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魔王と呪いと告白と

「ぐあああああっ!!!」


 悍ましい叫び声とともに、大地が揺れた。城壁がみしみしと音を立てて崩れ落ちていく。城の最上部であるこの場所も、長くは持たないだろう。

 私は、目の前の巨体に突き刺した剣を抜き取った。

 その痕から、魔王の身体は徐々に塵となって消えていく。


「くそっ、なんてことだ! こんな小娘に、我は…」


 もう頭部しか残っていない魔王の、怒りに燃える目が私を捉えた。


「…ここで終わるならば」


 直後、魔王の瞳から、黒い靄が放たれた。

 靄は徐々に質量を持ち、凄まじい速さで私の目の前へ迫ってくる。


(どうしよう…、避けられない…!)


 長い死闘の末に渾身の一撃を放ち、極度の緊張から解放されていた私の身体は、全く言うことを聞いてくれなかった。


「アリシアっ!」


 背後からルイの叫ぶ声と、走り寄ってくる足音がした。

 その声を聞いたのを最後に、視界が暗転し、思考がぼやけていく。


(ああ、まだ貴方に、この気持ちを伝えられていないのに…)






 目を開くと、見慣れた侯爵家の天井が広がっていた。


「お、お嬢様がっ…お嬢様が、目を覚まされました!」

「アリシア! よかった…、本当によかった…!」


 私の顔を覗き込む茶髪の若い女性と、銀髪の青年の姿が見える。女性は口を手で覆い隠して瞳をうるませ、青年は安堵のためか顔を伏せて大きく息をついている。


(アン、に、殿下…? 私はなぜ寝て…。そうだ、魔王から何か攻撃を受けて…)


 軋む身体を叱咤し、ベッドから上半身を起こす。


「お嬢様っ、まだ無理をされては…」

「大丈夫よ、アン。…それより殿下! 魔王は、魔王はどうなりましたか!?」


 あの時、私はたしかに魔王の心臓を突き刺した。

 しかしその直後、魔王は黒い靄がかかった何かを放ってきたのだ。もしかしたら私は、魔王を倒しきれていなかったのかもしれない。そうであれば、私が意識を失った後に残された兵士たちはどうなったのか。

 不安が胸をよぎり震える声で問いかける私に対して、彼は柔らかく微笑んで、ゆっくりと言葉を返した。


「魔王は消滅した。僕たちの討伐は、成功したよ」


 その言葉に言いようもない熱い気持ちが流れ込み、抱いていた不安は、達成感と目の前の人への愛しさへと塗り替えられていく。


(今なら、この気持ちを伝えてもいいのでは…?)


 魔王との戦いが終わったら、彼にずっと伝えようと思っていたことがあった。


「で、殿下…」


 愛しい人の青い瞳をじっと見つめる。心臓が早なって耳がうるさい。

 こく、と喉を鳴らしてから、もう一度口を開く。


「…ルイ殿下。私、貴方のことが………!」


(……………?)


 意を決して開いた口からは、なぜか声が出ない。

 長く眠っていたせいで、喉が乾いてしまったのだろうか。周りの反応を見るに長い時間意識を失っていたようだから、仕方のないことだろう。

 一度断りを入れて、ベッドの傍らに用意されていた水を一口飲む。

 コップを机に置き、深く息を吐く。

 気を取り直して、もう一度。


「私、ずっと貴方のことを……! …っ!? げっほ、ごほっ」


(……………???)


「大丈夫ですか!? お嬢様!」


 アンが慌てて私の背中をさする。

 彼女の優しい手つきに、咳はだんだんと収まっていく。

 ———しかし…。


(……おかしい。言えない。なんで言えないのっ!?)


 服の裾をくしゃっと握りこむ。


(……………『好き』っていう、たった二文字がっ!!!)


「だ、大丈夫? アリシア」


 ルイが心配そうに、おろおろとした様子を見せる。


「…まだ身体が完全に回復していないのかもしれないね。僕がいると気が休まらないだろうから、今日のところはお暇するよ」


 お大事にね、と言う彼は、何も返せない私を置いて、去って行ってしまった。

 それに続いてアンも、すぐにお医者様を呼んで参ります! と、部屋を飛び出して行ってしまった。

 静寂が広がる空間にひとり残され、自分のおかれた状況に困惑し続ける。


 すると、突然、どこからか笑い声が聞こえてきた。


(くっくっくっ…)


「っ!? 誰かいるの?」


 部屋を見渡すが、人は確認できない。

 力が入らない身体を何とか動かし、足を床に降ろしたところで、その声がまた部屋に響く。


(くっくっくっ…。おや、もう我のことを忘れたか。恋とかいうくだらないものに現を抜かす奴は、やはり脳が劣っているのだな)


 妙に聞き覚えのある声だった。そう、ついこの間まで耳にしていたような——。


「…まさか。ま、魔王っ…!??」


(ふんっ、いかにも)


 その声とともに、ぽんっ、という軽い音が鳴る。

 驚いて一瞬閉じた目を次に開いたときには、見知らぬ生命体が宙に浮かんでいた。

 いや、この見た目には見覚えがある。

 禍々しい紫色の肌に、頭から生えた角。手足には鋭い爪が伸び、背中にはギザギザとした羽を広げている。

 記憶よりもずいぶん小さな、五寸ほどしかない姿だが、たしかに魔王の見た目をした何かが、空中をふよふよと浮いていた。


「っ!?」


 咄嗟にベッドの横に立てかけてあった剣を握り、躊躇なくミニサイズの魔王めがけて振り下ろした。

 しかし、たしかに魔王の中心を捉えたはずの剣先には手ごたえがなく、剣は空を切る。

 反射で動いたはいいものの、身体がまだ回復していないことを思い出したように急に力が抜けて、剣を振った勢いのままにベッドに倒れこんだ。


「くっくっくっ、残念ながら我に触れることはできぬぞ」

「なっ!? どういうこと!? それに、魔王は消滅したと、さっき確かに殿下が…」


 腕で上半身を支えて、キッと魔王を睨みつける。

 そんな私をあざ笑う相手は、余裕を見せながら続ける。


「そうだ。お前らによって、我の身体は消滅させられた。まさかこんな小童どもにやられるとは思わなかったが……、油断したようだ。しかし、我は身体が消滅する直前、魂だけを抜き出すことに成功した」

「………」


 わけがわからないし、目覚めたばかりの頭では思考が全くまとまらない。

 魂だけ抜き取るだなんて、魔王にはそんな能力もあったというのか。

 とにかく、このミニサイズ魔王から目をそらしてはいけない。魂だけとなった今の状態でも、何をしてくるか分かったものではない。


「そう警戒せずともよい。身体を失った我が、お前に攻撃を与えることはできんぞ」

「…なら、何が目的?」


 上半身を完全に起こすことができた私は、剣先を魔王にスッと向ける。

 目の前にいるのは散々人間を欺いてきたという魔王なのだ。嘘をついている可能性だって捨てきれない。


「ふっ、教えてやろう。我の目的は…」


 突如、ドアをノックする音が聞こえた。


「お嬢様! 失礼いたします!」


 侍女のアンの声だ。

 医者を連れて戻ってきたのだろうか。

 しかし、こんな状況に巻き込むわけにはいかない!


「アン、まっ…」

「お医者様はすぐにいらっしゃるとのことです。お先に追加でお水を持って参りまし……? どうされたのですか、お嬢様?」


 水差しとコップをお盆に載せて部屋の中に入ってきたアンは、私を見て困惑した表情を浮かべる。


「なぜ、ベッドの上で剣なんて構えて…? あっ…、やはり魔王との戦いの後ですから、気が休まらないのですか? そうすぐに緊張感は解けないですよね」


 うんうん、とひとり納得したように頷くアンは、私の前にいる魔王に目もくれない。


「ね、ねえ、アン? ここに、何か見えない?」


 にたにたと笑う魔王の魂(?)を指さす。


「? いいえ、…何かありますか?」


 アンは目をパチパチと瞬かせ、私の指の先にある空間に目を凝らしているようだが、本当に魔王が見えていないようだった。


「くっくっくっ、お前以外の者に我の姿は見えんぞ。ついでに声も聞こえん」


 そう言った魔王はクルっと身を翻し、部屋に日光を入れようとカーテンに手をかけているアンのもとへと飛んでいった。

 いくつもある大きなカーテンを開くために動き回る彼女と、その周りを飛ぶ魔王は何度か接触しているように見える。しかし、その度に魔王の身体はふわっと彼女をすり抜けていくのだ。その際も、アンは魔王に見向きもしない。

 少し状況が分かり、しかしながら理解した状況に頭を抱える私は、アンに声をかける。


「アン、少しひとりにしてもらえないかしら? もう少しゆっくり休みたいの」

「はい、もちろんです! ですが、先にお医者様に診察していただいてからの方が…」

「いえ、本当に眠たいの…。また後にしてくれないかしら」

「承知いたしました。お医者様にもそうお伝えしておきます!」


 アンは空のコップとお盆を持って部屋を後にした。

 そして、再び、部屋の中は私とミニ魔王だけになった。

 ふう…、とため息をついて剣を鞘に戻し、脇に置く。


「それで、何が目的なの?」

「やっと普通に話す気になったか」

「あなたが私に攻撃する気がないっていうことは信じるわ。無防備なアンにも何もしないし。…それにあなたに攻撃が通らないなら、剣を持っても疲れるだけよ」


 ベッドの上に腰をかけなおす私を横目に、魔王は不機嫌そうな声を上げる。


「ふんっ。本当に憎らしいことだが、我はもう以前のように力をふるうことはできん。しかし何の因果か、我の魂は冥界に戻ることなく、ここに留まっている。だから、この状況を楽しみたいのだよ。そう、我の目的は……」


 だんだんと笑いの混じったものへと変化していく魔王の声に、私はごくんと喉を鳴らす。


(あの邪悪な魔王のことよ。いったい何を——)


「お前の不幸を見届けることだ」

「………は? 私が不幸になるっていうの?」

「ああ。覚えておらんのか? 我がお前に呪いをかけたことを」

「呪い…ですって…? まさかあの黒い靄は…」


 意識を失う前に見た、最後の光景を思い出す。あの靄の正体は、呪いだというのか。


「………っ、いったいどんな呪いだというの!?」


 くっくっくっ、と下品な笑いこぼし続ける魔王は、散々もったいぶってから答える。


「ああ、教えてやろう。我がかけた呪い。それは、———好きな者に告白できなくなる呪いだ」


 魔王の言葉に、私は固まる。


(……………はい??)


 そうか、だからさっきルイに告白しようとしたときに声が出なかったのか、と冷静に考える私が一割ほど残っている。

 残り九割は大混乱である。


「さっきはうまく呪いが発動していたな」


 魔王がドヤ顔まじりの嘲笑をする。


「え、まって、うん……? ……ん?」


 魔王の言うことを理解しようとするが、頭の中に疑問が浮かび続け、処理が追い付かない。

 魔王が最後の力を使って私に呪いをかけたのは分かる。

 しかし、なぜ告白を制限する呪いなのか。こちらが言うのも何だが、私を不幸にしたいなら何かこう、もっと他になかったのか。いや、それで済んでよかったというべきか。そもそも、なぜ魔王は私に好きな人がいることを知っているのか。

 固まり続ける私に対して、魔王が続ける。


「我はお前が最も願っていることを妨害する呪いをかけたのだ。そうしたらこうなった」


 たしかに、私が魔王にとどめを刺した後に一番に考えたのは、ルイに告白することである。だからこそ、このような呪いになったというのか。


(いや。でもとりあえず、私以外が困らない呪いだから良かったじゃない。そうよ、あのとき告白を一番に考えていてよかったわ)


 回らない頭は、必死に状況を肯定的に捉えようとする。

 しかし、散々考えて一度冷静になると、何だか怒りが湧いてきた。

 なぜ、倒したはずの魔王によって私が自分の願いを諦めないといけないというのか。


「…呪いを解く方法は?」

「さあ、何だろうな?」


 にたにたと笑う魔王を今すぐ切り倒してやりたいが、物理攻撃が効かないことは先ほど分かっている。


「くっくっくっ、これからが楽しみだな。お前が願いを叶えることなく朽ちていくのを見届けるまで、我の魂は冥界には戻らぬぞ」

「…この悪趣味魔王め」


 魔王の言葉を聞いて決心した。

 呪いに屈することなく、彼に思いを告げ、その魂を冥界に還してやる。


「呪いなんかに負けないわ。そして…、必ず、私は幸せになってみせる!!!」


 こうして、おかしな呪いと格闘する日々が、幕を開けたのだった。


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