表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/14

おかしな呼出と新たな試み(前編)

 王宮へ向かうと、応接室のような部屋に案内された。

 壁には値の張りそうな美しい絵画が並び、部屋の真ん中に位置している机や椅子も質の良い素材で作られたもので、デザインも上品だ。


「殿下は間もなくいらっしゃいます」


 そう言い残し、案内してくれた執事は下がっていった。

 目の前に置かれているティーカップに手を伸ばす。


「また茶会か。前のように面白いものが見られると良いが」


 魔王はくるくると部屋を飛びながら、くっくっくっ、と笑っている。

 最近気づいたことが、魔王は新しい場所に行くと妙にテンションが上がり、落ち着きがない。お前は無邪気な子どもか。


「前みたいに失態をおかしたりはしないわよ。…今日は殿下との会話の邪魔はしないでよね」

「我がいつ邪魔をしたというのだ、我の声はお前以外に聞こえぬというのに」

「そうだから気が散るし、神経も使うのよ!」


 魔王と言い争っていると、扉の向こうからコツコツと誰かが歩いてくる音が聞こえてきた。口を噤んで居ずまいを正していると、突然ノックもなしにバンっと扉が開けられた。


「俺が招いたのは侯爵令嬢ひとりのはずだったが…。独りで何をギャーギャー騒いでいるのだ」


 王族に共通する銀の髪。しかしルイと違うのは、そこに一束の朱色が交ざっていること。そして対照的な赤い瞳。

 それらの持ち主である青年は、部屋の中へ堂々と入ってきて、鋭い目つきで私を捉えた。

 ルイが来るものだと思っていたため、予想外の出来事に驚いて固まってしまったが、徐々に前に佇む青年が誰なのかを認識し、その事実に狼狽する。


「だ、第一王子殿下!?!? ………に、ごあいさつ、申し上げます」

「…お前は挨拶ひとつするのに随分と時間をかけるのだな。これだから剣を握る令嬢なんてものは…」


 なんだか嫌味を言われている気がする。

 しかし、なぜ第一王子であるジェームズがここにいるのか。

 そんな疑問を浮かべるものの、不自然な手紙や「俺が招いた」という彼の発言から察するに、答えは一つのようだ。


「もしかして手紙で私を呼んだのは…?」

「もちろん、この俺だ。フヘンチュア王国王子と書いてあったら俺のことに決まっているだろう。まさかとは思うが、差出人が弟の方だと誤解して来たのではないだろうな?」


(いや、その通りなのですが…)


 ルイだって立派な王子だろう、とツッコみたい気持ちを押しとどめ、愛想笑いで誤魔化す。


 第一王子は社交の場で何度か見かけたことがあり、このように、とにかく傲慢という印象である。

 弟であるルイとの仲は良くないと噂されているのを耳にしたが、発言から察するに、どうやらこれは本当のようだ。


「ふん、まあいいだろう」


 ジェームズはドカッと私の向かい側の椅子へ足を組んで腰かけた。

 ズズッとお茶を飲みながらも、彼の視線は私を観察するように上から下へと動いている。


「…なんだこいつは。お前よりも礼儀やマナーがなっとらんな」


 今までのやり取りを黙って聞いていた魔王がぼそっと呟いた。

 王子の視線があるから反応できないけれど、大きく同意したい。“お前より”というのは一言余計だけれども。


「あの…手紙に書かれていたお話というのはどのような件でしょうか?」


 ジェームズからの視線にいたたまれなくなった私は、たまらず話を進めようとする。


「そう急かすな。しかし、これから話すのは、お前にとっては願ってもない話だぞ」


 ティーカップを置いたジェームズは膝の上に両手を組み、勿体ぶりながら口を開いた。


「俺の婚約者になれ、アリシア・オベール」


 …。

 ………。

 ………………。


(……………………はい?)


「申し訳ありません、聞き間違えてしまったようで。殿下の婚約者になれ、というように聞こえたのですが」

「そう言った。お前を俺の婚約者にしてやろう」

「ええと、お断りします…?」

「…っはぁ? なぜだ! 断る理由がないだろう!」


 むしろ断らない理由とは何なのだろう。


「ふぅむ…。お前がこいつと婚約した場合、我の計画はどうなるか…」


 物々と魔王が考え込んでいる。そんな未来を真剣に考えないでほしい。ありえないから。


「第一王子との婚約だぞ!? 未来の王妃の座は確定だ!」

「…あまり地位には興味がございません。それに、その…、そもそも殿下は隣国の王女と婚約をしていらっしゃいませんでしたか?」


 そう。以前王宮で開かれていた第一王子の誕生日パーティーでも、隣国ルルシスの姫と婚約した身であることを誇らしげに語っていたのを覚えている。


「…そのルルシスの王女が病死したのだ。ちょうどお前が参加していた魔王討伐の最中の時期にな。まだ王女の死は、一部の人間しか知らぬ情報だ。」


 ルルシスの王女は身体が弱いという噂を聞いたことはあったが、亡くなってしまっていたとは——。姫は一人娘だったはずだから、ルルシスの王家はさぞ悲しみに包まれていることだろう。


「だから、俺は新たに婚約者を探す必要がある。それで、丁度良い年齢の令嬢を調査した結果、お前がその中で一番地位の高い家紋の令嬢だったわけだ」

「は、はあ…」

「おまけにお前は魔王を倒した英雄とされている。そのお前と第一王子である俺が婚約するのは、自然な流れだろう?」

「……」


 駄目だ。この王子は婚約者が亡くなって悲しみもせず、自分の体面のことしか考えていない。


「ちなみに父上からの許可もいただいている。おい、あれを持ってこい」

 この部屋に案内をしてくれた執事が、筒状になった一枚の書状を持って入ってきた。

「読んでみろ」

「……」


 紐をほどいて中身を確認すると、頭の痛くなるような内容が書いてあった。

 簡潔に言えば、国王は第一王子が私に婚約を提案することを許可しており、是非この婚約も考えてみてほしい、とのことだった。

 国王しか用いることのできない判が押されているので、残念ながらこの書状は本物のようだ。


「お前はルイとの婚約を持ちかけられたのに、その場で答えを出さなかったそうじゃないか。見る目があるな。あの出来損ないよりも、俺を選ぶ方が賢明な判断だ」

「…お気持ちは大変うれしいのですが、私は第一王子殿下と婚約するつもりはありません。他に用事もありますので、今日はこちらで失礼させていただきます」


 こんな王子に時間を使っている暇はない。

 スッと立ち上がって一礼をし、部屋を出ようとする。しかし、第一王子の部下であろう兵士たちが私の前に立ちはだかってきた。

 これでは、ほぼ脅迫のようなものだ。


「待て。まだ話は終わっていないぞ」


 ジェームズがゆっくりとこちらへ近づいてくる。


 私は迷った。このくらいの人数なら、足蹴りでひるませて逃げることだってできる。

 後のことも考えずに、そんな選択をとる方へと天秤を傾けていた。ルイを侮辱されたことに、とても腹を立てていたのだ。

 もう、どうにでもなれっ、と足を構えようとしたそのとき、


「おい、あと少し待ってみろ」


 と、少しの間姿を消していた魔王が戻ってきて、仏頂面で私を制止した。

 動きを止めた私の腕を、第一王子がひったくるように掴む。


「ゆっくり話し合おうじゃないか。この国のためにも…」

「何をしていらっしゃるのですか、兄上」


 開かれた扉の先をパッと見やる。

 そこには——、第二王子であるルイが立っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ