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ACROS THE AMBER WILL  作者: neun
1章 昇る月が告げるのは
11/14

1-11 悪魔は笑う

 

 ナツメはヴァシリの駆るハンツマンの猛追を器用に躱しながら、遠目に見えるヴァミリオンの挙動に呆気にとられていた。ヴァミリオンがいくら機動力を売りにしている機体とは言えあれは異常だ。少なくとも、今までのリンファの技量では不可能な動きだ。


「凄いな、急に覚醒した的な?んー、回線も切っちゃってるみたいで声も聞こえないし、おっと危ない」

 [フラフラと、仲間を気にする余裕があるとは、私も舐められたものだな]


 ハンツマンのショットガンから放たれる散弾を躱しながら、ショルダーバルカンで反撃する。しかし、小口径のバルカンは呆気なく灰褐色の装甲に弾かれた。


 サイクロプスⅡ改の主兵装である頼みのレールガンも、この距離では長い砲身が邪魔になるばかりで、しっかりと構えて狙い撃つこともままならない。


「手詰まり感が凄い、なっ!」

[鈍足かと思えばちょこまかと。少しはやるようだがつまらん。そろそろ沈んでもらおう]


 リンファ達が小さく見えるほど離れた頃、ハンツマンが弾の切れたショットガンを放り捨て、背面から二丁の長身のハンドキャノンを引き抜いた。


「あー、それ見たことあるわ。狼犬の得物といったらだよね、おっと、ぐへ」


 両手のハンドキャノンがサイクロプスⅡ改へと向けられた瞬間、間髪入れずに二発の発砲音が鳴った。被弾したショルダーバルカンが機体からパージされ地面へと転がる。


「片方で動きを制して、もう一方が本命ってことね。なるほど、ショットガンの狙いが甘かったのも、こっちの癖を掴む為の小手調べだったってわけか」


 ハンドキャノンによる被弾を最小限に抑えるように動きながら、時たま出鱈目にレールガンを撃ち返す。しかし、全く当たらないどころかその隙を狙われ被弾する。この調子なら長くは持たないだろう。


「くっ、焼け石に水だな。普通のサイクロプスだったらとっくに落ちてた、元特務機体バンザイっ!て、あっぶな、今のはちょっとヤバかった」

 [よく持ちこたえている。被弾を全て装甲が厚い場所に留めるか、器用なやつだ、、、だが、何時までもそんな棒っきれ片手に逃げ続けられまい]


『はは、、、ね、そ、でも、もう、でな、、、それ』


「?」


 その時、ヘッドセットからナツメの耳に不気味な声が聞こえた。ヴァシリの追撃が少し緩くなり、初めて二発とも完全に回避することに成功する。


 「おっ、ラッキー」

 [イオナ!どうした!、、、あいつらがそう簡単にやられるとは思っていなかったが、、、これ以上時間はかけられん]


 ハンツマンの動きのキレが一段と増す。

 その様子に、いよいよ遊んでいられないかと苦笑したナツメへとマークからの通信が入った。


『ナツメ無事か、状況は?』

「おっ、遅かったねー、どこにいるか見えないけど。こっちはいいから、リンファの方へ行ってくれ、なんかヤバそう」

『そっちは』

「気にしなくていいい。あと、早めに、スノーホワイトを追い詰めてくれると助かる」

『了解』

「頼んだよー。あーあー、これ相当怒ってるよ。けど、、、もう少しだけ時間潰しに付き合ってくれよ」


 接近された際の攻撃手段が全くと言って無いナツメのサイクロプスⅡ改は、ヴァシリに目をつけられた時点で詰んでいた。しかし、ナツメは迷うことなくマークをリンファの元へと向かわせた。目標はあくまで目の前の狼犬(エース)ではない。


 「さて、なんとか耐えきりますかね」


 腹を括ったナツメはどこか楽しげに笑みを浮かべていた。サイクロプスⅡ改が逃げることをやめ、ハンツマンへと相対する。



 □■□



 全ての調整を終えたナイトオウルがこちらに手を振り、景色に溶け込むように消えていく。私たちが陣取っているこの丘の裏から戦闘領域は目と鼻の先だ。ナイトオウルも直ぐに戦闘に加わるだろう。

 アカネはマークの腕を信用していたが不安はぬぐえなかった。


 ヘリからの降下による着地の衝撃は、ナイトオウルの右脚部のフレームに無視できないダメージを与えていた。制御システムや右脚部のバランサーを調整し、何とか動かせる所までは持って行けたが、まず全力の戦闘には耐えられないだろう。


 地下に眠っていた新品同然の機体とは言え、そもそもの設計が古く不安はあった。毎回完璧に整備できていればマシだったかもしれないが、ストーム隊は初陣から殆ど途切れることなく任務が続いたことで、休む暇もなく今日まで来ている。同じく地下格納庫から見つけてきたヴァミリオンが着地の負荷に耐えられたのは、その軽さから来るまぐれに近い。

 ヴァミリオンに関しては、機体よりもそのパイロットである凛ちゃんのほうが心配だった。


『L-System』


 ヴァミリオンの性能を最大限引き出すために試験的に搭載されたそのOSは、非人道的という観点から機体とともに地下格納庫へと封印されていた。


 このシステムは、専用のパイロットスーツとヘッドギアによって搭乗者と機体を接続し、より感覚的・直感的に機体を操作することを可能にする。言わば神経接続に近い。思考と行動のタイムラグを限りなく減らすことで、思い通りに機体を動かすことが出来るのだ。しかし、これには搭乗者への精神的な負荷という無視できない欠点があった。夢のような力には代償がつきものなのだ。

 

 使用者の思うがままに、機体の性能を完璧に引き出し、その対価に使用者の精神性を蝕む悪魔の力『L(ラプラス)-System』


 私はそれを知っていた。

 一次侵攻で窮地に立たされたジメリア軍が、戦況を打破するため、極秘裏に編成した『L-System』搭載機を主力とする特務小隊。その専属技術士官だった私は、システムの絶対的な力と引き換えに、まるで消耗品の歯車のように、沢山の新兵達が使い潰されていくのを見ていた。


 もう二度と見たくないと思っていたそれを、ヴァミリオンと共に見つけた私は、部下にも知られないように一人その存在を隠した。私が整備し、私が担当した機体で仲間が物言わぬ廃人へと変わっていく姿をもう見たくはなかった。


 しかし、彼女はそれを見つけてしまった。


 私は彼女の要求を最後まで拒み続ける事が出来なかった。ヴァミリオンの性能を完全に引き出す為には必要なピースなのも事実だからだ。シュミレーターでも勝てなかった相手に実戦で勝つために、TCGの数も性能も圧倒的に不利な任務だから、彼女を無策で死地に送るような真似は出来なかった。何より私は、その代償だけでなく、システムがもたらす圧倒的な力を知っていた。

 結局私は、あれだけ嫌悪していたはずの上官と何も変わらない。


 そして、彼女は選んだ。願い(復讐)の為に悪魔にその身を捧げることを。


「戦闘の様子は?」

「サイクロプスとヴァシリ・アシモフと思われるハンツマンが交戦、スノーホワイトとハンツマン二機を相手にヴァミリオンが交戦しています」

「一機少ない?」

「残りー機はナイトオウルを警戒してか陸戦艇に残してるようです」


 ホバートラックを降り、高台に伏せ双眼鏡を最大望遠にするとヴァミリオンの赤い装甲が見えた。


「なるほど、隊長さんが合流すれば出てきそうですね。戦況は、、、どちらも拮抗しているようですね」

「ええ、数の不利はありますが、ヴァミリオンも善戦しています」


「凄い」


 ヴァミリオンの動きが苛烈さを増していく。誰もが彼女の動きに見入っていた。全ての攻撃を紙一重で躱し、一瞬の隙を突き切りつける。数や性能の差すらねじ伏せる圧倒的な挙動。これこそが、『L-System』の恩恵。


 叶うならこのまま恩恵だけを受け取って、無事に任務を終えて欲しい。しかし、そんなアカネの願いとは裏腹にそれは起こった。


「アラート発生、班長!パイロットの脳波、心拍に異常が出ています!このままでは!」


 極限状態による機体とパイロットの同調。搭乗者の意識が溶けて消えて無だけが残り、パイロットは廃人になる。死人も同然となったかつての仲間たちの顔が浮かぶ。


「システムシャットダウン用意!リンファ伍長!こちら茜、システムを止める、一度離れて!凛ちゃん!!」


 だからこそ私は、そんな最悪の展開を避ける為、システムに細工をした。遠隔によるシステムの遮断。凛ちゃんが消えてしまう前に、燃え尽きてしまう前に止めなければ。


「だ、ためです!システム依然暴走!シャットダウンプログラム反応なし!」


 そんな都合のいい話はないと悪魔が笑った。

 血の気がさっと引いていく。


「そ、そんな、凛ちゃん!応答して!凛ちゃん!」


 ヴァミリオンの動きが一段と激しさを増す。荒々しく、まるで獣のように。被弾が増え赤い装甲が崩れていく。ああ、駄目だ、これ以上は!


 そして、大きな砂煙が巻き上がった。



 □□■



 被弾も恐れず、まるで猛獣のように二機のTCGへと襲いかかるヴァミリオン。そのコクピットで、リンファは虚ろな瞳をしていた。その目にはもう何も映っておらず、機体だけがリンファの執念に引きずられるように動き続けていた。


 全てが他人事に思えるように、体の感覚が失われていく。まるで自分の輪郭が溶けていくようだ。ああ、こんな事をしている場合じゃない。だめだ、敵を、ユーラルシアを殺す、殺さないと、はやく、はやく、はやく、ははは


 気が付けば、リンファは何も無い空間に一人佇んでいた。どこまで歩いてもその先には何も無く、理由のない不安と焦りが心を蝕んでいく。


 「早く戻らないと」

 何のために?


 不意に誰かの声が聞こえた。幼い女の子の声。

 振り返ると小さな影が私を見ていた。


 「、、、ユーラルシアに復讐するため」

 どうして?


 「あいつらは私から全てを奪った」

 ふーん、どうやって復讐するの?


 「任務をこなして、戦場で一人でも多くの敵を殺す」

 なんにん?


 「何人でも」

 いつまで?


 「いつまででも」

 それで、いったいあなたはいつ満足するの?


 優しい幼い声から抑揚が消え、突き放すような冷たい声へと変わった。心臓がドクンと跳ねた。


 「、、、」

 殺して殺して殺して、その先にあなたの望むものがあるの?


 「やつらは私から全て奪った、だから!」

 また、死ぬよ。大事なお友達が、仲間が。


 小さな影が私を嘲笑する。


 そしたら、また復讐しないと。

 復讐する理由がたっくさん、背負うものがたっくさん。そんな調子で、どこまでやれば、何をなせば、あなたにとっての復讐は達成される?復讐は終わるの?


 「、、、なら、どうすればいい」

 わからないんだ


 「うるさい」

 おこった?


 「うるさい!」

 ふふ、まるで子供だ


「だまれ!」


 リンファの声が暗闇にこだました。


 小さな影がリンファを嘲笑うように消え、不意に背後で音がした。振り返るとそこには、古い半開きの扉があった。小さな影がひょっこりとそこから顔を出し、手招きするとバタンと扉が閉まった。

 リンファはそれを追うようにゆっくりと扉へと近づき、ノブへと手を伸ばした。

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