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舞踏の夜(後編)

「…アリシア?」


 ルイは庭園にある噴水の前に座っていた。


「殿下がこちらの方へ向かったと聞いて、気になったので」

「ははっ、主役がパーティーを抜け出すなんて」

「それは殿下も同じでしょう」


 ああ、だから共犯だね。そう言ってルイは笑みをこぼした。


「まだああいう場は慣れなくてね。少し人のいない場所に行きたかったんだ」


 ルイは魔王討伐に参加する前は部屋に閉じこもることが多かったと聞いている。そのため、まだ人が多く集まる場所は苦手なようだ。

 会話が途切れ、噴水に流れる水の音だけが聞こえる。

 魔王も今ばかりは、空気を読んで黙っているようだった。単に、はしゃぎ疲れているだけかもしれないが。


「…ここは本当に美しい庭園ですね」


 気まずさを感じたための発言だったが、事実だった。

 シンメトリーで計算されたような美しい構造をもちながら、そこに咲く花々は種類ごとにきっちりと境界が設定されたりはせず、まるで自然に咲きあっている。野草の花も、あえて残されているようだ。気品と親しみやすさを同時に抱かせる庭園だ。


「そうだね。…実は、この庭園は母上のお気に入りでもあったんだ」

「王妃様の…?」

「僕を産んで歩けなくなってしまってからも、母上はいつも部屋からこの庭園を眺めていた。……口では言わなかったけれど、きっともう一度、この庭園を自由に歩きたかったんだろうね」

「……」


 返す言葉が見つからなかった。

 王妃はルイの出産する際に、生死の境を彷徨ったという。一命をとりとめたものの、その後遺症で自由に身体を動かすことができなくなったそうだ。

 そして、その王妃はもう、この世にはいない。


「母上の気持ちを考えると、僕にはこの庭園を訪れる資格なんてないだろうと思っていたんだ。でも、今日この庭園に引き寄せられるように足が向いて…。そして足を踏み入れた今、あんなに避けていた場所なのに、不思議と懐かしい気配を感じるんだ」

「…きっと、……きっと、王妃様が殿下を祝福してくださっているのです。本当に、素晴らしいことを、成し遂げられたのですから」

「…そうだといいな」


 ゆっくりと空を見上げたルイは、柔らかい声でそう呟いた。

 つられて見上げた空には、満天の星々が、噴水の水しぶきのように澄んだ輝きを放っていた。

 しばらく空を見つめていた後、ルイは、すっと立ち上がって、私の前に手を差し出した。


「せっかくだから、僕と一曲踊っていただけませんか?」

「…! ええ、私でよければ…! でしたら、会場に一度戻りませんと」

「いや、この庭園で君と踊りたいんだけれど…、だめ、かな?」


 彼は、しゅんとした表情でこちらを見つめる。…その表情は、反則だ。


「っ、いいえ! もちろんです」

 ルイの手を右の手でとって、自分も立ち上がった。

 右の手はそのまま繋ぎ合わせ、左の手はルイの肩に添える。


「じゃあ、いくよ。…1,2,3」


 彼の合図とともにステップを踏み始める。

 楽団もいなければ、シャンデリアの灯す明るい光もない。しかし、噴水の奏でる清らかな音、月に照らされて輝く美しい花々がある。

 最初こそ緊張して足がもつれそうになったが、自然と体が動くようになってくると、そこは、唯一無二の、幻想的な舞踏会場のように感じられた。

 機嫌がいいらしい魔王も、星の下でくるくると回ったりしている。

 ちらりと魔王にやった目は、すぐに愛しい人の瞳の引力によって引き戻される。


「…母上に伝えなくてはいけないな」


 踊りながらルイが零す。


「え?」

「ここにいるアリシアがいなかったら、僕はこんなふうに変われなかったんだってことを」

「…? 私は何もしていませんよ?」

「…君は知らないかもしれないけど、僕は君に助けられたんだよ。討伐隊として招集されて初めて会ったときから…」


 最後のターンが終わって、お互いにお辞儀をする。


「……これを伝えてしまえば、君の重荷になってしまうと思っていたんだけど…。アリシア、僕は…」


 突然、キャーッ!!! という甲高い悲鳴が会場の方から聞こえてきた。


「……っ! 殿下! 何かあったのかもしれません」

「うん、急いで戻ろう!」




 会場に戻ると、ナイフを片手に持った男と、その前に尻もちをついた第一王子が目に入った。

 ナイフの男はシミのついた服の上に黒い靄を纏っていて、目が虚ろだ。挙動もおかしい。


 また面白いことが起こったのか、とウキウキしていた魔王の表情は、男の纏う黒い靄を見た瞬間に、神妙な面持ちに変わった。


「…っ、なぜ俺の魔法が効かない!? や、やめろっ?! こっちに来るなっ!!」


 第一王子が火魔法を操って男に攻撃を仕掛けているが、男は黒い靄をまとったナイフでいとも簡単にそれらの魔法を弾き飛ばしている。第一王子の魔法の火力が弱すぎるようだ。 


「…! どうやら魔物にとりつかれているようだね」

「ええ」


 状況を確認し合うと、ルイは魔法を発動する準備を始める。

 魔王討伐中にも、あのような状態に陥った兵士を幾人も見てきた。早急に対処しなければ。


「「アリシア!」」

「オスカー、ソフィア! 状況は何となく把握したわ。避難誘導をお願い!」

「「任せろ(て)!」」


 オスカーとソフィアに指示を出して直ぐ、近くのテーブルに置いてあったフォークをひとつ手に取り、第一王子を背に、男の目の前へ躍り出る。

 突然現れた私を見て襲い掛かってくる男のナイフを、右手に持つフォークで受け流し、上半身の動きにばかり気をとられている男の足を引っかける。

 男がふらついてナイフを持つ手が緩んだのを見逃さず、瞬時にフォークを思いっきり当てて、ナイフを弾き飛ばした。

 得物を失い、雄叫びを上げる男が振り下ろしてくる拳を下に避け、男の背後に素早く回って、背中を全身で突き飛ばす。


「…っ、ルイ殿下!」

「ああ!」


 床に倒れて蹲る男に向けて、無数の光の矢が放たれる。


「ぐああああああっっっ!!!」


 ルイの光魔法を受けると、男の纏う黒い靄は徐々に消滅していき、ついには意識を失い倒れこんだ男だけが残った。


「あなたっ!」

「ウッド男爵!」


 倒れた男の周りに何人か集まってくる。どうやらこの男は男爵だったらしい。


「大丈夫だ。じきに目を覚ますだろう。魔物にだけダメージを与える魔法を使ったが、念のために医務室へ運ばせよう」

「ああっ、ありがとうございます! 第二王子殿下…! オベール嬢…!」


 男爵夫人とみられる女性が涙を流しながら感謝を伝えている。

 事態が収まったことを察し、壁際に避難していた人々から、わっ、と歓声が上がった。


「アリシア~!」

「オスカー! そっちは大丈夫だった?」

「ああ! 避難するときに多少怪我をした人はいるが、大したものじゃない。今ソフィアが治療室に連れて行ってるよ」

「よかった…」

「それより、すごい動きじゃないか! 思わず目を見張ったぞ!」

「ありがとう…。またソフィアに怒られるかも…。って、いったい私たちがいない間に何が起こったの?」

「それがな、急に魔物がテラスから現れて、それをいち早く発見した第一王子が交戦しようとしたんだ。だけど、魔物は近くにいた男爵にとりついて、そこからは…お前が見た通りだよ」

「なるほどな…」


 横でオスカーの話を一緒に聞いていたらしいルイが呟いた。何かを考え込んでいる様子だ。


 黒い靄が消えるまで男爵の傍で確認をしていたらしい魔王も、こちらに戻ってきてぼーっと物思いにふけっている。


「いやはや、素晴らしい連携だったな。さすが我が国の英雄たちだ」

「陛下!」

「大事な祝いの場だというのに、こんなことが起きてしまって申し訳ないな」


 国王がしょんぼりと眉を下げる。


「いいえ! 無事に収まったようでなによりです」


 満足そうに、うんうん、と頷いた国王は、そのまま会場の全員へ向けて話し出す。


「さて、皆も驚いたことだろう。しかし、英雄たちが迅速に場を収めてくれた。残りの時間も楽しんでいってくれ」


 その言葉に会場の人々は歓声を上げた。


「そういえば、第一王子殿下はどこにいったの?」


 先ほどまで私の後ろにいたはずだが、今はどこにも見当たらない。


「うーん、わからないけど、多分治療室にでも行ったんじゃないか?」


 同じく首をかしげたオスカーが答える。

 第一王子の行方は分からないが、とにかく一件落着である。

 こうして、慌ただしく開催された舞踏会は、小さな疑念を残したまま、幕を下ろしたのであった。

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