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幼き日の記憶

 実の母親は私が八歳のときに亡くなった。


 寡黙で厳格な父とは違い、母は優しく穏やかで、まるで太陽のような温かい人だった。


 幼いころから騎士に憧れて剣に興味をもつ私に対して、指導役が必要だろうと母は侯爵邸の騎士に私への指導を頼んでくれた。

 それを見た侯爵邸の騎士団長や侍従長は、貴族の令嬢が剣を握っているなんて知られたら周りから非難されてしまうのではないか、と母に苦言を呈していた。

 しかし、侯爵邸の中だけなら剣を握るのは問題ないだろう、と母が主張してくれたおかげで、私は日々訓練を重ね、実力を伸ばしていくことができた。


 それでも、やはり令嬢が剣を握るというのは異例のことだった。

 アリシア様に剣を持たせるべきではないだろう、刺繍などの令嬢らしいことをさせた方がよいのではないか、などとメイドや騎士たちが休憩中に話しているのを耳にするのは、日常茶飯事だった。


 そんな日々が続くと、幼いながらも周りの目を気にするようになった私は、やはり自分は剣を持つべきではないのでは、という考えを日に日に抱くようになっていた。


 そしてある日、私は騎士たちの鍛錬場へ通うのを止めようと決心した。


 その日は、空いた時間でいつもはやらないことに挑戦した。

 まずは刺繍。年が近く器用な侍女のアンに、いろいろなステッチを教えてもらったが、何度も針で指を刺してしまい、長くは続かなかった。

 次に読書。この国の歴史が書かれた分厚い本を持ってきて読んでみたが、まったく頭に入ってこなかった。


 なんだかどっと疲れて夕日の色にそまる庭を散歩していると、いつのまにか鍛錬場の近くまで来てしまっていた。

 剣と剣が重なり合う音が聞こえてくる。


「今日は行かないの?」


 ふと気づくと、畳まれたパラソルを手にした母がいつの間にか隣に立っていた。


「…ええ、いいんです」

「今日は刺繍や読書を頑張っていたそうじゃない。どう? 楽しかった?」

「…初めてやることだから少しは面白いなとは思いました。でも、やっぱり…」

「やっぱり、剣の方が面白い?」


 母に目を合わせられずに頷いた。


「侯爵家の長女がこんなふうに思うべきではないってわかっています、わかっていますが…!」

「思っていいのよ」

 

 私の頭に、柔らかい手が触れた感覚がした。


「そう思うのが、アリシアという人間なのよ。剣が好きなのがアリシア。自信をもっていいの。貴方のその剣の才能は、きっと誰かの役に立つわ。だから、…貴方の進みたい道に従いなさい」

 

 顔を上げて、細められた緑色の瞳を見つめた。


「ありのままのアリシアでいるのよ」

 

 そう言った母は、とても、とてもやさしく、微笑んでいた。

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