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試行錯誤の日々はつづく

「ふんっ、ぐっ…!!」


 侯爵邸の自室にある机。

 めったに使われないその机の上で、私は紙の上のある一点から動かなくなったペンと格闘していた。


「はあ……。これもダメかあ」

「さっきから一体何をしているのだ?」

「何って、また新しい方法を試していたのよ。………失敗だったけど」


 国王に呼び出されてから二週間が経った。

 ルイに告白するのに期限を設けられてしまい、呪いについて話すこともできないと知った私は、一時、彼の前で涙を見せそうになるほどに余裕をなくしてしまった。


 しかし、くよくよしている暇はない。


 普段の調子を取り戻して、決して諦めないことを胸に刻んだ私は、呪いに対抗してルイに気持ちを伝える方法を色々と模索していた。そうしている内にわかったことは二つある。


 一つ目に、“好き”という言葉に対する制限についてだ。

 ルイに対する思いのこもった“好き”はどうやっても口に出すことができない、ということが分かった。

 ルイがその場にいるかいないか、声の大小などなど、いろいろ試したが、告白になる“好き”は、どんな場合でも言葉にすることができなかった。

 これは、“お慕いしています”等に表現を変えたとしても、同じような結果になった。

 一方で、彼に向けたものではない“好き”、例えば「ケーキが好き」とかいうのは普通にいうことができる。

 これを試すために一人きりの部屋で、イチゴが好き、ケーキが好き、クッキーが好き、殿下が…けほっけほっ、などと物々呟いていた私を見た魔王が、


「ふっ、出てくるものが見事に甘いものばかりだな。太るぞ」


と言ってきたので、蹴りを入れた。当たらないけれど。

 

 二つ目に、告白ととられるものの範囲についてだ。

 自分の口から思いを告げることはもちろん、ルイへの恋愛感情を肯定する発言・頷く等の行動、恋心を仄めかす言動はとることができないようなのだ。

 ただ、何が好意を仄めかすような行動になるかを判断するのは難しいし、全てを試したわけではないはずだ。よって、ここにはまだ検討の余地があると思われる。


 そして今、手紙で伝えるのはどうだろうかと閃いて試していた。

 しかし、告白の文章を書こうとすると、ぴたりとペンが動かなくなり、うんともすんともいわなくなった。


「どんだけ強力なのよ、この呪い!」

「くっくっくっ、愉快なものだな」

「おだまり」


 私の周りをふよふよと飛んで煽ってくる魔王を手で振り払う。


「この前の茶会であたふたしているお前の姿も、なかなかに面白かったぞ」

「うっ、思い出させないでよ…」


 先日、国王の計らいでルイとお茶を共にするということがあった。

 また国王に呼び出されたので何かと思えば、そこにはルイもいて、二人で茶でも楽しみなさい、という国王に送り出された。

 国王はどうにかして私からルイへの好意を引き出そうとしているようだ。

 しかし実際は、引き出そうとされなくても溢れんばかりの好意を抱いている。それを表現できないのが問題だが。

 そんな国王によって与えられた機会を活用しようと、そこでも何とか好きという気持ちを伝えられないかと色々試したのだが、すべて失敗に終わった。

 案内された茶会の場は、美しい花が咲き乱れる温室だった。

 そこで愛の花言葉をもつ花を積極的に指さして、あの花とても綺麗ですね、とか、花言葉は何でしたっけ、などと白々しくアピールしてみたが、全くもって伝わった様子はなかった。

 そりゃそうだ、遠回しすぎる。

 不自然に何度も花の話を始める私に困惑した表情も見せず、ルイはお土産だと言って私が指さした何種類かの花で造られた花束を渡してくれた。やはり彼は優しい。


「あの日は帰ってきてから自分の行動を振り返って猛反省したんだから…」

「くっくっく、これからもその無駄な努力で我を楽しませるがよい」


(ああ、なんでこいつには物理攻撃が効かないのかしら)


 傍らに置いてある剣を握りしめそうになる右手をなんとか抑える。


「はあ~なんか疲れた…」


 ここ数日は特に進展がない。もっとこの呪いについての理解を深めなければならないのに、と焦りばかりが先走る。

 しかし焦っても何も解決はしない。

 私らしく、粘り強く諦めない姿勢をとることで、きっと糸口を見つけられるはずだ。

 少し休憩すれば焦りも治まるだろうと、凝り固まった身体をほぐすために大きく伸びをしてから、そのまま背中からベッドに飛び込んだ。


「………」

「なによ、こっちをじろじろ見て」

「…なんだかお前は貴族令嬢らしくないなと思ってな」

「失礼ね。私は正真正銘、侯爵家の令嬢よ」


 まあ、たしかに。誰も見ていないからといって、このような気品のかけらもない行動をとる令嬢もそんなにいないだろう。

 ふと、幼いころに貴族のマナーを教えてくれた人を思い出した。


「…カリッサ先生にこんなところ見られたら怒られちゃうだろうな」

「誰だ、そいつは?」


 小さな独り言のつもりだったのによく聞こえたなあ、と思いながら答える。


「幼いころ私の教育係だった先生よ。まあ今はあまり会えていないけど」


 答えてから、なぜ魔王とこんな世間話をしているのだろうと自分の行動を反省する。

 仮にも、呪いをかけた者とかけられた者という関係なのだ。

 馴れ合いは不要だというのに、最近は魔王が傍にいて話しかけてくることに慣れてきてしまっている。


「どんな奴だ?」

「…別に、あなたが知る必要はないでしょ」


 そう返したものの、質問された脳は勝手にカリッサに関する情報をまとめようと動いてしまう。


 母は剣を学ぶことを許可してくれていたが、貴族として最低限のマナーは身に着けさせようと、私に教育係をつけた。

 それが、子爵婦人であるカリッサだった。

 しかし、母が亡くなってからやってきた新しい侯爵夫人が、侯爵家の教育係にはもっと高貴な者を呼ぶべきだ、と言ったため、彼女との契約は打ち切られ、それきり親交も少なくなってしまっている。


「…先生はお元気かしら。たしか子爵は王宮の書庫の管理を任されていて、夫人もお手伝いをしていらっしゃっるのよね。お二人ともとても博識で…」


(………!!)


「なんだ、急に飛び起きたりして」


「そうよ! 実践ばかりに頼って呪いについて知ろうとしていたけど、本で調べるっていう方法もあるじゃない!」

 

 なぜ今まで気づかなかったのか。

 実際に自分の身体で試すことばかり考えていたけれど、“呪い”そのものについて、先人の知恵から学ぶこともできるかもしれない。

 そうと分かったら準備をしなければ。

 

 さっそく子爵婦人宛てに手紙を書こうと、再び机に向かおうとしたところで、コンコンコンッ、と扉をノックする音が聞こえてきた。


「お嬢様、お手紙が届いております」

「わかったわ、入ってちょうだい」

 

 アンが一通の封筒を手に部屋へ入ってきた。


「こちらなのですが、おそらく王宮からかと…」

「また王宮?」


 アンから手渡された手紙の封に押されている印を確認すると、たしかに王宮のものだった。

 しかし、差出人の名前が書かれていない。

 とりあえず確認してみようと、中の紙を取り出す。


「おい、なんと書いてあるのだ」


 魔王も一緒になって手紙を覗き込む。


「ええと…、急ぎの話があるので王宮へお越し願いたい…? 最後に、“フヘンチュア王国王子(執事)代筆”と書いてあるわね」


「まあ! 第二王子殿下からでしょうか? お二人は本当に仲がよいと領地内でも話題ですよ!」


 ルイからの手紙にしては、文章の書き方がいつもと違う気がするが、秘書による代筆だからだろうか。 

 代筆を頼むほどの急用なのか。


「とにかく、殿下からの呼び出しなのだから急いで支度をしないと。アン、手伝ってくれる?」

「もちろんです、お嬢様!」

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