ルルシスへ(前編)
あれから数日経ち、今は船に乗ってルルシスに向かう途中である。
フヘンチュアとルルシスは地続きだが、国境は山岳地帯となっているため、海から移動した方が早く着くのだ。
私のルルシス行きを国王が許可した、あの後。
ルイはこんなこと聞いていないとレオに詰め寄ったが、それをのらりくらりと躱したレオは、出発まで自分の屋敷に泊まっていかないかと私に打診してきた。
ルイは瞬時にそれを遮り、私に王宮に泊まっていくよう提案した。
そのため、船の準備が整うまで、私はあれから王宮に二日間滞在することになった。
その間、ルイには事の次第をすべて話した。
話を聞いている途中にも、ルイは地下の牢獄にいるジェームズを殺しにいかんとするような表情をしていたが、なんとか理性を保っていた。ちなみにジェームズの処罰は決定していないが、無期限の王宮での幽閉となる可能性が高いという。彼の魔法を制御する環境が王宮にしかないためらしい。
姿を消していた私が王宮にいると聞いたソフィアとオスカーも、王宮への数日の滞在が決まってからすぐ駆けつけてくれた。ソフィアは少しやつれたようで、顔を合わせたとたんに泣き崩れてしまった。オスカーもおちゃらけた様子は見せず、私の無事を喜んでくれた。
他にも、何人か知り合いが訪ねてきたが、一番驚いた訪問者は、侯爵である父だった。
*
「…第一王子が捕縛されたと聞いた。お前も彼に変な噂を流されたそうだな」
「ええ…」
父には世間に公表された内容までしか情報が伝えられていないらしい。
世間には、ジェームズが国家を揺るがすような悪事を働き、国王によって捕らえられたという情報が広まっている。しかし、その悪事がどのような内容かまでは明らかにされていない。余計な火種が生まれないよう、公表内容についてはレオが国王に助言をしたのかもしれない。
加えて、私とジェームズに関する噂が虚偽であることも、王宮周辺から徐々に広がっているようだった。
「侯爵邸には、帰ってこないのか。ミアとジョンが毎日心配している」
侯爵は自分の夫人が私を裏切っているだなんて、想像もしていないのだろう。子どもの教育はすべて夫人に任せる人だから、私と夫人の仲がよくないことにも、全く気づかないでいた。
「…明日からルルシスに行くことになったのです。それまで王宮に滞在するのがいいだろうと国王陛下から言われています」
「そうか…」
部屋が静まり返る。
父と二人きりで話すことなんて、これまでの人生で数える程度である。それだって、一言二言交わして終わったものが多い。
「…気をつけて行きなさい」
やはり、私に関心などないのだ。今回も、詳細を訊かずに送り出される。
いつものように短く返事をして会話を終えようとした、そのとき__。
「夫人のことは気にするな。お前が帰る場所は、私が守っておくからな」
その言葉に、はっ、として顔を上げるが、すでに父は背中を向けて部屋を出ていくところで、表情を伺うことはできなかった。
——いったい父は、どこまで知っているのだろうか。
*
「アリシア、長く船の上にいるけど、疲れてはない?」
「ええ、平気です。お気遣いありがとうございます、ルイ殿下」
そう。私のルルシス行きに、なんとルイもついてきたのだ。
絶対に私と一緒に行く、と強く主張するルイに対して、しょうがないですねぇ、とレオは軽く笑いながら承諾していた。
そのやりとりを見ている限り、二人は仲がいいように感じられた。
「あの…、ずっと気になっていたのですが、ルイ殿下とレオ様は以前からのお知り合いなのですか?」
答えようと口を開きかけたルイよりも早く、いつの間にか後ろにいたらしいレオの声が届いた。
「そうなのですよ。私は幼いころに何度かルイと会っていましてね。…あれはフヘンチュアの王妃様がご存命の頃だったかと思います。しかし、ここ十年ほどは顔を合わせていなかったので、先日久しぶりに連絡をとったときは覚えていてくれて安心しましたよ」
「……と、いうことなんだ。彼は悪い奴ではないはずだから、心配しなくていいよ」
「ひどい言い草ですね、ルイ。アリシア嬢は人を見る目をお持ちですから、そんなことは分かっているはずですよ。そうですよね?」
「え、ええ。それはもちろん…」
レオの素性も分かったことだし、いろいろと親切にしてくれた彼を疑ってはいない。
しかし、ルルシスに向かう理由を教えてくれないのが気がかりだ。私の横にいる”魂”に関連することではないのか、と考えているが、彼はルイや他の人がいる前で魔王についての話はしない。たまに魔王に視線を送っているようには見えるが。
「…それで、そろそろ話してくれないか、レオ。アリシアを君の国に連れていく理由は何だ?」
「ふむ…、それは目的地に着いてからお話ししましょう」
「…君は考えを語らなすぎだ。兄上の件だって、こちらが調査していることをなぜか知っているように連絡をとってきて、しまいには予定になかった証拠まで揃えてきて! ありがたいけど先に話を通しておいてくれよ!」
「いやー、それについては驚かせてしまったようで申し訳ないです。でも、やるからには徹底的にだと思いまして。ルイのためにもルルシスのためにも…あんな人に隣国の王をやってもらいたくはなかったのです。……まあ、今オベール嬢をルルシスに連れて行こうとしているのは、誰のためというわけでなく、私の個人的な興味からですがね」
「…まさかだけど、レオ……? 君、アリシアのことを…」
「あ、ほら。港が見えてきましたよー」
船に揺られて約半日。青く輝く海の向こうに、ルルシスの港が見えてきた。




