ジャスティンと魔法少女のステッキ
「きゃあああ! 助けてぇ!!」
とある王国の王都の片隅で、若い女性の悲鳴が響いた。
女性は路地裏に逃げ込み、行き止まりで身を守るように小さくなって震えていた。
彼女のつぶらな瞳には、薄らと涙が浮かんでいた。
「へっへっへ。もう逃げ場はないぜ」
「大人しくついて来てもらおうか」
二人組の男達がゲスい笑みを浮かべて、女性を壁際に追い詰めていた。
のっぽと小太りの二人組の悪党だ。
「まっちなさーい!!」
その時、少女の気合の入った声が高らかに響いた。
「ぬっ!?」
「何者だ!?」
男達はキョロキョロと辺りを見回した。
だが、ここは路地の行き止まり。どこにも先ほどの声の主は見当たらなかった。
「私はここよ! とうっ! 愛と拳の魔法少女キララ、参上!!」
路地裏の家の屋根から、少女が華麗に舞い降りて来た。
彼女は危なげなく地面にシュタッと着地すると、キュピーーーン⭐︎と決めポーズをとった。
少女が着ているのは、見たこともない白とオレンジ色を基調としたファンシーな衣装で、丈の短いキュロットスカートからは、長くて健康そうな脚が伸びている。衣装の胸元や腰に飾られた大きなリボンは、風になびいてゆらゆらと揺れている。
少女の明るく元気そうなオレンジブラウン色の髪はツインテールにまとめられ、意志の強そうな栗色の瞳は、悪党達をキリッと睨みつけていた。
「な、なんだコイツは!?」
「でも、よく見りゃ結構可愛い顔してんじゃねぇか。コイツも連れて行こうぜ!」
悪党達は驚きつつも、獲物が増えたとばかりに、ニヤリと更にゲスい笑みを深めた。
「キララ! 必殺技を使うにゃん!」
突然、握り拳大の大きさの光の玉がふわりと現れ、可愛らしい声でキララに向かって叫んだ。
光の玉には、きゅるきゅると涙がちな丸いお目々と、子猫のようなマズルが付いていた。そして、光に埋もれて、小さな垂れ耳まで付いている。
「分かったわ、にゃんタロー! マッスルシャイン⭐︎愛と拳のマジカルステッキ!!!」
キララは、オレンジ色に光る魔石がてっぺんに付いたファンシーなステッキを天に掲げた。
ステッキの先から、キラキラと虹色の光が溢れ出る。
その虹色の光は、キララの両手の拳にリボンのようにくるくるとまとわり付いていった。
そして、まるで光のグローブのように、彼女の拳をキラキラと覆う。
キララは、さっきまで掲げていたステッキを腰にあるホルダーに納めた。
「結局ステッキとやらは使わねぇのかよっ!!?」
のっぽな方の悪党が、勢いよくツッコミを入れた。
「キララの怪力じゃ、ステッキの方がもたないにゃん!」
光の玉は、空中でくるりと回って自慢げに言った。
「にゃんタロー! 勝手に乙女の秘密をバラさないで!! 後でしばくわよ!」
キララは光の玉を叱った。
「に゛ゃー!!」
にゃんタローと呼ばれた光の玉は、盛大にビビッて、慌てて物陰に隠れてしまった。
「チッ! かまわねぇ、やっちまおうぜ!!」
小太りの方の悪党が叫んだ。拳を振り上げて、キララに襲いかかる。
のっぽな方の悪党も「おうっ!」と答えて、それに続く。
キララは口から細く長く息を吐き、まるで何か奥義を発動させるかのように、ゆら〜りと腕を大きく円を描くように回した。彼女の拳を彩る虹色の輝きも、キラキラと煌めいて残像を残していく。
キララはスッと腰を落とすと、ゆっくりと流れるようにファイティングポーズをとった。
そして、カッと栗色の瞳を大きく見開いた。
「はぁあっ!! キララ⭐︎スマッシュ!!!」
キララの爆裂拳が炸裂した。重く素早い拳が、悪党達のボディや顔面へとクリーンヒットしていく。
ヒットするたびに、虹色の輝きが、キラキラ⭐︎バチバチと彼女の拳から放たれた。
「魔法少女キララの必殺技にゃ! 虹色に輝く素手喧嘩で悪党どもをノック・アウトにゃ!」
にゃんタローは、いつの間にか物陰から出て来ていた。キララに声援を送るように声をあげる。
「ラッシュ⭐︎ラッシュ⭐︎ウララララァッ!!!」
キララは最後に華麗にアッパーカットを決めた。
悪党達は綺麗に弧を描くように宙を舞い、次の瞬間にはドシャッと地面に沈んだ。
そして、虹色の光が爆発するようにドォーン⭐︎と空に向かって立ち上がった。
「やったぁ! 魔法少女キララの勝利にゃあ!!」
にゃんタローは、可愛い声で勝鬨をあげた。
「大丈夫ですか?」
キララは、壁際で怯えていた女性に手を差し伸べた。
「……え、ええ。ありがとうございます……」
女性はおそるおそる、キララの方に手を伸ばした。
——その時、
「待て!」
男性の低く鋭い声が響いた。
「何者っ!?」
キララは声がした方を振り返った。そして、見惚れてしまった。
そこには、軍服風の真っ黒な制服をキリッと着こなした男性が立っていた。
彼の魔術師のように長く伸ばされたヘーゼル色の髪は、緩やかな三つ編みにされ、夜の風に優雅になびいていた。
男性は、鼻筋のスッと通った端正な顔立ちで、気難しそうに眉を顰めてキララ達を見つめていた。
(……か、かっこいい……)
何かがズキュン⭐︎と、キララの小さな胸を撃ち抜いた。
「その杖は置いていってもらおうか」
その男性は気難しそうな表情のまま、ゆっくりと大きな手を伸ばしてきた。
「げぇ! アイツはヤバいにゃん! キララ、逃げるにゃん!! にゃにゃっ!!!」
「えっ? にゃんタロー!?」
にゃんタローが慌ててポイポイッと玉型の魔道具を投げると、それが破裂してモクモクと大量の煙が舞い上がった。
辺りが煙に包まれると、にゃんタローはキララを連れて転移していた。
「くっ! 魔術煙幕か!?」
男性の悔しそうな呟きが、煙に巻かれて流されていった。
***
「ああっ! もう! 全っ然上手くいかないっ!!」
キアラ・ハヌマンは身体強化魔術を解くと、ドサッと地面に大の字に倒れ込んだ。
キアラの身体強化魔術がガッツリかかった右腕は、岩をも粉砕していたのに、少ししか魔術がかかっていなかった彼女の右脚では、太い木の枝を蹴り折るのも一苦労だった。
「以前に比べたら格段に上手くなったのぉ…………とりあえず、全身に身体強化魔術をかけられるようになったしのぉ〜」
魔術のお爺ちゃん先生が、それでも褒められそうな所を褒めた。
単純なキアラは、褒めて伸ばす方が効率的なことを、よ〜く知っているのだ。
ハヌマン家は、代々王国騎士を輩出してきた騎士爵の家柄だ。
父も二人の兄達も王宮内で王国騎士として働いており、そして母でさえも結婚して退職するまでは王国騎士をしていた——生粋の武闘派一家なのだ。
キアラは末っ子で初めての女の子ということもあり、初めは家族も「この子が騎士になりたいと言えば、応援してあげましょう」ぐらいの緩さで、彼女が騎士になることを特段勧めていなかった。
しかし、キアラの魔力量が一般人にしては多く、身体強化魔術と結界魔術という、騎士にとって非常に使い勝手の良い魔術に適性があると判明してからは、その方針が一変した。
元々騎士の家系ということもあり、ご多分に洩れずキアラも体格や体力に恵まれていた。
運動神経も良く、剣術も体術もどんどん吸収し、上達していった——ハヌマン家始まって以来の才能とまで言れたのだ。
家族全員が諸手をあげて、キアラが立派な女性騎士になることを応援し始めるのも無理はなかった。
ただし、天はキアラに二物は与えなかった——魔力コントロールだけは壊滅的だったのだ。
これには流石に両親も頭を悩ませた。そして、近所に住む、魔術師団を引退したお爺ちゃん魔術師に、週に二回ほどキアラに魔術を教えてもらえるよう頼み込んだのだった。
「ほっほっほ。それじゃあ、もう一度、魔力を感じる訓練に戻ろうかのぉ」
お爺ちゃん魔術師が、キアラの方に近づいて行った。
「えーっ! いつもそればっかり……」
キアラはがばりと起き上がると、ちょっぴり剥れて頬を膨らませた。
そして、寝転がって乱れた金茶色の髪をまとめ直した。魔術や剣術などの修行の時は、邪魔にならないように、いつも後頭部でひっつめ髪にしているのだ。
外で修行することが多いためか、キアラの白い肌にはそばかすが薄く散っていて、どこか愛嬌がある。緑色の瞳は彼女の母親に似て、くりくりと丸い。
「ほっほっほ。魔術で短気は損気じゃぞ。特に魔力コントロールは、集中力が要じゃ!」
お爺ちゃん魔術師は、キアラのわがままには耳を貸さず、淡々と諭した。
「うっ……わ、私! お使いを頼まれてたの忘れてました! みんなが夕食にパンを食べられなくなっちゃう! 今日の授業はここまでで! ごめんなさい!」
キアラは、ここは逃げるが勝ちとばかりに、駆け出した。
「仕方がないのぉ……ちゃんと自主練するんじゃぞ〜!」
駆けていくキアラの背中に向けて、お爺ちゃん魔術師が声を張った。
***
「うふふっ。またお爺ちゃん先生を困らせて来たの?」
パン屋の一人娘で幼馴染のライラが、コロコロと笑った。
ライラは、ココアブラウン色の長い髪を三角巾の中に綺麗にしまっていて、白いエプロン姿がよく似合っている。丸顔にパッチリと大きな瞳が印象的で、笑顔が可愛いパン屋の看板娘だ。
「もぉ〜、笑い事じゃないよぉ。魔術修行、大変なんだよ〜? あ、今日もいつものパンね!」
キアラは買い物かごとお代を、カウンターの向こう側にいるライラに、ズイッと手渡した。
「はいはい」
ライラが苦笑いして、買い物かごとお代を受け取った。慣れた手つきで、ふかふかの丸パンを買い物かごに入れていく。
「ライラ、お友達も来たことだし、少し休んできたら? こっちはお客さんも落ち着いてきたから、行って来ていいよ」
ライラと同じ髪色の恰幅のいいおばさんが、朗らかに声をかけた。
「は〜い! ありがとう、お母さん!」
「ありがとうございます、おばさま!」
ライラとキアラは元気よくお礼を言うと、買い物かごを持って外に出た。
二人が向かったのは、いつもの秘密の場所——公園の裏手にある広場だ。ここはただただ原っぱが広がっているだけで、めぼしい花壇も噴水も無いためか、ひと気もまばらだ。
(ああ、そういえば、ここは私とにゃんタローが初めて出会った場所だ……)
最近は、キアラはこの秘密の場所を訪れる度に、しみじみと感じていた。
***
キアラとにゃんタローの出会いは偶然だった。
キアラが魔術の訓練が上手くいかなくて、一人この場所でこっそり落ち込んでいた時に、にゃんタローが声をかけてきたのだ。
「何泣いてるにゃん?」
「な、泣いてなんかないわよ! ちょっと黄昏てただけよ!」
キアラが顔を上げると、そこには可愛い玉型の精霊が浮かんでいた。
丸々と大きな瞳に、ぷっくりとしたマズル。まるで子猫のような愛らしさに、キアラは目を瞬かせた。
「ボクは魔法少女のお伴の精霊にゃん! キミ、ボクと契約して魔法少女にならないかにゃん? このステッキを使えば、魔術がとっても上手になるにゃんよ?」
自称「魔法少女のお伴の精霊」は、何も無い空間からスルリと杖を取り出した。
杖の先端には、宝石のようなカットが施されたハート型の魔石が付いていた。そのピンク色の魔石を囲むように、翼を模した二本のオブジェがニュッと伸びていた。持ち手は細く、こちらもピンク色をしていた。
今までキアラが見てきた魔術師の杖の中で、一番ファンシーで可愛かった。
「えっ……」
(この杖を使えば、私でも魔術が上手に使えるようになる……!?)
「やります! 魔法少女!!」
あまりにも美味すぎる話に、キアラは深く考えず秒で飛び付いた。
「やったにゃあ! じゃあ、魔法少女契約するにゃあ!! キミの名前は? ボクはにゃんタローにゃ!」
「私はキアラ・ハヌマンよ! よろしくね、『にゃんタローにゃん』!」
「最後の『にゃん』は要らないにゃん! 語尾の『にゃん』はマスコットの宿命にゃん!」
「えっと、じゃあ、『にゃんタロー』かしら?」
「そうにゃん! キアラ、よろしくにゃん!」
キアラとにゃんタローは、にっこりと微笑みあった。
にゃんタローは、キアラに魔法少女のステッキを渡した。
キアラが初めて魔法少女のステッキに触れた瞬間、てっぺんに付いていた魔石がキラキラと輝き、シュルリとピンク色からオレンジ色に変わった。ステッキの細い持ち手も、オレンジ色に変わっていた。
「嘘!? 色が変わった!?」
キアラはびっくりして、思わず両手でステッキを握りしめた。
「ステッキがキミを受け入れたにゃん! キミがこのステッキの新しい持ち主にゃん!」
「すっごーい!! これも魔術なの!?」
キアラは緑色の瞳をキラキラと輝かせて、生まれて初めての自分専用ステッキに見入っていた。
「そうにゃ! ……にゃにゃっ? どうやらキミのステッキは、『マッスルシャイン⭐︎愛と拳のマジカルステッキ』っていう名前にゃん!」
「マッスルシャイン⭐︎愛と拳のマジカルステッキ……」
キアラはステッキの名前に感激して、呆然と呟いた。
キアラは、すっかり魔法少女のステッキに魅入られていた。
元気で明るいイメージのオレンジ色は、特に好きな色だった。
——こうして、魔法少女キララが爆誕したのだった。魔法少女名を本名から少しだけ捩ったのは、にゃんタローのアドバイスだ。
「魔法少女の名前は、本名とは変えておいた方が後々後悔しないにゃん。本名のままいくと、もっと大きくなってから、黒歴史に悩まされるにゃん」
にゃんタローが、わけ知り顔で教えてくれた。
キアラは「黒歴史」という言葉の意味はよく分からなかったが、「にゃんタローがそう言うなら」と素直に受け入れた。
***
「そういえば、また魔法少女が出たんだって!」
いつもの秘密の場所、いつものベンチに二人して座ると、ライラがキラキラと瞳を輝かせて話し始めた。
ライラは魔法少女のファンだ。
魔法少女の噂を聞く度に、熱心にキアラに話してくれた。
「年若い女の子なのに、王国騎士様のような大活躍ですって! 憧れちゃうわ〜! 魔法少女キララの噂で王都中は大盛り上がりよ! 私も会ってみたいなぁ〜」
ライラは夢見る少女のように、はしゃいだ声をあげた。
キアラはいつも嬉しいような恥ずかしいようなこそばゆい気持ちで、ライラの話に相槌を打っていた。
そして、ずっと「実は私が魔法少女キララなの」と告白できずにいた。
ここまで持ち上げられてしまっては、逆に言い出しづらかった。
「……そういえば、もしかしてキアラ、今日はどこか具合が悪いの?」
ライラが心配そうにキアラを覗き込んだ。
親友は、キアラのちょっとした変化も見逃さないのだ。
「う〜ん、昨日からちょっと調子が悪いのよ。なぜか、ある人の顔が頭から離れなくて……」
キアラはギュッと顔をしかめて、指先でこめかみを揉んだ。
「それって、どんな人?」
「う〜ん、若い男の人で……イケメンで、イケメンで、イケメンで……」
キアラはライラに訊かれて、昨夜出会った男性を思い返した。
少し気難しそうではあったが、整った理知的な顔立ち。
背が高く、程よく引き締まった体つきで、軍服風の真っ黒な制服がよく似合っていた。
優しげな美青年や騎士らしくマッチョで漢らしいタイプよりも、クールで知的なタイプがキアラの好みだった。
キアラの頬が、ボンッと真っ赤に熟れ上がった。
「やっぱり〜」
ライラがニヤリと笑って、キアラの様子を眺めていた。
「な、ななな、何っ!?」
キアラは何が何だか分からなかったが、とにかく恥ずかしくて慌てた。
「それは、恋よ!」
「…………恋…………恋ィィイィッ!?」
親友にズビシと指摘され、キアラは熱くなった頬を押さえて叫んだ。
——その時、キアラ達の後方で、ガサガサと雑草を踏み荒らす音が聞こえてきた。
「へへっ。見ろよ、女の子がいるぜ」
「結構可愛いじゃねぇか」
「お嬢さん達〜? 一緒に遊ばない?」
ヘラヘラとゲスい笑みを浮かべた男達が、キアラとライラを値踏みするように見つめていた。どんどん二人の元へ近づいて来ている。
「ど、どうしよう、キアラ……」
ライラが不安そうに、キアラに震える肩を寄せた。
「典型的な悪党ね……しかも、悪党その一〜その三までいるし!」
キアラは気丈にも、悪党達をキッと睨み上げた。
(どうしよう……魔法少女キララに変身すれば、こんな悪党達なんてどうってことないけど……)
キアラは、ライラに自分が魔法少女だとあまりバレたくなかった。
今まで勇気がなくて言い出せなかったのに、今さら告げると気まずいということもあるが、何よりも彼女の夢を壊したくなかったのだ。
さらには、自分なんかが魔法少女だと知ったライラが、自分のことをどう思うのかも気になって仕方がなかった。
でも、今はピンチだ。
戦える力を、親友を守れる力を持っているのに、あんな街のチンピラみたいな小悪党達に捕まって、あーんなことやこーんなことをされるのは、絶対に避けたかった。
自分のちっぽけなプライドを優先させる時では無いとは、頭では分かっていた——
「キアラ、悪党の扱いが雑すぎるにゃん……はい、これで変身するにゃん!」
「にゃんタロー!?」
不意に現れたにゃんタローが、何もない空間から魔法少女のステッキを取り出した。
キアラの方に、ポンッと投げてよこす。
「……キアラ、それはまさか……?」
ライラの瞳が、期待でキラリン⭐︎と煌めいた。
(くっ……心の準備もできてないうちに、なし崩し的にバレたっぽい……)
キアラは、後でにゃんタローをしばき倒そうと心に決めた。決して、八つ当たりではない。そう、決して!
そして、腹を括った。
キアラは魔法少女のステッキをギュッと握りしめると、変身の呪文を叫んだ。もうヤケクソだった。
「ええい、女は度胸っ!!! ルクスルクスイントラメ! イルミナーレ!」
キアラが天高く掲げた魔法少女のステッキから、キラキラと虹色に輝く光が溢れ出した。
虹色の光は繭のようにキアラを包み込み、更に眩い光を放っていった。
「わぁ……!」
ライラは感動して、ただただ親友の変身シーンに見入っていた。
「うっ……」
「ぐぐっ……」
「くそ! 動けねぇ……!」
悪党達は身動きができず、呻き声をあげていた。
「変身バンク中の魔法少女は無防備にゃん! み〜んな動けなくして、敵の攻撃を防いでるにゃん!」
にゃんタローが、自信満々に解説した。
光の繭がてっぺんから、リボンのようにシュルリシュルリと解けていくと、眩い光の中に一人の少女が立っていた。
金茶色の髪は元気そうなオレンジブラウン色に変わり、ツインテールにヘアアレンジされている。ゆっくりと見開かれた瞳は、綺麗な緑色から意志の強そうな栗色に変わっていた。
白とオレンジ色を基調としたファンシーな衣装で、丈の短いキュロットスカートからは、長く健康的な脚がのぞいている。
そしてキアラは、キュピーーーン⭐︎と決めポーズと口上をキメた。
「女の子をいじめようだなんて、とんだ悪党達ね!! 魔法少女キララが成敗してあげるわ!!!」
ライラは完全に魔法少女キララに魅入っていた。両手を祈るように胸元で組み、「尊い……」と口ずさんでいた。
「とうっ!」
「グエッ!」
キララの回し蹴りが悪党その一に決まり、悪党その一はお腹を押さえて倒れ込んだ。
「何ぃ!?」
「結構強ぇじゃねぇか!?」
悪党その二とその三が、驚いて声をあげた。
「マッスルシャイン⭐︎愛と拳のマジカルステッキ!!!」
キララはさっさと悪党達を倒すため、魔法少女のステッキを天に向けて掲げた。
ステッキのてっぺんに付いているハート型の魔石から、キラキラと眩い光が溢れ出す。
「へへっ。今度は動けるんだな。脇がガラ空きだぜ」
悪党その二が動いた。
「詠唱中に邪魔しない!!」
ゴスッ⭐︎
「ギャアッ!」
キララは、近寄って来た悪党そのニの脳天に、魔法少女のステッキを振り下ろした。
鈍い音と共に、悪党そのニがその場に頽れた。
パキッと一筋のひび割れが、ステッキに付いている魔石に走った。
「に゛ゃ!?」
にゃんタローがギョッとして、魔法少女のステッキを見つめた。
「ヒェッ! 何が魔法少女だ! ただの凶暴な女じゃねぇか!!」
悪党その三は怯えた表情で叫んだ。
引けた腰で、逃げ出そうと慌てて方向転換をする。
「……悪党は、逃がさない……キララ⭐︎スマッシュ!!!」
キララは悪党その三の懐に飛び込むと、爆裂拳を放った。
キララの虹色に煌めく数多の拳が、悪党その三にヒット⭐︎ヒットし、キラキラ⭐︎バチバチと虹色の火花が散った。
「ニャッハー! 魔法少女キララのスマッシュはすごいにゃーん!!」
にゃんタローの可愛い歓声が響いた。
「生魔法少女の必殺技……すごいわ……」
ライラは口元を両手で抑え、感動の涙を流していた。
「ウラァッ!!!」
キララのキレのいいアッパーカットで、悪党その三は綺麗な放物線を描いて宙を舞い、地面に落ちた。
ドォーン⭐︎と、虹色の光が爆発するように空へ向かって立ち上がった。
「魔法少女キララの勝利にゃあ!!」
にゃんタローが可愛い声で勝鬨をあげた。
「そこまでだ!」
「きゃあ! 助けて、魔法少女キララ!」
いつの間にか復活していた悪党その一が、ライラの首元にナイフを突きつけていた。
「人質を取るだなんて、まさに悪党にゃ! 卑怯者だにゃ!!」
にゃんタローが、可愛くも険しい声をあげた。
「へっへっへ。人質の命が惜しけりゃ……ギャッ!?」
悪党その一の声がそこで途切れた。バタンと背中から地面に倒れ込む。彼の顔には、ステッキがめり込んだと思しき跡が残っていた。
「悪党、討伐完了⭐︎」
キララは、ブーメランのようにくるくると回って戻って来た魔法少女のステッキを、パシッと片手で受け取ると、にっこりと勝利の微笑みを浮かべた。
「に゛ゃー!!? 愛と拳のマジカルステッキに、にゃんてことするにゃん!!? 投げたにゃん!? 投げたにゃんか!!?」
にゃんタローは、キララを問い詰めるように絶叫していた。
「何言ってるのよ。ライラの方が大事に決まってるでしょ」
キララはさらりと言ってのけた。
「……魔法少女キララ、素敵すぎる!」
ライラは推しを見る目で、魔法少女キララを見つめた。
——その時、ピシピシピシッと、ステッキに付いていた魔石に、大量の細かいひび割れが入った。ひびから眩い光と強烈な魔力が漏れ出した。
「「きゃっ!!?」」
「に゛ゃー!!?」
ライラとにゃんタローは、急な光と魔力圧に吹き飛ばされた。
キララは身体強化魔術がかかっていたためか、吹き飛ばされずに、ステッキを握りしめたままその場にうずくまった。ただ、あまりにも眩しすぎて目を瞑っていた。
「魔力の暴走か!?」
「はっ! そのお声は、昨夜のイケメン様!? 今までか弱い私が戦う姿を、ずっと隠れて見てたんですか!?」
キアラが薄目を開けて隣を見ると、昨夜現れた男性が、キララが握る魔法少女のステッキに手を伸ばしていた。
「ふざけてる場合か!! それに君は全くか弱くないだろう!!?」
男性は咄嗟にキララに言い返していた。
彼は魔法少女のステッキを握ると、ブツブツと何やら呪文を唱え始めた。
「このままじゃマズいにゃん! キララがボンッ⭐︎しちゃうにゃん!!」
にゃんタローが、悲壮感溢れる悲鳴をあげた。
「『ボンッ⭐︎』って何よ!? 『ボンッ⭐︎』って!!?」
キララが大声で叫んだ。
「集中力が乱れるようなことを言うのはやめろ! 魔力コントロールが不安定になるだろ!! 転移!!!」
男性の怒号で、魔法少女のステッキの下に、輝く魔術陣が現れた。
「ダメにゃ!! ステッキが無くなったら、ボクは……!!!」
にゃんタローが、魔法少女のステッキを奪い取るように飛び付いた。
転移の魔術陣はより一層輝き、バチバチバチッと稲妻のような光が走った。
キララと男性は、魔術の光のあまりの眩しさに、ステッキから手を離して目を覆った。
「にゃにゃにゃっ!!?」
次の瞬間には、にゃんタローは、魔法少女のステッキと共にどこかへ消え去っていた。
そして、公園裏の広場には、また静寂が訪れていた。
「…………はぁ……にゃんタローは……?」
「どこかに飛ばした。ここで魔力暴走で爆発されるよりもマシだろ」
キアラの問いに、男性がそっけなく答えた。
埃を払うように、軍服のような制服を手でパンッと軽く叩いている。
「……爆発……」
(にゃんタローが、ボンッ⭐︎に……?)
キアラは口元を押さえ、顔色を真っ青にした。
すでに魔法少女の変身は解けていて、騎士家の娘キアラの姿に戻っていた。
「だが妙だな……いや、まさかな……」
男性は口元に手を当て、眉間に皺を寄せて考え込んでいた。
「あの……もしかして、にゃんタローは……?」
「あの太々しい精霊なら無事だろう。転移魔術も使えるし、本当に危険なら自分で退避するだろう」
「……そう、ですよね……」
キアラはショックで、半分呆けた調子で口にした。
(にゃんタローについては、もう無事を信じて祈るしかないわ。それよりも……)
「あの杖が無くなってしまったら、私はどうやって魔術を使えばいいの……?」
キアラは、ガックリと膝をついた。
「何を言う? 君は十分に魔術を使えていた。あの杖は、その拳を光らせるぐらいの魔術効果しか持っていなかった」
「えっ?」
思いがけない言葉に、キアラは男性の方を見上げた。
「魔力コントロールは、集中力と心の安定が必要だ。『自分にはできない』と思い込めば思い込む程、心の不安定さからコントロールが乱れる。変身していた時の君は自信に満ち溢れて、難なく魔力をコントロールし、魔術を使えていた」
男性の分析するような冷静な一言に、キアラは心の中にわだかまっていた何かが、スッと抜けて消えていくような感覚になった。
きゅきゅん⭐︎
キアラのスッキリした心の内に、甘く締め付けるようなトキメキが湧き上がった。
「あの、あなた様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか……?」
キアラは勇気を振り絞って、彼の名前を尋ねてみた。
ドキドキとけたたましく鳴る血潮の音が、耳にうるさく聞こえた。
「ジャスティン・アスターだが」
ジャスティンは面倒臭そうに答えた。
「ジャスティン様……」
キアラはとてもあたたかい気持ちで、彼の名前を口にした。
——この時、キアラは重大な勘違いをしていた。
キアラの父や兄達は、王宮内の騎士団に勤めている——一般人で王宮に勤めているのは「王国騎士」であると完全に思い込んでしまっていたのだ。
また、ジャスティンが着ていたのが、軍服風の真っ黒な魔術師の制服だったことも、キアラの勘違いに拍車をかけていた。
むしろ、見慣れない軍服風の制服は、まだ見たこともない王族を護衛するという近衛騎士の制服ではないかと、とんでもない妄想に発展していた。
「ジャスティン様……私! 苦手な魔力コントロールも頑張って、あなた様の元に参ります!!」
「……君の魔力特性では、難しいとは思うが……」
「でも! 私、頑張ります! 父も兄達も常々申してました。『努力は人を裏切らない』と」
キアラは真剣な眼差しで、ジャスティンの瞳を射抜いた。
キアラは「ヘーゼルの瞳も、優しげで素敵すぎる!」と更に恋に落ちた。
キアラのやけに圧の強い、異様に気合いの入った様子に押され、ジャスティンはたじろいで「そ、そうか。それなら頑張ってくれ」としか返すことができなかった。
「キアラ、頑張って……!」
ライラは、口元を手で押さえ、陰ながら親友の初恋を応援していた。
キアラの意志は固く決まっていた——魔力コントロールをマスターし、立派な女性騎士となって、ジャスティンの横に並び立とう。そしてその暁には、彼に自分の本当の胸の内を告げよう、と。
(乙女の本気は、どんな困難だって乗り越えてみせるんだから!)
その日から、恋する乙女キアラの修行が始まった。
今までにないほど魔術の授業に集中し、メキメキと実力を上げていくキアラに、魔術のお爺ちゃん先生や両親、兄達は感動の涙を流した。
まさか初恋がきっかけで、真面目に授業を受けるようになったとは、誰しもが思わなかった。
魔力コントロールが上達して、身体強化魔術を上手に扱えるようになると、剣術にも体術にもますます磨きがかかった。
特に体術は、キアラがハヌマン家で一番の使い手になった。
もちろん、得意技は爆裂拳である。
メラメラと燃え上がる恋心は、却ってキアラを盲目にした。
猪突猛進に目標まっしぐらに突き進むキアラは、目の前のことに一生懸命すぎて、大事なことを見落として気付かないままだった。
——こうして、修行を頑張った恋する乙女キアラ・ハヌマンは、元々恵まれた才能と潜在能力を持ち合わせていたこともあり、女性として最年少で王国騎士団の入団試験に合格したのだった。
「ジャスティン様は騎士団にいらっしゃらないじゃない!!!」とキアラが気づくのは、王国騎士団に入団してしばらく経った後のことだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
ジャスティンとにゃんタローの因縁の原因はこちら!
全3話です。
『鈴蘭の魔女の代替り』
魔法少女1
https://ncode.syosetu.com/n1970ii/304/
是非、こちらもよろしくお願いします!