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ルルシスへ(後編)

「そろそろ見えてくるはずです」


 船から馬車に乗り換えた私たちは、ルルシスの街並みを抜けて、湖や自然が美しい郊外までやってきた。

 レオの言葉に馬車の窓から外を見やると、近くに立派な屋敷があった。ここは、レオ王子の祖母、ルルシスの王太后が住まう場所だという。


「よく来たわね、レオ。それにフヘンチュアからのお客人も…あら?」


 出迎えてくれた王太后は、白髪の交じった紺色の髪を後ろで上品にまとめ、深緑色のドレスをまとっている。威厳がありながらも、物腰柔らかそうな人物だった。


「……貴方」


 王太后の夜を閉じ込めたような黒い瞳が、私を捉えた。いや、正確には、私のすぐ横——、魔王のいる場所。




「——呪われているわね?」






 王太后は私たちを屋敷に入れて広い部屋に案内してくれた。大きな窓からは手入れの行き届いた庭園を望むことができ、開放感がある。


「…一体どういうことか、説明していただきましょう」


 屋敷の前での王太后の一言で思考をフリーズさせていたルイが、最初に口を開いた。ちなみに、固まったまま動かなくなってしまった彼は、レオに引きずられて何とか部屋にやってきた。


「まずは、私の方から…」


 王太后に目くばせをしてから、レオが話し始めた。


「…お二人もご存じだと思いますが、王族の血筋は魔法を使うことができます。これはフヘンチュアの王族も、ルルシスの王族も同じです。そして、一口に魔法と言っても、その属性は様々です。火、水、風、土、雷、光、闇…。王族はこのうち闇以外のいずれかの魔法を覚醒させると言われています」

 

 今レオが話したのは、大陸の人々なら誰もが知っている常識だ。その内容に異を唱えることなどないため、私とルイは黙ってレオに続きを促す。


「…今でこそ、闇魔法は魔物などの邪の存在が扱う魔法とされています。しかし、その昔…。現在の国の形ができるよりもずっと前。闇魔法は他の魔法と同じく、人間によって扱われていました。それは、とある一族の血によって生まれた魔法だったのです。ところが、闇魔法を扱う一族は迫害され、ついには消えてしまったと言われています」


(あ、本に書いてあったことだわ…)


 王宮の書庫で本を読み漁っていた日々を思い出す。その内容については未だ半信半疑でいたが、レオの口から語られたのを聞くに、事実であったようだ。


「…たしかに昔、闇魔法に関する文献でそのような内容を読んだことはある。ただ、昔の記録であるから真偽が疑わしいものも多い。……突然、なぜこのような話を?」


 ルイが怪訝そうな顔をする。彼の質問に、レオはおもむろに口を開いた。


「…ルルシスの王族には、どういうわけか、闇魔法の資質を持つ者がしばしば生まれてくるのです。今生きている者では、私とお祖母様がそうです。世間には明らかにしていないことですがね」


 その告白に、レオと王太合の顔をきょろきょろと見比べる。どちらも真剣な表情をしていて、とても嘘であるとは思えない。

 絶句している私たちに対して、レオが続ける。


「私の資質は弱いものです。ですが、闇魔法に関連するものを認識することは可能です。…オベール嬢に初めてお会いした時には驚きました。貴方の横に、闇魔法をまとう魂のような物体がついてまわっていたからです。以前からそうなのではないかと考えていましたが……。今日、私よりも闇魔法の資質が強いお祖母様の発言から確信しました」


 レオに見つめられた王太合は、ゆっくりと頷いた。


「——この方には、呪いがかかっています」

「……!? ア、リシア、本当、なの?」


 狼狽えるルイに対して言葉を発そうとした私の喉が締め付けられる。苦しいのに、やっと知ってもらえたという喜びが溢れてくる。

 言葉が出ない私の様子を察して、レオが語る。


「…おそらく呪いの制約で、オベール嬢の口からは呪いについて話すことができないのだと思われます。詳細については、そこにいる魂…魔王から聞き出さない限り分からないでしょう」


「……そもそも、呪いなんて存在するのか…? 魔王の魂って…? ………いや、それはともかく、今アリシアは危険な状態、っていうことか…? それなら、早くその魂を消さないと…!」


 狼狽するルイが光魔法を発動させようとする。


「待ってください、ルイ。相手は魂ですから、攻撃が通るとは限りません。まずは落ち着いて状況を整理しましょう」


 レオの言葉に、ルイは光を集めていた手をゆっくりと下ろす。

 彼が落ち着いたのを確認し、レオは続ける。


「それに、オベール嬢に今すぐ命の危機が訪れるということはないと思います。私と彼女が初めて会ったのが舞踏会のときですから、それ以前から魂が憑いていたはずです。今の今まで呪いが発動していなかった、ということはありえないでしょう。つまり、命には関わらない呪いなのでは」

「では一体どんな呪いが…」


 レオが困ったように王太合の方を見た。レオからの視線を受けた彼女は、眉を下げてルイに語る。


「…それはレオにも私にも分かりません。私たちは魂の存在を感じることはできても、その声は聞こえませんからね」


 その言葉にルイが私の顔を見る。


「アリシア、君は呪いをかけた相手と話すことができるの? ……いや、呪いの制限があるんだったね。……王太合様、魂とは言葉を発するものなのですか?」

「ええ、おそらく。王家に代々伝わる闇魔法に関わる文献に、そのような記述があります」

「その文献には、他に何か役立ちそうな情報はないのですか。なんでも構いません」


 王太合は、言葉を考えるように一呼吸おいた。


「呪いをかけるには、必ず呪いを維持するためのエネルギーが必要だといいます。そのエネルギーは、人の強い念であることが多いそうです。ですが…、アリシア様に憑く魂から、そのような気配は感じられません。おそらく他に呪いの根源があります」

「つまり、その根源を絶てば、アリシアは呪いから解かれる、と…?」


 身を乗り出すようにして問いかけるルイに、王太合が首を縦に振る。


「その可能性が高いでしょう」

「……アリシアが魔王から呪いを受けたのだとしたら、その根源は魔王城にあるんじゃないか…? 魔王が最後に放ったあの黒い靄…。ずっと気になってはいたが、あれが呪いだったのなら…」

「私もそう思います。魔王城を調べることが、オベール嬢の呪いを解く一番の近道になるでしょう」


 ルイの推測にレオが賛同した。


「ならすぐに向かおう」

「しかし、ここから国境近くの魔王城まで、馬車でも三刻はかかります。もう日も沈みますし、明日にしては…」

「僕は一人でも行くよ」

「わ、私も行きます!」


 ずっと会話内容が呪いについてだったため、声や行動が制限されていた私の身体がやっと解放された。


「…でしたら私も行きましょう。お祖母様には及びませんが、闇魔法に関する知識をもつ者が必要でしょう」


 レオが仕方なく重い腰を上げた。


「気をつけて行ってきなさい」


 見送ってくれた王太后に感謝を伝え、先に外に出た二人を追いかけようとしたところを呼び止められる。

 彼女は、これまでの会話を黙って聞いていた魔王と、私、それぞれに目を合わせて言う。




「大丈夫よ。貴方たちの願いは、きっと叶うわ」

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