1-9 特別任務
アルダイル基地襲撃の報は瞬く間に第二十二基地へと伝わった。同じくアーバンシアを防衛するその要がたった数機のTCG部隊に襲撃され危うく陥落しかけたのだ。
近隣のジメリア軍への動揺は凄まじいものだった。しかし、先の反攻作戦に置いてアルダイルに散々煮え湯を飲まされてきた第二十二基地は、やられたのが味方である事も忘れ、因果応報だとそれに歓喜し、朝だというのに地下のバーでは、そこかしこで乾杯の声が聞こえていた。そんな兵士たちを無視して、リンファはいつものカウンターへと向かう。
「ジョエル曹長」
「ん?なんだ、リンファか。相変わらずつまんなそうな顔をしてるな、お前は」
「バニング司令からストーム隊とレッドファング隊に召集がかかってます。執務室に来るようにと」
「はあ?もう一杯、、、わかったよ。せっかくいい気分だってのに、わかったわかった」
ジョエルは空になったジョッキを手放し、そのまま酒瓶に口をつけ残りを飲み干した。夜からずっと飲んでいたのか顔はすっかり赤いがその足取りは意外としっかりとしている。
「そんな状態で、司令に会うなんて普通なら厳重注意どころではないですよ」
「向こうが勝手に呼んだんだ、知らないね」
「そもそも、待機中にお酒を飲むのが如何なものかと」
「はー、相変わらずお利口ぶりやがる。生真面目なだけで不器用なやつは早死にするぞ。それにどうせ、あの親父も飲んでるさ」
ジョエルの愚痴を流しながらバニングの執務室へと着くと、ストーム隊とレッドファング隊の残りメンバーはすでに揃っていた。レイモンド少尉はジョエルの様子を見ると、ため息をつきリンファに手間を掛けたと謝った。
ノックをして執務室へと入ると、室内はまるで空き巣に入られたかのように荒れ果てていた。デスクに積まれていたはずの書類は床に散らばり、戸棚もめちゃくちゃだ。そんな部屋の真ん中でバニングはグラスを片手に静かに座っていた。
物がなくなりすっかり綺麗になったデスクの上には、ウイスキーのボトルが置かれている。ジョエルがほらなと笑ってこちらを見てきたが、面倒なので無視する。
「よく来たな。次は返事をしてから入れ。部屋を片付ける隙もない」
「なら、片付けてから呼んでください」
反射で思わず不躾な物言いで返してしまう。いつものように睨まれるかと思っていたが、意外なことにバニングはそれを笑って流した。昨日までは相当荒れていたと聞いていたが、今回の件で少しは溜飲が下がったのだろう。
「ふん、本題に入ろう。アルダイルのアホどもが無様にやられたことは喜ばしい事だが、いち司令としては手放しに喜べん。あれでも、このあたりでは重要拠点だからな。あそこが落ちれば問答無用で次はここだ」
バニングが人さし指でデスクを叩きながら、わざとらしくため息をついた。相変わらず敵にも味方にも愚痴が溜まっているらしい。バニングはウイスキーのボトルとグラスをデスクの端へ避けると、電子地図(紙地図のような電子媒体)を広げた。スイッチを入れると地図が起動しアーバンシア地方の地形、基地の位置やユーラルシア軍の動きなどが標示される。
「潰しそこねた中継基地へは敵部隊が集結し、アルダイルを襲った独立遊撃部隊はそのまま南下、ジメリア領内を通りノクトバーン基地へ向かってる。集結した敵の大部隊と共にノクトバーンを落とすつもりだろう」
「なるほど、第二十二基地は無視してノクトバーンの攻略にかかると。スノーホワイトらも素通りしてくれるってんなら、これほどありがたいことはないね。あれとまたやるってなったらたまったもんじゃない」
「はっ、奴らからしても二度も来るような場所じゃないってことさ」
レイモンドとジョエルの反応はもっともだった。開戦直後に第二十二基地は一度スノーホワイト率いる独立遊撃部隊の襲撃にあっている。その時は旧第1小隊と第2小隊で撃退したと聞いたが、第1小隊は隊長を残し二人が撃墜され死亡。レッドファング隊も一人撃墜され死亡している。
「それで、この基地に来ないならなぜ招集を?、、、まさかノクトバーンの援護に?」
「そのまさかだ」
マークの質問にバニングが投げやりに頷く。
「ノクトバーンの戦力なら僕らが出るような幕でもないような気はしますけどねー。わざわざ出張って行くより、弱体化したアルダイルの救援のほうが現実的では?」
ノクトバーンが落とされれば間違いなくこの基地も終わりだが、ノクトバーン基地はアルダイル基地と対を成すアーバンシア地方の要であり、第二十二基地とは規模も違えば戦力も桁違いだ。ナツメの言う通り数機のTCGが援護に行った所で焼け石に水だろう。
「これは向こうからの要請だ。敵独立遊撃部隊の強襲に合わせて、中継基地に集結してた大部隊が侵攻してくる可能性があるとのことだ。いくら腑抜けとは言えアルダイル基地を数十分で軽くひねった奴らだ。ノクトバーンからすれば先に潰すか弱体化させれるなら喜ばしいと言ってきた」
「それで俺たちを送ると」
「そうだ。ストーム隊は確定だ。レッドファングも出したいところだが、、、レイモンド、昇進したければもう少し取り繕うと言うことを覚えたほうがいい」
「はぁ、この年でお説教なんてごめんだな。この基地で昇進なんてなんの価値にもならんのはあんたもよく知ってるだろ。ロックスミスがやられて基地の戦力は下がってる。手柄は新進気鋭の若者に任せて留守番させてもらいたいね」
そう言い切ったレイモンドにバニングは何も言わなかった。最初からレッドファング隊を出すつもりもなかったのかもしれない。拒否権がなかったのはどうやら私達だけらしい。しかし、その判断に反発したの同じくレッドファング隊の一人だった。
「なっ!隊長!どうして出ないんです!兄貴のかたきなんですよ!」
レイモンドの肩を掴んだハイドはひたすら何故なのかと、不満を爆発させていた。レイモンドは振り返りもせず地図を見たまま何も言わなかった。
スノーホワイトの襲撃で死んだレッドファングの一人は、自分が本当の兄のように慕っていた人だったと、酔っぱらったハイドに絡まれ聞かされたことがある。まるで駄々をこねる子供のような彼を止めたのは、ジョエルだった。
「黙れハイド。半人前のお前が出た所でジャックの後を追うだけだ。お前は大人しくレイと私についてくればいい」
「なんだとぉ!あんたは悔しくないのか!憎くないのか!あいつらがよぉ!」
「これだからバカはこまるんだ、、、」
ジョエルへと掴みかかったハイドは軽くあしらわれ、腕をきめられるとそのまま外へと連れて行かれていった。結局、それから二人が戻ってくることはなかったが、彼女からすればここから抜け出すいい口実になったのだろう。
「やれやれ、やっと静かになったな。向こうの要請は独立遊撃部隊の足止めもしくは撃破だ。それが出来れば、ストーム隊が出ようがレッドファング隊が出ようが関係ない。その代わりノクトバーンから物資を幾分か回すように交渉済みだ」
「直ぐに出発ですか?」
「陸路では間に合わんと言ったら、迎えが来ることになった。その関係で今日の夜20:00に出撃だ。それまでに準備を済ませておけ、前回同様数日は帰ってこれないからな。レイモンドお前は残れ、ストーム隊は解散、ミーティングルームで待機だ。後で詳しい資料を持っていかせる」
執務室から出た三人はその足でミーティングルームへと向かう。準備と言っても大したものはない、それよりもあのスノーホワイトと戦闘するのだ。各地で猛威を振るう敵エースを倒すことさえ出来れば本格的に反撃が始まるだろう。
ユーラルシアに奪われた領土を取り返し、敵本土へと進むことが出来る。それがリンファには兎に角待ち遠しかった。無意識に力が入り拳が震える。確実に成し遂げて見せると。
□■□
ミーティングルームには、マーク、リンファ、ナツメ、そして整備部隊の代表としてアカネの四人と作戦に参加する輜重部隊の代表二人が集まっていた。
「それでは作戦概要を説明する。目標であるユーラルシア独立遊撃部隊、通称【ボアズハート隊】は、現在、マーナガルム級強襲陸戦艇で第二十二基地東部、つまり俺達の後ろ、ジメリア領土を堂々と横断し、ノクトバーン基地へと進行中だ。これを第二十二基地とノクトバーン基地のちょうど中間に広がる峡谷地帯で待ち伏せし撃墜する」
「バニングが言っていた迎えは?」
「作戦地点上空まで、大型の輸送用ヘリで移動、投下されることになってる」
「豪華だね、うちにもあったら便利かな」
「あっても物資不足ですし整備の手間が増えるだけなので完全に宝の持ち腐れですね。いじってみたい気概だけはありますよ!」
「続けるぞ。最悪なのが俺達を投下後ヘリはそのままノクトバーン基地に帰還する。つまりは帰りは陸路だ」
なるほど使いっ走りのやっつけお使い任務らしい。この調子なら足留めも殆ど期待されていないだろう。結局ノクトバーンもアルダイルと変わらないらしい。
「そういえば二人はTCGで降下したことある?」
「訓練で数回だけ、あまり好きじゃない」
「同じだな。まあ、降りるだけならいいが、降下地点は峡谷地帯だ。失敗すれば谷底だ」
輜重部隊の数人の顔色が悪くなる。落ちればホバートラックもTCGもタダでは済まないだろう。そうなれば作戦どころではなくなる。
「それから敵戦力だが、マーナガルム級陸戦艇が一隻、そこにスノーホワイト、その護衛のTCGが四機だ。戦闘中、近づくまでは陸戦艇の主砲からの攻撃を受ける可能性はあるが、TCG同士の戦闘が始まれば誤射を避ける為その可能性は低いだろう」
「ハンツマン?あのTCGそんな名前だったんですね。ジメリアっぽくもありユーラルシアっぽくもあるTCGで戦闘映像を見たときから気になってたんですよ、どこにも情報が無くて」
こんな所で知れるとは、と資料に書かれたハンツマンの情報にアカネが食いついている。情報提供者であるナツメを見れば素知らぬ顔で資料をめくっていた。ナツメと知り合ってしばらく経つが、彼は物知りでは片付けられないような所まで知っている節がある。彼が本当にただの准尉なのかも怪しく思えるが、なんとなく、突っ込んで聞いてはいけないような空気があった。
「実際の戦闘映像やレイモンド少尉、ジョエル曹長の話からの情報だが、やはりスノーホワイトはその圧倒的な機動力と主兵装の高出力レーザーキャノンが脅威だ」
前のプロジェクターに、第二十二基地やアルダイル基地でのスノーホワイトの戦闘を記録した映像が映し出される。
「見ての通り足を止めれば即刻やられる。レーザーは暫く持続して照射し続ける事が可能で、シールド越しでも脅威だ」
「成る程、まとめて撫で斬り、いや撫で撃ち?されるかもしれないってわけねー」
「それなら逆に味方が邪魔になって一人で出てくる?」
「いえ、それはないかと」
スノーホワイトだけならやりやすいかと考えていると、アカネがそれを否定する。
「戦闘記録を漁ったんですが、どれも戦闘時間が短くて、あの機動力と武装なら相当なエネルギーを消費するので、長時間の戦闘は出来なんじゃないかと思いまして」
「なるほど、スノーホワイトの戦闘継続能力の低さを補うためにハンツマンが出てくるわけか。拠点であり、戦闘後の早期補給のために陸戦艇というのも納得がいくな」
「はい!そういう事です!推測ですが、間違いないでしょう」
「それ、具体的な時間は?」
「色々と調べたところ、10〜15分くらいかと」
どちらにせよさっさとやれば問題ないだろう。時間制限がこちらに有利に進むというのもいい点だ。ヴァミリオンの機動力なら早々に狙い撃たれることも無いだろう。
「ちなみにハンツマンに関してだけど、性能的にはサイクロプスⅢとどっこいって話だね。継戦能力重視で設計されているから、装甲もそこそこあるし、様々な武装に対応してる。らしいよ、うん」
「ショットガン、バズーカ、マシンガンに近接用のハンドアックスなどですね。ここまで多様な武装が出来るなんて凄いですよね〜!」
「スノーホワイトばかり注目されるが、護衛の一人は肩の猟犬からヴァシリ・アシモフであるとされている。それが本当であれば残りも間違いなく手練れだろう。全員気を引きしめて行くぞ」
だんだんと鼓動が速くなるのを感じる、気分が高揚してきた。この調子だと任務開始までに気疲れすらしてしまいそうだ。落ち着かなければ。最近こういう事が増えてきた気がする。ナツメやジョエル曹長などに戦闘狂だと言われるが、別に戦闘が好きな訳では無い、はず。
戦闘は私が出来るユーラルシアへの復讐に最も適した手段に過ぎない。ただ、どうにも最近自分の感情の制御が下手になっている気がしてならない。目をつぶればあの日の炎が瞼の裏に揺らいでいる。
心を落ち着けるように深く深呼吸する。まだ、ブリーフィングは終わっていない。
「第1目標はスノーホワイト及びハンツマン四機の撃破だ。第2目標は敵強襲陸戦艇の破壊だ。最悪、敵の戦力さえ削げればこっちの勝ちだ、生き残ることを最優先に考えろ。以上、質問なければ解散。各位作戦開始に備えてくれ」
「りょーかい」「「「了解」」」「はい!」
輜重部隊の二人が、慌ただしく退出していく。残されたのはいつもの四人。
資料を片付け始めたマークは相変わらず難しい顔をしていて、アカネと話すナツメはいつも通りに見えるが相変わらず何を考えているか分からない。
私もどうも感情の高ぶりが酷く落ち着かない。
一度戦闘が始まれば、皆いつも通りになるのだろう。けれど今は何となく、いつになく三人の向く先がバラバラに思えた。
□□■
こちらを見て何か言いたげだったリンファが、機体に関しての相談かアカネと共に部屋から退出していく。彼女はこの基地に来てから随分と変わった。初めて会った頃のリンファは兎に角ユーラルシアへの怨みとその復讐の為だけに生きていた。
そんな彼女を暫くは理解できなかったが、仲良くなり彼女の生立ちを聞けば、肯定こそしないが、仕方がないとも思えた。
そんな彼女も今では他者と交流を持ち、怒りや怨み以外の感情を少しずつ見せるようになっている。良くも悪くもこの基地の環境がよかったのか、最近はジョエル曹長とよく話しているのを見かける。
ただ、ブリーフィングの最後の方もそうだったが、少し戦闘狂じみてきたのだけは心配だ。
ふと資料を片付ける手を止め、顔を上げるとナツメと目が合った。部屋に不思議な沈黙が流れる。彼にじっと見られると何か見透かされるようで不思議な気分になる。
「何を悩んでる?」
「、、、随分とストレートだな」
まさか、前置き無しに踏み込んでくるとは思っていなかった。そこまで深刻そうに見えたのだろう。
彼は初めて戦場で出会ったときから頼りになる人で、この基地に来てからは頼ることも多かった。どんな他愛もないことも話せてしまうからこそ、話しすぎてしまうことが怖い。
「別に悩みってわけじゃない」
「いいからいいから、思うことはあるんでしょ?」
真剣なようで、真剣じゃない。気を張っているようで、気が抜けている。彼と話しているといつの間にかペースを握られている。
「、、、俺はこの戦争を止めたい。そうすべきだと思ったから軍に入った。リンファのようにユーラルシアを憎んでるわけでも、愛国心で戦っている訳でもない」
「へ一、いち兵士にしては、傲慢というか高尚な考えだな、面白い、続けて?」
この話をリンファにして彼女に胸ぐらを掴まれ、睨みつけられてから、理解されることはないだろうと人にすることはなかった。
「あの哨戒任務で初めて戦闘を経験して、友人を失って、基地に来て沢山の任務をこなして」
「懐かしいねー。でも、今や最速でこの基地のエースだから、流石だよ」
たかだか四ヶ月、しかしその短い間に、沢山のユーラルシアの兵士の命を奪い、仲間の命を守ってきた。その時出来ることを全力でこなしてきた。
「ずっと戦って戦って戦って、それで何かが変わるのかが分からなくなった。このまま、俺は戦争を止めることも出来ず、、、ただ尽きてしまうのが怖い、、、」
俯き思いを吐露するたびマークの顔が曇っていく。
これまで何でも上手くこなしてきた。幼い頃から天才だともてはやされてきた。だからこそ自分にはそれが出来ると。戦争を止めるほどの人物に、英雄になるという目標は酷く傲慢で、けれど、一度も不可能だとは思わなかった。
しかし、いつの間にか分からなくなっていた。本当に自分にそれが成せるのか、どうすればいいのか。今、この胸に広がる感情が何かすら上手くわからない。
そんなマークにナツメは優しく笑いかけた。それは馬鹿にしたようなものではなく、まるで子供の成長を見守るかのような慈愛すら感じる笑顔だった。
「確かにこのまんま、こんな小さな戦場に身を置いても、すり潰されて消えちゃうかもね」
肯定。ナツメの言葉にゾクリとした感覚が広がる。
「なら、俺はどうすればいいんだ、、、俺の願いは想いは、ただの自惚れだったのか」
悔しさや不甲斐なさではない、生まれて初めて生じた強烈な、そう絶望感だ。マークがそれを理解した途端、心が蝕まれその感情が一気に身体に広がっていく。
だめだ、これ以上は考えてはいけない、切り替えないと。
「ならば、環境を変えるしか無い。いつかは分からない。けれど、いずれ来るかもしれないチャンスに、変革に、全てを捨てて飛び込む勇気は、、、」
ナツメの言葉がマークの胸へとすんなり溶けていく。
「覚悟はある?」
ニヤリと笑うナツメの真っ黒な瞳はマークの姿を確かに映しながら、しかし、もっと別のものを見つめているようだった。そして、部屋に再び沈黙が訪れた。