いざ、反撃(後編)
「話があると聞いたから時間をつくったが…、こんなに大人数で来るとは思わなかったぞ」
「申し訳ありません。少し事情が変わりまして…」
「まあ、よい。よく参ったぞ、ルルシスの王子よ。……この度の王女の訃報、改めて本当に残念でならない」
…?
(レ、レオ様が、ルルシスの王子…!?)
驚いた私は、ぱっとレオの顔を見る。動揺した私に、彼は美しく微笑むばかりだった。
なぜ出迎えが仰々しいのか、なぜただの謁見では姿を現さない宰相や文官たちが揃っているのか、などと疑問に思っていたが、レオがそれほどの重要人物だったからということか。
「…なるほどな」
何かを納得したように魔王が呟いた。
一人だけ動揺していた私だったが、続く国王の言葉に意識を引き戻される。
「そなたの国の方も大変なときだろうに」
「…現在は大分落ち着いてきています。ご心配していただきありがとうございます」
そういえば、ジェームズから聞いたことがある。ルルシスの王女が病死した、と。本当に残念な報せだ。
「…そうか、それは何よりだ。この国が力になれることがあれば、いつでも言ってくれ。…それにしても、ルイとレオ王子が親交を続けていたことには驚いたものだ。今日は二人から話があると聞いたが」
「はい、父上。まずは私からお話しいたします。お渡しした資料をご覧ください」
(親交…? 二人は仲がよいのかしら? それに、この場で今から何が始まるの?)
私の頭には疑問符が浮かぶばかりだが、とりあえず状況を見守ることにする。
国王から宰相、文官たち、私に至るまで、謁見の間にいる人々には数枚の資料が配られていた。
ルイの言葉を聞いて、全員が表紙となる紙を上へとめくって、最初のページを見る。
「こちらは、フヘンチュアとルルシスにおける山賊被害を、私たち二人がまとめたものです。ここ数年で両国ともに被害件数が伸びていることがお分かりいただけると思います」
「ふむ…。近年のわが国の山賊被害が増加傾向であることは把握しているが、ルルシスもそうだとは知らなかった。わが国では、直前に魔物による村の襲撃やボヤ騒ぎがあり、警備が手薄になったところを狙われたという事例が多い。それゆえ対策の検討が難しく、悩ましい問題であるな」
そういえば、いつだったかオスカーが私に送ってきた手紙の一つに、その件に触れていたものがあった気がする。
レオが国王の言葉に反応した。
「実は、ルルシスで山賊に襲われた村を調査したところ、同じように直前は魔物や火事による被害で混乱状態だったという場所が多いのです」
「ほう…。それは偶然とは言えなさそうだな」
国王が目つきを変える。宰相や文官たちもざわざわとし始めた。
ある程度その騒めきが収まったことを確認したルイが続ける。
「はい。何者かが意図的に山賊に協力していると考えるのが妥当です。事例の共通点である魔物の襲撃と火事。これを容易に引き起こせる人物。それが今、__この場にいます」
ルイが視線を向けたのは、ジェームズだった。
「はっ! 何を言い出すかと思えば…」
ジェームズは腕を組んでにやりと笑う。
「兄上ならば火魔法で火事を起こすこと、捕らえた魔物を村に放つことのどちらも可能でしょう」
「ふっふっふ…はっはっはっ! 言いがかりにも程があるな。火魔法を使わずとも誰だって火をおこすことはできるし、それなりに武の心得があれば魔物を捕らえられる。俺である証拠がない」
「被害を受けた村の人々の証言があります。何もないところから火を出現させる青年を見た、という証言がいくつも。それから魔物については、男爵が口を割っています」
ルイとジェームズのやり取りの間に国王が口を開いた。
「…男爵か? あの舞踏会で魔物に憑かれた」
「その通りです。彼は舞踏会で起きたあの事件について全てを語りました」
ルイのその言葉を聞いたジェームズが真顔になる。
「兄上に命じられて魔物を会場に忍び込ませた、と」
「ふざけたことを…! 父上、こんな話に付き合う道理は…」
「続けよ、ルイ」
国王が制すと、ジェームズは表情を歪めながら言葉を止めた。
「男爵によれば、兄上は魔物を捕らえて何匹も別荘に保有しているそうです。彼はそのうちの一匹を受け渡され、舞踏会当日に会場へ侵入させたといいます」
(あの魔物が侵入してきたのが偶然じゃないなんて考えもしなかった…。それに、別荘って…。もしかして地下で聞いたあの獣の声は…)
私はジェームズの別荘からレオと脱出する際に耳にした唸り声を思い出した。あの鉄の扉の先に、魔物がいたというのか。
国王とルイは話を続ける。
「…それが本当だとして、どのような方法で男爵は魔物を侵入させたのだ? 報告では魔物が現れた場所であるテラスには当時誰もおらず開会前と変化もなかったとあったが」
「それについては、___”氷の檻”を使ったそうです」
男爵の証言は別紙に記載されているというルイの言葉に、資料の最後に添付された紙面を見る。
そこには、男爵が語ったという舞踏会当日の計画が時系列でまとめられていた。
「男爵の語った計画はこうです。舞踏会が始まってすぐ、男爵はテラスへ向かい、カーテンを閉めて人目を遮ります。テラスの下には、魔物が入った氷の檻を用意した男爵の部下が待機していたそうです。檻に括り付けたロープが男爵へ向けて投げられ、男爵がそれを使って引き上げた檻をテラスへと設置したら、部下はロープだけ回収して去ります。あとは男爵がこっそりとテラスから出ていけば、氷の檻が解けて、誰もいないテラスから魔物が出てきます。その魔物を兄上が皆の前で倒し、力を誇示する手筈だったと」
「…たしかに、それならテラスに人や物が残っていなかったことも説明がつくな」
「男爵はテラスから出た後、カーテンを閉めたテラスに誰も入ってこないように近くで監視していたと言います。ところが、計画とは違って檻から出てきた魔物に襲われてとり憑かれてしまったそうです。…命令通りに事を進められなかった男爵は、兄上から処罰を受けることを極度に恐れていたようで、『事件について知っていることを話せば、身の安全を保障する』と約束したら簡単に口を割りました」
(あの事件にそんな真相があったなんて…)
魔物を退治できて事は解決した、と思っていた私は衝撃の事実に唖然とする。
一方で、魔王は納得したような、それでいて不愉快そうな顔をしていた。
わなわなと身体を震わせたジェームズが訴える。
「魔物にとり憑かれて精神がおかしくなった男爵の証言を信じるのですか!?」
「うーむ…。これだけでは男爵の後ろにジェームズがいたという判断はできんな」
そんな二人の言葉を聞いたルイが続ける。
「舞踏会の件は、兄上が魔物を利用できる環境にある、と考えるようになったきっかけにすぎません。話は山賊被害に戻りますが、男爵の証言が事実なら、兄上は誰よりも山賊に協力した人物像に当てはまるのです。しかし、これだけでは兄上の仕業だと断言はできません。__確信的な証拠は他にあります」
ルイが隣のレオへ目を向けた。
「では、続きは私の方から」
彼は、人々の注意が自分に向いたことを確認してから口を開いた。
「こちらは、山賊によって奪われたとされる宝飾品や美術品のリストです。こちらの写真を載せたブローチをご覧ください。…これ、どこかで見覚えはありませんか」
資料に載っているブローチは、繊細な金細工が施されたプローチで、はめ込まれた緋色の宝石には特殊な加工が施されていることが説明されてある。
(…ん? これって……)
ジェームズの胸元に視線が集まる。
__おそらくここにいる皆が同じことを思っていた。
「なっ、偶然だ! これは城下の宝石商から勧められて購入したものだ! 山賊が何らかのルートで宝石店に売っただけだろう!」
声を荒げるジェームズに対して、ルイが落ち着いた声で告げる。
「兄上。このリストにある絵画なのですが、兄上のよく使用する応接室に飾ってあるものと似ていませんか?」
(…これ、第一王子に呼び出されたときに通された応接室にあった絵じゃない!)
思わずあのとき一緒にこの絵画を見たはずの魔王と目を見合わせる。
「ほう。そういえば、このリストにあるいくつかの美術品には見覚えがある気がするのう」
国王も何点かの品を指摘した。
「っ…!? 山賊が私に横流ししていると言いたいのですか!? こ、これらの美術品はたしかに私の所有するものと似ていますが、私のもとにあるのは私がしかるべき店から買い取ったものです!」
ジェームズは早口で必死に弁明するが、動揺からか、動きも声色もぎこちない。
そんなジェームズに冷たい視線を向けるルイは、国王に言う。
「これらの証拠から、私は兄上の身辺を精密に調査することを…」
「あ、待ってください、ルイ。私が追加した資料もあるので」
ルイの言葉を遮り、レオが笑顔で告げる。
彼の言葉にルイも戸惑っているようで、これはどうやらルイも知らない話らしい。
「……美術品リストの裏面をご覧ください。これは、山賊からある人物に向けて書かれたと思われる手紙の内容と、ある許可書の写しです」
くるりと資料を裏返すと、たしかにそれらしき内容が記載されていた。
その手紙には、山賊が以前受けた以来の報酬を催促していることと、ある村の襲撃に成功し、いつものように美術品はとある倉庫へ移し、それ以外の金品は山賊の取り分としたということが書かれている。最後は、美術品を運ぶにあたって関所を通る必要があるので、通行許可書を送ってほしいという文章で締めくくられていた。
そして、その内容の下に載せられた許可書の写しには、丁度山賊が襲ったとされる村近くの関所の通行を許可する内容に加えて__。
第一王子のサインが記してあった。
「それから他にも証拠がありまして、別荘の魔物の管理記録や…」
「う、嘘だ…。なんでこれが…いや、違うっ!! これは誰かが僕を陥れようと……!!」
「ジェームズ・フヘンチュア」
国王の厳粛な声が響き、辺りに静寂が広がる。
「証拠は十分だろう。以前からお前は貪欲すぎるとは思っていたが、まさかこんなことまでしでかすとは…」
「ち、父上…! 誤解です! 私は…」
「もうよい。これからお前に自由な行動を許すことはできない。衛兵を呼べ」
駆けつけた衛兵に触られそうになると、ジェームズは火魔法を発動させる。
「…こんなのおかしいだろうっ!! 俺はそこにいる出来損ないとは違うっ! 王になる器をもって生まれた男だ!! 未来の王が自分の望むものを手に入れて何が悪いっ!!」
火は質量を増し、爆発的に飛び散った。
頭上から無数の火の玉が落下してくる。
「お前が王になる未来などない」
国王の厳粛な声が響くと、あたりに水の塊が浮かび、火の玉をすべて消し去った。
直後、どさっと何かが倒れる音がしたかと思えば、岩で拘束されたジェームズが床に這いつくばっていた。
大人しくしてください、というレオの手には、岩の欠片が浮かんでいる。ルルシアの王族である彼は、どうやら土魔法の覚醒者らしい。
衛兵は倒れたジェームズを起こし、引きずるようにして連れていく。
「…っ! 俺が王になるのは神が定めた運命だ!! その運命をねじまげようなら、ここにいる全員……」
ジェームズがかっと目を見開く。
「呪ってやる…!!」
散々喚きながら、ジェームズは広間から姿を消した。
「はあ、まさかこんなことになるとは…。バカ息子がルルシスにも迷惑をかけた。あやつの貪欲さを見抜けなかった儂が責任をとらなくては…。どうやって謝罪をするべきか…」
「いえ、この件についてはルルシスの王にも私の方からうまく伝えておきます」
「本当に、申し訳ない。この恩に、フヘンチュア王国は必ず報いると約束しよう」
国王は、レオに向かって深々と頭を下げた。国王が頭を下げるなど滅多にないことだが、今回は事情が事情である。レオがいなかったら国家間の争いの火種にもなっていただろう。
次に顔を上げた国王は、私と目を合わせた。
「アリシア嬢にも、見苦しいものを見せたな…。して、そなたはなぜここに?」
どう答えるものか迷っている私の代わりに、レオが口を開いた。
「オベール嬢と私は最近知り合ったのですが、彼女も私の調査に協力してくれたのです。ありもしない噂を第一王子に流されて外を歩きづらい状況だったそうで、私が匿いながらお連れしました」
「そうか、そうか。あの噂はジェームズが流した出鱈目だったのだな。儂のほうから皆に訂正しておこう。そなたにも謝罪をせねばならんな」
ルイは私が第一王子に攫われていたことを隠して伝えてくれた。私としても、あまり表沙汰にしてほしくはない内容なので、心の内でレオに感謝を告げる。
「…陛下。ひとつ頼みがあるのですが」
「言ってみよ、レオ王子。今回の件を穏便に解決してくれたそなたの願いはできるだけ聞き入れたい」
すっ、と私の方を手で示したレオがにこやかに笑って言う。
「__オベール嬢をルルシスにお連れしてもよろしいでしょうか」
(……はい?)
顔を引きつらせる私とルイなどお構いなしに、国王はその申し出を快諾した。




