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ACROS THE AMBER WILL  作者: neun
1章 昇る月が告げるのは
7/14

1-7  温もり、戸惑い

 とっくに暗くなった空の下、二つの小隊が帰還した。兵士たちが慌ただしく動き回る格納庫にトレーラーに乗せられた痛々しい機体が運び込まれ、それに続いて数機の機体が収容される。

 かつてない活気に満ち溢れる基地の様子に三人は戸惑っていた。


『これ、そのまま降りたら揉みくちゃにさそうだね』

『流石にこんな歓迎を受けるとは、、、ここ数日が嘘のようだな』

「厚顔無恥な奴ら」

『言うなよ、皆思ってる』


 出撃前にはお通夜状態だった兵士たちの顔は明るい。誰もがリンファ達への黒い感情を忘れ、敵部隊の全滅という快挙を全員が喜び噛み締めていた。


 居心地の悪さすら感じる空間。先に降りたニ人に続き渋々機体からから降りると、アカネを含む整備兵達を中心に沢山の兵士たちにあっという間に囲まれる。


 よくやった、流石だな

 これまでと180°変わった対応にどういう顔をすれば良いのかわからない。

 基地での評価が変わった事なんで正直どうでもいい。あの機体を撃破しユーラルシアへと復讐の一歩が踏み出せたことの方がよっぽど嬉しかった。


 暫く無表情で賛辞を受けていると、突然人混みの後ろほうが騒がしくなった。そして、声が静まると人混みが左右に分かれ道が出来る。そこから現れた男は見覚えがあった。赤い牙の部隊章。助けた小隊長か。


「改めて礼を言っておこうと思ってな。ストーム隊、助かった」

「いえ、するべきことをしたまでです」

「そうか。俺たちも今回はこっぴどくやられたからな、暫くは出撃出来ないだろう。これからは、これまでの分も含めて頑張ってくれよ」

「任せて下さい」


 レイモンドに差し出された手を握り返すマーク。再び歓声のような声と握手で包まれる。なんとも胡散臭い空間だった。()()()握手を終えるとレイモンドは早々に何処かへ行ってしまい、それと共にギャラリーも持ち場に戻っていく。


「嫌味の一つでも言わない所がマークの良いところだね。ほんと、真面目」

「言えばよかったのに」

「ちゃかすなよ。俺は司令に直接報告してくる。これからは俺たちもしっかり動けることを伝えとかないとな。二人は先に休んでいてくれ」


 そんなことを話した所でどうなんだとは思いつつ、司令室へと向かうマークを見送る。ナツメは少し伸びをすると機体を見上げ何かを指示するアカネの方へと歩いていった。

 さて、どうしようか。色々あったがここ最近で一番気分は良く、自分でも少し表情が緩んでいるのが分かった。


「おい、調子にのってんじゃねぇよ」


 怒気を含んだ声に振り向くとスキンヘッドのガタイのいい男が立っていた。額に青筋をくきっきりと浮かべ、歯を食いしばっているのか表情が強張っている。


「てめえらはただ遅れてきて、手柄をとっていっただけだ!これまで何の貢献もしてこなかったやつが、それで英雄気取りかぁ?ああ?」


 思い出した、三番機のハイド伍長。早々にやられていたやつだ。役に立たなかったことの八つ当たりか。


「遅れてきた?待たずに出撃したのはそっちでは?」

「なんだとてめぇ!」


 格納庫全員の視線が集まる。オロオロと狼狽えるアカネと面白そうにこちらを見るナツメと目が合った。けれど、誰も止めようとはしない。この男は私達がこの基地に来てからどれだけ不遇だったかはどうやら棚に上げておくつもりらしい。まあ、この男の怒りは分からなくはないが、この基地に来た頃の私なら殴り返していただろう。


 ハイドはリンファの冷めた態度が気に食わなかったのか、その胸ぐらを掴み勢いに任せて拳を振り上げた。緊張が張り詰め、しんとした格納庫にハイドの怒声が響く。


「殴って謹慎になりたいなら殴ればいい。私も一度そうした。どうせも出撃できない」

「クソがあ!」


「待ちな」


 ハイドの拳を止めたのは、先ほどから壁によりかかり腕を組んだまま様子を伺っていたジョエル曹長だった。


「そこまでだハイド。互いに軍人とは言え、無抵抗な女に手を挙げるのは褒められた行為じゃない。筋トレでもして頭を冷やしてきな」

「クソっ!」


 ハイドは胸ぐらを掴む手を突き飛ばすように離すと、こちらを睨みつけ何も言わずに去っていった。張り詰められていた緊張が解け、再び格納庫に音が戻る。


「悪かったな。あいつにも思う所があったってだけだ。勿論、私にもレイにもあるが」


 ジョエルがニヤリと笑う。なるほど、それで直ぐには止めなかった訳か。いい性格をしている。


「周囲の見事な手のひら返しに戸惑っていたので、ああいった反応のほうが分かり安くて良いです。腹は立ちますが」

「ハッハッハ、お前も相当だな。まあいいさ、今日の礼とさっきのお詫びを兼ねて酒でも奢ってやる。後で地下のバーにこい」

「はぁ、酒は好きでは、、、」

「なら、ミルクでも奢ってやる」


 ジョエルはそれだけ言うと、近くの整備兵になにか声をかけハイドの向かった方へと去っていった。


 □■□


「やっぱり、ナイトオウルの光学迷彩やヴァミリオンのブレード運用コストは馬鹿にならないかー」

「そうなんです。まあ、ナツメさんのサイクロプスⅡ改も人のこと言えませんが、あの二機の運用コストと比べればマシですね」


 分かっていたことではあったけれど、担当の部下の話では、今回の出撃だけでもいくつかの部品が損耗しているとのことだった。軽く見積もっただけでも、あの三機の運用コストは通常部隊よりも1.8倍はかかる。


「第2小隊も隊長機以外のニ機が大破。その修理もありますからね。特にジョエルさんのキャノンタイプは大変です、もう専用部品が底をつきましたし。ただ、第三格納庫の瓦礫の撤去が終わったので、埋もれていた機体でなんとかするって感じにはなってます」

「あー、マークとリンファが乗るはずだったのと、第5小隊の4番機が入ってたんでしょ?あれから部品取りするわけね」

「そうです、あとは、、、撃破されたまま放置されていた第1小隊の機体と今回改修したファントムとかいうユーラルシアの新型のパーツを流用すればなんとか」


 第二十二基地は開戦から物資難が続いている。基地自体の戦略的価値は低いくせに立地的には攻撃を受けやすく、両隣の基地がこのあたりの地域の要として機能しているため、補給物資は殆どがそちらに流れている。


 整備班も頭を抱えながらその場にあるものだけで何とかやりくりしている状態だ。この基地にある機体で正規の状態を保っている物は一つもないと言ってもいい。全てがワンオフの現地改修機。メカニックとしては望むところではある。


「マークが綺麗に無力化したのは、沢山取れる所がありそうだな。コクピット周りはダメそうだけど、他はほぼ無傷なんでしょ」

「それが、状態が良いのが裏目に出て研究対象として本部へと輸送となりました。残念です、、、大変興味深いので私達でバラしたかったのですが、、、」

「あらら。まあどこも手を焼いてるみたいだからな、あれには。じゃあ、その分補給物資をもらえばいいんじゃない?」

「交渉はしているみたいですよ。司令が必死に本部に訴えてました」

「ああ、苦労人だよね、あの人」


 バニング司令は見た目こそ冴えない人だけれど、相当優秀で彼がいなければこの基地は回っていない。優秀で切れ者だった故に左遷された噂も聞く。私がお世話になった、「親っさん」と慕われるベテラン整備士も司令とは長い付き合いだったらしい。


「さて、僕は先にちょっと休むわ。あとは宜しくー」

「はい、任せて下さい!」


 ナツメさんはそう言うと寮へと戻っていった。彼も不思議な人だ。たたき上げで准尉まで上り詰めたパイロット、けれど、そこら辺の整備兵と同じくらいには機械いじりに強く、貴重なTCGオタク仲間でもある。 


 さて、ここまではナツメさんに手伝ってもらう事も多かったけれど、本職は私達だ。きっとこれから出撃回数も増えるだろう。彼らの為にもこれまで以上に気合を入れなければ。


「班長!ちょっと良いですか、ヴァミリオンの駆動系なんですが、、、」

「分かりました、すぐ行きます!皆さん気合入れて行きますよ!」

「「「はい」」」


 □□■


 味気ない夕食を取り地下へと降りる。基地の雰囲気は随分と柔和したようで、すれ違いざまにこちらを見る目に今朝のようなトゲはない。地下のバー、と言っても物好きがやっているスレた兵士たちの溜まり場のような場所だと聞いていた。誘われなければ一度も行くことはなかったかもしれない。


「遅かったね。こいつにミルクを、今日の主役だ」

「失礼します」


 空いていたジョエルの右隣に座る。奥を見ると見覚えのあるスキンヘッドが突っ伏していた。カウンターの上には瓶が数本乗っていてまだ中身が残っている物もあった。酔いつぶれているのだろう。

 戦地で、それも最前線の基地の兵士がやることじゃない。


「ふんっ、どうせ出撃できないんだ、ほっておけ」

「探せば出来ることはありますよ。TCGを動かす以外にも。リストでも作りましょうか。」

「はっ、お前なかなか嫌味なやつだな」


 ジョエルは愉快そうに笑うとジョッキのお酒を一気に飲み干した。興味深そうにジロジロとこちらを品定めするような目は何とも居心地が悪い。


「なんですか?言いたいことでも?」


 つい突き放したような冷たい言葉が出てしまう。私はこんなにも人と話すが下手だったのだろうか。


「ふふ、緊張するなよ。お前が不器用なやつなのは見てれば分かる。この基地は自由だ、悪く言えばだらしが無い。すぐにそんなの気にならないくらい馴染んでいく」

「別に必要最低限の繋がりさえあれば困りませんから、、、」

「その必要最低限も出来ていない様に見えるな」


 常温のミルクは鮮度が微妙なのか美味しくはない。まだ新鮮なミルクを飲めていた士官学校が特別だっただけの話かもしれない。


「とは言え、お前も不運だな。士官学校上がりでこんな所に送られて、挙句の果てには数時間前まで不満のはけ口だ」

「理不尽には慣れてます」

「その年、でな。ユーラルシアの連中を文字通り憎んでるようだが、あまり気張りすぎるな、早死にするぞ」

「、、、、、、」

「そうか。マスター、同じので」


 ジョエルは思う所があるのか何杯目かのお酒を頼むと、身の上話を始めた。随分と淡々とした落ち着いた声だ。


「戦争が始まった時、私はまだ新米パイロットだった。ずいぶん昔の話だ。それで始めの侵攻で防衛していた街を落とされ、私以外皆死んだ。友人も上司も守るべき人たちもだ」


 全てを諦め悟ってしまったような、現状の何もかも受け入れてしまったような雰囲気だった。


「憎くはないんですか、あいつらが」

「憎かったが、それよりもあの時は怖かった。それに、今は何とも思ってない。戦争っていうのはそういうもんさ。みんな良い奴らだった。操縦の腕も私よりも良かったが、、、生き残るのは下手くそだったらしい」


 自虐的に笑うジョエルにリンファは何とも言えずにいた。ユーラルシアへの恨みは口を開けば止めどなく溢れそうで、けれど、この空気を壊したくなくて、代わりにミルクを一口飲んだ。


「この基地にはいつから?」

「停戦のちょうど二年前に今の隊に配属された。レイモンドともそこで出会った。けどな、一週間も経たずに所属していた基地があっさり落とされたんだ、笑えるだろ。何度目の防衛失敗だ、ああ、笑えない、、、」


 俯いた彼女はお酒が回っているせいなのか、一瞬だけだが酷く弱々しく見え、そしてすぐにいつもの強い表情に戻った。


「それで、二人でこの基地に辛くも逃げ延びた。それからずっとこの基地にいる。ここは訳あり者の行き着く先なのさ」

「訳あり、、、」

「お前もだ。士官学校上がりで未だに尉官になれていないんだ、言うまでもないだろ?ハッハッハ」


 お酒は飲んでいない筈なのに、別に楽しい話はしていないのに、ジョエルと話すのはなんだか心地が良かった。ゆったりとした空気感に眠気すら感じていた。 

  

 それからは、中身のない何でもない話が続いた。同室の彼女に姉御と慕われているのがよくわかった気がした。リンファとジョエルの間に無言の時間がポツポツと増え始める。


 二時間は経っただろう、そろそろ仮眠でも取ろう。リンファが席を立とうとした時だった。基地の警報が鳴響いた。奥で瓶を倒しながらハイドが飛び起きる。


『敵TCG部隊が基地へ向けて進行中。第3小隊及び第4小隊は出撃して下さい。繰り返します、ロックスミス隊、ストーム隊、スクランブルです!』


「な、な、なんだ!?敵か!」

「はぁ、せっかくいい気分だったのに、また来たのか忙しい奴らだ」

「ごちそうさまでした、では」

「待ちな」


 振り返るとジョエルは周囲の騒がしく忙しない雰囲気とは真逆に穏やかに笑っていた。


「なにかあれば頼ってきな。色々話したが結局言いたかったのはそれだけだ」

「ありがとうございます」


 ジョエルはその柔らかい笑みに一瞬驚いたような顔をして走り去るリンファを見送った。変なやつだと。


 リンファは階段を駆け上がり格納へと走る。人の温もりを感じたのはとても久しぶりだった。悪い気分ではなかったが少し身体が怠い。アルコールを入れなかったのは正解だったが仮眠を取ればよかったと少し後悔する。


 左右の頬を両手でパシッと叩き気合を入れ、緩んでいた表情を引き締める。格納庫へと飛び込むと、赤い機体が目に入った。アドレナリンが湧き上がり目が冴えてくる。自然と口角が上がった。さあ、復讐の時間だ。

 リンファは獰猛な笑みを浮かべ機体へと向かった。


リンファは仲良くなればなるほど寡黙になるタイプ。

マークは誰とでも壁を作らずそこそこ話すタイプ

ナツメはかなりお喋りだけど、苦手な人とは全く話さないタイプ。

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