに」
「それを気にしていたの? あの魔王が」
「ごちゃごちゃとうるさいやつだ」
「それは普段のあなたのことでしょ…。ってそうじゃなくて、…その、さっきは、あり、がとう」
先ほどのジェームズとの一件についてを言っていた。
「…何のことだか」
「さっき第一王子の兵に蹴りを入れようといた私を止めてくれたでしょう。あのときは頭に血が上っていたから考えられなかったけど…、あのままだったら王宮でひどい騒ぎを起こしていたかもしれないわ」
私は本心から感謝していた。
おそらく、魔王は部屋の壁をすり抜けてルイがこちらに向かっているのを知り、私が事をややこしくするのを防いでくれたのだ。
なぜ助言してくれたのかは分からないが、助けてくれた者に礼をしないほど、私は礼儀知らずではない。
「ふっ、魔王に感謝を伝える奴がいるとはな。しかも、呪いもかけられているというのに。先ほども思ったが、やはりお前は、深く考えるより先に身体が動く単細胞だな」
「…っ! なによ、そこまで言われる筋合いはないでしょう!? 助けられたようでムズムズするからって、こんなこと言うんじゃなかったわ!」
「あら、どなたか他にいらっしゃるのですか? アリシア嬢の大きな声が聞こえた気が…」
「いえ! 何でもありません!」
子爵夫人がいくつかの資料を抱えて戻ってきたようだ。
「とりあえずこちらを読んでみるのがよろしいかと思います。私は奥で作業をしているので、何かありましたらお呼びになってください」
「ありがとうございます」
「では、ごゆっくり」
夫人が持ってきてくれた資料の一つを手に取る。
「さて、気合を入れて読まないと…」
こんなに分厚い本を、しかもそれを何冊も自分だけで読もうとするなんて、暇さえあれば剣術訓練、という思考の私にとって初めてのことだった——。