魔王と過去
そいつの名前はリリーといった。
我とリリーは同じ村で生まれ、一緒に育ってきた。
__ああ、“幼馴染”というやつだな。
しかし、我らが生まれた村は、周囲から迫害されていた。
その村が、__闇魔法を扱う血筋の者が集まる村だったからだ。
「おかえり……っ、その傷どうしたの!?」
「…魚を獲ろうと川に行ったら、隣村のやつらがいて……。石を投げられた」
「早く手当てをしないと…!」
リリーは、一族の中でも類まれな黒魔法の資質を持って生まれたくせに、とんだ”お人好し”な奴だった。それは自分の村の人間にだけじゃない。外の奴らに対しても、だった。
「あんな奴ら…。俺が闇魔法を思うように扱えるようになれば…!」
「駄目よ! 闇魔法をむやみに人を傷つけるために使ってはいけないって、大人たちにも言われているでしょう? 闇魔法は、古代から扱われている歴史のある魔法。きちんと扱えば、人々の心を救うことができる…」
「でも外の奴らは、俺たちが呪いを使うとか言って攻撃してくる。黙って迫害を受け入れるわけには…!」
「大丈夫よ。必ず、私たちなら外の人とも手を取り合えるようになるわ」
「そんなの夢物語だ」
「ふふっ、今はそうかもしれないわね。…でも、外の人たちと対話することを諦めないで、私たちが害を及ぼさないことを示していけば…。時間はかかるかもだけれど、実現できるかもしれないわよ? 『誰も争い合わない世界』!!」
「……どうだか」
「約束よ。その日がくるまで、闇魔法で人を傷つけるようなことはしないで」
「リリー…? どうしたんだ…? 隣村に友達ができたって嬉しそうに出かけて行ったじゃないか…」
「また、戦争が起きるらしいわ。…それで隣村の人たちに、私たちがこの地に戦争が起きるよう呪ったんだろうって言われて…」
「なっ! 友達にもそう言われたのか!?」
「あの子は糾弾される私を、庇おうとしてくれた。でも、親に連れていかれてしまって…」
「——もう忘れろ、そんなこと…。そいつらは、戦争を始める奴らと同じ思考なんだよ。自分たちの中にある不安や憤りを、こじつけで他人のせいにして、攻撃する。そういう奴らだ」
その後長年続いた戦争は、村を、国を、疲弊させていった。
我らの村も例外ではなかった。闇魔法を戦争に使おうと考えた国の方針で、大人たちは全員前線に駆り出された。村に残る子どもたちのことなんて、国は何も考えていない作戦だった。
子どもだけで農作業や家事を協力して行い、何とか生活を維持していた、ある日。
リリーの両親が戦死したという知らせが届いた。
リリーは涙を見せず、ただ一言、こう呟いた。
「諦めないだけでは、時間をかけるだけでは、__きっとダメなのね」
数日後、リリーは久しぶりに笑顔を見せながら、我にこう言った。
「ねえ私、『誰も争わない世界』を創る方法、思いついたかもしれない」
「…? 何を言っているんだ」
「それも、この村周辺だけじゃないのよ。文字通り”世界”に影響を与える方法があるの」
「……。まだそんな夢物語みたいなことを言っ」
「わかったの。私が人類の敵になればいいのよ。私の力ならできるわ。時間をかけてる場合じゃない、今すぐやらないと」
「…? リリー…?」
いつもとは違うリリーの雰囲気に疑問を感じた我を、突如、黒い霧が包み込んだ。
__それがリリーの闇魔法だと気づいたのは、霧を全て受けた後だった。
「……うっ、な、なにをした…!」
「ごめんね、こうするしかないの。お願い、協力して」
「どう、いう、…」
「私がこれから、呪いそのものになる。きっとその代償でこの身体は消えてしまうから…このペンダントをお願い。私の念は、ここに留まる」
リリーは懐から白い宝石のペンダントを取り出した。
「それから、私の魔法が生み出す者たちが、必要以上にみんなを傷つけないように…。ごめんね、全部をあなたに任せてしまう。でも、これしか思いつかなかったの…。__『誰も争わない世界』を見届けることは私にはできないけれど、あなたには……、あなたには、そうしてほしくて」
一筋の涙を流して最後に笑ったリリーは、そう言い残して消えてしまった。
我が次に目覚めたとき、ペンダントの宝石は黒く染まっていた。
そして周りは、闇魔法でつくられた獣で埋め尽くされていた。
自分の身体を見ると、それは人間とは言い難い姿になっていた。
何が起こっているのかを理解する間もなく、獣たちは人間を襲い始めた。
人間は獣に対処することに精一杯になり、人同士で争うことをやめた。
この間、我はただリリーのなしたことに絶望しているだけだった。
リリーによって造りかえられたこの身体には、寿命がなかったのだ。
リリーの闇魔法の力は、我では太刀打ちできないほどの圧倒的な強さで、成すすべがなかった。
それからは、リリーが生み出した獣たちが人間に害をなすのを、ただ眺めているだけの日々が続いた。
いつしか、国というまとまりをもつようになった人間たちは、獣を討伐しにやってくるようになり、人間の姿でない我も、攻撃を受けるようになった。
そんなとき、我は獣たちを思うように統率できるということに気が付いた。
獣を操る我を見た人間は、我を“魔王”だと言った。
しかし、そんなことはどうでもよかった。我は何百年かごしに、リリーが最後に言った言葉の意味に気づいたのだ。
獣_魔物が現れたことで人同士の争いが減り、国というまとまりが作られた今。我が魔物を制御すれば、リリーのいう“誰も争わない世界”が実現するということに。
そうして我は、北の果てにあるこの山に、できるだけ多くの魔物を留めるようにした。
人間たちは、かつて猛威をふるった魔物がいまだに存在しているという恐怖心を残しながら、戦争もなく平和に暮らすようになった。
ただ人間は、魔物を、そして魔王を根絶しようと何度も我に立ち向かってきた。彼らにとって、我は魔物を大陸中にはびこらせた元凶だったからだ。
我も、自分が死んだっていいのではないかと考えることもあった。もう十分役目は果たしただろう、と。
しかし、おそらく自分が死んでも、闇魔法を発動させたリリーの魂がこの世に存在する限り、魔物はこの世に残る。そうなれば、制御から解放された魔物たちにより、再び大陸は混乱に陥ってしまう。
あれからずっと、ペンダントは黒く染まったまま変化しなかった。
このペンダントを壊せば、リリーの闇魔法によって生み出されたものすべてがなかったことに、つまり魔物もいなくなるはずだ。
しかし、我は悟っていた。ペンダントを物理的に壊してしまえば、リリーの魂も一緒に壊れてしまう、と。つまり、リリーがこの世から永遠に消えるということ。魂が消滅すれば、生まれ変わることもできない。
__それは、魔物が野放しにされて世界が混乱に陥ることよりも、耐えがたかった。
__だから、光魔法の力が必要だった。
光魔法ならばリリーの闇魔法を打ち消し、魂を解放させることができる。
しかし、光魔法を扱うものなんてそうそう現れるものではなく、半ば諦めかけていた。
お前たちが魔王城に現れたときには、ついに長く続いた悪夢も終わりかと思った。
しかし、光魔法を扱う奴がいることに気がついたとき。…リリーの魂を解放できる可能性を見たとき。このまま死ぬわけにはいかないと思った。
そこで思いついたのだ。
光魔法を扱う奴に対して、リリーの念であるペンダントを媒介にして呪いをかければ、その呪いを解こうと、魔法でペンダントを破壊してくれるのではないか、と。
だが、光魔法を纏うものには、闇魔法による呪いは効かないようだった。
だから、そいつの仲間に呪いをかけてやることにした。
__仲間のためなら、そいつも一緒に呪いを解こうと必死になるはずだからな。




