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魔王と閉ざされた部屋

「っ、ここは…?」

 

 目が覚めると、豪華でふかふかなベッドに寝かされていた。視界に広がるのは、まったく見覚えのない部屋である。

 ベッドを降りようとしたが、右足を鎖で繋がれていることに気づいた。どうやら誰かに助けられたわけではないようだ。もしかしたら、あの大男たちの雇い主の部屋かもしれない。


「…っ! やっと起きたか。……よくわからん状況になったぞ」


 魔王がベッドの上に座る私の前まで飛んできた。

 こいつは私にとって因縁の魔王だというのに、この状況を共有する相手がいることに少し安堵してしまう。


「……いったい、何が」


 薬の副作用からか痛む頭を抱えながら状況を整理しようとしたそのとき、部屋の扉がギィッと開く音がした。


(…誰かが入ってくる)


 扉が開いた隙間から、薄暗い部屋に光が差し込む。

 なかなか目が慣れず、黒い影としてしか認識できない人物が徐に部屋の境界をまたぐ。すると、徐々にその人物の輪郭や特徴がはっきりと見えてくる。黒い服に目立つ緋色のブローチ。銀に朱が混ざる髪色。人を見下すような赤黒い瞳。この人は——。


「お、目覚めたか」

「……っ!! ………第一王子、殿下…!?」


 そこには、第一王子ジェームズがいた。


「ああ、なかなか目覚めないものだから心配したぞ? あいつらが使った薬が強すぎたようだな。まったく、傷はつけるなと言ったのに乱暴に運んできたしな。…報酬を減らしておくか」


 ジェームズは用心棒らしき男を一人引き連れて部屋に入り、扉を閉める。


「な、なぜ、貴方が…」

「ふっ、驚くのも無理はないな。だが、すべては…俺が王になるためだ。付き合ってもらうぞ」

「私にこんなことをなさっても、貴方が王になることとは…」

「関係ない。って? 本当にそう思っているのか? やはりお前は頭が足りないようだな」


 彼はソファにドカッと腰かけた。


「はあ…、しょうがない。まずは、ある物語を聞かせてやろう。とある王子の話だ」


 ゆっくりとした口調で彼は話し始めた。


「王子は、幼い頃からとても優秀で、様々な分野で才能を発揮していた。剣術、学術、美術、そして王族だけがもつ力もあっという間に覚醒させた。そんな王子に両親である王と王妃はたくさんの愛情を注いでいて、仲睦まじい王家の統治する国は平和そのものであった」


 ジェームズは懐かしむような目をして語っていた。ところが、彼はそこまで語った後に一度短いため息をついたかと思えば、そこで急に穏やかな表情から一変、忌々し気な態度で続きを話し出す。


「しかし、その王子が五歳になった年に弟が生まれたのだ。弟を産んだことで身体が弱ってしまった母は数年後に亡くなり、国は悲しみに包まれた。残された弟はとんだ出来損ないだった。剣術はまったくできず、学術は人並み程度、美術への関心は薄く、王族の力は覚醒する気配もない。そんな弟に誰も期待していなかった。………どちらが王になるべきかは、誰の目から見ても明らかだろう?」


 嘲るような笑いとともに質問を投げかけられる。私は、できるだけ毅然とした態度をとるよう意識しながら口を開いた。


「…しかし、その物語には続きがあります。弟の王子は人々の役に立つため、魔王の討伐に向かいました。そこで王族の力に目覚め、献身的に戦ったのです。彼は国の英雄になり、誰もがその崇高な精神を讃えました」

「…ああ、そして兄の王子の環境は一変した。兄王子の婚約者であった隣国の王女は死んだ一方で、弟の方は侯爵令嬢と婚約するという噂が出てきた。その侯爵令嬢もまた英雄であり、二人を未来の王と王妃に、という声まで上がるようになった。二人が結婚すれば、婚約者のいない兄王子ではなく、弟に王の座が譲られる可能性が限りなく高い」


 くしゃっと顔を歪めたジェームズは続ける。


「だから兄王子は考えたんだ、弟から婚約者を奪えばよいと。この状況では、英雄である侯爵令嬢と結婚した方が王になる、ということは明らかだった。しかし、いつまでたっても侯爵令嬢は賢い選択を採ることができなかった。…だから、彼女がより良い選択ができる環境を作り上げたんだよ」


 彼は、懐から一枚の紙を取り出した。


「これは誓約書だ。あとはお前がサインすれば、お前は俺との結婚に同意したことになる」

「……私がこんなものに署名をするとでも?」


 私の言葉に、ジェームズは余裕そうに笑う。


「するさ。時間はたっぷりとある。それに、お前がサインを渋っている間にも、世間には俺とお前の結婚に賛成する風潮が広がっていくだろうしな」

「…どういうことですか」

「協力者がいるんだよ…。君もよく知る人物だ」


 ふっふっふっ、とジェームズは楽しそうに笑う。


「侯爵夫人だよ」


「………!?」


(そんな、まさか……!!)


 たしかに継母である侯爵夫人とは、お世辞にもよい関係であるとはいえない。しかし、血がつながっていなくとも家族ではあるのだ。夫人が、こんなことに手を貸すだなんて信じたくなかった。


「お前との仲はよくないと聞いていたが、こんなに積極的に協力してくれるとは思わなかったよ。君の居場所を教えてくれたし、これからは“ある噂”を流してくれるだろう」

「噂…?」

「街を散策していたお前がゴロツキたちに襲われているのを、偶然通りかかった俺が助けたことをきっかけに二人は恋に落ち、さっそく別荘で水入らずの時間を過ごしている、というものさ。侯爵夫人は頻繁にお茶会を開いているし、貴婦人の間でもすぐに話題になるだろう」

「だけど、そんな噂程度で…!」

「それから、この部屋の周囲は人払いもしてあるけれど、別荘には多くの使用人が働いている。客人が訪れているということに、皆気づいているだろう。使用人たちの噂話が広がるスピードも凄まじいものだ。屋敷内の者だけでなく、食料を届けに外部からやってくる者の耳にも入るだろうな」

「……」

「ほかでもないお前の家族である侯爵夫人の証言、そして俺の管理する別荘に客人が来ているという事実、姿を見せない侯爵令嬢…。あとは人々が勝手に想像するだろう。これが何日も続けば、お前はサインせざるをえない状況になる。言っておくが、お前がサインをしない限り、部屋から出すつもりはない。それでは、…英断を期待しているぞ」


 ジェームズはそう言い残して用心棒と部屋を出ていった。その際にガチャッという音が扉から聞こえたので、どうやら鍵をかけられたらしい。


「くっ…!」


 どうにかして足の鎖を外せないかと思ったが、ガチャガチャと音を立てるだけで、まったく歯が立たない。

 ジェームズの言うことが本当なら、みんな母親である侯爵夫人の言うことを信じてしまい、私の不在を疑問に思う人は出てこないだろう。

 だが、ソフィアは違う。買い物中に急に姿を消して戻ってこなかった私が、何も告げずにジェームズについていったなんて、彼女は疑問に思うに違いない。きっと、オスカーやルイに相談してくれるだろう。


「大丈夫よ、希望はあるわ」


 ぎゅっと胸のあたりで服を握りしめる。どんな状況だって、諦めなければ打開できる。今までだってそうやって生きてきた。とにかく今できることを探そう。幸い、鎖は部屋の中を自由に動き回れる程度の長さがある。


「………」


 魔王が不愉快そうに見つめてくる。


「…何? 言いたいことがあるなら言いなさいよ」

「…お前はこんなときでも絶望の顔を見せないんだな」

「そりゃ私だって、今がとんでもなく危うい状況だって分かってるわ。でも、あんな王子と結婚するなんて、もう一つ呪いをかけられる方がマシよ! だからこそ、絶望してる暇なんかないの」


 置いてある棚の中などを確認してみるが、使えそうなものは見当たらない。窓の外を見ると、あたり一面には森が広がっていた。地面との高さから考えると、ここは二階か三階のようだ。窓を割ることはできないかと思い、ガラスに向かって椅子を振り下ろしてみたが、傷ひとつ付かなかい。


「…我は、お前が第二王子に告白するという願いを叶えられず、不幸せになるのを見届けるのが目的だ」

「突然なに?」

「……お前がムズ男と結婚して毎日あいつを見る羽目になるのは、我にとってものすごく不快なことだ。……いいか? 今から我がとる行動は、決してお前のためのものではない。我のための行動だ」


 よく分からないことを言い出した魔王は、部屋の壁をすり抜け、どこかへ飛んで行ってしまった。

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