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魔王とともに王宮へ(後編)

「おお、よく来たな、アリシア嬢。楽にするがよい」

「国王陛下にご挨拶申し上げます」


 ここは、王宮内にある謁見の間。

 いくつもの細かい細工が施された柱が並び立つ白い壁。美しい文様の彫られた大理石が広がる床。無数の蝋燭が灯ったシャンデリアが輝く天井。

 この広間にあるもの全てに手入れが行き届いており、まさに完璧な空間といえる。

 奥の壁には、フヘンチュア王国を象徴する国章を象ったひときわ目立つ装飾があり、その前に置かれた豪華な玉座には、国王であるフィリップ・フヘンチュアが腰を下ろしている。


 ——そんな威厳溢れる空間を飛び回る、ミニ魔王。

 なんだこのキンキラな場は、こんなところに長くいたら目がおかしくなりそうだな、とか言いながら広間中を観察している。

 ビュンビュンと飛び回る魔王は、どう見てもこの空間の異物であるが、国王は全く気にしていない様子だ。


(やはり、陛下にもこいつは見えないのか…)


 魔法が扱えるという王族ならば魔王を見ることができるのではないか、と少し期待していたが、どうやらこの魔王は、本当に私しか見ることができないようだ。


「まずは先日の魔王討伐の件、ご苦労であった。そなたがとどめを刺したという報告は耳にしている。よくやってくれた」

「もったいないお言葉でございます。第二王子殿下、それから討伐に参加された方々の力がなければ、このような成果を出すことはできませんでした」

「ふむ、謙虚なことだ。それにしても、儂もあのルイが光魔法に覚醒するとは想像していなかった。討伐に行く前とはうって変わり、凛々しくなって帰ってきたものよ」


 国王は長くのばされている髭をさわりながら目を細めた。


「そなたたちは今やこの国の、いやこの大陸の英雄じゃ。皆がそなたたちを讃えておる」


 侯爵邸を出るまでは知らなかったが、魔王にとどめを刺したのが私であることは民衆に広く知れ渡っているようだった。

 先ほど王宮へ向かう道においても、侯爵邸の馬車を見て魔王討伐のお礼を伝えてくる人々が多く集まってきた。

 魔王は、我の魂はまだ残っているがな、とか言って拗ねていたが。


「今日そなたを呼んだのは、その話とも関係がある。ああ、討伐の詳細については、同行した王宮騎士団からすでに報告を受けておるから、特に訊くことはないぞ」

「では、どのようなお話でしょう?」

「うむ、その前に。ルイ、入ってきなさい」


 国王の言葉とともに後ろの扉が開かれる。

 その先には、——第二王子であるルイが立っていた。


「で、殿下?」

「アリシア、元気になったようで良かった」


 ルイは優しくこちらに微笑んだ。

 愛しい人からの笑顔は、こちらの心臓に悪い。


「うむ、話というのは他でもない。我が国の英雄である二人に対して、民からも臣下からも同じような声が上がっていてな。………アリシア嬢、そなたにルイとの婚約を提案したい」


 …。

 ……。

(え……っ!!)


「はあ~~~っっっ!?!?!?」


 いつのまにか私の近くへ戻ってきていた魔王が怒りの滲んだ声を上げた。


「許さん! 我は許さんぞっ! おい、今すぐ断れ!!」


 横でじたばたしながら喚く魔王を無視して、頭を整理する。


(……つまり、魔王の呪いで告白できなくなったとか関係なく、殿下の傍にいられるっていうこと!?!? そんなの答えは決まって…!!)


「謹んでお受けいたし…」

「お待ちください、父上」


 謁見の間にルイの凛とした声が響いた。


「私とアリシアは魔王討伐任務で多くの時間を共にしました。そこで彼女は、私にいろいろな話をしてくれたのです。…その中には、彼女の夢についての話もありました。アリシアの夢は、王国一の騎士になることなんだそうです。彼女はその夢に集中するため、これまで様々な家紋からの婚約の申し入れを断ってきたと言います。しかし、王室からの申し入れには拒否権なんてないようなものです」


 そういえばそんな話もしたな、と過去の情景が頭をよぎる。

 討伐招集で初めて出会った私たちは、ひょんなことから意気投合し、休憩時間にはお互いの話をたくさん共有した。


 ぼうっと過去に思いをはせていた私だったが、続くルイの言葉によって現実に引き戻される。


「そして彼女はこうも言っていました。できることなら自分の夢に理解を示してくれる愛する人と結婚したいと。私は、アリシアが望まない婚約をするなんてできません」


(………。たしかに言ったわね…)


 しかしながら、それはルイへの恋心を自覚する前の私の発言である。

 自分でも忘れていたような会話の内容を覚えていてくれて、私の意思を尊重しようとしてくれるルイに対して、思慕の情はさらに強まるのを感じる。


(…だけど、ちょっとこの流れは嬉しくない! 何言ってくれてんだ過去の私!)


 過去の発言を後悔する私をよそに、話は新たな方向へと舵を切られる。


「ふむ。王族となっても騎士としての活動を認めてもよいが、問題はその後の、“愛する人”という部分だろうか。…アリシア嬢、ルイのことは好いているだろうか」

「………」


 肯定の答えを返そうとすると、喉がつまってしまう。

 私はどうしても、この手の質問には答えられないのだ。


「くっくっくっ、面白くなってきたな」

(この魔王のせいで…っ!!)


 国王とルイは、私の返事を待っている。

 何も答えないわけにはいかないため、話を違う方向にもっていこうとする。


「わ、私の気持ちなどより、ルイ殿下はどのように考えていらっしゃるので…?」


 そう。突然婚約の話が出てきて混乱していたが、ルイの私に対する気持ちを聞くことができていない。

私だって、彼が望まない婚約などしたくはないのだ。彼には幸せになってほしい。ただ、願うなら、その幸せな未来を共にしたい。


「僕は、アリシアが僕を婚約者として認めてくれるなら、拒否することはない。優先すべきは、君の気持ちさ」


 婚約を拒否しない、という言葉は嬉しいが、その言葉からは私を好いているかどうかを読み取ることはできない。気になる部分はぼかされてしまった。


「ルイはこう言っておるが…。どうかね、アリシア嬢。そなたの気持ちは?」

(そんなの、“好き”に決まってる…!)


 どれだけ心の内に思いが募っていようと、それを示す言葉を、声を、私は表に出すことができない。


「…いいんだ、アリシア。無理に答えなくて」


 何も答えない私に、ルイが眉を下げて笑う。


「ち、違うのです! 私は…」

「ううむ…、できれば英雄二人でこの国を支えていってくれればいいと思っていたのだが…。第一王子の婚約がああなってしまった以上はな…」


 国王が何か考えるように小さな声で呟いた。しかし、その言葉の後半部分は聞き取ることができなかった。


「うむ、わかった。この国を救ってくれた英雄の願いを聞き届けられず、何が国王だろうか。アリシア嬢、婚約の件は強制しないことにする。が、儂も諦めたわけではない。二人は一か月前に魔王討伐の招集で出会ったばかりなのだろう? もう少し考える時間があってもよかろう…。そうだな、二カ月だ。二カ月後になっても気持ちが定まらないというなら、潔くこの件はなかったことにしよう」


 国王の言葉はたしかに耳に入ってきたはずなのに、頭が働かない。理解できないのではなく、受け入れたくないのかもしれない。


「つまり、二カ月の間にお前がこの王子に告白できなかったら、結婚は絶望的ということだな♪」


 魔王が意地悪い笑みを浮かべていることなんて、見なくても分かった。






「っ、ルイ殿下! お待ちください!」


 廊下の先を行くルイの背中に呼びかける。


「アリシア…。どうしたんだい?」


 振り返ったルイの顔には、いつも通りの優しい微笑みが浮かんでいる。


 もう、彼には話してしまいたかった。

 魔王の魂がこの世に残っていること。魔王に呪いをかけられてしまったこと。

 きっと彼なら突拍子もないこの話でも、信じてくれるのではないか、と。


「殿下、実は………、っ!?」


 その瞬間、ごっほごっほと咳きこんでしまった。

 私は口を抑えながら、心の中で混乱した。

 明らかにこれは、呪いによる制約が発動したときと同じ症状である。


(なぜ…? これは好きを伝える告白ではないのに…!)


「呪いのことを口外しようとしているなら、それはできないぞ」


 魔王が耳元でささやいてきた。

 どうせ私にしか聞こえないというのに、わざわざ内緒話をするように小声で言ってきた魔王が癪に障る。


「アリシア…? 疲れているように見えるから、今日は早く帰った方がいいと思うよ」

「っ、殿下! 私っ」


 魔王に呪いをかけられてしまったんです。だから言えないんです。

 ——貴方のことが、好きだって。

 声にならない言葉が喉を苦しめる。


(ああ、まずい、泣いてしまいそうだ)


 魔王討伐任務の苦しい状況でも、決して涙なんか出なかった。

 今だって、別に告白ができなくて、誰かが死んでしまうわけでも、世界が滅びるわけでもない。

 それなのに、目頭に熱が溜まっていく。

 本当だったら、魔王討伐が終わってすぐに、貴方に好きを伝えて、貴方の気持ちも教えてもらうはずだった。

 気持ちを伝えられないのが、こんなにも苦しいだなんて、思いもしなかった。


 床を見つめながら涙をこらえていると、視界の上から手が差し伸べられてきた。


「行こう、馬車まで送るよ」


 私の手を引いて、ルイは廊下をゆっくりと進んでいく。

 長く感じられる静寂を破ったのは、彼の方だった。


「今日のことは、そんなに気にしなくていい。父上は二カ月間だなんて言っていたけれど、いつも通り、普通に過ごそう」


 彼は優しい。

 この優しさを、私は好きになったのだ。


「難しく考えなくていいんだ」


 ルイは歩を止めて振り返った。


「だから、いつもの、ありのままのアリシアでいてよ」


 微笑んだ彼の表情は、どこか見覚えのあるものだった。

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