1-8 白の閃光姫
旧ジメリア領、第二十二基地が位置するアーバンシア荒野を北西へと向かった先に現れる山岳地帯。ユーラルシアによって均された台地に新たに作られた中継基地で激しい戦闘が行われていた。
『ストーム隊、レッドファング隊、ロックスミス隊、各位。こちら作戦本部、作戦時間残りわずかだ。目標ポイントα、β、Γいずれも健在、急ぎ破壊せよ。時間がない。』
『おいおい、わざわざ敵にバレバレの偵察機まで飛ばして、基地の規模を読み間違えた無能本部から催促が来たぞ。ちっ、アルダイルのやつらもう帰りの準備をしてやがる』
レイモンドのサイクロプスⅢが右手に持ったマシンガンで戦闘車両を破壊しながら、守るもののいなくなった目標施設へと左肩に担いだバズーカを放つ。
「これで六つ」
そのすぐ近く、ヴァミリオンが振り下ろされた大剣を躱し、そのまま後ろに回り込み背面からファントムを貫いた。ブレードを引き抜けば、沈黙した機体が力なくゆっくりと崩れ落ちる。
ロックオンアラートが鳴る。
リンファは特に焦ることなく此方に銃口を向ける敵機を一瞥すると、何食わぬ顔で機体を走らせた。ヴァミリオンの後を追うように弾丸が飛ぶ。
[速い!あれがTCGの機動力だと!?なっ!後ろ!?ぐぁああ!]
躍起になってヴァミリオンへと射撃していたソルダが後ろから現れたサイクロプスⅢのバトルアックスによって両断される。
ファントムの装甲や部品をそのまま流用したハイド機はもはやサイクロプスとは言い難い見た目をしていた。
「助かった。まだやられてなかったんだ」
『当たり前だ、お前らだけには活躍させねぇ、うおっ!?こいつ!』
『はいはい、つぎつぎ油断しない』
ハイド機に襲いかかり鍔迫り合いをしていたファントムが、ナツメのサイクロプスⅡ改に狙撃されて吹き飛ぶ。この辺の敵はあらかた片付いただろう。少し離れた場所で一際大きな爆発が見え、暫くしてナイトオウルが現れた。
『本部、こちらストーム隊マーク・ネクスト。ポイントαの目標施設を破壊した。これより味方の撤退を援護する。リンファ、マーク行くぞ時間がない』
「了解。全員黙らせればいいんでしょ」
『はは、発言がもう立派な戦闘狂だ』
『こちら、レイモンド。ストーム隊、ハイド、ポイントΓへ向かえ、まだ落ちてない。それからそのままジョエルの撤退を援護してくれ。あれは足が遅い」
『鈍足で悪かったな、だが、こっちももう落ちる、βがまだ落とせてない、ロックスミスの所だそっちに行ってやれ。どうやら面倒なのが来てるらしい』
『こちら、作戦本部。作戦時間終了。繰り返す作戦時間終了。直ちに撤退せよ。敵大規模部隊が向かってきている。アルダイル基地所属はもう上がった。ストーム、レッドファング、ロックスミス、あとはお前らだけだ、早急に離脱しろ』
『ストーム、レッドファング。こっちはいい、先に上がってろ。俺たちは残業だ。アルフお前も行け』
『で、ても!隊長!』
『白の閃光姫、奴をやるのは俺たちで十分だ、行けっ』
第二次侵攻による開戦から四か月、防戦一方だったジメリア軍が満を持して行った南西部戦線における多点同時反攻作戦は失敗に終わった。
第二十二基地は、第1小隊へと昇格したストーム隊、第2小隊のレッドファング隊、第3小隊のロックスミス隊という主力部隊を投じ、基地が位置するアーバンシアにある二つの重要拠点、その片方であるアルダイル基地との合同作戦に参加。山岳地帯に作られた敵中継基地及び物資集積場破壊任務。決して難しい作戦ではなかった。
しかし、それは第二十ニ基地を侮りその協力や助言を跳ね除けたアルダイル主導による作戦本部の失態により地獄と化した。
当初の予定では、ステルス機による敵中継基地を秘密裏に偵察、そこから割り出した敵基地規模から作戦を立案し奇襲をかけるというものであったが、アルダイルの飛ばした偵察機が敵に発見、撃墜さた上に中継基地の規模を読み間違った状態で作戦が立てられたのだ。
作戦が始まれば、アルダイル基地所属部隊が、予想に反して奮闘する第二十ニ基地に所属する小隊を矢面に立たせ、目標地点を破壊し早々に撤退。その結果、ポイントβの破壊失敗、敵エース機体と対峙し殿を務めたロックスミス隊の隊長機、二番機の大破という結果で作戦は幕を閉じた。
アルダイル基地は戦力をほぼ無傷で温存し、手柄だけを主張すると作戦失敗の責任ほ全て第二十ニ基地へと押し付けた。その日のバニングの荒れようは目も当てられない状態だったという。
□■□
『オーライ!オーライ!よく無事で帰ってきた。ご苦労だった。おい、さっさと道を開けろ、ストーム隊を戻すのが優先だ!整備班準備しろ、つけたらすぐに開始だ!』
『レッドファングの機体は4番からまわして下さい。後ろが支えてます!あー!デッドスカルはこっちじゃないです!裏から外に!』
煤けたTCG達が基地へと帰還する。第4小隊デッドスカル隊の四機が入れ替わるようにして哨戒任務へ出撃する。帰還した作戦部隊の雰囲気は暗い。
話によれば、作戦が実行された他の地点でも同じ様に作戦は完遂されず、全体で言えば任務達成率は60%に満たないとのことだった。
『少なくとも無事に帰ってこれただけ上出来か。俺たちは、だが』
『いやー、流石に連日の出撃だったってのもしんどい所だったね。流石に休みたい』
「機体を整備すれば、まだ戦える」
『落ち着けリンファ。失敗とは言え、敵中継基地の主要施設は破壊出来たんだ。やつらも暫くは来ないと、そう願っておこう。流石に少しは休みたい」
『リンファもちゃんと休みなよ、身体は資本なんだしさ』
「わかってる」
三人が機体を所定の位置に戻すと、壁のアームが機体がロックする。流石に疲れたと、ぐったりとしたリンファ達が降機すると機体の全てのハッチが開き、慌ただしく整備が始まった。敵が来ればすぐにまた出撃命令が出るだろう。
日の出と共に作戦が始まり今はもう夕暮れ。機体から降りると、張っていた気が緩み一気に疲れが来た。
担当のメカニックに機体の操縦の感覚や違和感などを話し格納庫を後にする。早くシャワーを浴びて、着替えたい。リンファは重たい身体を引きずって各小隊用に設けられている調整ルー厶へと向かった。
水に濡れて真っ直ぐに垂れた赤い髪が少し肩に触れる。それそろ切らないと邪魔か。昔は伸ばしていた髪も軍に入ってからは軍帽に入れやすいように短くしていた。シャワーを止め、壁に掛けてあったタオルを手にする。少し生き返った。
着替えてシャワールームから出ると、待機所でマークがぼんやりと窓の外を眺めていた。同じ様にシャワーを浴びた後なのだろう、毛先が少し濡れていた。
「今のままじゃ、、、だ、何も、何も、、、れない、変わらない、、、」
「何か言った?」
「?、ああ、リンファか。いや、何でも無い」
タオルで濡れた髪を拭いていたせいで、マークの言葉は上手く聞き取れなかった。マークの何か悩むような表情を最近はよく見るようになった。
少し寝てくると部屋から出ていったマークが眺めていた空はどんよりと曇り、寒さも相まって雪でも降りそうな気配がした。
二時間ほど仮眠をして食堂で遅めの夕食を取っていると、マークもちょうど今から夕食らしく、向かいの席に座った。士官学校時代を思い出すが、あの頃とは違いマークは少し冴えない顔をしている。
「、、、よく眠れた?」
「ああ、流石に疲れていたからな。マシにはなった」
こういう時、相手にどう話しかければいいのか分からない。気にならないわけじゃないが、助言や相談が必要なら本人から話をするだろう。実際マークに関しては士官学校時代もそのようなことが多かった。
リンファは何となくマークから視線をそらし、硬いパンをちぎり口に放り込んだ。相変わらず硬くて味がしない。
「ロックスミスは解隊らしい。そのまま第3小隊の枠はデッドスカルに、空いた第4小隊に元第1小隊長ジャック・アワード中尉、生き残ったアルフ軍曹、デッドスカルの補欠だったエドワード伍長でデッドスミス隊となるらしい」
「ロックスミス、デッドスカルを合わせてデッドスミスか。あの中尉、引きこもってたんじゃないの?」
「まだ、万全ではなさそうだが。ロックスミスをやった敵エースの話を何処かから聞いて出てきたらしい、元第1小隊員のかたきでもあるからな」
「白の閃光姫、スノーホワイト」
「ああ」
リンファ達が、第二十二基地へと着任する以前にジャック・アワード中尉率いる第1小隊を壊滅させ、今回の作戦ではポイントβでロックスミスを迎え撃った敵エース。
まるで白いドレスを纏った女性のような姿をしたTCG。
腰からロングスカートのように展開されるバランサー兼スラスターとホバー走行によって可能にされる圧倒的な安定性と機動力。
その特徴的な見た目と閃光の如き速さで戦場を駆ける姿から、白の閃光姫、スノーホワイトと称されている。
「第二次侵攻から突如として現れ、この四カ月で随分と被害を出してる。まだ実際に出会ったことはないけど、初日であったらちゃんと死んでただろうね」
いつから聞いていたのか、食べかけの夕食が乗せられたトレーがリンファの隣の席に置かれる。見かけなかったがナツメは先に来ていたらしい。
「俺たちが来る前にここの基地を襲撃したのもそいつらしい。第1小隊含め当時の主力で迎え撃ったとはいえ、ここの設備がよく保ったな、まともに潰されたのは幾つかのレーダーと格納庫一つと聞いたが、、、」
「そうそう、つまり、二人の機体を使えなくた犯人」
まあ、おかげでヴァミリオンに出会えたのだ。ある意味、恩人でもある、戦場で会えばお礼にブレードの錆にしよう。
「白の閃光姫は言わずもがなだけど、周りにいるお付きの小隊も馬鹿にできないよ。灰褐色のサイクロプス似のTCG、ハンツマンが四機。しかもパイロットの一人はあのヴァシリ・アシモフ」
マークの眉間にシワが寄る。私でも知っている名前。
ユーラルシアの英雄、狼犬ヴァシリ・アシモフ。第一次侵攻からユーラルシアのエースパイロットとしてジメリアの脅威となっていた男だ。
停戦間際に一度ジメリアの捕虜となるも逃げられ、その後すぐに停戦が結ばれた。逃げられていなければ、捕虜の交換条件としてもう少しマシな停戦協定になっていたとされ、ジメリアで広く知られる軍部の失態として有名な事件である。
「一つの部隊にエースが二人。TCGは聞いたことのないやつだが、ユーラルシアの新型か?」
「いやいや、鹵獲したソルダの改良フレームをベースに、当時のジメリア軍の最新鋭技術をふんだんに盛り込んで作った試作TCGさ」
「は?ジメリアの機体?なんでそんな物が敵の手に、、、」
ナツメはこちらをチラリと見て笑うだけで、その疑問には答えず機体の説明を続けた。クイズか。ナツメのことは仲間として好いているが、自分で考えてみるように促す癖は正直好かない。まるで、先生のようだ。
「ジメリア特有の無骨な装甲に、頭部中央にお馴染みの一つ目、その左右に二つずつの複眼が特徴で、パット見ればユーラルシアの物じゃないのは一目で分かるんだけどねー。対峙しても、これがどうしてなかなかバレない」
マークが飲んでいたコーヒーを置いて、ため息をついた。分かったらしい。ああ、なるほど。大きな汚点は一つの穴で出来た訳では無かったということか。
軍部の腐った部分は今日もよく見てきた所だ。
「強奪され狼犬の逃げる足になったのか。そして新型機の存在は元々無かったことにされた」
「正解。色々と緘口令が敷かれてるから、この事実を知る人は一握りってわけ」
なぜナツメはその事実を知っているのか。リンファがその疑問を口にする前に、ナツメがまたしても口を噤んだままニコリと笑った。
「きっともうじき必要だと思ったから、伝えておこうと思って。じゃあごちそうさまでしたー」
ナツメは律儀に手を合わせ、トレーを手にテーブルを離れていく。残されたリンファとマークはその背中を怪訝な目で見ていた。
□□■
雪がちらつく大地、欠けた月がジメリア軍アルダイル基地領内へと侵入する中型強襲陸戦艇を照らしていた。基地のあちこちで警報が響き迎撃部隊が出撃する。
陸戦艇後部の狭い格納庫には白いドレスを纏ったようなTCGを囲むように、四機の灰褐色の無骨なTCGが待機していた。
[ハエどもはこっちで落とす。姫さんはいつも通り好きに暴れてきな。奴らに身の程を教えてやれ、ボアズハート隊出るぞ]
[皆さんもご武運を。ヴァレリア、スノーホワイト出ます]
走行中の陸戦艇のハッチが開く。白いTCGが滑るように出撃し、それに続いて四機のTCGが飛び降りる。陸戦艇は役目を終えるとそのままUターンし足早に基地から離れていく。
[では、お先に]
白いTCGのスカート部分が七つに分割、展開され、細身の脚部が隙間から覗く。脚部と裾のスラスターが火を吹き、機体が地面を滑るように一気に加速する。その速さは全てを、味方すらも置き去りにした。
[存分にどうぞ]
[相変わらず速い。隊長、俺たちも行きましょう]
[そうだな、さっそくハエが来たようだ]
侵入者を迎え撃とうと飛び回る攻撃ヘリにハンツマンのショットガンで向けられる。次の瞬間、散弾を受けたヘリが空中で爆散し墜落した。ハンツマンが銃口を上に向け、左手でポンプアクションを行うとショットシェルが排出されガランと地面を転がった。
[さて、始めるぞ]
[[[了解]]]
一方スノーホワイトは、まるで氷上を滑り舞うように敵機の間を駆け抜けていた。迎撃のために出撃したサイクロプス達は、その動きに全くついて行けず翻弄され思わず足を止める。
『はっ!早すぎる!』
『いいから撃て撃て撃て!』
『まてっ、ここでは味方や施設にあたっ!!』
スノーホワイトのその華奢な機体とはアンバランスに大きな高出力レーザーキャノンがサイクロプスへと向いた。一機、また一機と光の線に貫かれ、スノーホワイトの動きとともにそのまま切断される。
圧倒され、戦慄し、恐怖する。もはや彼らに成すすべはなく、その機体を止めるものはいない。防衛ラインが次々と越えられていく。慌ただしくわらわらと湧き出てくる防衛戦力に纏まりはなく、基地への被害だけが増えていった。
『くっ、突破された!この先は本部だ行かせっ!?』
[よそ見はよくねぇよな]
被弾するも生き残ったサイクロプスⅢが基地へと振り返るも、その背にハンツマンのバズーカが直撃し爆散する。
高出力のレーザーが基地施設に次々と穴をあけ破壊していく。スクランブル発進したTCGや戦闘車両の残骸があちこちにころがり基地の至る所で火の手が上がっている。
ついに最終防衛ライン目前、その時、ヴァレリアの左腕に巻かれたタイマーが鳴った。
スノーホワイトが急転換し引き返す。名残惜しそうに、後方を確認すれば主力TCG部隊が展開し始めていた。スノーホワイトを逃がすまいと撃ち込まれる弾幕はその背には届かない。
『姫さんこっちだ。おまえら撤退するぞ、回収ポイントとへ急げ』
『わかりました、、、』
『不服そうだな』
『本部までは行けませんでした、、、』
『欲張りすぎるな十分だ。こんな所で死にたくはないだろ』
『それは、もちろんです。帰還しましょう』
散々暴れまわった五機のTCGを収容したユーラルシアの強襲陸戦艇が基地から離れていく。それを追撃するだけの力はもはやアルダイル基地には残っていなかった。
この日、ユーラルシア軍独立遊撃部隊ボアズハートによるアルダイル基地襲撃により、その戦力の6割が消失。同日の早朝から行われた反攻作戦により僅かにジメリアへと傾いたパワーバランスは再びユーラルシアへと傾いたのだった。